レイヴン王国第五軍団長 フィフとカヅラ

(…けた……みつけた……助けに来たよ…)

 優しい声に呼応するように、永い眠りから彼女の脳が覚醒した。目を開くより早く体の感覚が戻り、立ち上がっている彼女の腰の辺りまで再生液の水位が下がっていることが確認できる。大気に触れた上半身はまだしっとりと濡れており、肺の中から気化した再生液が一呼吸ごとに吐き出されてゆくのが感じられた。再生液には人が液体で呼吸できる程の酸素も含まれており、吐き気こそあれど息苦しさは無い。そう感じている間にも水位は徐々に下がり続け、肺の中が空気で満たされ、一度深呼吸をしたときに再生液は彼女が入っている円柱型のカプセルの中からほぼ排出されていた。

 そして彼女を守っていた半透明の蓋がひとりでに開いた。彼女は右手と右足に力を込めて、しっかりと掌と床に指が食い込む感触が返って来て安心したように微笑んだ。カプセルから薄暗い部屋へと足を踏み出した彼女は、目の前の床に軍用の鞄が置かれていることに気が付いた。鞄の上には白い紙が貼られており、しゃがんでその紙を読む。

「『着替えです』…素っ気無い文章ね?『彼』らしいといえば彼らしいけど」

 彼女はそう言うと右後方へ振り向いた。そこにはもう一つのカプセルとその中に入っている一人の男の姿があった。彼は頭部以外を強化装甲服で覆い、刀を左腰に差したままカプセル内で眠りについていた。カプセル内は再生液で満たされているが、体には欠損箇所は見受けられず、再生では無く冬眠を目的として眠りについていることは明らかだった。

 彼女は鞄から着替えの軍服を取り出すと慣れた手つきで着込んでゆく。着終わると左胸ポケットに付けられた五翼の鳥の紋章に感動しつつ、彼のカプセル外部に設置してある操作盤に掌をかざした。すると電子音声が操作盤から流れ始める。

「パスワードを入力してください」

 彼女は迷わず三十桁以上のパスワードを打ち込む。そして再び掌を操作盤にかざした。

「パスワード認証…コールドスリープモードを解除します…シーケンス完了まで三十秒…」

 その電子音声を聞いて息を吐いた瞬間、微かに、しかし重たい地響きが上層から聞こえてきた。彼女は部屋の天井を微かに睨み、カプセルが開くのを待った。

「コールドスリープモード解除完了…『カヅラ』様の覚醒シーケンス開始…」

 カプセル内の再生液の水位が徐々に下がって行く。そして彼女と同様に腰の辺りまで水位が下がったところで彼、カヅラは青い目を開いた。最初こそ目に力が無く呆然としていたが、カプセルの外に彼女の姿を確認すると目を見開き、そして微笑んだ。彼女も微笑み返す。そして水位が下がり切ると彼女は正面から身を退け、開いたカプセルからカヅラが歩み出た。歩み出るや彼は彼女に跪き、頭を垂れたまま口を開く。

「右腕と右脚の再生の完了、おめでとうございます『フィフスウィング』様」

 彼女はその言葉に嬉しそうに微笑み、確認するように言葉を返す。

「そう言う堅苦しいのはいいって…一緒に眠ってくれてありがと」

 彼女はそう言うと右人差し指を唇に当てて、顔を近づけながら尋ねる。

「その呼び方…私はもう第五軍団長(フィフスウィング)なのね?」

「ああ、当然だ」

 カヅラはそう頷くと立ち上がり、正面から彼女を見据える。

「長らく兄姉達からの圧力でその座に就くことは叶わなかったが、王都決戦で敵軍を退けた活躍は他の軍団長、そしてレイヴン王にも成せなかった偉業…そう言って俺が眠る直前に王が約束してくれたんだよ」

 その言葉に照れるように体を一回転し、彼女はあることを思い出した。

「ありがと…服もありがとね?結構似合ってるしサイズもぴったり」

「フィフスウィング様が第五軍団長を継ぐ時の為に用意していた服だ…すこし伸びた髪にも合っててよかったよ」

 回転をびしっと止めた彼女がカヅラに向けて右手人差し指を伸ばして口を開いた。

「『フィフスウィング』って長いから『フィフ』でいいよ、『様』も二人の時はいらないし」

「分かった…フィフ、これからは一人で戦わずに第五軍団を頼れよ?」

 カヅラのその言葉に感無量と言わんばかりに瞳を閉じて深く息を吸う。しかし再び爆発音が響き、カヅラが警戒してヘルメットを装着した。彼女も瞳を開く。

「戦闘音…音量から察するに地表で戦闘中だな、しかもかなり大規模な」

 カヅラの言葉にフィフは部屋を見渡し、出入り口でもある昇降機へと駆け寄った。

「早く地表に出なきゃ…!その服の通信機は使える?」

「いや、たぶんここが深すぎてノイズしか入ってこないな…通信データの暗号が書き換えられてる可能性もあるが」

 カヅラは素早く返答しながら左胸のポケットに手を入れた。突然の行動に体を強張らせながらも、彼が取り出した左耳に取り付け可能な通信機を見て表情を取り繕いながら受け取り、通信機を付けた。彼の言う通り波長を合わせてもノイズ塗れの音しか聞こえてこない。その時、昇降機から軽い心地よい音が響いた。

