第27話:夏期講習

「それでは、今日はここまで」

「あー」だの「うー」だの呻く声が、長ったらしい教師の授業の終わりを告げた。教室にいる半分以上の人々は脱力し、身を机に投げ出している。中には授業の最中からの人もいたが。


夏休みなのになぜ授業があるのかと思った人もいるだろう。今は要たちが通う羽星高校の夏期講習期間だ。

しかし、夏期講習と言えど授業日である。登校しないと単位が貰えず、休めば欠席扱いになる。要も怠けたい気持ちを抑え、渋々学校の門をくぐったのだ。

その代わりと言うべきか、授業は四限までしかない。つまり昼には帰れるのだ。部活がある人は昼以降も学校にいなければならないが、要は部活も委員会もやっていない。


「……へっくしゅ!」

要は盛大なくしゃみをかました。クラスメイトの数人がこちらを見る。教室内は冷房がついていて、何度に設定しているのか少し肌寒いくらいだ。授業の合間に廊下にでて、暖をとる人もちょくちょく見受けられる。

「なんでもない」と言わんばかりに、要は黙って帰り支度を始めた。


「かなめ」

ふと、響が声をかけてきた。先程の授業中かれら机に突っ伏していた彼の声は朦朧もうろうとしている。瞼も半分しか持ち上がっていない。


振り子のように上体を揺らしながら、要の机に両手をついた。要の目を真っ直ぐ見ると、口を開く。


「いいか、よく聞けよ」

「お、おう」

柄にもなく真剣な眼差しを向ける響に、要はたじろいだ。先を促すと、響は一瞬タメを作る。



「あと一週間で夏祭りだな」

「はい、解散」


要は興ざめだといった風にそっぽを向き、帰り支度を再開した。


「そんなこと言わずにさぁ。夏祭りだぞ?」

「そうだな」

「青春のいちページにしようぜ?」

「興味無い」

「来年再来年はもしかしたら行けないかもしれないぞ? 受験やらで」

「一緒に行く人もいないしなぁ。どうせおまえは舞海と行くんだろうし」

「ごめいとーう!」


最後の弾けるような声は、間に割り込んできた舞海のものである。中身の軽そうなリュックを揺らし、飛び跳ねながらこちらにやってきていた。


「ていうか響。舞海と行く予定があるなら、なんで俺を誘ったんだ?」

「あー、誘ったわけではない」

「地味に傷つくこと言うな」

突っ込んでみたものの、響はなんら気にせず続ける。


「彼女も友達もいない親友を見かねて、行ってみればと声をかけてみたのだよ」

「友達がいない親友って。矛盾してるぞ」

「とにかくだ。どうせ家にこもって勉強三昧なんだろ? 気分転換に行ってみればどうだ?」

「……そんなに勉強三昧か?」

最近誰かに言われたような台詞せりふに、要は眉を寄せた。尋ねてみると、響と舞海は当然といった風に、肩をすくめている。


最近は映画をみたり、ある少女とゲームをしたりしていたので、要自身には勉強しかしていないという自覚がなかった。


そもそもこの二人は「ご飯を作ってもらっている」くらいに考えているのだろう。特に響には女子ということを言っていない。まさか要がいくつか隣のクラスにいる「学校一の美少女」と親交を深めているとは、思ってもみまい。


「じゃ、またな〜」

響は一度息をつくときびすを返し、自分の席へと戻っていった。要も机の中から教材を取り出そうとするが、後から来た少女がまだ傍らにいることに気づいた。リュックのショルダーストラップに通した両手を後ろに組み、立ったままこちらを見下ろしている。


「……帰らないのか?」

「ん〜、ちょっとね」


彼女の顔には、いつも通りのニコニコ笑いが浮かんでいる。しかし何か異様な雰囲気を感じるのは、気のせいだろうか。纏うオーラと言えばいいのか、奥がありそうと言うのか。できれば気のせいであってほしい。


「この前の誕生日プレゼント、喜んでくれた?」

「あ、ああ……かなり喜んでくれた、ぞ?」

突拍子のない話題に、思わずたじたじになってしまう。それを聞いた舞海は「そっか!」と鈴のように笑った。後ろに手を組んだまま少しだけ上体を要の方に倒す。


「かなめ、ほんとに夏祭り行かないの?」

「今のところ行く予定はないな。聞いてたと思うが、一緒に行く人もいないし」

「例のお隣さんは?」

「誘っても来るかわからんしなぁ……ていうかなんでそんなことを聞くんだ?」

「まあ特に理由はないんだけどね。世間話だとでも思ってよ」


陽葵は上体を起こし背筋を伸ばした。ちょうどクーラーの風があたる場所だったのか、ぶるりと身を震わせる。風に流れた髪に手ぐしをいれながら、舞海は一呼吸おいてこぼした。


「そのお隣さん、夏祭りに誘ってみたら? きっと喜んでくれると思うよ?」

「そもそも俺が行く気ないんだが」

「誘うだけ誘ってみなって! 行くか行かないかを決めるのは、その後でいいんじゃない?」

「なんだか俺がその人と行きたがってるみたいな言い方だな……考えとく」

「うん! 考えといて!」


舞海はそう言い残すと、先程去っていった彼氏の後を追っていった。

陽葵を夏祭りに誘うなど、要は考えたこともなかった。思えば出会って二ヶ月近く、共に外出したのは買い物くらいである。遊びに行ったことは一度もない。家に来たことは幾度もあるが。


「……考えとくか」

要は誰にも聞こえないよう呟くと席を立った。リュックを担ぎ、廊下へと向かう。


ふと、右ポケットに入っていたスマホが震えた。取り出してみると、一件のLeneの通知が表示されている。


《もしよければ、一緒に帰りませんか?》


要の周囲で常時敬語を使う人など、一人しかいない。文面を見ただけで送り主がわかった。彼女は校門を少し出たところで、既に待っているらしい。

「……初めてのことだな」

要は手早く「了解」と打ち込むと、彼女の待つ場所へと急いだ。

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