第10話:学校一の美少女のテスト

「榎本さん、何やってるんですか?」

「ああ、今日返ってきたテストの見直しだ。テストの後の見直しが一番大事だからな」

「真面目ですね」

夕飯のあと片付けを終えた要は、赤ペンを手に持ち、机に向かっている。


「何点だったんですか? 見せてください!」

「いやだ」

要は解答用紙の一部を折り曲げ、点数は見えないようにしてある。見られて困るわけでもないが、なんとなくだ。学生の方ならわかると信じている。

陽葵は抵抗する要の手首を掴み、解答用紙に迫る。かといって女子相手に本気の力を出すのも大人気なく思う。

幸い現在机に広げてあるのは、特に点数がよかった数学Iのテストだ。見られても、バカにしてくるようなことはないだろう。


要はそう考えると、少しずつ腕に込めている力を抜いていった。陽葵はそれには気づいていないようで、隙ありと言わんばかりに解答用紙を奪った。少し距離をとってから点数が書いてある右上部分をちらりとのぞく。



「は、はは、はちじゅうきゅうてん!?」


そう叫んだ陽葵は、両手で解答用紙を持ったまま、石像のように硬直している。彼女の手にある紙はピンと張られ、破れないか心配だ。まだ見直しは終わってないから、やめてほしいのだが……


しかしまあ、今回はうまくできたのではなかろうか。高校最初のテストということもあり、難易度が分わらなかったため、十全に準備をして臨んだのだが、それが功を奏したようだ。


「ほら、俺のテストを見せたんだから、おまえのも見せてくれ」

「い、いやです!」

「さっき俺もおんなじことを言ったけど、おまえは見ただろ。おまえのも見せてくれなきゃ不公平だろ」


陽葵は「うぅ……」と言ってたじろいでいる。

そのまま睨み合いを続けていると突然、何かを思いついたような素振そぶりを見せた。居住まいを正すと、俺の目をまっすぐに見つめてくる。


「榎本さんにお願いがあります」

「……なんだ」

「私に勉強を教えてください!」

「俺、人に教えられるほど頭良くないしなぁ……」

「この点数でですか! 嫌味ですか!」

「嫌味って……ていうかおまえ、結局何点だったんだ?」

「お、お願いします!」


陽葵はこちらの質問をスルーし、勢いよく頭を下げてきた。それにつられて、彼女の美しい栗色の髪もつられて、宙になびく。



「「あ」」

要と陽葵の声が重なった。陽葵の胸ポケットから、カードゲームのカードくらいの大きさの紙が勢いよく飛び出たからだ。


それは胸ポケットから排出された勢いそのままに、要の足元まで滑ってきた。


陽葵は焦ったように落とした紙に手を伸ばす。しかし、先程距離をとったのが仇となり、要が紙を拾い上げる方が早い。


四重ほどに折りたたまれたそれは、広げてみると数学のテスト用紙だった。左下には几帳面きちょうめんな字で、神原陽葵の名前が書いてある。点数欄には……


「四十七点、か」

「うぅ……見せるつもりはなかったのに……」

「ていうか、なんでそんなところに入れてるんだ」

「友達が見ようとしてきたので、机に入れていたらたら見られるかと思って……」

陽葵は恥ずかしさからか、自らの顔を手で覆っている。


しかし、要に勉強を教えてほしいという要望は、どうしたものか。

確かに要は、点数だけ見れば陽葵より上かもしれない。だがそれは、テストまでの勉強に割り振っていたリソースが他の人より多かったからだ。こうすれば勉強が出来るようになる! という特別な方法は、一切持ち合わせていない。


「私、勉強だけはどうしても苦手で……もし教えてくれるのなら、夜だけじゃなくてお昼ご飯も作るので! お願いします!」


……ふむ。

そういえば陽葵には、毎日晩ご飯を作ってもらっているという恩義がある。決して昼ご飯が理由というわけではないが、借りは早いうちに返しておくのがいいだろう。別に昼ご飯も食べたいとかじゃない。


「……日時と場所決めるか」

「いいんですか!? ありがとうございます!」

「俺はいつでも暇だから、神原にあわせるぞ。いつにする?」

「私もいつでも空いてるんですけど……じゃあ今週末で!」

「了解。場所はどうする?」

「あっ、それなら……」

「ん? どこか案あるか?」


陽葵は言いにくそうに、手をすり合わせてモジモジしている。要的はどこでもいいので、陽葵に決めてほしいのだが……

そう思っていると、顔をあげた陽葵が、覚悟を決めたように要の目をまっすぐ見つめ、口を開いた。


「ここがいいです!!」

「そ、そうか……まあ俺は別に構わないけど。ちなみになんでだ?」

要は神原に気圧されつつも、その勢いの理由が気になったため、陽葵に尋ねた。


陽葵にはなにか魂胆があったのか、タジタジになりながらも答える。

「ほ、ほら! ここだと学校の人たちにも見られませんし!」

「なるほど」

「あと図書館とかと違って、ちょっとくらい騒いでも怒られません!」

「ちょっとは騒ぐつもりなのか」

「あと…………から」

「ん? なんて言ったんだ?」

「な、なんでもありません!」


最後のは陽葵がなぜか下を向いていたので聞き取れなかった。聞き返しても教えてくれなかったのはなぜだろうか……


「じゃあ今週末、楽しみにしてますね!」

「楽しみにしてるって……勉強をするんだからな?」

「わ、わかってますよ! あ、お昼ご飯の要望があれば、事前に言ってくださいね!」


「それじゃ、また明日!」と言い残し、陽葵は去っていった。出ていく直前の横顔に、笑みが浮かんでいるように見えたのは気のせいだろうか。



「あっ、あいつテスト忘れてるじゃないか」


要は逃げるように出ていった陽葵を、四十七点のテストを返すために追いかけた。

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