第一章 邂逅
①
「落ちたら死ぬぞ、『ニコ』」
建設
とはいえこの新研究所からは湖ぐらいしか見るものはなさそうだ。
「こんな
「
「……はいはい、そうですか……」
皮肉が全く通じない実崎が私の背後に立つ。目だけそちらに向けると、実崎は
まるで
死神は私に煙草とライターを差し出す。
「付き合え。命日だ」
箱から一本
「……なにをしているんだ?
「わたしの行動全てに意味があると?」
「お前がわざとらしいことをするときは
「ろく? ……六では幼すぎるだろう……十二ぐらいならいいか」
「なにを考えている? ……なにを数えているんだ」
私の質問には答えず実崎は煙を吐いた。コツ、コツ、と音は続く。
「きみこそなにをしている。とっととそこから飛び降りろ」
「は?」
「
「お前は、……なにを言っているんだ?」
「使えなくなったものを捨てるのは持ち主の仕事だ。今日は死ぬにはいい日だろう?」
「……自分の手を
私の皮肉を気にする様子はなく実崎は地面を叩く。コツ、コツ、とまるで時計の秒針のように
「私が死んだら
「そうだな。しかしきみに
「なら私以外の
私の
雲間の
──泣くほど怖いものなんてこの世にはないんだ。
黄昏時の凪に美しい白昼夢を見ている。現実ではない優しい世界。永遠にその夢を
──さあ、起きる時間だよ。
優しい誰かが
──コツ、コツ、と正確無比に続いていた音が不意に、止まった。
「……『ニコ』、時間だ」
「なにをっ!?」
振り返ろうとしたところを、トン、と軽く肩を押された。
──落ちる!
手を伸ばしたがかすりもしなかった。すでに私の体は宙にあり、私の手の先で実崎は笑っている。
──こいつ、『やりやがった』。
体が、ゆっくり、ゆっくり、逆さになっていく。
世界が減速しているように感じるのは危機感を覚えると全てスローモーションになるというやつだろう。たしかタキサイキア現象だったか。あと三秒後に頭から着地する状態で思い出してもなんの役にも立たない知識だ。
──というか、本当に死ぬのか。二十四
逆さまの
──いっそ『好きなこと』だけ考えるのはどうだろう?
それは
私が『あの御方』と出会ったのは一年前、深夜のコンビニエンスストアだった。
当時の私は日が
そんな私の前に『あの御方』は現れた。
その目を見たときに視界が青色に染まった。あまりにも
青に染まった視界が元に戻っても『あの御方』から目が
そんな
「……
手に取った『雑誌』は長い間
「なんだこれ……」
金髪に青眼の少年と銀髪に緑眼の少年。そのふたりの後ろに『あの御方』は立っていた。
長い黒髪は
「らぴすらずり、わーるど……」
『待望の
「……は? すき」
それが『あの御方』──週刊少年ドロップにて絶賛連載中の(私個人の中では)他の
──願わくは来世も
出会いを思い返しながら、空中で辞世の句を読み終える。
しかし死ぬと決まれば気が楽になった。
魔王さんの登場する漫画『ラピスラズリ・ワールド』(
この時点で『子どもっぽい』『大人が読むものじゃない』なんて思うかもしれない。私も出会う前であれば、そんな風にとらえたことだろう。だがむしろ、そのような色眼鏡を持っている人にこそ読んでもらいたい。
この作品は『魔王もの』のテンプレートを利用した『人情物』なのだ。
ラピワルは先に挙げたメインストーリーを前提として利用してはいるが、このストーリーは全く進まない。そもそも主人公が勇者に任命されても魔王討伐に向かわないのだ。その理由は魔王がいる魔王城が絶海の
『この毒のところって船も行けないんだろ? 泳いでっていいのか?』
『いいわけないでしょう! 溶けますよ!』
商業版一話に、主人公の勇者とサブ主人公である従者がこのような会話をするシーンがある。ここから分かる通り、魔王討伐の前に魔王城に行く手段がないのだ。そしてそれを理由に魔王討伐タスクは停止する。たまに王様から『魔王討伐に行け』という命令が下りはするが、できることがないので放置されるのだ。
そして彼らは魔王討伐の代わりに城下町のトラブルシューティングや
つまりラピワルはサブストーリーこそがメインストーリーなのだ。
基本的に一話完結なのでどの話からでも読むことができ
ラピワルは当初は個人のウェブサイトで連載されていた。
そのときはページ数の意識もなく作者さんの
とにかくラピワルは一話完結型であるため、登場回数一回のみのぽっと出てきて倒される敵キャラも多い。だがその全編を通して勇者たちの絶対の敵、そして世界にとっての絶対の悪役として
そう、メインストーリーなのにスルーされ続けている『魔王』だ。
