第35話:親友パワー
古びたロボットのような動きで首を捻ると、よく見知った顔がそこにあった。いつも学校で見かけるときと同じ、
「よっ、要」
先に口を開いたのは響だ。要の肩から手を離し、その手で手刀を切る。
「ここだと邪魔になるから、歩きながら話そうぜ」
要が押し黙っていると、響は要の腕を引いた。この場から動くよう促す。要が歩きだすと、何が何だかわかっていない様子の陽葵も後に続いた。
「要、その髪型はなんだ?」
歩き始めてからの開口一番、響はそうこぼした。口元を見ると、吹き出すのを我慢しているように見える。
もうバレているのかと観念した要は、バツの悪そうな顔をした。陽葵の方を一瞥し、響の方に向き直る。
「……なんでわかったんだ?」
「なんでって、結構バレバレだと思うぞ?」
「ほんとか? 何人か学校の人とすれ違ったけど、俺見向きもされなかったぞ」
「髪と佇まいが変わっても、体格とか声は要そのものだぞ。さすがに学校で毎日見てればわかる」
「親友パワーだね!」
「舞海は変なこと言うな」
シャクシャクとかき氷を咀嚼していた舞海が口を挟む。ムッと眉を寄せると、そのまま続ける。
「ていうか要、なんで神原さんと仲良いこと黙ってたのさ。言ってくれればよかったのに」
「それはまあ……色々あって」
「ふ〜ん」
舞海は意味ありげにジト目を向ける。
「神原さん! わたし雨宮舞海!」
「ぞ、存じております! いつも廊下で騒いでいるのを見かけるので……」
「ありゃ、そんなところ見られてたのかぁ」
「あ、全然悪いとかじゃなくて……!」
「あはは、わかってるわかってる! わたしのことはマミでいいよ! 仲良くしようね!」
「はい! わ、わたしのことは陽葵と……」
陽葵はおろおろとしながら、大袈裟に頷いた。舞海の距離感の近さに慣れていないのだろう。二人はたどたどしく握手を交わす。友好の証か、舞海は陽葵にかき氷を分け与えていた。初めて食べるかき氷に、陽葵は猫のように目を細める。
「んで要、それワックスか? 随分背伸びしたな〜」
「別に背伸びとかじゃない。これには理由があってだな……」
「まあだいたい察しはつくが。意外と似合ってるぞ?」
「意外とは余計だ」
「おっ、要、焼きそば食べるか?」
「人の話を聞け」
要は小突くが、響は気にも介さない。他の人の意見も聞かず、屋台に歩みを進める。
そういえばここは、彼がリストアップした内の一つである。そこに向かっていたというより、歩いていたらたまたまあったといった感じだろう。思えば陽葵も遊ぶばかりで、まだなにも食べていない。先程舞海にもらったかき氷くらいである。そういう意味では丁度いい。
店主とは顔見知りなのか、世間話をしながら焼きそばを購入していた。
「お待たせ」
響はパックに入った焼きそばを四つ持ち帰ってきた。舞海だけではなく、たった今知り合った陽葵の分もあるのだろう。そのうち一つを要に放る。
輪ゴムを外し蓋を開けると、出来たてなのか蒸気が立ち上っている。ほんのりと青のりの風味が香り、とても短時間で作ったとは思えないクオリティだ。手頃な食事スペースを見つけ、要たちは並んで座る。響も蓋を開けると、大口を開けて焼きそばを頬張る。
「あっ、要くん!」
数度焼きそばをつついていると、この喧騒の中でも通る声がした。
「陽葵と舞海……それなんだ?」
そちらを見ると、彼女らもプラスチックのパックを二つずつ、分担して手にしていた。中は曇っていて、暗さと相まり中は見えない。
「じゃ〜ん! お好み焼きだよ〜! ひまりんがお腹鳴らしてたから買ってきた!」
「ちょ、舞海さん! お腹鳴ったことは言わない約束じゃ……でもひまりん……えへへ、えへへへ」
陽葵は焦り頬を赤らめるが、生まれて初めて呼ばれたあだ名に顔を
「みてみて! ひまりんと一緒に買ったら可愛いからってお肉多めにしてくれた!」
「おお、ありがてえ。焼きそば買ってきたから、冷めないうちに食べてくれ」
「ん! ありがと!」
彼女らはそれぞれ礼を言うと、要たちの向かいに座った。熱々のお好み焼きを口に入れ、はふはふとして熱を逃がす。食道を通過させると、満足げな表情を浮かべた。
「そういえば、もうちょいで祭りはじまるな」
「正直もう始まってると言っていい気もするが」
「本番はまだなんだよ、これでも。まあ結構凄いから、楽しみにしててな」
「りょーかい」
「あ、ひまりんLene教えて!」
「は、はい!」
「こら、ご飯中にスマホ触るな」
「いいじゃん! かなめのケチ」
「なんとでも言え」
「じゃあ、俺たちこの辺でお
「おお、お気遣いありがとう」
「あ、ありがとうございました!」
「バイバイひまりん! また遊ぼうね!」
焼きそばとお好み焼きを完食すると、響たちは立ち上がった。別れの挨拶を済ませると、女子二人は名残惜しそうな表情を見せる。二人はまた遊ぶことを違うと、最後に「じゃあね」と言い残した。
「あ、ねえねえひまりん」
「? なんですか?」
「かなめとの関係、応援してるよ?」
「ななっ、なんのことですか!?」
「ふふ〜ん」
舞海は陽葵の耳に口を寄せた。何度かやり取りを交わすと、耳は金魚のような赤色に染まる。
「それじゃあね!」
「じゃあな、要」
「はいよ。また学校でな」
そう言うと響たちは去っていった。すぐにごった返す人混みに紛れ、見えなくなってしまう。
「……陽葵、舞海になんて言われてたんだ?」
「なっ、なんでもないです!」
「……そうか?」
陽葵は真っ赤なままの顔をぶんぶんと振る。要は「それならいいけど」とこぼし、席を立った。
「ちょっとトイレしてくるから、ここで待っててくれ」
「了解です!」
「動くんじゃないぞ? この人混みじゃ、見つけようにも見つけられないからな」
「もう、わかってますよぅ!」
子供扱いされたからか、陽葵は口を尖らせる。「行ってらっしゃい」という陽葵の声を聞き、要は先程見つけたトイレに身体を向ける。用を足すまでに、それほど時間はかからなかった。足早に陽葵の待つ場所へと戻る。
「……ひまり?」
しかし要が帰っても、陽葵の姿は見当たらない。先程まで座っていたテーブルはもぬけの殻で、代わりに親子がちらほらと見える。
「あの、この辺で女の子を見ませんでしたか? 髪をまとめていて、向日葵柄の浴衣を着ているんですけど……」
「あぁ、あのかわいい子のこと? 凄いかわいかったから覚えてるわ。あの子ならさっき男の人といるところを見たけれど……」
要は身体から血の気が引くのを感じた。
その「男の人」とやらが響なら安心なのだが、多分違うだろう。先程別れた彼らが、わざわざ陽葵に会いに戻ってくるとは考えにくい。
「……陽葵!」
要はここにいない女子の名前を口走ると、礼を言うのも忘れて走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます