第73話 ミリア視点


 パトラのきれいな白と対比されるような、漆黒の竜に跨る兄様を見る。

 竜の身体はパトラよりふた周りも大きく、兄様の手には歴代竜騎士団長ですら使いこなせず封印されていたという魔槍が握られている。

 でも……。


「ユキアさんが、私たちなら大丈夫って言ってくれたから」

「きゅるーん!」


 パトラに取り付けられた鐙は私のために特別に作られた特殊なものだった。

 通常、広い竜の背を生かして竜騎士はある程度回避を想定して可動範囲を広く取るものだ。

 だが私は今回、可動範囲を極限まで狭めて、自分の身体をほとんどパトラに固定している。


「来るよ!」


 パトラに指示を出したときには、すでにパトラが身を翻して伸びてきた魔槍を避けている。

 今回は当然。

 兄様が何も考えず真っ直ぐに槍を伸ばしてきただけだから、私もパトラも見えていた。


「ほう……一応乗れるというわけか……」


 兄様が竜に指示を送り、その羽をゆっくり羽ばたかせて溜めを作り始める。

 突進だ……。ぶつかればひとたまりもないし、避け方を間違えて体勢を崩せばすぐにあの魔槍が伸びてくる。


「死ね!」


 ブワッと、風を置き去りにした黒竜が飛び込んでくる。

 だが私はすでにパトラに指示を共有している。


「なにっ⁉ どこだっ⁉」


 真っ直ぐに、最速で飛び込んできた兄様。

 竜騎士の弱点は非常にわかりやすい。竜は勝手に動けば人間を振り落としかねないから、人間の指示を待たなければ動けない。

 かといって竜単体で放ったとしても、よほどしつけられたものでなければ戦争においてアドバンテージなど得られない。

 だからこそ、人間の指示を待つ竜こそ最高であると、王国では考えられてきたのだ。

 人間の指示を待つということは、人間の目が届く範囲でしか対応が出来ないということになる。

 高速で動けば人間が追いきれない速度になるため、次の行動までに一拍、余白ができる。

 そして……。


「がら空きですよ」


 人間の目が届かず、竜が弱点を晒す場所……。


「下……だとっ⁉」


 兄様が反応したときにはすでに、パトラが全速力で黒竜の横を通り抜ける。

 私とパトラの視覚が共有できるからこそ、お互いのギリギリまで接近してすれ違うことができるのだ。

 だから私は、ただ真っ直ぐ剣を握っているだけで……。


「キュギャアアアアァァアアアアアアア」

「なんだっ⁉ くそっ⁉ いつの間に下に……いや……! いつの間にこいつに傷を……!」


 すれ違いざまに腹に与えた剣戟は、一撃で相手を落とすのに十分な威力を発揮したはずだ。

 すぐに降りて治療を開始しないと竜は死ぬ。

 国家にとって大きすぎる竜一匹の金額を考えれば、どんな竜騎士でも戦闘を中断するのだが……。


「ちっ! 使えぬ奴め! お前など死んでも代わりはいくらでもいるのだ! あれを落とすまで治療はさせぬ! 死にたくなければとっとと飛び込め!」

「キュウウギャアアアアアアア」

「兄様……」


 ユキアさんの言った通りの結果になったことに驚くような、もはや安心するような気持ちになりながら、突進してくる黒い個体と槍を振りかざす兄を見つめる。


「パトラ」

「きゅるー!」

「なっ⁉」


 ユキアさんのアドバイスはこれだけだった。

 一度傷を与えたとしても、兄は竜のことなど気にせず攻撃してくる可能性がある。そうなったときは……。


「上空に逃げろ、でしたね」


 傷を負った竜の突進など、身軽なパトラからすれば止まっているようなもの。

 さらりと上空へ身を躱す。

 下が弱点という理論は、パトラの視覚も共有されている私には関係ない。

 そして傷を負った巨体のドラゴンでは、上空には攻撃が届かず……。


「苦し紛れに槍を伸ばしてくる……本当に、ユキアさんには何手先まで見えていたのでしょう」


 伸ばされた槍は伸ばせば伸ばすほど、その先にかかった力がそのまま持ち主に帰ってくる。

 パトラが難なく避けたその魔槍の穂先を……。


「ふっ!」


 剣で弾く。


「なっ⁉ ぐぁっ! くそ……しっかり支え……ぇ?」


 傷を負った竜に、その衝撃を受け止める力は残っていない。


「おいっ⁉ しっかり……くそ! くそがっ! おい! 何とかしろ! 貴様らが緩衝材として受け止めろ! いいか! そこを動くなよ!」


 兄様が落ちていく先には騎士団がいるが、ここにいる騎士団員に落ちてくるドラゴンを命がけで支えようなどという気持ちを持ったものは一人もいなかった。

 もっとも、下にいたところで被害が増えただけだと思うが……。


「くそっ! ならば……ならばせめて貴様を道連れに!」


 落ちていく兄様の魔槍が真っ直ぐに、ユキアさんのいる本陣に伸びていくが……。


 ――ガキン


「なっ……」


 あっけなく阻まれて、そのまま黒竜は地に落ちていった。

 その間抜けな表情と声が兄様の最期になったと思うと少しだけ、同情の気持ちが湧かないこともなかった。

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