第21話:欲しいもの

プレゼント。

特別な出来事があったとき、それを媒介として、贈り主の祝福や親愛を伝達する物。贈り物とも言われる。

中でも多くの人が『プレゼント』と聞いて最初に思いつくのが、誕生日プレゼントだろう。

誕生日というのは一年に一度訪れる、特別な日だ。周囲の人々は一つ歳をとった人を主役にし、祝福ムードに包まれる。

そのときに贈られる誕生日プレゼントは親密であることの象徴であり、「一年ありがとう」「これからもよろしく」という暗黙の意図が込められている。


――と、ここまで書き連ねたことが、要が考える誕生日プレゼントの概要だ。


「はぁ? プレゼントぉ?」

「ちょっ、声がでかいぞ……」


放課後。いつもまっすぐ帰る要にしては珍しく、響の机へと足を運んでいた。会話からわかる通り、プレゼントについての話である。誰の、という情報は伏せているが。


「プレゼントなんて適当だ適当。その人が一番喜ぶと思うものをあげればいい」

響は頬杖をつきながら気だるげに答えた。今にも帰りたそうな顔をしている。


「なあ頼むよ。今度ファミレスでなんか奢ってやるから」

「詳しく聞こう」

「現金なやつめ」



「……つまり、仲良くなったアパートの隣人の誕生日が近いけど、何をあげればいいかわからないと」

「隣人とは少し違うが……まあそんなところだ」

「もしかして、おまえの食生活が改善したのって、その人のおかげか?」

「……そうだ」

響は「ふーん」と意味ありげにこぼすと腕を組み、考えるような仕草を見せた。


「その人の好みとか知らないのか? 趣味とか、欲しがってるものとか」

「……料理が得意?」

要は首を傾げながら言った。響は呆れ顔をしているが、本当にこれくらいしか思いつかない。


「まぁ一度それとなく聞いておくことをおすすめする。その人の誕生日っていつだ?」

「来月の二日」

「ならまだ一週間とちょっとあるな。買い物にはついて行ってやるから、ゆっくり考えてくれ」


手短にそう伝えると、「じゃあな」と手刀を切り、彼を待っていたらしい舞海のところへ行ってしまった。引き止めようと緩く持ち上げた右手を下ろし、要は一人取り残されてしまう。


(何が欲しいかを聞く、か……)

要は人の誕生日を、あまり祝ったことがない。あるとすれば、先程まで話していた少年くらいのものだ。そのときは彼が欲しがっていたゲームのソフトをプレゼントしたのだが、今回誕生日を迎えるのは陽葵だ。彼女にあげても、あまり喜ばれないだろう。


「とりあえず、帰るか……」

要はリュックサックをよいしょと担ぎ、教室の戸をくぐった。




その日の夜。要たちは例によって、夕飯を食べていた。昨日名前で呼びあった二人の仲は、なんだがぎこちない。


「……なあ、神原」

「要くん、名前呼び忘れてますよ」

「あっ、つい……」

今まで一ヶ月余り上の名前で呼んでいたのだ。そうそう直せるものではない。少なくとも、要としては。

「なあ陽葵」

「は、はい」

陽葵は自分から名前呼びをねだったのに、なぜか赤くなっている。そんな彼女をよそに、要は続けた。


「もし陽葵が宝くじで一億円を当てたとするじゃないか」

「はぁ……」

「そしたらどう使う? 何か買うとか」

「要君が例え話をするなんて珍しいですね。『想定の話なんてするだけ無駄だ』って言ってたのに」

(こんな時だけ鋭いな……)

直球で「何が欲しいか」と聞くと誕生日プレゼントをあげるのでは? と勘づかれてしまうかもしれない。そう思って要が考えたのが、この「宝くじ一億円作戦」だ。なんて浅い考えだと要自身もため息をつきたくなったが、これ以外にはアイデアが浮かばなかったのだ。


一度咳払いをして話を戻すと、再び尋ねた。

「と、とにかくだ。何に使う?」

「そうですねぇ……」

陽葵は顎に手を当てると、「うーん」と唸り始めた。しばらくして、何か閃いたように口を開く。


「貯金がなしだとすると……ケーキが食べたいです! いちごがのったショートケーキ!」

「物欲無いな……一億だぞ?」

「まあ残りのお金はまた必要なときに使えばいいので!」


返ってきた回答に、要は目をぱちくりさせた。他に欲しい物はと聞いても、貯金の一点張りである。


「ショートケーキか……なるほど」

「? ちなみに要くんは何にしますか?」

「……貯金」

「えー! わたしはちゃんと答えましたよ!」

「いや、この際俺のはどうでもいいと言うか……」

「なんでですか! 考えてください!」



結局この問答は夕飯の片付けまで続き、折れた要は「高いホームシアター」と答えた。




「え? プレゼントぉ?」

「ちょっ、声でかい……」

翌日。要は陽葵から得た情報を携え、再び響のところに行っていた。今日は舞海も一緒に話を聞いてもらうことになっている。昨日聞いたような会話は彼女のものだ。交際していると口調まで似てくるのだろうか……。


「実は、かくかくしかじかで……」

響は昨日要から聞いた内容を手早く、しかし事細かに説明した。


「なるほどね〜。ひーくんだけだと心配だから、わたしにも意見を仰ぎたいと」

「間違ってない」

「ちょ、酷くね?」


眉尻を下げる響を横目に、要と舞海は会話を進めていく。

「それで、そのお隣さんは何が欲しいって?」

「それが……苺ののったショートケーキ、だそうだ」

「じゃあそれでいいんじゃない?」

「そうなんだけど……何か形に残るものの方がいいかなって思って」

舞海の淡々とした問いに、たじたじになりながら要は返す。彼なりに考えたプレゼントの内容に二人は唸り、頭を捻っているようだ。


「なあ。もし二人なら、何をプレゼントする?」

「まあベタなのはアクセサリーだよな。女性は光り物が好きらしいし」

「わたしも似たようなものかな〜。相手が男性ならスキンケア用品とかもアリだけど」


二人はそう言うと揃ってスマホを取り出し、メモアプリを立ち上げた。お手の物のフリック操作で、何かを打ち込んでいる。まさかこんな時に恋人の欲しいもののメモでもとっているのだろうか。


ふと、スマホをしまった響が口を開いた。

「それなら週末にでも買いに行くか? 俺もついていくし、舞海も来るか?」

「いく!」

「おい、俺の意見も聞けよ……まあ行くけど」




――「ていうことで今週末、三人で買い物に行ってくる」

その日の夜。プレゼントを買いに行く旨は伏せて、買い物に行くことを陽葵に伝えた。

「要くんと出会ってもう一ヶ月半が経ちますけど、その間誰とも遊んでなかったので、失礼ですが友達がいないのかと……」

「いるわ」


要がジト目を向けると、陽葵は「冗談ですよ!」と笑いかけてくる。

「楽しんできてくださいね! 晩ご飯作って待ってますから!」


無邪気な笑顔を浮かべる陽葵を横に、要は皿洗いを再開した。

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