第44話:集合場所は

「忘れ物はありませんか? 花火持ちましたよね?」

「おまえの右手にあるぞ」

「スマホとかは……」

「持った持った、早く行くぞ」


興奮気味に持ち物確認をする陽葵を見て、要は息をついた。彼女の普段と違うテンションの理由は、聞かずともわかる。

今は彼女が待ちに待ちわびた――といっても誘いを受けたのは昨日だが――四人で行う花火大会の実に二十分前だ。時計の長い針が百八十度回る頃にはここにいない二人と合流し、水の入ったバケツを囲んでいるだろう。


その様を想像しつつ、要は服装の話を振った。

「ところで、服装ほんとにこれじゃなきゃダメだったのか? 動きにくいんだが……」

「まあ雰囲気は大事ですから! ちょっとの間なんですから、我慢してください!」

要と陽葵が現在着ているのは、夏祭りのときと同じ浴衣だ。

これは舞海が事前に指定してきたものだ。これを逃せば次の機会はまた来年になるので、せっかくだからみんなで着よう、と。


同性の陽葵は彼女の考えを理解できるのか黄色い声をあげていたが、そうではない要は渋い顔をしていた。舞海と交際している響も前向きではなかったが、「まあせっかくだしな」と数時間後に意見を一変させた。


『着る』が多数派になってしまえば要も強くは言えず、結局再び例の桐箱の蓋を開けることとなった。まあ要にはファッションセンスが他の陽キャ三人と比べ無いというか低いので、そういう意味ではありがたかったが。


現在の時刻は十九時。具体的な集合時間を指定したのは響だが、彼曰く「暗い方がえるだろ」とのこと。八月下旬の日没時刻は約十九時頃なので、三十分もすれば辺りはほぼ暗闇に包まれるだろう。


陽葵を先導して扉を開けると、既に夜の帳は下りていた。昼間と比べ幾らか気温は下がったものの、肌を撫でる風は生暖かい。エアコンの効いた部屋に引き返したくなるが、規模の小さい花火でも部屋の中ではできない。


「さすがに暑いですね……」

「まあまだ八月だしな。多分九月でもこんな調子だぞ」


要の地元はこんなビル群だらけではなく、夏でもそこそこ涼しい日もあったのだが、都会の暑さは気が滅入ってしまう。空気の循環が悪いことが原因らしいのだが、この暑さが日本のデフォルトだと思っている方は是非一度田舎に行ってみてほしい。


今から向かうのは近くにある公園だ。昼はそこそこ利用する人もいるが、夜は人通りもなく、しんと静まり返っているらしい。

しかし要は、場所について少し思うことがあった。


そう、要と陽葵が初めて出会った場所こそ、この集合場所となっているの公園である。


そのため陽葵は少し嫌な顔を見せるかと思っていたがそんなことはなく、家から近いなら願ったりだと快諾していた。


「……なぁ、陽葵」

「はい?」

要の語気から不自然なものを感じ取ったのか、陽葵は振り返った。

「場所、ここでよかったのか? その……六月くらいに、なんかあっただろ?」

「あぁ……」

この様子を見る限り、陽葵は今の今まで気づいていなかったようだ。聞かなければよかったと己の行動を後悔しながら、続けて口を動かす。


「もしいやだったら、今からでも変えてもらうぞ? 響たちには悪いけど、まあ近場なら……」

「あ、いやとかでは全然なくて!」


陽葵は大きくかぶりを振った。あの雨の日の記憶を蘇らせるようにうつむく。

「もちろんあの日はいやなことがありましたけど……それと同時に、嬉しいこともあったので」

「嬉しいこと? なんだ?」

「そ、それはまたおいおい……」


陽葵は照れくさそうにはにかむと、要の三歩先に進んだ。後ろで持った巾着袋が、ステップとともにぴょこぴょこはねる。


「さ、行きますよ! 舞海さんや風間さんが待ってます!」

「まああいつらのことだから、まだ来てないと思うけどな」


教えてくれないことに首を傾げながら、緩い足取りで後を追った。

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