第30話:変装用?

程なくして、陽葵は要のもとへ帰ってきた。手には彼女の体が丸々入りそうな、大きな箱が抱えられている。

どすんと音をたてて箱をおろすと、腰に両手をあてて息を一つ。


「ふぅ〜……」

「なんだ、それ?」

「ふふん、気になっちゃいますか?」

「そりゃな」

これ見よがしに持ってこられれば、誰でも気になるだろう。陽葵は顔をあげると、やれやれという風に首を横に振った。少しイラッとくる。


「んで、中身は?」

「ちょっと待っててくださいね! 今開けますので」


その箱は元々封をされていたガムテープを、刃物か何かで一直線に切られている。代わりに、数枚のセロハンテープで固定がなされていた。


陽葵はセロハンテープたちをダンボールの表面が破れないよう、慎重に剥がしていく。それらを全て取りきると、箱の中身があらわになった。


「……なんだこれ?」

「やっぱりそう思いますよね」

訝しむ要に、陽葵は苦笑いを浮かべた。


箱の中には色とりどりのものが散りばめられていた。目に見えるものでは眼鏡、ヘアゴム、果ては付け髭など。とにかく様々なものが詰め込まれたそれは、さながらおもちゃ箱のようだ。


「こんなものどこから持ってきたんだ? まさか買ったわけじゃないよな?」

「違いますよ! お姉ちゃんが送ってきたんです!」


言われてみれば、送り主の欄には「神原紅音」の文字がある。しかし……


「紅音さんの字、なんか……」

「あ、わかります。なんか似合わないですよね」

陽葵は少し目を細め、くすくすと笑った。

署されていた名は、かわいい丸字で書かれていた。なんというか、彼女の豪快な性格には不相応な気がする。


「ていうか、タイミングよすぎじゃないか? いつ送られてきたんだ?」

「えーっと、昨日の夜ですね」

「えっ」

要は喉から変な音を出した。

昨日といえば、要が陽葵を夏祭りに誘った日だ。あまりにタイムリーで、カメラでもあるのではと辺りを見回してしまう。


「要くん、見てくださいよ!」

「……ん」

要は声をもらして振り返る。先の声の主を見上げると、ハート形の眼鏡をかけていた。どういうわけか斜め上に顔を向け、ドヤ顔を決め込んでいる。


「似合いますか? 似合いますか?」

「はいはい、似合う似合う」

「えへへ〜、ありがとうございます!」


要があしらうと、陽葵は顔を崩しはにかんだ。眼鏡のテンプルを抑え、鼻歌混じりに飛び跳ねる。


彼女から視線を戻し、再びダンボール箱を見る。閉じかけていたそれを再び開け、中を覗き込む。

見れば見るほど、まともなものがない。日常生活で使いそうな色や形とはかけ離れたものばかりで、まるでパーティ用だ。とても変装には向かないだろう。紫の星型眼鏡などかけて行ったら、逆に目立ってしまいそうだ。もし変装がばれたらと、考えるだけで恐ろしい。高校在学中は変なあだ名で呼ばれるのは堅い気がする。要は手に持ち眺めていた眼鏡を、そっと箱に戻した。



「どうです? なにかいいものありました?」

未だにハート形の眼鏡をかけている陽葵が口を開いた。動き回って少し上気した頬が見える。


「いいものって……まだ全部見てないけど」

「あんまり変装向きなものないと思いますよ? 多分お姉ちゃん適当に用意したんです」

「もうちょい姉を信頼してやれ……ていうかそう思ってたのにこれ持ってきたのか」


陽葵はちろりと舌を出す。こめかみのあたりにこつんとグーを当てると、「てへ」と聞こえてきそうな表情を浮かべた。

要が一度息をつくと、彼女は姿勢を元に戻す。手と膝を床につき四つん這いのような体勢になると、再び箱の中を漁り始める。


「要くん、これなんてどうですか?」

「これ……俺使ったことないぞ」

「きっとなんとかなります! というかまともなのがこれくらいしか」

「……了解」

陽葵はなぜか期待の眼差しをこちらに向けている。陽葵が差し出してきたそれを、要はおずおずと手に取った。

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