第二章 渇望
①
私がそんな風に室内を観察していると魔王さんがベッドから立ち上がった。
「わっ!」
「ん?」
「いや、……なんでもないです……」
分かっていたことではあるが、そうやって立たれるとその大きさに
「あっ」
「なんだ?」
「……あの……」
新しい職場で早々に放置されるのは厳しいものがある。しかし、ついていっていいのだろうか。指示待ちの部下はいらないと
「ああ、そうだったな……来い」
私の気持ちが分かったのか魔王さんがそう言ってくれたので、ありがたく魔王さんの後に続いて部屋を出た。扉の先は大理石でできた
そんな廊下を魔王さんが歩きだすと、壁にかかっていた
「わあ……」
明るくなると、そこは
壁や天井は
「早く来い」
「あ、はい」
もう少し見ていたかったが呼ばれたので魔王さんに駆け寄る。
というか、魔王さんの手招きスチル最高に
などと思いながら、魔王さんの後ろを『走る』。
魔王さんは歩くと右足のブーツが、カツと音を立てるのに、左の異形の足は音を立てないので
これは魔王さんが
「小さいな」
魔王さんが足を止めて
私が思っていたようなことを魔王さんも思っていたようだ。情けない。
「申し訳ありません……」
「なにを
魔王さんは右手で
「っえっうわ!?」
急に視点が高くなった。
「どうだ?」
「えっ!?」
「無理か? 車輪がついていれば速く移動できるかと考えたんだが」
こてんと首をかしげるその愛らしさたるや、まさに天使である。
「あ、りがとうございます!」
「別に……部下の能力を最大限引き出すのが
「神様なのかな?」
「魔王だが?」
さも当然のように魔王さんはそう言って
「ぎゃっ!!」
「どうした!?」
「いやっちょっうわっ」
かしゃかしゃと足が勝手に地面を
「……」
落ちた
「ト」
「違います! できます!」
「……そうか」
「うぎゃっ」
今度は顔から
「……」
──また、沈黙が落ちている。
両手に力を入れてなんとか腕立て伏せの姿勢を取る。かしゃかしゃと両足が滑っていくが気合で立ち上がろうとした。
「ふぎゃ!」
今度は横に倒れた。
「……トール」
「できます!」
「……落ち着け」
「魔王さんがくださったものを、私が使いこなせないはずがありません! ぎゃっ!?」
「そこは否定していない。とにかく落ち着け」
「うわっ! いてっ! 違います!」
「……」
「せめてっ! せめて立ち上がりますからお待ちをっうわっ!」
もがいていたら
「トール」
魔王さんに
「無理するな」
「無理などっ」
「自分を正しく評価しろ」
言われた通り正しく、客観的に、自分の行いを振り返る。ローラースケート
「……ごめんなさい」
「謝ることではない。道具にも改善が必要だろう。……ゆっくりやっていけばいい」
そうして、魔王さんは私を抱えたまま、カツ、……、カツ、……と歩き始めた。
指の
「あの、魔王さん」
「なんだ」
重くないかを聞きたかった。しかし、この状態になったのは私の足があまりにも
「聞きたいことがあるのか?」
え、
「あー、……この城って、……この城『は』どんくら……この城は『どのくらい』広いん……この城って、どのくらい広いのですか? ああっ!」
「話しやすいように話せ」
「いえ! ちゃんと話します! 可能な限り!」
「まあ、好きにすればいいが……」
魔王さんは少し考えるように目を
「広さか。……分からないな。外から見るより広いことはたしかだ」
「へ? 魔王さんのお城ですよね?」
「俺様はこの城を所有しているわけではない」
「魔王城なのに
「それは、……言い得て
「世界の外? ……他の層ってことですか?」
ラピワルの設定に
「これを見たことがあるか?」
魔王さんが燭台を指さした。『金』の燭台だ。
「き」
「このような色の鉱石は見たことがないだろう? この城にはこのような不思議な素材のものが多く使用されている」
「……あ、はい、そうですね」
驚きを
どうやらこの世界では金が産出されないらしい。余計なことを言うところだった。
魔王さんは私の
「俺様も本で知ったことだが、この城は最下層の異形の層から最上層の神の層までつながっているらしい。だが同時に、この城をのぼり続けても下り続けても別の層には
「……魔王さんはどうお考えなんですか?」
「どこかの世界の者が全ての世界をつなげた。
「落とす? ……あ。下の層の異形や死者は呼び出せても、上の層の天使や神は呼び出せられないってことですか?」
「そうだ。……知らないのか?」
「いえ、魔王さんならできるのかな、と……」
「そんなことができた者は今までいない。……いつかはできるかもしれないが……」
《──こちらに落ちてこい》
たしかにあのとき聞こえた。あれは
「……、上の層にはこの世界にないものがある、ですか……」
そしてそのひとつが『金』。
もしも魔王さんの考えが正しければその上の層は『現実』であり、この城は『現実』の者が作ったことになる。でもそんなことありえない。だってこの世界は『
コツリと魔王さんが歩く音が続いていく。あのときよりはゆっくりとしたリズムだがあのときと同じように
──あのとき
そもそもあいつに私を殺す理由がない。あいつなら口八丁だけで私に全ての責任を
いや、やっぱりありえない。そんな
それに私はもう、あんなやつの部下ではない。
