第72話

「貴様……この私にこのようなことをしておいてただで済むと思うなよ」


 神獣のプレッシャーをもろに浴びたアルンはただ竜に乗っているだけで息切れするほどに消耗している。

 お膳立てはここまでにしておこう。


「ただで済まないなら、どうするつもりだ?」

「決まっている! 貴様ら全員八つ裂きに――」

「お待ち下さい!」


 アルンが吠えかけるが、それを止めたのは……。


「出来損ないのミリアが何のようだ」

「ぐっ……」


 兄、アルンの放つプレッシャーに一瞬怯んだミリアだが、しっかりと意識を持ち直してこう返した。


「私はレインフォース領代表として、ゼーレス王国第一王子、アルンに一騎打ちを申し込みます」

「……ほう?」


 アルンの顔が残忍に歪み、またミリアが一瞬怯みかける。

 だが隣に並ぶ相棒が、ミリアを守るように咆哮をあげる。


「キュゥォオオオオオオオオオオオオオン」

「ちっ! うるさいトカゲめ! しつけぐらいしっかりしておけ!」


 耳を塞ぐアルンが苦しそうにそう叫ぶがもうその頃にはパトラがミリアに頬ずりをして落ち着けている。


「ありがと、パトラ」

「きゅるーん!」

「よし……うん。もう、大丈夫!」


 さっとパトラに乗ったミリアが上空に飛び立った。

 ミリアの装備はもちろん、鐙も含めてドワーフの職人がこのために用意した最高級品だ。

 ミリアは王族の仕事の傍ら、たしかに【テイム】に傾倒した部分はある。

 だがそれ以上に、ミリアは生真面目にあらゆることに打ち込んでいたのだ。

 その中には剣術も、魔術も、そして竜騎兵術も含まれている。

 竜が大柄なため、竜騎兵は剣などを振るっても大した意味はない。

 主な攻撃は竜によるものになり、それを魔力でカバーするか、槍や薙刀などの長柄の武器で戦うことが求められる。

 ミリアの武器は、【テイム】だ。


「いきます……パトラ!」

「きゅるーん!」


 【テイム】には派生スキルが複数存在する。

 集団相手に一度に行うスキルや、テイムした魔物に応じて術者の能力が向上するというのも、正確には派生スキルの一つだ。

 そんな中、ミリアには一つ、ずば抜けた才能があった。


 ――第四のフォースアイ


 ミリアはテイムした従魔に自分の得た視覚情報をそのまま流し込むように送り出す能力がある。それは逆もしかりだった。


「俺にはあんな芸当出来ないからな……」

「面白い人材が揃っていて王としては羨ましい限りだがな」


 ペガサスに跨るレイリックが横からそんなことを言う。

 と、ミリアがパトラと共に飛び立ったのを見て、アルンも槍を掲げながら前に進み出てきた。


「武器なしで良いのか?」

「構いません。私はこの子と戦いますから」

「ふん……道具に過ぎぬ竜頼み……つくづく下らぬ……良いのだな? 私の一騎打ちはこの戦いのすべてを意味するぞ。もしお前が負ければあそこにいる男ごと皆殺しだ!」


 アルンの威圧。

 だがもう、パトラと意識を合わせたミリアは動じない。


「むしろ兄様こそ大丈夫でしょうか? 兄様が負ければ、王国は終わりますよ?」

「ふっ……ははははは! 何を言い出すかと思えば! 私がお前に負ける? 笑わせるな。そんなことは万に一つも有りえぬ!」


 それっきり、言葉のやり取りは終わる。

 ここからはお互いの刃が交錯するのだが……。


「ユキア。あの槍、魔槍だな? 人間がなぜあれを?」


 魔槍。

 文字通り魔力によって成り立つ特殊な槍だ。

 持ち主が魔力を込めればその分長く伸び、刀身が魔力でできた刃物以上の武器になる。

 味方の竜を傷つけぬよう、刀身の出し入れを行いながら、なおかつ竜に乗りながら相手にダメージを与えられる特殊な武器だった。


「竜騎兵専用の国宝だったはずだけど……ここ数年は使い手がいなくて出番がなかったと思う。

「ほう……ということは、あの男はそれなりに出来るわけか」

「正確以外完璧超人だそうだからね、第一王子は」

「そんな相手だというのに、ユキアはまるで焦る様子がないようだが?」

「まあ、信頼してるからね」


 というより、ポテンシャルをフルに発揮したミリアが乗った竜に勝てる竜騎兵なんて、大陸を見渡してもいないはずなんだ。


「国宝の魔槍、人間としては数世代ぶりの使い手が揃い、竜も私が見る限り優秀に見える相手に……か。勝てばいよいよ、あの不遇の王女も胸を張ってユキアの国の一員というわけだ」

「俺からすればそんな必要はなかったんだけど……」


 これはきっと、ミリアにとって必要なケジメだから。


「良い顔になってきたではないか! 王の顔だ」

「どんな顔だよ……」


 レイリックと軽口を交わし合っていると、いよいよ両者がぶつかろうと動き始めていた。

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