第36話:危ないから?

「……陽葵!」


要は初め、消えた陽葵に電話をかけた。慌ただしくスマホを操作し、彼女の連絡先を探す。

しかしどれだけ待ってみても、彼女は電話に出ない。規則的なコール音だけが耳に入るばかりだ。要は冷や汗を流す。


きっと携帯をマナーモードにしているのだろう。思い返せば、彼女の携帯が音を立てるのをこの夏祭り中聞いていない。


あるいは要がそう思いたいだけかもしれない。もし警察沙汰だったら……と薄暗い思考が頭をよぎる。

携帯を耳から離し、もう一人に電話をかける。必要もなく歩き回っていると、間もなく祭囃子まつりばやしに紛れて友の声が聞こえてきた。


「お〜要、どした?」

「響、陽葵を見てないか!?」

「見てないが……どうした? なんかあったのか?」

「……陽葵がいなくなった」

「は!? お前、ずっと神原さんといただろ!?」

切迫した状況を声から感じ取ったのか、響は声を荒らげた。


「そうなんだけど……トイレいった隙にいなくなってて」

「マジか……本人と連絡は?」

「とれてない」

「かなめ、手分けして探そ! わたしたち通りの端っこから探してくから、かなめもそうして!」

「…………」

後の声は彼と行動を共にしていた舞海のものだ。彼の通話を盗み聞きしていたのだろうか。いつもおちゃらけているような性格だが、今はそれが微塵も感じられない。


「いいのか?」という確認を、要は飲み込んだ。今は緊急事態だ。陽葵がどうなっているかわからない今、四の五の言っている場合じゃない。


「……了解。そっちも頼む」

「任せて! 行くよ、ひーくん!」

「おう! 要もなんかあったら教えてくれ」


そう言うと響は通話を切った。彼からの連絡がすぐに受けれるよう、通知音量を少し上げておく。要もスマホを仕舞い、捜索に乗り出した。



「ひまりー! いないかー!」

要は東西にまたがるこの通りの中で、響たちから遠い西側から陽葵を探している。要たちが射的をやった方角だ。

しかし呼べども呼べども、彼女の姿どころか声すらも聞こえてこない。要の声は虚しく祭囃子にかき消されるのみだ。


「さっきここに来た女の子を見ませんでしたか? 向日葵模様の浴衣を着ていた……」

要が声をかけたのは、先程寄った金魚すくいの店である。店主も陽葵のことは覚えていたらしく、たいした説明もなしに理解してくれた。

「ああ、あの子? あの子ならあっちに……」

「ありがとうございます!」


それだけを聞くと、要は彼女が指をさした方向に向かう。店主は首を傾げるが、すぐに接客に戻る。



「や、やめ……さい!」

「……ひまり?」

ふと耳に入った声に、足を止める。

喧騒に紛れて微小な声だったが、確かに陽葵の声が聞こえたのだ。要はその方向にひた走る。一歩進むにつれて、その声は大きくなっていく。


「だからやめてください!」

「いいじゃんいいじゃん、ちょっと遊ぼうぜ?」

「悪いこととかしないからさ」

人の流れから少し逸れたところに、陽葵は立っていた。

彼女の周囲には、要の知らぬ男性が二人。親戚などならいいのだが、彼女の歪んだ表情と反応を見る限り違うだろう。恐怖に瞳を濡らしている。


不意に男の内の一人が、陽葵に手を伸ばした。陽葵は後ずさるも、彼女の背中にもうスペースはない。粗く手入れされた植木が行く手を阻む。


「おい」

要は男の手首を掴んだ。三人はようやく要の存在に気づいたようで、一斉にこちらを向く。

男たちは目をギラギラと鋭利にし、要を睨む。しかし要は怯むことなく、真っ向から見返した。


「……行くぞ、陽葵」

「えっ、あっ、はい!」

言いたいことはいくつもあるが、会話をしようという気は起きない。彼らが何かを言うのを無視し、要は陽葵の手を引く。最後に彼らをひと睨みし、その場を後にした。



こんなとき、何を話せばいいのかわからない。

「なんで離れたのか」とか「大丈夫だったのか」など聞きたいことはいろいろある。しかし小石が喉に詰まったように、声が出てこない。

ただただ通りを歩いていると、陽葵が口を開いた。

「あの……要くん」

「あぁ、なんだ?」

「その……この手は……」

「手?」

陽葵はおずおずとこぼした。口から出た文字数が増えるにつれ、その声はどんどん尻すぼみになっていく。頬は赤らみ、要と視線を合わせようとしない。陽葵がほんの少し力を込めた場所に目をやる。

特に意識もしていなかったが、要と陽葵の手はがっちりと繋がれている。絡んでいる、と言ったほうが適切だろうか。


「す、すまん!!」

「いえっ、全然嫌とかじゃなくて! 突然だったので、ちょっとびっくりしちゃって……」


陽葵を見つけたときは「とりあえず連れだそう」と無我夢中だったのだが、裏目に出たようだ。結構な時間繋いでいたことになる。今更になって顔は熱を帯び、離れた手は汗ばんでくる。


「そうだ、響たちに電話しないと」

「? 風間さんたちがどうしたんですか?」

「お前のことを一緒に探してもらってたんだ。お礼言わないと」

「そうなんですか……なんか申し訳ないです」

「大丈夫だって、その代わりお礼言えよ?」

「もちろんです!」

陽葵の鈴のような声を聞くと、要はスマホを掴んだ。



「響、陽葵見つかった」

「ほんとか? なんかされたとかないんだよな?」

「大丈夫だ」

「かなめ、ひまりん見つかったってほんと!?」

要は陽葵に電話を渡す。両手で大事そうに受け取ると、おずおずと耳に近づける。


「もしもし、舞海さん?」

「あっ、ひまりん!!!」

「は、はい、陽葵です」

あまりの声の大きさに、陽葵はスマホを遠ざける。気恥しさにそっぽを向いていた要のもとにも届いたのだ。スピーカーに耳をつけている陽葵は、相当うるさかったに違いない。


「大丈夫だった? なんかされてない?」

「大丈夫です! というかお手数をおかけしてしまって……」

「何言ってるの! 気にしないよ、友達でしょ!」

「友達……はい!」

じーんと感銘を受けたようで、陽葵は満面の笑みになる。


「じゃあこの後も楽しんでね! もうかなめと離れるんじゃないぞ?」

「もちろんです! 舞海さんもお気をつけて!」

女子たちは会話を終えると、通話切断ボタンを押した。


「じゃあ行くか。なんか食べたいものあるか?」

「あ、じゃああれ食べてみたいです! わたあめ!」

「了解、じゃあ行くか。多分その辺に……」

「あ、あのっ!」

陽葵は次の目的地へ向かおうとする要の手を両手で包んだ。要は困惑し、彼女に振り返る。

「ど、どうしたんだ?」

「その……はぐれちゃ危ないですから! またさっきみたいになったら……」

必死になって言い訳を考える陽葵に、要はジト目を向けた。目を泳がせるところを見て、一つ息をつく。


「……しかたないな」

「! いいんですか!?」

「しょうがないだろ、人波もすごいんだし。危ないって言ったのはそっちだろ」

「それもそうですね! 行きましょうか!」

陽葵は今日一番の満足そうな顔をした。左手を身体の横に持っていき、右手をおずおずと繋ぐ。もちもん先程の、俗に言う「恋人繋ぎ」ではなく、普通にだ。


「そ、そういえばさっきはなんであんなところにいたんだ? もといた場所から結構離れてるよな」

「あ〜……話しかけられてから人混みに流されちゃって、気づいたらあんなところに」

「そうか……ていうか通知聞こえるようにしとけよ?」

「あぁ、電話きてたんですか! まったく気づきませんでした……」

ぎこちなく会話を続けながら、要たちは再び手を繋いで歩きだした。

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