第22話:迷った末に

「ねぇねぇひーくん! 次はどこ行こっか!」


威勢のいい弾けるような声が、要の鼓膜に響いた。彼女に手を引かれるイケメンの「待てよ〜」という発言も、満更ではなさそうな顔の前では説得力を持たない。


今日要が来ているのは、近場のショッピングモールだ。規模もそこそこ大きく、加入店舗数は百を超えている。目的はもちろん、陽葵への誕生日プレゼントを買うことなのだが……


「ほれ要、クレープ食べるか?」

「いらん」

たっぷりのフルーツと生クリームがのったクレープを押し付けられ、要は頭を抱えた。

彼らはプレゼント選びを手伝うという名目のもと同行したのだが、二人ともガッツリおめかしして来ている。今日ここに来てから今に至るまで、ずっとこんな調子である。デートか何かと勘違いしているようだ。


「お前ら、ちゃんとプレゼント選ぶの手伝ってくれるんだろうな?」

要が二人に胡乱うろんな目を向けると、響たちは視線から逃れるように、次の場所へと行ってしまう。

「おーい要、おいてくぞ〜」

「だから誕生日プレゼント……あっ、ちょっと待てって」

こちらを振り返る響をめつけ、要は二人を追いかけた。


「そんで、このあとどうする?」

レアのステーキを頬張りながら、響が言った。

「どうするもなにも、俺の用が済んでないんだが」

それに対し要は、呆れたような口調で返す。

「そのことなんだけどさ、さっき見つけた雑貨店に行ってみるのはどう? 何をあげるか決まってないなら、とりあえず色々見てみようよ」

「柄になくまともなこと言ったな」

「ねえひーくん、それどういうこと?」


余計なことを口走り耳を引っ張られている響を横目に、要は残りのステーキを口に運んだ。


「かなめ〜、プレゼント見つかった?」

「見つかったもなにも、まだ思いついてさえいないんだが」

売り物の一つを手に取っていた舞海が声をかけた。それに対して、要は渋い声をもらす。


流石と言うべきか、雑貨店には多種多様な品物が所狭しと陳列していた。しかしこれだけの種類があっても、要としては迷ってしまう。プレゼントする相手が女性なのだから、なおさらだ。

商品の並ぶ棚の前でしゃがみこんでいた舞海が、ふと口を開いた。

「ねね、そのプレゼントあげる相手って女性?」

突然の鋭い発言に、思わず身をビクリと震わせてしまう。

「……なんでそんなこと聞くんだ?」

「ひーくんには言わないから! お願い!」

「……そうだ」


こう見えて彼女の口の堅さは折り紙付きである。響には言っていないが、彼女には言っているという事はいくつかあるのだ。

しかし、どうして女性だと思ったのかは甚だ疑問である。要は尋ねた。

「ていうか、なんでそう思ったんだ? 俺、そんなわかりやすかったか?」

「いやいや、全然そんなじゃないよ。強いて言えば……女の勘ってやつ?」

(……女の勘、怖ぇ……)

「相手が女性なら任してよ! 女友達にあげる感じで考えればいいんでしょ?」

要が戦慄する一方で、舞海はえっへんと胸を張っていた。



「んで、要はどういう物をあげたいの?」

「いくらあっても困らないような消耗品かな……種類がありすぎて、どれを選ぶか困ってるんだけどな」

要は手に持っていたボールペンを棚に戻し、苦笑した。このボールペン一つとっても、数十種類もあるのだ。とてもじゃないが、選びきれる自信はない。

要は、先人の知恵を借りることにした。


「舞海なら、仲のいい友達の誕生日プレゼントは何にするんだ?」

「まあよくあるのはお菓子とかペンとか、手紙もそうだね。あとは……化粧品?」

「……なるほど」

前半はまだわかるのだが、化粧品は敷居が高い気がする。その人に合う色もあるし、手を出さないのが賢明だろう。


「あとはその人の趣味とか、好きなことを知っておくことも大事だね。甘いものが好きな人にはお菓子をあげたり、勉強できる人には文房具をあげたり……」

舞海はなおも続ける。


「値段が高すぎると相手は『返さなきゃ』っていう義務感感じちゃうから、三千から五千くらいが相場かな」

「わかりました師匠」

「敬ってるならそこのケーキを買ってくれてもいいのだよ?」

「さっき肉食べたばっかりだろ」

「甘いものは別腹だも〜ん」

「響に頼め」

舞海は「けち〜」と口を尖らせた。しかし、辺りを見回して彼氏を発見すると、一目散にそちらへ行ってしまう。


要に近づいて来た響は脇に舞海を抱え、気の毒なことに、先ほど話していたケーキをねだられているようだった。口元に苦笑いが浮かんでいる。


「買うものは決まったか?」

「……まあ、だいたいな」


要はくるりと体の向きを変えた。件のケーキ屋の店先に設置されている、立て看板に目をやる。様々なケーキのほか、テイクアウトも可と書いてある。


「なあ響、ケーキでも食べてかないか?」

「いいの!? ゴチになりま〜す!」

「要が奢ってくれるなんて珍しいな。どういう魂胆だ?」

「魂胆も何もねぇよ。安いやつだけだからな」

要ははしゃぐ二人を連れ、ケーキ屋へと足を踏み入れた――




――「……おまえ、ずっとそうして待ってたのか?」

要がアパートの五階への階段を上ると、505号室の前に見慣れた美少女がいた。

「あっ、おかえりなさい! ずっとじゃないですよ? ほんの数分です!」


陽葵はこちらに会釈をすると、要が持っている箱と袋が目に入ったようだ。中身はもちろん、彼女にプレゼントする物である。

「それ、なんですか?」

「ああ、ちょっと私用でな。ていうか寒いだろ、入ってくれ」

「はーい!」

それとなく話題を逸らすと、要は部屋の鍵を開けた。今日の分の食材を陽葵から受け取り、靴を脱ぐ。


「要くん、今日は何か面白いことありましたか?」

「面白いことか……響がステーキにのった固形のソースを、食材だと思って食べたこととか」

「あのクリームみたいなアレですか?」

「そうだ。あとは――」


要は袋の中身が見られないか内心肝を冷やしながら、食材の片付けを行っていた。

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