ここが『夢』であっても『現実』であっても、これから先は魔王さんのことだけ考えればいい。そう決めたのだから、……それだけでいい。
「……難しかったか?」
魔王さんが沈黙していた私の顔を覗き込んできた。
「いえ、分かりやすかったです。魔王さんは上の層からこの城を借りているんですね」
「あくまでも仮説だがな。世界をつなげて、いいことがあるとも思えない。ただ……この世界にとってはありがたいことだ。この世界には魔王城が必要だからな」
「え? 世界に魔王城が必要なんですか?」
魔王さんの目が少し大きく開いたが、すぐに
「とにかく俺様もこの城については
魔王さんが早口でそう言うので、次の質問を考える。
「え? ……えーっと、どこに行……、どちらに向かわれているのですか?」
なんとかひねりだした質問に「ああ」と魔王さんが答えてくれた。
「この城は中心の
「ごうもんしせつ」
「お前は部下なのだからこんなところにいなくていい」
「あ、はい」
「それに俺様もあまり立ち入らない区画だ。なにが出てくるかよく分からん」
あまり使ってないのか。やはり魔王さんは天使だった。
「だから俺様が普段使っている中心の塔に向かっている」
「魔王さんのお住まいの! 聖地!」
「聖地? いや、魔王城だぞ」
「私が入ってもよろしいのですか!」
「ああ。部屋はいくらでもある。ここには俺様しかいないし、……好きに使うといい」
と、魔王さんが言った瞬間に大きく
「魔王さん、あれ……」
私が『なにか』を指さすと魔王さんは
「俺様も把握していない城の規則がある。死にたくなかったらうろちょろしないことだ」
「好きに使えないですね……っていうか死んじゃいますよ!」
大量の推定三メートル
「うぎゃっ!?」
「使う分には好きにしたらいい。安全は保証しないというだけだ」
「なるほど! うわあっ!? 魔王さんはいつも正しいです! ひェ!」
「当然だ」
「ぎゃあっ!」
なんでもないように岩をピョンピョンと
***
辿り着いたのは原作にも
体育館ぐらいには広く天井も高いのに光源は少なく、中央に
中央に敷かれた絨毯は暗い赤色を基調としており金糸で様々な植物が描かれている。その絨毯の先には、五段の低い階段がありその階段の上には真っ黒な玉座が
魔王さんは原作通りその王座にゆったりと
一方の私は、階段の下で、魔王さんが玉座の奥から出してくれたふかふかのクッション付きの小さな
「トールよ」
「はい」
魔王さんが私を見下ろした。
その灰色の瞳は底まで
「それで?」
「はい? なんですか?」
私が首をかしげると、魔王さんは目を
「それで、……お前はどうやってここまで来たんだ」
「起きたら階段のところにいました」
「運ばれて来たのか?」
「そこはよく覚えていなくて……」
「
「あ、はい。それです」
「ふむ……道理でな……」
魔王さんは
だったら結べばいいじゃないか。あ、片手では結べないのか。
「魔王さん、髪を結びましょうか?」
「……なんだと?」
「御髪を整えましょう」
「……俺様のか?」
「はい、ご
魔王さんは
そっとその黒髪を手に取ると、さらさらと指から
「ひとつに結びますかね?」
「どうでもいい」
「かしこまりました」
スーツのポケットからヘアクリップを取り出しブロッキングをする。前髪から後頭部に向かって編み込みを作っていく。魔王さんは顔に髪がかかるのが
「ありがとうございます!」
「……」
ブロッキングを取り美しい髪をひとつに結び、編み込んだ髪を結び目に巻きつける。短い髪が混ざっていないおかげで綺麗にまとめることができた。
「できました!」
魔王さんは何度か頭を振って、「いいな」と言って、こちらを見た。
「よくやった」
「あ、りがとうございます……」
「俺様は片手がこれだ、あまり細かい作業はできない」
もふもふの手を見せて魔王さんが少し笑った。
「お前はこの左腕の代わりをしろ」
「っはい!
やっぱりその
「じゃあ、あの! 食事作りますか! あっ本を読み聞かせいたしましょうか!」
「本ぐらいひとりで読める……」
「じゃあ! ぬいぐるみを編みましょうか!」
「いらん」
「あっレースでマントを編みますか! 魔王さんに似合うものを作りますよ!」
「いらん」
「えっと、あっ、よしよししますか!」
「なんだそれは……いらん……」
「世界
「やめろ!」
「えっと、じゃあ……」
「……食事は、気になる、が……」
「はい! すぐに作りますね!」
キッチンはどちらにと聞こうとした瞬間に、足が勝手に動きだした。
「にゃっなにっうぎゃっいやあああっ! なに!? 魔法か、これは!?」
「落ち着け!」
正確に言えば足ではなく、椅子の上に置いてきたはずのローラースケート靴が私の足を包むように出現して勝手に動き始めたのだ。魔王さんが
靴に強制連行された先はキッチンだった。
「……こんな教え方ないだろ、靴よ、お前に口がないばかりに分かり合えないのか……」
「……
「はい……」
ぷにと魔王さんの手が私の
「魔王さんはなにが食べたいですか?」
「そうだな……、肉がいい」
「分かりました! 肉という肉を焼きましょう!」
魔王さんは私の返事に目を丸くし、それから仕方なさそうに笑ってくれた。
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