第一章 邂逅

「落ちたら死ぬぞ、『ニコ』」

 建設ちゆうの新研究所の屋上はまだ骨組みが見えるような状態でさくすら設置されていなかった。だからこそさんざきからのありがたい忠告は無視して、私──かりとおる──は完成したら立つことができなくなるはしの端から眼下の景色を楽しむことにした。

 とはいえこの新研究所からは湖ぐらいしか見るものはなさそうだ。がんには発電せつりんせつする予定だが今は味気ないかべおおわれている。そして対岸は山だ。他にはいつさいなにもない。日曜日のために建設工事も止まっていて、辺りは静まり返っている。

「こんなへきに追いやられるなんて天下の実崎も落ちぶれたものだな」

みようなことを言う。わたしが立つ場所こそが世界の中心だ」

「……はいはい、そうですか……」

 皮肉が全く通じない実崎が私の背後に立つ。目だけそちらに向けると、実崎は煙草たばこに火をつけたところだった。この時代にいまだにあいえんである実崎はけむりいて満足そうに目を閉じる。バージニア葉特有のあまにおいが広がり、けんえんである私は気分が悪くなる。

 まるできりのように広がる煙の向こう側で「ああ」と実崎が低くつぶやく。「きみは死にたいんだったか」と勝手に私の心情をおもんぱかり「鹿な女だ」と笑う。煙が空にけるとせいかんなその顔が現れた。造形は整っているが生気のないひとみがおに似せてゆがめられた口元などを見ていると胸のあたりがむかむかとしてくる。死神がいたらこんな顔をしているだろう。

 死神は私に煙草とライターを差し出す。

「付き合え。命日だ」

 箱から一本き取りくわえ、手の平で風をけて火をつける。吐きそうになりながらも何度か呼吸を繰り返せばそれらしい形にはなった。煙を吐くと、コツ、コツ、と妙な音が鳴り始めた。音の出所を見ると、実崎がかわぐつの先で地面をたたいていた。ライターを返すと実崎はそれをジャケットの内ポケットにしまう。その間も、コツ、コツ、と実崎は足元を叩き続けている。

「……なにをしているんだ? くついたむぞ」

「わたしの行動全てに意味があると?」

「お前がわざとらしいことをするときはろくな意味がない」

「ろく? ……六では幼すぎるだろう……十二ぐらいならいいか」

「なにを考えている? ……なにを数えているんだ」

 私の質問には答えず実崎は煙を吐いた。コツ、コツ、と音は続く。

「きみこそなにをしている。とっととそこから飛び降りろ」

「は?」

こわいならわたしが落としてやる。り落とされたいか? き落とされたいか? 選べ」

「お前は、……なにを言っているんだ?」

「使えなくなったものを捨てるのは持ち主の仕事だ。今日は死ぬにはいい日だろう?」

「……自分の手をよごしてくれるほど愛情深い上司とは思いませんでしたよ、実崎『さん』」

 私の皮肉を気にする様子はなく実崎は地面を叩く。コツ、コツ、とまるで時計の秒針のようにとうかんかくにその音がひびく。

「私が死んだらたいしようめつせんが始まってしまう。今死ぬわけにはいかない」

「そうだな。しかしきみにいまさらなにができる? 元をただせばきみのせいだ」

「なら私以外のだれになにができる? お前だってなにもできないだろう!」

 私のさけびに実崎はおもしろがるように目を細めた。かいきわまりないその顔から目をらし景色に目をもどす。

 ゆうえが湖と空をあかねいろに染め上げ、雲と対岸の山々だけをかげいろに浮かび上がらせる。見ている間に影色の強さがどんどん増していく。夕日が地面に落ちると、空と湖だけは明るさを残し、地上はぞっとするほどうすぐらくなった。

 たそがれどきだ。

 雲間のなぎざんえいが見える。手を伸ばしてもつかむことはできず、むことすら許されない。空と湖は作ったように美しいあおむらさきいろをしているのに、この手は黒に染まっている。

 ──泣くほど怖いものなんてこの世にはないんだ。

 黄昏時の凪に美しい白昼夢を見ている。現実ではない優しい世界。永遠にその夢をながめていたいけれど、せっかちな月が現れて地上に光が戻る。

 ──さあ、起きる時間だよ。

 優しい誰かがあかねとともに去っていく。またたきの間に星が散らばり夜になった。眼下の水面はコールタールのように真っ黒だ。しんえんのぞき込んでいるさつかくおちいるほどになにも見えない。自分の指の間からこぼれた灰がやみに落ちていく。

 ──コツ、コツ、と正確無比に続いていた音が不意に、止まった。

「……『ニコ』、時間だ」

 とつぜん、背中を蹴られた。激痛に体が前にたおれ込もうとするのを、両足でみとどまる。

「なにをっ!?」

 振り返ろうとしたところを、トン、と軽く肩を押された。

 ──落ちる!

 手を伸ばしたがかすりもしなかった。すでに私の体は宙にあり、私の手の先で実崎は笑っている。

 ──こいつ、『やりやがった』。

 体が、ゆっくり、ゆっくり、逆さになっていく。

 世界が減速しているように感じるのは危機感を覚えると全てスローモーションになるというやつだろう。たしかタキサイキア現象だったか。あと三秒後に頭から着地する状態で思い出してもなんの役にも立たない知識だ。

 ──というか、本当に死ぬのか。二十四さいで、こんないきなり私は死ぬのか。

 逆さまのじようげんの月をにらみながら、コマ送りとなった世界でできることなどなにもない。

 ──いっそ『好きなこと』だけ考えるのはどうだろう?

 それはらしい考えに思えた。

 今際いまわきわであれば『あのかた』のことだけを考えてもいいだろう。もう死ぬだけなのだから。


 私が『あの御方』と出会ったのは一年前、深夜のコンビニエンスストアだった。

 当時の私は日がのぼる前から仕事を始め、日が変わった後も仕事をしていた。世界を変えるまで仕事をし続けなくてはいけない、その使命感だけが私を動かしていた。そしてその使命感ゆえに仕事以外のことをはいじよした。うれしいこと、楽しいこと、仕事以外にそんなものを見つけてしまったらそちらにげてしまうと思っていた。だから心にはなにも入れず、楽しみにしていることすらひとつもなかった。

 そんな私の前に『あの御方』は現れた。

 その目を見たときに視界が青色に染まった。あまりにもとうとつに世界の色が変わったから、いなずまにうたれたのかと錯覚するほどだった。いや、実際うたれたのかもしれない。

 り固まった思考がくだかれ、かわききった心になみが起きた。

 青に染まった視界が元に戻っても『あの御方』から目がはなせなかった。店内に流れる安っぽいラブ・ソングが胸にみ、気が付いたら泣いていた。

 こいとはきようだ。こちらの準備を待たずに勝手に始まり、そうして始まったときにはそれまでの自分が全て無にす。かれが笑えば世界が笑うし彼が泣けば世界が泣く。むしろ彼を泣かせる世界ならほろんでしまえばいい。彼のためにできることは全てしたいし、彼のためにできることがひとつでもあるのならそれが喜びだ。

 そんなくるった思考に支えられ、私はふるえる手を彼に伸ばした。

「……ちよう、格好いい……」

 手に取った『雑誌』は長い間ちんれつされていたのか角が折れ曲がっていた。

「なんだこれ……」

 金髪に青眼の少年と銀髪に緑眼の少年。そのふたりの後ろに『あの御方』は立っていた。

 長い黒髪はつやめき、そよ風になびく。がんちんする灰色に輝く瞳は、天上の美しさ。高いりよう、薄いくちびる、覗く白い前歯。体の右側は死者のもの、左側は異形のもの、やわらかな微笑ほほえみはまさに神のもの。

「らぴすらずり、わーるど……」

『待望のれんさい開始』と大きな赤字がおどる『まん雑誌』に『神』がいた。

「……は? すき」

 それが『あの御方』──週刊少年ドロップにて絶賛連載中の(私個人の中では)他のついずいを許さない最高の漫画『ラピスラズリ・ワールド』のラスボス『おう』との出会いだ。私は敬意を込めて『魔王さん』とお呼びしている。

 ──願わくは来世も魔王さんきみに課金したい。

 出会いを思い返しながら、空中で辞世の句を読み終える。


 しかし死ぬと決まれば気が楽になった。はやはじも外聞もない。布教しよう。

 魔王さんの登場する漫画『ラピスラズリ・ワールド』(りやくしようラピワル)は、たんてきに説明すると『魔王もの』だ。王様に勇者と任命された少年が王家に伝わる伝説のけんを持ち、仲間と共に魔王とうばつに向かう。それがラピワルのメインストーリーだ。ほうの使えない勇者と魔法使いの従者、途中から参加するなぞの少年というパーティーメンバーもベタで分かりやすい。

 この時点で『子どもっぽい』『大人が読むものじゃない』なんて思うかもしれない。私も出会う前であれば、そんな風にとらえたことだろう。だがむしろ、そのような色眼鏡を持っている人にこそ読んでもらいたい。

 この作品は『魔王もの』のテンプレートを利用した『人情物』なのだ。

 ラピワルは先に挙げたメインストーリーを前提として利用してはいるが、このストーリーは全く進まない。そもそも主人公が勇者に任命されても魔王討伐に向かわないのだ。その理由は魔王がいる魔王城が絶海のとうにあり、その島を中心に辺りが毒の海と化しているためだ。

『この毒のところって船も行けないんだろ? 泳いでっていいのか?』

『いいわけないでしょう! 溶けますよ!』

 商業版一話に、主人公の勇者とサブ主人公である従者がこのような会話をするシーンがある。ここから分かる通り、魔王討伐の前に魔王城に行く手段がないのだ。そしてそれを理由に魔王討伐タスクは停止する。たまに王様から『魔王討伐に行け』という命令が下りはするが、できることがないので放置されるのだ。

 そして彼らは魔王討伐の代わりに城下町のトラブルシューティングやりんごくでの異民族との異文化交流、はたまた家から一切出ずに延々と雑談などを続けていく。

 つまりラピワルはサブストーリーこそがメインストーリーなのだ。

 基本的に一話完結なのでどの話からでも読むことができいちげんさんでも手を出しやすい。その上で唐突に呼吸困難を起こすほどの感動回や苦味がえぐいトラウマ回が入ってくるためファンをきさせることもない。様々な問題を解決しながらキャラクターが成長していくファンタジー超大作、それがラピワルだ。

 ラピワルは当初は個人のウェブサイトで連載されていた。

 そのときはページ数の意識もなく作者さんのえがきたいように自由に描かれていたのだが、週刊誌連載の際に一話完結型にへんこうされたけいを持つ。その際に多くの改変が起き……、いや、この話はやめておこう。つらくなるだけだ。

 とにかくラピワルは一話完結型であるため、登場回数一回のみのぽっと出てきて倒される敵キャラも多い。だがその全編を通して勇者たちの絶対の敵、そして世界にとっての絶対の悪役としてびようしやされるキャラクターがいる。

 そう、メインストーリーなのにスルーされ続けている『魔王』だ。

 前述の通り、勇者は魔王討伐に向かわない。そのため魔王ものではあるが魔王はサブキャラにてつしている。一話の表紙に描かれているにもかかわらず連載初期はシルエットでしか登場しなかった。しかもそのシルエットも、キャラクターデザインにじやつかんの迷いがあったのか、初期の初期はわんけものという設定が忘れられていたレベルのサブキャラだ。

 が、単行本二巻に収録されている十二話によって、魔王はちようぜつれいキャラとして地位を確立した(と私はにんしきしている)。

 この回以前においても、勇者を見守る謎の存在としてシルエットだけは登場していたのだが、この回でようやく魔王がお目見えしたのである。

 一話の表紙にいながら単行本二巻でようやく……本当に長いたたかいだった……いや、このことは置いておこう。大事なのは十二話だ。

 保護した男の子のため薬草をとりに森をたんさくしていた勇者は十話の中ボスとの闘いを思い返し、そして反省する。この中ボス戦はゆうかい事件から始まるのだが犯人も誘拐されていた子どもたちもばくするというげきうつ展開なのだ。そして『おれができることは全部やるんだ』と決意をし、薬草を探す。やっと見つかったその薬草はとんでもないだんがいぜつぺきの先にあった。これをのぼるなんて無理だと従者がさとすのだが勇者はその反対を押し切ってがけに手をかける。しかしそこに、いちじんの風がく。

 勇者たちが振り返ると、そこに魔王が立っていた──

 ──はい! ここ! 風とともに現れるものはイケメンって平安時代から相場が決まっているんですよ。ここで魔王さんが超絶美麗キャラとしての地位をね! 確立したわけなんですよ! 実際、このページの魔王さんスチルだけで寿じゆみようが百年延びますからね! いやたしかに私はこれから死にますけども、心の寿命は百年延びましたから! むしろめつの存在となりましたからね! ここは絶対押さえておいてくださいね! テストに出しますから! 灰色の瞳もね! 大事な設定だから覚えておいてください! ていうか魔王さんの瞳って超絶れい……、……話を戻そう。

