第17話:陸上競技大会

「やっぱり残ってくれたか、親友よ」

「............」

イヒヒと笑う響をよそに、要は頭を抱えていた。

陽葵の激励を受け、万全の状態で挑んだ百メートル走。今のこの状況を見てわかる通り、要は見事一位でゴールしていた。いや、要目線で話すなら、してしまった、というべきか。

「そう気を落とすなって。おまえと決勝で戦えて、俺はうれしいぞ?」


じゃれてくる響にデコピンをくらわせ黙らせると、二十分ほど前に走ったトラックに目を向ける。今は男子千五百メートルが行われていた。

端折って言うと、結果に納得がいかなかったのだ。

要は確かに一位を獲った。しかしリザルト用紙を見てみると、他の組には一位でこそないものの、要よりいいタイムを出している人は何人もいる。

予選を通過できたのは「各組の一位が決勝に進める」という仕様のおかげ。「タイム順での上位八人」だったなら、決勝に進んでいたのは他の人。要はそう憂いているのだ。


「運も実力の内って言うだろ~? つまりこれは、おまえの実力の賜物なんだよ」

「......そうだな」

しかし、陽葵からの指導がなかったら、一位など獲れていなかったのもまた事実。要は一度大きく息をつくと、響の腕を押しのけ起き上がった。


おもむろにスマホを取り出し、時間を確認する。現在の時刻は十一時四十五分頃。もうすぐ昼食休憩だ。ふと、一件の通知が目に入る。


《榎本さん、見てましたよ! 予選突破おめでとうございます!》

要のことを「榎本さん」と呼ぶのは、彼の周りで一人しかいない。通知をタップして、Leneを起動する。

《ありがとう。神原が教えてくれたおかげだよ》

《わたしは何もしてませんよ! 榎本さんの努力の結果ですから!》


要はもう一度 《ありがとう》 と伝え、話を続ける。


《そういうおまえは完璧な一位だったよな。組だけじゃなく、学年でも》

《えへへ~、ありがとうございます!》

要が走った直後に始まった女子百メートルで、陽葵は圧倒的な身体能力を見せた。

陽葵の組だけではなく、一年生のなかでダントツの記録を叩き出したのだ。今日一番会場が沸いたのは、間違いなくその瞬間だろう。要も応援席からその様子を見ていたが、なぜか笑ってしまうほどのものだった。


《決勝頑張れよ。応援してる》

《はい! 榎本さんもがんばってくださいね!》


要はスマホをカバンにしまうと、入れ替わりで昼食を引っ張り出す。昼食といっても、お馴染みの栄養補助食品だが。


「要、お前まだそんなもん食べてんのかよ。最近いつも死んでるような顔色がマシになったと思ったのに」

「そんなものとか言うな。あとそんなに変わったか?」

「かなり」

陽葵が夕飯を作ってくれているおかげで、要の不健康な食生活は改善されつつあった。


「あの要が、何を食べたらこんな活き活きした顔色になるんだろうな。おまえ料理もしないだろ?」

「しないな」

「母親にでも怒られたか?」

「......近からずも遠からずだな」

響はしばら疑問符ぎもんふを浮かべていたが、「まあいいか」とこぼすと、パンを口に運ぶ作業を再開した。




「いよいよだな」

「……だな」

隣のレーンで意気込んでいる親友と反して、要は胃が痛む思いをしていた。 今日最高潮を迎えた日照りは、まるでスポットライトのようだ。それはジリジリと、敷かれたトラックを照らしている。

右手に見える観客席には陽葵の姿もある。彼女は祈るように、日焼けしていない白い指を絡めていた。


「オンユアマーク」

体育担任の号令を受け、選手たちは各自準備を始める。

「どっちが勝っても、恨みっこなしだぜ?」

「はいはい」

響の三下さんしたのような物言いを聞き流し、要もスターティングブロックに足を置いた。トラックについた膝が火傷やけどするような感覚は徐々に薄れ、視野が狭まっていく。


「セット」

次いで聞こえた破裂音を合図に、少年は走り出した――





「あー、負けた負けた」

要は夕飯の野菜炒めをついばみながら嘆いた。

響が「どっちが勝っても」などと抜かしていたあのレースは結局、要と響の最下位争いとなった。辛くも勝利したのは要だったが。


「いいじゃないですか! 一週間前は決勝までいくなんて、思ってもみなかったんですよ?」

「それはそうだが……」

「最下位じゃなかっただけ、いいと思いましょう!」

「……はい」


ちなみに陽葵は予選と変わらず、一位でフィニッシュ。陸上部は運営で出場していないとはいえ、運動部に勝つとは驚きだ。


ふと、陽葵のスマホが鳴った。傍らに置かれていたそれを手に取った彼女は、かなり複雑そうな顔をしている。


「どうしたんだ?」

「……ちゃんが」

「ん?」

先ほどまで笑顔だった彼女は、鮮やかな唇をわなわなと震わせている。



「お姉ちゃんが、来るらしいです……!」

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