第28話:帰宅風景
「あっ、要くん!」
校門を出て少し進むと、長い髪の人影があった。僅かに離れたところから、こちらに手を振っている。先程のメッセージの送り主、神原陽葵である。
猛暑の中待っているのならと急いで来たのだが、杞憂だったようだ。日の差さない木陰に立っている。それでも暑いことには代わりないが。
彼女に近づき、要は口を開く。
「……お待たせ」
「思ってたより早いですね。外にいたんですか?」
「いや、Leneを見たのは教室だ。陽葵が外で待ってるって聞いたもんで、少し急いで来たんだ」
「えっ!? な、なんかごめんなさい……」
申し訳なさそうに、陽葵は頭を傾けた。要は二の腕で汗を拭いながらこぼす。
「いいって。ていうか早いのはそっちだろ。ホームルーム終わってすぐここ来たのか?」
「えへへ〜、まあそんな感じです! 要くん帰っちゃうかと思って、ちょっと早めに……」
陽葵は少し照れた様子で後頭部に手をやった。要と響が話しているときには、既に校庭をでていたらしい。要が来るとき校庭に少しだけ人が集まっていたのは、そのせいだろうか。
「……とりあえず行くか」
「はい!」
要が先を急ぐと、陽葵は授業のときより元気そうに、飛び跳ねながら後をつけた。
「……暑いな」
「……暑いですね」
要が呻くと、陽葵もそれに同調した。
夏期講習を受けているうちに気温はグングンと上がっていた。先程ニュースを見たところ、今季最高気温を叩き出しているらしい。
地面のアスファルトは焼いたように熱くなり、陽炎がのぼっている。辺りではセミがそれぞれに鳴き声を響かせ、これぞ夏といった形相を見せていた。
要も何度か上着をパタパタしているが熱気は少しも霧散する様子がない。このままにしておけば、首が日に焼けて真っ赤になってしまうだろう。
「あっ、見てください要くん、
「……そうだな」
この暑さでも、陽葵が元気なのは変わらないらしい。要はげんなりしながら相槌を打った。彼女の向いている方に目をやれば、そこそこに大きな向日葵畑がある。
学校に来るときには気にならなかったのだが、ここまでたくさん咲いていれば見事なものだ。一本一本の身の丈は要と陽葵の身長を合わせて、やっと届くぐらいだろうか。皆一様に同じ方向を向き、鮮やかな黄色い花を咲かせていた。
「そういえば、なんで突然こんなこと言いだしたんだ?」
ふと、要が思い出したように言った。
「こんなことというのは……一緒に帰るということですか?」
「ああ、今までなかっただろ?」
ふと、要が尋ねた。陽葵はこてんと首を傾け、聞き合わせる。
「べ、別になにもないですよ? 一緒に帰るくらい、ふふ、普通じゃないですか?」
そう答える陽葵の視線は、あちらこちらへと彷徨っていた。ジト目を向けるが、要の方を見ようとはしない。声も少し上擦っている。
「……まあいいけど」
「えっ……えぇ!?」
要は陽葵に目を向けるのをやめると、独り言のように呟いた。
陽葵も予想外だったのか、信じられないといった風に大きく目を見開いている。何度も「えっ」と繰り返し、上擦った声で確かめる。
「ここっ、これからも一緒に帰っていいんですか!?」
「……たまにならな」
「――! ありがとうございます!! 毎日誘いますね!」
「おい、だからたまにって……」
陽葵は感極まったように、飛び跳ねながら数歩先へ行ってしまう。こちらを振り返ったその顔には、まさに向日葵のような笑顔が咲いていた。
動いたせいか頬は少し上気し、しかし暑さを感じさせない声で喜んでいる。要の呟きも届いていないようだ。
『そのお隣さん、夏祭りに誘ってみたら? きっと喜んでくれると思うよ?』
不意に、舞海の発言が脳内に蘇った。
確かに今やこれまでの状況を
(でも、誘っていいものなのか……?)
仮にも相手は「学校一の美少女」だ。花のように笑う姿を見ていると、与えられた称号が比喩ではないとわかる。地味な要には高嶺の花、そう思えてしまうのだ。
「あっ、要くん! これ見てくださいよ!」
考え事をしていると、陽葵がこちらに声をかけてきた。二メートルほど先に立っている。なにやら、道沿いに設置されたボードを見ているようだ。要も距離を詰め、その視線を追う。
「夏祭りですって!」
「…………」
あまりにタイムリーな話題に、思わず押し黙ってしまう。ところが陽葵はそんなことなど知らずに、硬直している要めがけて、ずんずんと進んできた。
しかし何故だろう。彼女はいざ要を目の前にすると、「あうぅ……」と頬をほんのりと染めていった。先程までの元気は何処へやら。今はもじもじと体を萎縮させている。
「……なあ、陽葵」
「あの、要くん!」
二人の声が重なった。両者こうなるとは思っておらず、「あっ」と目を見合わせてしまう。セミの声だけが、ジンジンと響く。
「おっ、お先にどうぞ……」
「いや、そっちこそ……」
気まずい時間が間に流れる。要は斜め上を向き、陽葵は頬を染め俯いていた。
「「な、夏祭りに……!」」
再び二人の言葉が重なる。二人はぷっと吹き出し、声をあげて笑った。
「……帰るか」
「はい!」
「……本当にいいのか?」
「そ、それはこっちのセリフです! こんなのでよければ!」
「こんなのって……」
要はこぼすと、目を正面に戻し歩きだした。
「……今日の目的、達成!」
陰で拳を握ってほくそ笑む陽葵に気づいたのは、周囲を奏でるセミだけだった。
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