第67話 ミリア視点

兄の存在はトラウマだった。

 離れて暮らすようになってようやく、その柵から放たれたかと思っていた。

 だがそれは間違いだった。


「……っ!」


 日に日に兄たちに対する恐怖心は強くなっていた。

 だからこそ、私は甘えるように、【テイム】に依存したのだ。

 気づけば私はベッドで横になっていた。まさか痕跡を見つけただけで気を失うとは思ってもみなかったが……。

 ふと、誰かの足音が近づいてくるのを感じる。


「落ち着いたか?」

「その声は……ユキアさん⁉ 入ってください!」

「ああ……」


 与えられた小屋の中で、ベッドに横になっていた私は慌てて身体を起こす。

 とにかく失礼がないように入ってもらおうと思ったのはいいけれど、身だしなみが……⁉


「お邪魔します」

「あっ……はい、その……」

「横になってていいのに」


 優しく笑うユキアさんの手には、湯気の出たコップが握られていた。


「ホットミルクだ。王国が賠償として送ってきた家畜だから、味は合うと思うけど」

「ありがとう、ございます……」


 こんなところで二人だと意識してしまうとまともに顔も見られない。


「兄様って言ってたってことは……」


 その言葉だけで、心音が早くなった。

 ユキアさんは決して気遣いができないわけではない。

 だからあえてここに踏み込んだということは……。


「第一王子、アルン兄様……文武ともに優れた才能を持った、天才神童でした」


 私も、覚悟しないといけない。


「なるほど……でも、性格だけは優れていなかったと」

「あ……」


 ユキアさんの手が私の頭に触れた。


「ミリアは間違ってない。大丈夫」

「はい……」


 テイマーなど必要ない。憧れることも、目指すことも、動物たちと心を通わせることも、すべて無駄と言われ続けた王宮での日々を、ユキアさんの手が振り払ってくれるような気になる。


「って、ごめん。流石に失礼だったか」

「あ……」

「ん?」


 照れたように手を話したユキアさんに、ついはしたなく物欲しそうな声を上げてしまい赤面する。

 き、切り替えよう……。


「ユキアさん!」


 黙ってうなずいて、こちらを真っ直ぐ見てくれた。

 色んな意味で緊張しながら、私は声を絞り出す。


「兄様の件、私が……!」


 私は王国の姫。

 この地で私が、後ろめたさを感じることなくみんなと一緒に過ごすためには、必要なケジメだと思った。


「俺も、そのつもりでいたよ」


 ユキアさんがそう言って笑ってくれる。

 柔らかい笑みとは裏腹に、口から出る言葉にはずっしりとした重みがある。


「第一王子アルンは騎竜していたと聞いたから、ミリアもパトラと組んで、一騎打ちに持ち込む」

「――っ!」


 そのときを想像して、また震えてしまいそうになる身体をなんとか抑える。

 たったそれだけの変化。

 たったそれだけの、まだなんてことない勇気だったというのに……。


「いけそうだね」


 そう言って微笑むユキアさん。

 やっぱり、レインフォース家の人はテイムだけじゃなく、人たらしのスキルでも持ってるんじゃないだろうか。そんなことを考えていたら、少しだけ緊張が解けたような気がした。

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