第25話:子供のような、再び

陽葵は机に向かい、暫くにらめっこを続けていた。彼女の目線の先にあるのは、要が引っ張り出してきた出前に関するチラシである。こんな風景を見始めてから、かれこれ十分が経とうとしている。


前にも聞いたことがあるが、陽葵は出前というものを頼んだことが無いらしい。普通の家庭ならば一度くらいはありそうなものだが、彼女はかなりのお嬢様(推定)だからだろうか。

そのためか彼女のチラシを選ぶ手つきは弾んでいる。まるで、新しいおもちゃを貰った子供のように。


「これだけ種類があると、何にしようか迷っちゃいますね」


陽葵は疲れたのか、それとも決まらないせいなのか、一度天を仰いだ。簡素なLED照明が、要たちのいる部屋を薄く照らしている。

凝り固まった体をほぐそうと伸びをする陽葵に要は

「そうだな。まだ時間あるし、ゆっくり選んでくれ」

「はい!」

陽葵は顔を綻ばせると、再び机に向き合い唸り始めた。



「決めました!」

それから数分後、お茶を汲みに行っていた要が戻ると、陽葵は頭をあげていた。その繊細な指は、一枚のチラシを掴んでいる。全体的に赤っぽいチラシを見る限り、選ばれたのはハンバーガー屋のようだ。全国的に有名なチェーン店であり、要も響とたまに行く場所である。


「了解。今から店に電話するから、どれにするのか教えてくれ」

「これとこれで迷ってるんですけど……どうすればいいですかね?」

陽葵がおずおずと指を置いたのは二つ。季節限定のものと、カツにエビが入ったものだ。季節限定のものは特性ソースとチェダーチーズが売りの夏定番メニューらしい。


「それなら俺が片方買うから、切って半分ずつわけるか?」

「本当ですか? ありがとうございます!」

「は〜んば〜が〜♪」とはしゃぐ陽葵を脇に、机に置いてあったスマホに目をやる。少し年季が入ったそれを掴むと、チラシに書かれた電話番号を、たどたどしい手つきで打ち込んでいく。要は基本、Leneの無料通話で連絡を済ませるため、キーパッドの操作に慣れていないのだ。

一、二度ミスをしながら店に電話をかけると、対応したのは若いと思われる女性店員だ。

「ご注文は何になさいますか?」

少し高い声の後、今度は要が口を開いた。

「デリバリーをお願いしたいんですけど……」

聴き逃しの無いように、ゆっくりとした口調で注文を伝える。先ほど陽葵が迷っていた二つのハンバーガーに加え、Mサイズのポテトもプラスしておく。


「二十分くらいで来るってさ」

「了解です! それまで何しましょうか?」


何をしましょうかと言いつつも、陽葵はテレビの方にチラチラと視線を送り、落ち着かない様子だ。

テレビの画面には夕焼けをバックに、切り株に座るちょちょまるの姿が映し出されている。陽葵の操るキャラクターは、元は地味な男だったはずなのに、今はフリルがふんだんにあしらわれたドレスを身に纏い、性別も女性へと改造されていた。

彼女の様子を見る限り、相当ゲームが気に入ったようだ。


「……ゲームするか」

「……! はい!」

言わされたようなものだと息をつく要の姿は、ゲームに夢中ではしゃぐ陽葵の目には入らなかった。




「ほれ、来たぞ」

およそ三十分後。要は口が折りたたまれた茶色の紙袋をテーブルに置いた。少し熱気が感じられるそれは、袋の上からでも芳しい香りを放ち、二人の鼻腔をくすぐってくる。


薄い、しかし丈夫な紙を纏ったつつみを二つ取り出し、陽葵の前に差し出してやる。すると彼女は小動物のように鼻をすんすんと動かし、目を輝かせていた。


「どっちから食べる?」

「じゃあ、こっちから!」

要が尋ねると、陽葵は小さい包を手に取った。ハンバーガーの形に沿って折られた、白い紙を丁寧な手つきでめくっていく。


数回それを繰り返すと、色とりどりの具材を挟んだハンバーガーが露出した。フルーティーなソースとジューシーなパティの匂いが辺りに立ち込め、食欲をそそる。



陽葵は小ぶりな口を精一杯開けて、まずは一口。

「――!!」

幾度か口を動かし咀嚼を始めると、陽葵は目を細めた。頬が落ちそうな顔をしながら、さらにもう一口。

(ほんと、美味そうに食うやつだな……)

心の中でそうこぼすと、要も包を捲り始めた。

前に響にわけてもらったことのあるバーガーは、記憶にあるものと少しも変わらず、海老の独特な風味を漂わせていた。

両手を八の字にしてバーガーを固定すると、大きな口を開けてかぶりつく。欠けたカツの面からは、薄い桃色が覗いていた。


「……そういえば、半分にするのを忘れてたな」

二つのバーガーを合わせて一つの大きさになる頃、要は覚えてそう言った。陽葵も気づいたようで、開閉させていた口を止める。口内にあった分を飲み込むと、お茶を一口含み、

「本当ですね」

「本当ですねって……どうするんだ?」

今から口のついた部分を落とすのが一番簡潔な方法だと思うが、なんだか勿体もったいなく感じる。よもやこのまま食べるわけにもいかないし……


「このままでいいんじゃないですか? そっちください!」

「あっ、おい!」

要があれこれ逡巡しゅんじゅんしていると、陽葵が笑った。せわしなくしている要の手からバーガーを奪い取り、自分の方に持っていってしまう。海老の風味が遠ざかり、交換にソースの匂いが近づいてきた。

「いただきま〜す!」

「はむっ」という音をたてて、陽葵は海老のバーガーをかじった。端っこが小さく欠けている。陽葵は先ほどと同様、美味そうに目を細めていた。


「おいしいですね〜。海老の風味がなんとも……」

「いやおまえ、今の……」

「……!!!」

要がおずおずと指摘すると、陽葵は時が止まったように静止した。耳の先っぽまでを真っ赤に染め、ぷるぷると小刻みに振動している。


「ま、まあわたしは気にしませんけど!? 要くんはお子様ですから、気になっちゃうんですかね!?」

「なっ……」

開き直った陽葵は、しかし赤くなったまま目を回している。


「お子様って、たった数ヶ月しか違わないだろ!」

「それでもですー! 要くんはお子様ですー!」

「ていうか、なんで俺の誕生日の方が後って思うんだ?」

「……要くんはなんというか、冬な感じがして」

「なんじゃそりゃ」

阿呆なやり取りをしながらも、要はお子様と言われたままにしておくつもりはさらさら無かった。どうすればと考えてるうちに、一つの考えが頭に浮かぶ。


「どうだ? これで同じだろ?」

「な……な!」

要は陽葵の傍にあったバーガーを手に取ると、大口を開けてかぶりついた。真っ赤になっている陽葵に目を向けると、彼女はハンバーガーを離し、手で顔を覆っている。

もちろん要も初めての体験――アクシデントかもしれない――に何の感情も抱かないわけがなく、首筋が熱を帯びていくのを感じた。


「……お子様はどっちだ」

「知りません! 要くんのこども!」


陽葵はそっぽを向くと、残りのハンバーガーとポテトを口に入れ始めた。要もそれにならったが、二人とも味はわからなかった。

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