 昇降機の扉が静かに両側に開き、二人が乗り込む。内部の操作盤で目的地を地表へ設定し、昇降機の扉が閉まると、フィフが通信機をいじりながら口を開いた。

「肉体の再生には結構な時間が掛かるはずだけど、私が眠ってどれぐらい経過したの…?」

 その言葉にカヅラも首を捻る。再生カプセル層には時間を示すものが一切置かれていない。欠損した人体の再生には長い時間が掛かる。さらにカヅラのように冬眠を目的とした場合、最長で数千年眠り続けることも考えられる為、目覚めたばかりの人達への精神的ショックを緩和する目的で設置されていないのだと、その部屋を発見したレイヴン王国では考えられていた。

 上昇中にも上層からの戦闘音と振動は収まらず、次第にそれは大きくなっていった。それでも昇降機は微かに揺れる程度で上昇を続け、再び軽い電子音を鳴らして停止すると扉が開いた。カヅラが開くと同時に飛び出て周囲・城の天守へ続く回廊の壁面内部に隠された通路を警戒したが、敵も味方も確認できなかった。彼は昇降機の中へ左手で合図を送り、フィフを庇いながら回廊へ出る隠し扉へと向かう。

「戦闘音から察するに革命同盟軍と王国軍だな…第五軍団がいるなら早い所合流だな」

 隠し扉のすぐ横の壁に張り付いたカヅラの言葉に、フィフは緊張感を持って両手を目の前で握り締め、溢れ出る力の感覚を確かめる。その時ふと気づいたことを呟いた。

「お腹空いた…」

 その言葉に同感だと言わんばかりにカヅラが頷いた。そしてフィフが反対側の壁に張り付いたのを確認すると右手の指で三秒数え、隠し扉から飛び出した。同時に共振刀を抜き回廊中央部まで駆け抜ける。

「敵襲!」

 最も近い場所で発せられたその言葉を皮切りに、複数の男の声が聞こえた。フィフも遅れて顔を出すと、隠し扉目の前にカヅラに注意を向けている革命同盟の強化装甲服を着た兵士が五人。そして回廊と天守を繋ぐ扉の前にさらに十人の革命同盟軍兵士がそれぞれ銃を片手に陣取っていた。カヅラが不意を突いた近場の三人の兵士を斬り伏せたが、残りの二人は咄嗟に天守側へ後退しながらカヅラへ容赦なく弾を撃ち込む。フィフはその二人へ向けて右腕を伸ばし、広げた掌から光の柱を放った。光の柱に飲まれた二人は衝撃で回廊の壁まで吹き飛ばされ、フィフは右腕を伝わる反動を左手で抑えながら、そのまま照準を天守入口の十人へと向けた。突然のフィフの攻撃に反応できた敵兵は一人だけ、その一人は背中の光粒子エンジンを咄嗟に稼働させると回廊天井付近まで飛び上がり、上空からフィフを狙い撃った。

「フィフ!」

 敵の動きに反応したカヅラの焦った声が響いたが、敵兵の銃弾がフィフの周囲に展開された防御壁に防がれる音と重なった。そして右手を閉じたフィフは、上空の敵兵に向けて左掌を渾身の力を込めて突き出した。その左掌からは右掌から出した光とは比べ物にならない程太い光の柱が立ち上がり、敵兵諸共回廊の天井を突き破り、さらに上空に滞空していた革命同盟軍の飛行戦艦『アース・ディセンデント』の下部を直撃し、爆発した。その爆発音が天井に穴が開いた回廊に響く。穴が開いたことで外の様子が確認できるようになったカヅラが叫ぶ。

「上空に革命同盟軍飛行戦艦!やべえ時に目覚めちまったかな…」

「ま、飛行戦艦ぐらいなら私が何とかするから…」

 左手の光を治めながらフィフが返すと展開させていた防御壁が発動し、天守へ続く扉の先から飛んできた銃弾を防いだ。カヅラが無言で走り出し、扉の向こうへ消えたのを見てフィフも続く。二人の行動からは迷いも恐怖も感じられず、扉の隙間を越えた直後にカヅラは、扉の左右で待ち構えていた兵士達を扉ごと切断し、さらに奥の玉座の間へ繋がる階段で陣を構えた兵士達に突撃した。その突撃は銃撃を受けた衝撃で止められるが、カヅラの背後からフィフが放つ光の柱が階段ごと爆散させた。

 カヅラが爆風を刀で切り払うように堪えて顔を上げると、爆発により抉られた階段と敵兵士達の残骸が転がっていた。中には五体が離れているものもあったが、カヅラは平然とそれを眺め、背後のフィフに話し掛けた。

「強化装甲服を着ていてこうなるか…フィフ、結構グロいが大丈夫か?」

「これぐらいなら問題ないよ」

 フィフはカヅラの隣に並びながら平然と答えた。カヅラはその返答に肩を竦めて階段の上方をヘルメットのセンサーで探ったが、人の心音も強化装甲服の稼働音も確認できなかった。再びフィフに向き直る。

「一国の王女様が一体どこで四肢バラバラ人間の耐性なんか得るのやら…とりあえず『玉座の間』には誰もいなさそうだ」

 その言葉にフィフが意外そうな声を上げる。

「玉座の間は見張り無しなんだ…王国との価値観の違いかな?」

「王がいなけりゃ玉座もいらねえからな…まあ俺達みたいに内部に敵が突然現れることを想定してなけりゃ、外堀だけ守ってるのかもしれないな…まあ、それにしても守りが薄すぎるとは思うがな…」

 カヅラがそう言った瞬間、二人の背後から轟音が響いた。建物が崩壊する音に二人は瞬時に振り返り、何も言わずに先程通った扉の左右に体を張り付かせた。カヅラが慎重に回廊を覗き込み、その先の様子を伝える。

「黒いリム二機が交戦中!双方王国製だと思うが、見たことが無い型だ…片方に第四軍団の紋章確認、もう片方は不明!」

「…もう片方が第何軍団なのかによるわね…新型機ってことは、私達が眠ってから新型を開発できるぐらいの時間が過ぎたってこと…」

 フィフの考察にカヅラは答えられない。ヘルメット越しに回廊での戦闘を眺め、そしてその先に見えた人影に目を奪われていた。その様子にフィフも警戒しながら回廊を見る。リム同士の戦いには決着がついたのか、片方のリムは回廊の壁に食い込む形で倒れていた。そしてもう一機のリムは天守への扉に背を向け、その先に立つ二人の人物と対峙していた。ホログラフィックで表された蒼白い女性と、黒い強化装甲服に前進を包んだ女性。そしてその片方、強化装甲服を着ていた人物がヘルメットを外すと、その顔を見て息を呑んだ。初めて会ったはずの女性の顔、しかしフィフはその顔を誰よりも知っていた。


 同時刻、レイヴン王国軍第三軍団特殊前線部隊を率いるティグモルテは、龍王議会国境から王都へ向けて五千の飛行型リム部隊を率いて高高度を飛行・北進していた。情報では革命同盟総帥軍に加えて龍王議会侵攻軍が占領している王都の防衛に入り、第四軍団と第五軍団がほぼ全戦力で王都東側から、そして第一軍団が北側から攻撃を仕掛けようとしているという話だった。第五軍団に合わせて攻撃を行う予定だった第三軍団本隊からは、本隊は作戦を変更して龍王議会主要都市のアハトの防衛へ向かう旨が伝達されたが、ティグモルテら特殊前線部隊は作戦通りに王都決戦に加わるよう念を押された。

 その命に従いティグモルテは王都へ向かって前進を続けたが、第五龍暦二千百三十年九月二十八日夜。交戦開始の報が入って一時間程経過し、先行する偵察機が王都の様子をレーダー範囲内に収めた。同時に偵察機から兵士の通信が入る。

「現在の王都の様子です…ですが、これは…」

 声が言い淀んでいるのはある意味、実に的確な表現であると言えた。旧王都上空に表示されている飛行型リムの機影の数は目で数える気にもなれず、旧王都へ迫る王国地上軍の表示も凄まじい数で、それは落下した果実に群がる蟻の大群のように見えた。それを待ち構える革命同盟地上軍の数も密度も未だかつてない規模であることは明らかだった。

「大混戦だな、一体どれが敵なのやら…」

 リム操縦室内に三次元表示されるレーダーの機影を睨み、ティグモルテは溜息を吐いた。王都上空は既に第四軍団と第五軍団が制圧していたが、その両軍団は既に入り乱れての交戦状態にあった。そしてその西方の空には王都上空から押し出された総帥軍が集結し、両軍団へ反攻を開始していた。さらにレーダー範囲北端から第一軍団の先行部隊が侵入し始めている。それを見て彼は全部隊へ向けて通信機で指示を出す。

「ここまで混沌としているとは思わなかったが…俺達の攻撃対象の優先順位は変わらん」

 その間にも特殊戦線部隊は旧王都へ高速で接近し続ける。既に旧王都で行われている戦闘の光が視認できる距離まで近付いていた。それでもさらに加速しながら先頭に立ち、言葉を続ける。

「第一標的は第四軍団長(フォーススケイル)の首、次点で総帥軍だ!他は後回しでいい、ただし狙ってくるようなら反撃を許可する!全機他軍勢を一方面に捉える様に散開し、攻撃を開始せよ!」

 ティグモルテの言葉に各員の力強い返信が木霊した。そして夜空に巨大な投網を開くかのように第三軍団の飛行型リムが散開し、旧王都上空へ射撃を開始した。


 フィフは思わず扉から身を乗り出した。

「フィフ!戻れ!」

 カヅラが小声で制止しようとしたが、フィフは姿を隠そうとはせず、強化装甲服を着ている人物と視線を交わし合った。相手はフィフを一度見つめ、視線をリムへと戻した。

「機械の体といえども、これには耐えられん…我が王位の為に『ユーリア』、貴様には消えてもらう」

 第四軍団のリムからスピーカーを通したフォーススケイルの声が聞こえて来た。敵である彼の言葉にフィフは、咄嗟に彼女達を守らなければいけない衝動に駆られた。光線銃を構えたリムの注意を引くように、回廊に響く声で叫んだ。

「迎えに来るのが遅いのよ!」

 思わず口にしたのは、その二人を味方だと信じての言葉だった。フィフには目の前のリム、フォース・スケイルと対峙するその二人が敵だと思えなかった。カヅラが回廊に飛び出してくる足音を聞きながら、さらに言葉を続ける。

「暇だったから天守の敵軍、全滅させちゃった」

 自らの武功を示すような挑発的な言葉を発する。フィフにはフォース・スケイルの背中が笑っているように見えた。両掌に力がこもる。

「やはり目覚めていたか、『本物』(フィフスウィング)よ…!」

 その言葉と共にリムが振り返り、光線銃を消滅させると同時に実体化させた巨大な刀をフィフへ向けて雄叫びを上げながら振り下ろした。フィフがその刀身を睨みつけ、身構える。

(眠る前は見くびって右脚をやられたけど、油断さえしなければ…!)

 フィフは両手を掲げ全力で防御壁を展開した。圧倒的質量と速度を持って振り下ろされた巨大な刀は防御壁に触れると一瞬、動きを止めた。そしてフィフの両手から光が放たれ、弾き返しながら刀身を消し飛ばした。

 刀を弾き飛ばされバランスを崩したフォース・スケイルは、逡巡の後に右足で踏ん張り体勢を整えると背面の光粒子エンジンを全開にして天井の大穴から飛び去った。強風に煽られるフィフの肩ををカヅラが支えた。フォーススケイルが飛び去った上空では第四軍団と第三軍団と革命同盟軍、そして第五軍団の飛行型リムが入り乱れ互いに撃ち合う混沌とした空中戦が繰り広げられていた。その光景の中でフォーススケイルを見失ったフィフは、正面の二人へと向き合った。フィフは強化装甲服を着た黒髪の女性、髪の長さ以外ほぼ瓜二つな彼女へ声を掛けた。

「私の影武者…かしら?眠る前はそんなのいなかったと思うんだけど、随分と似た人を揃えたのね」

 すると彼女が真剣な眼差しでフィフの前に歩み寄った。カヅラが共振刀を構えて前に出ようとするが、フィフが視線と右手でそれを制した。彼女がフィフの前で跪き頭を下げた。

「右腕と右脚の再生の完了、おめでとうございます『フィフスウィング』様」

 まるでフィフと変わらない声だった。カヅラは刀の柄に手を添えたままだったが、しかしその言葉の内容にフィフは既視感を覚え、一つ尋ねた。

「…それがあなたの素の話し方なの?」

 その言葉に彼女、ユーリアは顔を上げ微笑んだ。

「堅苦しいのはお互いに苦手だったな…」

 男のような話し方にフィフ、そしてようやく気付いたカヅラが息を呑んだ。ユーリアは立ち上がると左手を腰に当てて二人を見据えた。

「俺は『カヅラ』だ、何の因果かここにいるテュルクにユーリアにそっくりなミゼネラに記憶を複写された…な」

「『テュルク』…ああ、第四龍暦の覇者の?」

 そう小さく呟いた本物のユーリアであるフィフと、本物のカヅラの驚いた視線がそのまま半透明のテュルクに向けられる。彼女は真剣な眼差しで頷き、口を開いた。

「レイヴン王の命令でした…『彼』をミゼネラとして目覚めさせる直前、王国軍は旧王国領奪還へ向けての再軍備が整い第一から第四軍団までは全ての準備を終え、あとは西方へ進軍するのみという状況でした」

 その言葉にフィフとカヅラの視線が険しくなる。テュルクはその様子を観察しながら続ける。

「私は貴方達が眠りについた直後にレイヴン王によってこの線石を通じて呼び出され、この時代の王に様々な助言を行いました…大霊峰を守る黒龍達を説得して聖地へ王国民を逃れさせ、聖都を再生させました」

 途中でユーリアの右脚に取り付けられている線石へ視線を向けながら淡々と語り続けるテュルクに、フィフの視線が次第に力を帯びてくる。カヅラは上空と回廊の二つの出入り口を警戒しながらも、彼女の言葉に耳を傾けていた。

「貴方達が眠りについてからの二年間、レイヴン王の人となりを見てきましたが、国の主として必要なものを兼ね備えた人物であることは分かっていました…だからこそ王位継承の争いとなるであろう王国領奪還作戦に貴女…ユーリアを参戦させようという王の意思を汲み、一機のミゼネラを貴女の依り代として組み上げたのです」

 そこまで話してテュルクがフィフを見つめた。当然来るであろう問い掛けを予想してのその動きに、思い通りに動くのは嫌だとばかりにフィフは肩を竦めた。その代わりにカヅラが尋ねる。

「ならそのミゼネラにユーリア…フィフの記憶を写せばよかっただろ?なんで俺の記憶を写した?」

 ユーリアを睨みながら発せられた言葉に、テュルクはフィフから視線を離さずに答える。

「写せなかったのです…ミゼネラの記憶容量は人の記憶ならばすべて映したとしても、優に二人分入るだけの余裕があります…その容量内に貴女の記憶は収まらなかったのです、あまりにも貴女の記憶は多すぎる、だから同じく眠りについていたカヅラの記憶を写しました…『彼』は事情を離すと貴女の為だと、これまで立派に代わりを務めてくれました」

 上空で激しい戦闘が続いている。そんな中で決して大きくは無いテュルクの澄んだ声はその場にいる全員にしっかりと聞き取れていた。

 そのテュルクとフィフの間に静かな、しかし上空で起きている戦闘に引けを取らない程の緊張した空気が漂い始めていた。カヅラとユーリアもそれを察知して息を呑んで成り行きを見つめた。

 テュルクが息を整えて口を開く。

「通常の人の記憶量ではミゼネラの容量を超えることは起こり得ません…そして私は生前、過去の歴史について研究を重ねていました…龍達にも話を聞いて過去の、第三龍暦以前に『覇者』と呼ばれた人々についても話を聞きました」

