第23話:特別な一日

「おはよう。入ってくれ」

「お邪魔しまーす!」


今日も今日とて、陽葵は要の部屋に訪れていた。いつもの手提げバッグの中には、夏休みの宿題が詰め込まれている。ドアを開けるとやかましいせみの鳴き声が聞こえ、ムンムンとした熱気が頬を撫でた。


彼女をリビングへ通すと、例によってテーブルの前に端座した。いそいそと勉強道具を広げている。

いつもなら要も倣うところだが、今日は勉強道具を部屋に置いてきてある。要はテーブルの前ではなく、ソファに腰掛けた。いつもと違う要の振る舞いに、陽葵は疑問の目を向けている。

腑に落ちないといった様子で、首を傾げた彼女は口を開いた。

「要くん、勉強は……」

「あー、陽葵」

「はい?」


居心地悪そうに明後日の方に視線を送りながら、要は発話した。


「げ、ゲームでもしないか?」





「ど、どうしたんですか要くん! 熱でもあるんですか!?」

陽葵は真っ白な手を要の額にあてた。要らしからぬ発言に、頭でも打ったのかと眉間にしわを寄せている。怪訝な表情を浮かべる要は心外といった風に、その手を掴んで引き剥がす。


「どうもしてねぇよ。今日くらいは遊んでも、バチはあたらないだろ」

「だって! いつもなら『ほら、早く勉強始めるぞ』って言ってくるのに! なんで今日に限ってそんなこと言うんですか!?」

理解が追いつかないのか、陽葵は慌てたようにわたわとたしている。

要は怪訝げな表情を浮かべ、

「と、とにかくだ。今日くらいは遊ぼうぜ、な?」

と肩をすくめた。


そう、察しがついている人もいるだろうが今日、八月二日は、神原陽葵の十六回目の誕生日である。

要も先日、紅音からこの日が陽葵の誕生日だということを聞くまでは、夏休みの宿題を消化する気満々だった。しかし、プレゼントまで買ってきたので、この日くらいはと羽を休めることにしたのだ。年に一度の誕生日くらいは楽しんでほしい、と。


要が示したゲーム機は割と最近のもので、実家から持ってきたものである。彼の父母が結構なゲーム好きで、中学生のときには三人でゲームをすることも少なくなかった。


「要くんが休日に勉強を休むなんて、初めてのことじゃないですか? 皆勤賞じゃなくなっちゃいますよ?」

「そんなもの目指したことなんてない……んで」


要は陽葵の発言にツッコミを入れ、一呼吸おいて切り出した。

「ゲームするのか? しないのか?」

「し……しますけど!」

陽葵は「なにおう」といった態度で言うと、差し出されたコントローラーを手に取った。


「要くん、これってどうやって使うんですか? わたしテレビゲームというものをしたことがなくて……」

「……そうらしいな」

ゲーム機を起動した要は、コントローラーを逆さに持つ陽葵の方に向き直った。




「えーっと、左スティックで移動、Bで必殺技、Aで強攻撃、この二つ同時押しでスマッシュ、この後ろのボタンでシールド、これで掴み……だいたいこんな感じだ。攻撃でダメージをためて、スマッシュで吹っ飛ばせば勝ちだ」

要はもう一つのコントローラーを持ち、実際にやってみせながら説明した。陽葵からすれば未知の体験らしく、相槌あいづちを打ちながら熱心な顔をして聞いている。


要たちが今からプレイするのは、某大人気乱闘ゲームだ。様々なゲームの人気キャラが集まり、相手を倒して一位を目指す。子供向けに設計されているとはいえ、競技性は非常に高い。


「それじゃあ、やってみるか」

「は、はい!」

戦々恐々としている陽葵を横目に、大乱闘を選択した。数合わせとしてコンピューターを二体追加し、要たちも使用するキャラを選ぶ。要はいつも使っているキャラだが、初めてプレイする陽葵の方は……


「あっ、可愛いからこの子にします!」

そう言って陽葵が選んだのは、緑色の髪を腰まで伸ばした女神である。突出した癖もなく、初心者でも扱いやすいキャラだ。


時折出現するアイテムの力もあり、陽葵は意外にも善戦した。要が異様にカチャカチャ鳴っている陽葵の方をチラリと見ると、俗に言うレバガチャを用いて無茶苦茶にキャラを動かしていた。しかし本人が楽しそうに目を輝かせているので、咎めはしない。


――それから約二時間。

運などに左右されることは多々あれど、陽葵は何度か勝利を掴むことができるようになった。足元に火がついたように動かしていたコントローラー操作も見違え、一般人ほどには戦えている。


ふと、顔を華やがせている陽葵が口を開いた。


「要くん、ゲームってまだありますか!?」


この美少女は、俄然ゲームにハマってしまったようである。

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