魔王の右腕になったので原作改悪します
魔王の右腕になったので原作改悪します/ビーズログ文庫
プロローグ
カビの
湿り気を帯びた
すりガラスの
もしかして私は
「
タイル床に磁器の入れ物を置き
蚊取り線香を放置し風呂場を出る。台所はまだ
そんな
それ以外に良いところはない。それが
家の中心となる台所には
だから『住所不定』のものがあると、とても目立つ。
「うわ、また
食卓に放置されたショートサイズの煙草の箱を開けると、二本しか残っていなかった。
「早死にするぞ、ジジイ」
冷蔵庫の向こう側の部屋を見る。今日も今日とて襖は開きっぱなしだ。
壁も床も
なんてことない、見慣れた光景。
「あ」
しかし、
「これ、『夢』だ」
二年前にこの団地は建て直されることが決まり、住人は全員立ち
なのに、
例えばこの
「……リアルな『夢』だなあ……」
『夢』を見ている私は
──そうだ。いっそ、ここで永遠に眠ってしまおうか?
それは
ここにいたときは
ここは安全だった。ここは安心だった。ここがよかった。
──なら、もうここでおしまいにしていいじゃないか。ここより遠くに行ったところでなにもいいことはないんだ。ここで今、ハッピーエンドのうちに幕を閉じよう。
『夢』と『現実』の境目がなくなり意識が
「
しかし、『夢』に落ちる前に呼び起こされた。
「今日は空が青いねえ、お出かけ
カーテンが開く音とともに、まばゆい光が視界に飛び込んでくる。
「あ、でもいわし雲が出てきてる」
私を起こしたその人はベランダの向こうの空を見上げていた。その後頭部には寝ぐせが残り、着古されたカーディガンは色落ちしている。
そこに私の記憶通りの先生がいた。
「午後は雨が降るかもなあ」
先生はどんな日もこうして台所で私の帰りを待っていた。
だからどれほど気分が悪い日であっても、必ず先生に会わなきゃいけなかった。
『どうしてこの家はこんなつくりなんだ』と文句を言うと、『透が可愛いからだよ』と先生は笑った。当時の私は馬鹿にされていると思って先生を無視した。そんな、ただいまのひとつもまともに言えないひねくれものを
「まあいっか。雨が降ったら
カーテンをめくる先生の右手の
馬鹿な私は自分で傷つけておきながらその
なにもかもが今更で、取り返しがつかない。
「透、ほら起きて。出かけようよ。どこへでも行けるよ?」
どこに行っても二度と会えない先生がそんなことを言う。
こんな『夢』ですら先生の言葉を皮肉と受け取る自分に
吐き気に似た息苦しさを飲み込み、
「先生は……、どこに行きたいの?」
「そうだなあ、ピクニックとか?」
「雨が降るかもしれないのに?」
「雨味のサンドイッチも
先生が
「どこにも行きたくない。ここにいようよ、先生。ずっとここにいようよ」
「駄目だよ。それじゃ透がしあわせになれないだろ?」
先生を
「……しあわせなんて、そんなものはない」
「そうだね、しあわせはものじゃない」
先生は私の
「しあわせっていうのは、心が満ち足りていることをいうんだよ。そりゃ透が僕のこと大好きなのは知っているけどさ、いつまでもここに逃げ込んじゃ駄目だ。ここじゃもう透の心を埋めてはあげられない。分かっているだろう? ここは『夢』なんだよ」
「先生、なんで?」
「なんでってなにが?」
「なんでそんなつまらないことを言うの」
「つまらなくないさ。僕が望むことは透のしあわせだけだもの」
息を吐こうとしたら、喉の奥で潰れ、鼻の奥がつまった。言わなきゃいけないことがたくさんあるのに言葉より先に
「相変わらず泣き虫だなあ」
先生が私の
「
そこで
「……せんせ、なんで?」
「なんでってなにが?」
「……なんで、わたしなんか、ひろったの……」
その頰にあるホクロだとか、その少し曲がっている指だとか、思い出すだけで泣きたくなる。だから全て忘れてしまいたかった。なのにこうして思い出してしまう。笑うときだけ少し高くなる声で、私にくれた言葉のひとつひとつを。それが夜空にこぼれた星のように、今になってこんなにも
忘れることも
「僕のしあわせのためだよ。透が生きていてくれることが、僕のしあわせなんだ」
「……そんなの……やくにたたない……」
「役に立つさ。透がいるから僕の世界が救われたんだ。ね、だからもう少し
先生が私の
「さあ、起きる時間だよ」
──視界が反転した。
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