「随分と遠回りするのね?言いたいことをさっさと言ったら?…第四龍暦の『覇者』さん?」

 フィフが挑戦的に、そして挑発的に上半身を前のめりにしながらテュルクの次の言葉を急かした。その様子を見て何かを確信したテュルクも、覚悟を決めて続けた。

「第二龍暦の覇者、ジョテーヌ大陸を統一した千年帝国の『女帝ユーリア』…貴女と同一人物ですね?」

「ご名答!六千年以上経って言い当てる人がいるとは思わなかったわ!」

 フィフがテュルクへ拍手しながらそう褒めた。しかし二人の間に漂う空気は変わらず、むしろ緊張感は増していった。上空の戦闘音が近くなり、一機の革命同盟軍の飛行型リムがフィフ達を見つけ、大穴の外から爆撃した。テュルクとフィフの防御壁がその爆撃を防ぎ、さらにフィフが右腕を上空へ掲げその掌を開いた。そこから溢れ出した光の柱が、革命同盟軍のリムを押し流しながら再び旧王都上空へと立ち上がり、周囲の飛行型リムが慄き散って行った。光が直撃した飛行型リムは防御壁を展開した状態で上空へと吹き飛ばされていった。

 フィフが満足そうにその様子を見上げ、視線をテュルク達へと戻す。対峙する形になっているテュルクとユーリアはおろか、隣に立つカヅラも彼女の雰囲気が異常性を帯び始めていることを感じ取っていた。

「第二龍暦時代はこれだけで世界を制圧できたの!人も龍も私を神と崇めて、反発した人達もこれだけで瞬殺できた…そう、この世界で初めて目覚めたの…せっかく目覚めたのに…!」

 大げさな身振り手振りが他の三人の心証をかき乱す。先程までカヅラの前にいた時の女性らしさは鳴りを潜め、狂気のような喜びの感情が前面に出てきていた。そう、彼女は動きを止めた両手で顔を覆いながら笑っていた。

「第二龍暦の人達は弱すぎて、強い龍達は話が分かりすぎてすぐに従って…全っ然楽しくなかったの!自分の全力が出せて初めて楽しいって思えるでしょう?つまらなかった…でも今の時代は違う!」

 彼女の両手が顔から流れ落ちる様に下に降ろされた。その下から現れた顔は満面の、カヅラですら見たことの無い無邪気な子供のような笑顔だった。降ろした右手を激しく水平に伸ばし、さらに嬉しそうに続ける。

「私の一撃を耐える兵器に周囲の人は殆どが敵!好きなだけ戦える…好きなだけ全力が出せる!」

 フィフの嬉々とした言葉にテュルクは唖然とした。しかしユーリアとカヅラの二人はその言葉に微笑んですらいた。ユーリアが微笑みながら口を開いた。

「二人きりの時はよくそんな話もしてたよな…何千年も生きてるとか普通は信じられねえけどさ、二年前の王都決戦の時にお前が革命同盟軍相手に今みたいに戦ってる姿を見て、本当だったんだって納得させられた」

 フィフと同じ顔と声で男のように話すその姿を見て、フィフが右手を下ろして答える。

「ええ、カヅラと話をするのは楽しかった…その話を聞いて貴方もどんどん強くなって、私の覇道を支える契りも結んで…今こうして私の代わりになってまで私に尽くしてくれているんでしょう?」

 ユーリアは微笑んで頷いたが、フィフの瞳に殺意が沸き起こっているのを長年付き添ってきた従者としての勘で感じ取っていた。それはテュルクとフィフの間に流れていた空気と同様のもの。

 その空気を放ちながらフィフは笑顔で続けた。

「貴方も楽しませてくれるんでしょう?こんなに面白い状況なんて予想していなかったけど」

 そして右腕を突き出した。開かれた右掌を確認すると同時に光の奔流がユーリアへ向けて流れ込む。

 ユーリアは咄嗟に左腰の共振刀を抜刀したが、刀が光に触れるより前に防御壁が展開され、衝撃波がユーリアと防御壁を展開したテュルクを襲った。防御壁はユーリアを中心に球形に展開され、蹴飛ばされたボールのように二人は防御壁ごと回廊の一番奥へと吹き飛ばされた。ユーリアの左腕から落ちたヘルメットが床を転がって回廊の奥の壁に叩きつけられた。

 ユーリアは壁に叩きつけられた体を引き起こし、食い込んだ周囲の壁を剥がしながら回廊の床に着地した。大きく息を吸い、呼吸を整えながら数歩前へと進み顔を上げると遠く月明かりに照らされる場所にフィフとカヅラが変わらずに立っていた。フィフが嗤った。

「やっぱりその『偽物』(ユーリア)の味方をするのね、テュルク?それでいいの…今の貴女なら全力で潰しに行けるんだから!」

 そう叫ぶと今度は両掌を突き出し、二つの光の柱を放った。右腰の龍剣も抜き取ったユーリアは二本の剣を正面に突き立て、テュルクが張った防御壁を抜けてくる衝撃波を叫んで全身に力を込めて耐える。防御壁の周囲の床と側面と背後の壁が溶けるように崩れて行き、回廊の天井が崩れた。その崩れて来た天井さえも跡形も無く粉々にしながら光の柱は二人へ向けて照射され続ける。

 そして一分程の照射が終わり、ほぼ崩れ切った回廊にユーリアが二本の剣に体重を預ける様に膝をついた。テュルクは歩み寄ってくるフィフから注意を逸らさずにユーリアへ話し掛ける。

