第45話:開封

「おっ、来たな」

「ひまりん、おひさ〜!」

十分弱程かけ公園に到着すると、四日ぶりに聞く声が要たちを迎えた。


集合時刻の十分前に着いたのに、二人はそれよりも早く来ていたらしい。二人とも夏祭りの時とは異なる浴衣を身につけ、四つ並んだブランコに座っている。響の手には銀の鎖、舞海の手には筒型の何かが握られている。


要に半歩遅れて公園に入った陽葵が口を開く。


「こんばんは!」

「おっす。早いな」

「舞海を暗い公園で待たせるわけにいかないからな。十九時くらいに来た!」

「ほとんどタッチの差だったんだけどね」

なんと彼らは、要たちが家を発つ頃には、既にこの公園にいたらしい。相当に早く出発したつもりだったのだが、それより早く来たというのだから驚きだ。響の方は言ったまま、舞海は大方楽しみが抑えきれず来てしまったというところだろう。


「いや〜よかったな、天候にも恵まれてさ。こうしてみんなで集まれたことを嬉しく……」

「そんな飲み会の挨拶みたいなこと言ってないで、早く始めよ! わたしがじっくり時間をかけて選び抜いた厳選花火たちが待ってるよ!」

「ちょっ、こいういのは前置きも重要なんだぞ!」

「はいはい、ひーくんも花火開けてね」

「ひどい……」


がっくりと肩を落とす響を見て、要と陽葵はクスリと笑った。漫才のようなやり取りも、二人の間では日常茶飯事らしい。響はすぐに立ち直り、花火の開封を手伝っている。


「俺たちも始めるか」

「はーい!」

いい返事を返した陽葵は響たちに近づき、大事そうに抱えていた花火をベンチに置いた。持ってきたものは袋が手で裂けるもので、袋が折れ曲がるパリパリという音と微かな抵抗感を残し、形を変えた。


大きい包装の中に小さい包装がいくつか入っており、散る火花の量や色、演出によって種類わけされているようだ。


「ひまりん花火やったことないんだってね! これが手持ちで一番派手なやつだよ!」

「わ、わたしが頂いていいんでしょうか……」

「いいよいいよ! どうぞ!」


舞海は開封もそこそこに、陽葵に花火を渡した。彼女は単調作業が苦手なようなので、ひょっとすると飽きてしまったのだろうか。まだ始まって二、三分しか経っていないのだが……。

陽葵も陽葵で申し訳なさそうに眉尻を下げるが、初体験の花火に対する好奇心には勝てなかったようだ。着火する側を握り、魔法の杖でも貰ったように矯めつ眇めつ長め回す。


「ひまりん、そっちは火をつける方だよ。細い方を持つの」

「こ、こっちですか」

「そう! じゃ、火つけるね!」

舞海は響が持参した赤と青のチャッカマンの内、赤い方を手に取った。空色の先端に火口を近づけ、点火スイッチを押し込む。


「わぁ……!」


何度かの乾いた音の後、花火はロケットのような勢いで閃光を迸らせた。パチパチと弾ける音と控えめな煙が散り、辺りを硝煙の香りが包む。陽葵の丸い目には先端の色よりほんのり明るいターコイズブルーの火花が映り、嘆息をもらしている。


「へへーん、すごいでしょ!」

舞海はまるで自分のことのように胸を張った。それに対し、陽葵は興奮を抑えきれず言う。

「す、すごいです! どれもこんななんですか!?」

「これは結構派手派手なやつだけど、だいたいこんな感じだよ!」

「そうなんですか……あ、消えちゃいました」

「もう一本いく?」

「いきます!」


陽葵の名残惜しそうな寂寥せきりょうの表情は、舞海の言葉で消え去った。「じゃあ次は〜」と花火を選ぶ舞海の手を、陽葵は興奮気味に見つめている。


それを見ていた響は呟いた。

「いやぁ、美少女二人が花火をするのは和みますなぁ」

「俺たちずっと袋開けさせられてるけどな」

「いいじゃないか、なかなか見れるもんじゃないぞ? こんな光景。金を払ってでも見たいね」

「そうか」


要も同意だが、よもや響の前で堂々と言うわけにはいかない。絶対にニヤニヤ笑いをしながらイジってくるに違いない。それこそ『恥ずかしいエピソード』になってしまう。


「ところで、神原さんと関係進んだか?」

突然のその言葉を聞き、要は盛大に吹き出した。そこそこ大きめの音が出たが、花火に夢中の女子二人は気づいていない。


「なっ……べ、別に俺たちはそういう関係じゃ」

「あんまり説得力ないな」

「ほんとなんだが」

「そうかそうか」


否定を繰り返すも、響は冗談だと思っているようだ。こちらに見向きもせず、開封を続けている。暗くてわからないが、周囲が明るかったら要の頬が色づいているのが響に露見していることだろう。


「なんかあったら言えよ? 相談乗るから」

「一生ないと思うぞ」

「思う、ってことはワンチャンあるのか」

「言葉の綾だ」

「さいですか」


ぶっきらぼうに返しながら、要は袋を開ける手を早めた。

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