前述の通り、勇者は魔王討伐に向かわない。そのため魔王ものではあるが魔王はサブキャラに
が、単行本二巻に収録されている十二話によって、魔王は
この回以前においても、勇者を見守る謎の存在としてシルエットだけは登場していたのだが、この回でようやく魔王がお目見えしたのである。
一話の表紙にいながら単行本二巻でようやく……本当に長い
保護した男の子のため薬草をとりに森を
勇者たちが振り返ると、そこに魔王が立っていた──
──はい! ここ! 風とともに現れるものはイケメンって平安時代から相場が決まっているんですよ。ここで魔王さんが超絶美麗キャラとしての地位をね! 確立したわけなんですよ! 実際、このページの魔王さんスチルだけで
突然現れた魔王に勇者たちは
ちなみに勇者たちが彼を見てすぐに魔王と分かるのは半身が異形であることと、
勇者は動揺のあまり、魔王に対してありえない発言をする。
『えっ、魔王だ! なんで魔王城にいないの!? やべえ、倒さないと王様に
『……は? 薬草? あれをなにに使いたいんだ?』
これが勇者と魔王さんの初会話である。平和か。
魔王さんはここで
その後、当然のように宙を歩き薬草をとってきてくれる。
『この草は使い方を
そんな言葉を残し、魔王は風と共にその姿を消すのであった──
──なんで? なんでそうなるの? 魔王だよね? あれ、
手に入れた薬草を用いて男の子は元気になり、保護してから初めての笑顔を見せてくれる。そんな主人公たちがいる館をはるか上空から見下ろす者がいる。
その
『全く……馬鹿な勇者がいたものだな……』
主人公たちを遠くから見守りながら魔王は微笑むのだった(十二話
──はい、神回です。最終ページのコマぶち抜きの魔王さんは伝説です。この回で魔王さんに落ちた読者はきっと数えきれないことでしょう(願望)。
とにかくこの十二話でようやく魔王は顔出しをした。そしてこの回以降じわじわと出番が増えていく。しかも出る
そもそもラピワルのキャラクターは作者さんによる最高画力によって完成された美しさを持っている。だがしかし魔王さんはその中においても
そして三十八話! ついに魔王視点でその一日が描かれたのだ。
この話はウェブ版では番外編『魔王の一日』というタイトルで、最終ページの一言まで言葉の表記がない。漫画的な表現も極力おさえられており
魔王だというのに夜明けよりも前に目を覚まし、それから世界中を回る。墓場から出てきてしまった死者と
『──たったひとつ、もしも
この
そんな大天使である魔王さんは先週発売された週刊ドロップでは、ついに堂々巻頭カラーページに降臨され、その美しさを全国に知らしめてくれた。
そして……、最終ページにて……爆死された。
──死ね! 魔王!(勇者台詞)
──勇者の最終
──どうしてもいかしてあげることができませんでした。作者コメント
そんなベタにベタをかけあわせたかのような爆死エンドだった。あ、思い出したら泣けてきた。つらい。しかもこのエンドは予想できなかったわけではないのがなおさらつらい。
ラピワルにはひとつ大きな問題がある。人気がないのだ。
それも
それでも作者さんは努力をされていた。
大衆に
要するに、打ち切りだ。
それは仕方ない。売れてなければ打ち切られるのは当たり前のことだ。そして打ち切りに際してラスボスを爆死させておけば、とりいそぎなんとか話がまとまるのも分かる。
でも泣くしかない。もう本当にこの件については泣くしかない。胸が
魔王さん爆死エンドはひどすぎるんじゃないか。
そもそも魔王さんがなにをしたというのか。最大の悪事といえば去年の十月最終週号のハロウィン回でゾンビをよみがえらせたぐらいじゃないか。それも勇者が
打ち切りだとしても
胸が痛い。怒りのあまりに歯が震える。
──なんで、もっと、買わなかったのか!
週に三十万円程度の投資でなにをやった気になっていたのか。私ひとりで全国一の売上を
私は他の全てを捨てるべきだったのだ。
申し訳ありません魔王さん、私がふがいないばかりに。ごめんなさい、作者さん。あなたのコメント『どうしてもいかすことができませんでした』というのは私に
どうせこんな風に死んでしまうのなら、好きなことだけを考えていればよかった。
今際の際ではなくもっと早く魔王さんのことだけ考えていればよかった。
あなたに全てささげたかった。
《──ならば、こちらに落ちてこい》
やっと、闇が訪れた。
つまり──これが、死か。
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