「ユーリアの体を模したミゼネラに、カヅラの記憶を複写して貴方を創り出したのは私です…だから私は貴方の命に責任を持たなければなりません」

 ユーリアが荒い息をしながら顔を上げ、テュルクの瞳を見つめた。そんな二人にフィフが叫ぶ。

「仮にも私の偽物でしょう?それとも私に武器を向けるのは死ぬことになっても嫌なの?私はね…『カヅラ』とも戦ってみたかったの!本気で、命を懸けてさ!」

「貴方が生きようとするのなら、私の命を賭してでもその命を守ります」

 狂ったようなフィフの言葉を掻き消す様に、テュルクはユーリアへと語り掛ける。その澄んだ声に励まされてユーリアは剣から手を離すと立ち上がり、足元に転がっていた傷だらけのヘルメットを左脇に抱えて息を整えると、フィフへ向けて叫んだ。

「俺はっ…お前に第五軍団(フィフスウィング)を渡しに来たんだ!俺が目覚めてからお前の為にやったこともたくさんある!俺を殺す前に、それを伝えさせてくれないか!?」

 ユーリアとフィフ、鏡写しのような二人が崩れた回廊の中、月明かりの下で見つめ合った。距離は二十メートル程。フィフが微笑んだ。

「…確かにそれは必要なことね、私が目覚めるまでに何があったの?」

 その声は落ち着いていて無邪気で、可愛らしかった。ユーリアも微笑んで伝える。

「俺は龍王議会に行って、そこで龍王達と会った…第三軍団に邪魔はされたが、同盟の手掛かりぐらいは作った…東威とも対革命同盟軍で協力を約束した、フィフスウィングの名前で会いに行けば同盟も容易く締結できるはずだ」

「へぇ…そう」

 必死に声を綴るユーリアに対し、フィフは微笑んだまま、しかし冷めた声で相槌を打つだけだった。ユーリアが続ける。

「龍王議会で龍王達に政権を奪還させて、東威とも協力すれば次の王は…」

 フィフが突然右手を振ってユーリアの言葉を止めた。そして溜息を吐く。

「今だけこう呼んであげる…『カヅラ』、貴方は私の目的を見間違えてる」

 その言葉にユーリアと、フィフの横に控えているカヅラが息を呑んだ。背中に刀身を当てられたような感覚を覚えたユーリアにフィフが続けて言う。

「目覚めた以上、玉座を取ることは簡単なのよ?王国がいかに強国といえど、所詮敵は一個軍団で私も一個軍団の主であることに変わりはない、通常戦力が拮抗しているのよ?私が負けるわけないじゃない!」

 その言葉にテュルクが反応した。フィフの言葉の意味を理解した彼女は語気を強めた。

「フィフスウィング…貴女の目的は…王位を継いだ後の戦いなのですね」

「再びご名答!やっぱり貴女は私が戦うに相応しい人ね」

 にっこりとフィフは無邪気に微笑んだ。ユーリアもようやく気付き、確認するように声を掛けた。

「…大陸統一戦争か?」

 それを聞いたフィフが言葉に惚れたように自らの体を抱きしめて答えた。

「そう!この時代、敵が多くて混沌としている時代に!私がかつて築いた『千年帝国』を再建する…本当にわくわくするでしょう?」

 彼女は本気だった。本気で夢を語り、本気で笑っていた。だからこそテュルクは冷静に、いつも通りの澄んだ声でただ、きいた。

「龍王議会、東威とも戦争をするつもりですか?」

 フィフは高揚した仕草を止め、テュルクと向き直った。その表情に再び殺気が湧き出る。

「当然!昔は龍と戦い損ねちゃったし、第四龍暦になって突然『現れた』東威と戦うのも外せないから…両方とも、国として滅ぼして千年帝国に併合するの」

 テュルクは真顔でその言葉を受け止め、瞳を閉じた。ユーリアもその言葉を聞いて心が揺らいでいた。

 フィフがユーリアに向かって言う。

「ねえ『偽物』(ユーリア)?…私と戦う気になってくれた?」

「…そうだな…俺は偽物だから死んでもいいと思っていたが…お前がそんなことを始めるのなら…」

 そしてフィフと睨み合うと傷だらけのヘルメットを被った。

「確かに生きてる方が楽しそうだな」

 ユーリアの言葉にフィフが笑顔を見せる。そしてテュルクも瞳を開くと呟いた。

「ユーリア…ありがとう、私も戦います!」

 そして視線でユーリアに合図を送ると、ユーリアは小さく頷き右脚に付けていた線石を取り外し、上空へと放り投げた。テュルクの体が後を追って線石と重なり、叫んだ。

「『タクスィメア』展開!」

 壊れ切った回廊の上空に光の線で構成された一機の巨大なリムが姿を現した。その様子を見上げるフィフが白い歯を見せながら笑い、両手を広げた。

「面白いもの持ってるじゃない!なりふり構わず第四龍暦に戦っておけばよかったわ!」

 そう言うとフィフの体が浮かび上がった。その様子を眺めるユーリアとカヅラは彼女が飛び立った地点へ自然と歩み寄っていた。そしてタクスィメアと正面から対峙する。機体の光の中心、線石と重なる位置に浮かんでいるテュルクも彼女を正面から見据え、叫んだ。

「話を聞いて気が変わりました…貴方を王にするわけには行かない…だから、ユーリアの為にもここで貴女を討ちます!」

 そして二人が放った光線が王城上空で激突した。


「ゴルドウィン、無理な攻勢に出るな…第三軍団が合流した時点で防衛作戦は…!?あの光の柱は…!」

 総帥軍旗艦であるアース・ディセンデントの被弾を受け、旗艦と共に西方上空へ退避していたソティラヴィア将軍は、王城から立ち上がった光の柱を見て驚愕した。通信を受けていたゴルドウィンは状況を訊き返そうとして、同じく驚愕し絶句していた。