 突然現れた魔王に勇者たちはどうようする。

 ちなみに勇者たちが彼を見てすぐに魔王と分かるのは半身が異形であることと、とくちよう的な瞳の色のためだ。ラピワルの世界では、灰色の瞳は魔王のあかしである。この設定にずいして灰色がきらわれているという描写が多々出てくる。さらにちなむと、カラーイラストでは魔王の瞳以外は背景に至るまで灰色は使用されないほどてつていされている(ヲタク調べ)……話を戻そう。

 勇者は動揺のあまり、魔王に対してありえない発言をする。

『えっ、魔王だ! なんで魔王城にいないの!? やべえ、倒さないと王様におこられんだけど! まあ、いいや! あんた、あそこの薬草とれる?』

『……は? 薬草? あれをなにに使いたいんだ?』

 これが勇者と魔王さんの初会話である。平和か。

 魔王さんはここでとくしゆ能力である『かんてい』を使用する。目を合わせることで相手の力量や考えていることなどを読み取る能力だ。そして魔王さんは勇者が毒状態であることを理解し、『ばんぜんの体でない敵はつまらない』と魔法で勇者の毒を抜く。

 その後、当然のように宙を歩き薬草をとってきてくれる。

『この草は使い方をちがえると一株で百人死ぬ。正しく用いろ』

 そんな言葉を残し、魔王は風と共にその姿を消すのであった──

 ──なんで? なんでそうなるの? 魔王だよね? あれ、ちがったのかな? 天使なのかな? うちのし、天使なのかな? なんなの? もう好きが止まらなくて苦しくなるんですけど……、……話を戻そう。

 手に入れた薬草を用いて男の子は元気になり、保護してから初めての笑顔を見せてくれる。そんな主人公たちがいる館をはるか上空から見下ろす者がいる。

 そのしつこくの髪が風に靡く。

『全く……馬鹿な勇者がいたものだな……』

 主人公たちを遠くから見守りながら魔王は微笑むのだった(十二話 りよう)──

 ──はい、神回です。最終ページのコマぶち抜きの魔王さんは伝説です。この回で魔王さんに落ちた読者はきっと数えきれないことでしょう(願望)。

 とにかくこの十二話でようやく魔王は顔出しをした。そしてこの回以降じわじわと出番が増えていく。しかも出るたびに作画クオリティーおよびコストが上がっていった。

 そもそもラピワルのキャラクターは作者さんによる最高画力によって完成された美しさを持っている。だがしかし魔王さんはその中においてもあつとうてきな美を有す。美、と口にしたら他の言葉が必要なくなるほどに美しい。彼が登場するとそのページの美がほうし、こぼち、世界が輝きに満たされる。そして世界が平和になる。つまり魔王さんをせつしゆすると全人類が救われる。そんな魔王さんの美しさは外見に留まらない。むしろたましいに起因する美しさだ。内側から発光するのだ。お分かりいただけるだろうか? 分かる! 以外のレスポンスは今求めていない。お分かりいただけただろうか? 分かる! よし!

 そして三十八話! ついに魔王視点でその一日が描かれたのだ。

 この話はウェブ版では番外編『魔王の一日』というタイトルで、最終ページの一言まで言葉の表記がない。漫画的な表現も極力おさえられておりたんたんと神作画が続いていく。まるで詩のようなげんそう的なその作品は、少年漫画雑誌の中でさいを放つことになった回でもある。しかしそのふんがこの話にはぴたりと合っていた。

 魔王だというのに夜明けよりも前に目を覚まし、それから世界中を回る。墓場から出てきてしまった死者とこうしようしてはおん便びんにご帰宅願い、下界から出てきてしまった異形と交渉しては穏便にご帰宅願い、勇者にちょっかいをかけて適度にレベルアップさせ、そして世界をめぐり終えたら毒の城に帰りアップルパイを焼いたりして、自分の毛が入ってしまって失敗したりして、そんな一日を終えて、星がすっかりのぼった世界で魔王さんはその日あったことを思い返してから、あるいのりをささげる。