 しかしすぐに立ち直るとソティラヴィアへと尋ねた。

「今の光は…敵が使う光線兵器の一種でしょうか?」

「いや、違う…あれは王都奇襲作戦の時の…あ奴がこの戦場にいるのか!?」

 珍しく取り乱したソティラヴィアの通信を聞き、ゴルドウィンも尋常ならざる気配を察していた。南方に位置して遠距離から的確な射撃を行ってくる第三軍団の方へ転進し、王城から距離を取る。展開した防御壁を掠める射撃を躱しながらソティラヴィアと通信を続ける。

「王都奇襲作戦というと二年前の…」

 第三軍団も弱くは無いのだが、実戦経験の差が機体の動きに如実に表れていた。回避運動を取るゴルドウィン機には一発も直撃せず、接近を許していた。

「そうだ、総帥と共に出撃したあの日…勝利を目前にしてあの女が現れたのだ…!」

 ソティラヴィアは言葉から怒りの感情を隠さなかった。ソティラヴィア機もゴルドウィンに続いて第三軍団へ突撃し、至近距離での撃ち合いを経て再び王都方面へ転進した。後方からの射撃を激しい回避運動で躱しながらソティラヴィアは降下して行く。

「光の柱の根元を確認する…ゴルドウィン、お前は戦いを続けろ」

「…援護します」

 ゴルドウィンはそれだけ伝えるとソティラヴィア機の後ろ上方を並進した。ソティラヴィアも特に答えず、王城へ向けて突き進んでゆく。そしてゴルドウィンは前方に構える四機のリムに気が付いた。

「前方に敵飛行型リム三機、陸戦型一機!先程交戦したのと同じ、第五軍団です」

「…了解した…守っているのか…?」

 ソティラヴィアは小さく呟き、微かに高度を上げた。その下を掠める様に突き抜けていった光の弾道を辿る様に長距離専用の装備をした機体、イーグルウィング機に狙いを定めた。左腕に内蔵された機関砲を牽制程度に放ち、正面からの射撃を回避しながら高速で接近する。

 それを側面と背面から他の二機が狙っていた。並進するようにイーグルビーク機が、地上からイーグルターロン機が上空を通り抜けたソティラヴィア機に狙いを定めた。

 そしてイーグルターロン機をゴルドウィンが爆撃した。左腕の機関砲から放った弾を背面の光粒子エンジンに直撃させ、右腕に内蔵された刃を展開して斬り付ける。イーグルターロンは持っていた銃を盾に刃を受け流したが、銃身は切断され機体肩部にも微かに刃が通り衝撃で城の外壁を崩す様に倒れ込んだ。

 高度を戻したゴルドウィンが前方を確認すると、低高度でソティラヴィアがイーグルビークをイーグルアイの二機を相手に機動力で圧倒していた。しかし敵機の装甲は硬く、機関砲だけでは有効打にはなり得ていなかった。援護に入ろうと高高度から接近する。

 そしてゴルドウィンが速度を上げようと機体の角度を変えようとした瞬間、視界の下方、光の柱が立ち上がった付近に突然、一機のリムが姿を現した。王城の一角はすでに崩れその内部が露出していたが、最も損傷の激しい箇所に姿を現したその機体に、ゴルドウィンは見覚えがあったのだ。ソティラヴィアの元へ急行しながら通信で報告を入れる。

「ソティラヴィア様、あれを!始原龍議場で交戦した機体です」

 ゴルドウィンがイーグルビーク機の後ろを取り交戦を開始すると、対象を確認したソティラヴィアが通信を返した。

「いや、その機体が対峙している奴は…まさか…!」

 次の瞬間、その機体の正面で爆発が起こった。二機とイーグル部隊、そして周囲を飛行していた他の機体も例外無く爆風を受けて吹き飛ばされた。各機は防御壁を展開し、その爆風が過ぎるのを待った。


 上空で爆発が起きた瞬間、ユーリアとカヅラは刀を上空に構えて少しでも衝撃波に備えようとした。しかし彼らの上方を一機のリムの体が四つん這いになるように覆った。そして防御壁を展開する。

 爆発は十秒ほど続き、その間防御壁に守られているとはいえ激しい爆風と衝撃波が発する音にさらされ続けた二人は、よろめきながら自分達を守ったリムを見上げた。

「どっちがどっちだかわからないな…無事か、ユーリア?」

 響いてきた若い男の声、そしてさらに特徴的な声が続く。

「女心の分からん奴じゃのう~背が低い方がユーリアじゃ!そうじゃろ?」

 二人を庇った機体、フィフス・ウィングから聞こえて来た二つの声にユーリアはヘルメットの中で微笑んだ。あっけにとられているカヅラにユーリアはヘルメットを取って見せて、同じく取るように促した。カヅラが軽く頷き、ヘルメットを外すと青い瞳の男の顔が表れた。

「話は聞いていたが、ややこしいことになってるみたいだな?」

「まあ…な?」

 リムから聞こえる若い男、ノルトの声にユーリアが苦笑いで答える。そしてユーリアとカヅラはリムの陰から出る様に移動し、空を見上げた。ノルトも機体を立ち上がらせて見上げる。