『──たったひとつ、もしもかなうなら──』

 このゆいいつ台詞せりふの先は世界平和だろうと察するに余りある。あまりにも天使すぎる。

 そんな大天使である魔王さんは先週発売された週刊ドロップでは、ついに堂々巻頭カラーページに降臨され、その美しさを全国に知らしめてくれた。

 そして……、最終ページにて……爆死された。

 ──死ね! 魔王!(勇者台詞)

 ──勇者の最終おうを受けた魔王、死す! あおり

 ──どうしてもいかしてあげることができませんでした。作者コメント

 そんなベタにベタをかけあわせたかのような爆死エンドだった。あ、思い出したら泣けてきた。つらい。しかもこのエンドは予想できなかったわけではないのがなおさらつらい。

 ラピワルにはひとつ大きな問題がある。人気がないのだ。

 それもじんじようじゃないほどに人気がない。けいさい順は常にさいこうで公式からの宣伝も一切ない。そもそも作者さんもSNSしゆつを一切しない。タイトルも特徴がない上にバズらない。私個人の中では最高けつさくなのだが、絶望に打ち震えるほどに人気がないのだ。

 それでも作者さんは努力をされていた。

 大衆にびたれんあい展開、必要性のないイケメンキャラの登場、無理なお色気シーン。テコ入れにテコ入れを重ねながらも作画クオリティーを保ち続けていた。そうまでしても人気は出なかった。そしてついに先週号においてラスボスが爆死するに至ったのだ。

 要するに、打ち切りだ。

 それは仕方ない。売れてなければ打ち切られるのは当たり前のことだ。そして打ち切りに際してラスボスを爆死させておけば、とりいそぎなんとか話がまとまるのも分かる。

 でも泣くしかない。もう本当にこの件については泣くしかない。胸がけそうだ。三秒後には胸どころか体が張り裂けるのだから正しい身体反応かもしれない。いや、私ごときの死は今どうでもいい。

 魔王さん爆死エンドはひどすぎるんじゃないか。

 そもそも魔王さんがなにをしたというのか。最大の悪事といえば去年の十月最終週号のハロウィン回でゾンビをよみがえらせたぐらいじゃないか。それも勇者がくなったおばあちゃんと会話ができるほっこりエピソードだ。人間側にはなんのがいも出てないのだし、そのぐらい許してくれてもいいじゃないか。他にもっとひどいことしているキャラいるじゃないか。せめてそっちを殺してから魔王さんだろう! 魔王っていうのに部下がひとりもいないボッチを、ラスボスだから殺すなんていじめじゃないか!

 打ち切りだとしてもなつとくなんてしたくない。そもそも打ち切りにだって納得したくないのだ。そうならないように毎週千冊こうにゆうし、アンケートを書き続けたのだから。毎日作者さんにファンレターを送り続け、単行本が発売されれば全ての電子ばいたいを購入し、書店の取り寄せをはしごし、全国の図書館にぞうしたのだから。金でできることも、すいみん時間をけずってできることも全てやったのだから。でも、そんなのなんの言い訳にもならない。

 胸が痛い。怒りのあまりに歯が震える。

 ──なんで、もっと、買わなかったのか!

 週に三十万円程度の投資でなにをやった気になっていたのか。私ひとりで全国一の売上をほこる雑誌にしなければやきにすぎない。どうしてそれが分からなかったのか。

 私は他の全てを捨てるべきだったのだ。

 申し訳ありません魔王さん、私がふがいないばかりに。ごめんなさい、作者さん。あなたのコメント『どうしてもいかすことができませんでした』というのは私にててくださった言葉ですよね。シルエットが出てくればいい方だった魔王さんが準レギュラーにまでのぼりつめてくださったことも、回を追うごとに明らかに魔王さんの作画クオリティーが上がっていったことも、多分というか間違いなくとあるコアなファンである私のせいですよね。ありがとうございます。本当にありがとうございます。あなたには感謝こそあれ、うらみなど少しもない。怒りを持つべきは、こうかいすべきは、私の行いだけです。

 どうせこんな風に死んでしまうのなら、好きなことだけを考えていればよかった。

 今際の際ではなくもっと早く魔王さんのことだけ考えていればよかった。

 あなたに全てささげたかった。


《──ならば、こちらに落ちてこい》


 やっと、闇が訪れた。

 つまり──これが、死か。

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