 上空では防御壁を展開した二人が少し距離を開いて、体勢は変わらないまま対峙していた。そして周囲からの攻撃に反応して上空へと飛び去って行った。ユーリアは空の二人を見上げながらカヅラへと尋ねた。

「お前は…これからもあいつに付いて行くのか?」

「『フィフ』って呼んでやれ、そして俺が『カヅラ』だ…フィフが最悪の道を辿らないように見張って、死なないように守っていくさ…これからもな」

「そうか…俺には無理だからあとは任せた」

「ああ…お前はどうする?他の軍団に寝返るつもりか?」

 その言葉にユーリアは首を横に振った。

「龍王議会東端に『俺の』味方がいる…そこを目指す」

「そうか…」

 最後にカヅラが頷いた。声も姿も違うが、二人は誰よりも心が通い合っていた。ユーリアはヘルメットを被るとフィフス・ウィングの胸部へ飛び乗り慣れた手つきでハッチを開いた。操縦室を見下ろすと操縦肢から体を外したノルトと、座席の下から顔を覗かせたベッコウが安心した表情で見上げていた。

「後の操縦は任せる!俺ではどうにも武器が出せない」

 操縦室に降りると、座席に座ったノルトの言葉を聞きながら操縦肢に手足を通す。そして小さなエラー音と共にシステムメッセージが室内に流れ始めた。

「視覚共有機器が接続されていません…メインカメラからの視覚情報を室内モニターへと投影します」

 そして操縦室の壁面に外の映像が映し出された。ユーリアが溜息を吐いて右腕の操縦肢を外し、ヘルメットを外して床へと放り投げた。ヘルメットはベッコウの目の前に転がる。

「ヘルメットが故障しちまったか…まあボロボロだしな」

 ユーリアはそう呟くと右腕を操縦肢に戻し、フィフス・ウィングの手を握り感覚を確かめた。そして足元のカヅラを見下ろすと外部スピーカーを起動して叫んだ。

「これからは敵同士だ!今だけはとりあえずは第五軍団との合流を急げ、リムに乗って来たなら相手にしてやるよ」

 それだけ言うとユーリアはカヅラへ背を向けて回廊の壁だった瓦礫を飛び越え、北の方向へ駆け始めた。続けて王城の他の回廊を飛び越え、庭を駆けながら右腕にレールガンを展開した。

(俺も操縦に慣れたものだな…乗り始めた頃の下手さが嘘みたいだ)

 武装の展開も無意識の内に一瞬でこなせるようになっていることに、ユーリアは自分で驚いた。右手に収まったレールガンの感触を確かめながら、難無く城壁を越えた。取り残されていた総帥軍地上部隊は外側への警戒は行っていても王都の中心地から駆けて来たフィフス・ウィングにはまるで反応できず、ただ呆然と敵か味方か判別できないままその背を見送るのみであった。

 ノルトが周囲の様子と星空を眺めてユーリアへ尋ねた。

「龍王議会は南だろ?北に向かってないか?」

「南側には私を暗殺しようとした第三軍団が陣取ってて、フィフの味方をするであろう第五軍団は旧王都の東側に陣取ってる…そして西側は革命同盟軍の陣地だから北に逃げるしかないの」

 即答したユーリアだったが、女性らしい話し方が残っていることに気付き赤面するのを感じていた。ノルトが笑いながらその顔を見上げ、口を開く。

「その話し方がらしいと言えばらしいから、いいんじゃないか?あんたは珍しい境遇なんだ、女らしく振舞ったとしても誰も何とも思わないさ」

 ノルトの口から自然と語られる優しい言葉に、ユーリアは更に赤面して口調を戻して言い返した。

「ノ、ノルトはそもそも俺に付いて良かったのか?本物(フィフ)が目覚めた以上、俺に第五軍団長としての権力も王女としての権威もない…」

 ユーリアの沈んだ言葉を遮るようにノルトが軽い口調で答える。

「本物には龍王議会に味方する気がまるで無さそうだったからな…あんたとテュルクの方がずっといい」

 その言葉に胸が熱くなるような感触を覚えたが、その瞬間にリムに通信が入った。ユーリアは通信機を起動して答える。

「こちらフィフス・ウィングのユーリア」

「あれ?ノルトと交代したの?こちらイーグルアイ、脱出する時は連絡する手筈だったんじゃないの?」

 ユーリアは意図して連絡をしていなかった。フィフと敵対することになった以上、第五軍団も敵だと考えなければならなかった為、出来ればこのままばれずに旧王都を離れたかった。

 旧王都を駆け抜けながら空を見上げると、比較的安定した空間にイーグルアイ機が飛行しているのが目に入った。そして背後の空から高速で迫りくる人影も。

「イーグルアイ、この通信内容を他の部隊員にも伝えて!『本物の体の回収は完了した!本物は既に目覚めているから、即座に旧王都東の陣地まで撤退し、これ以降は本物の支持に従え』と!」

「う~ん、とりあえず了解!…で、本物はどこにいるの?回収してくるよ?」

「先ずは私が出て来た王城の崩れている箇所にいる王国兵を回収してあげて!そしてその空飛んでる人が本物っ!」

 迫りくるフィフの姿を見て途中から余裕がなくなり、ユーリアがイーグルアイとの通信を切ると同時に後方上空から迫るフィフが右腕を伸ばし、その掌をユーリアへ向けて開いた。ユーリアは機体を跳び上がらせながら百八十度方向転換し、防御壁を全力で展開した。直後光の奔流が防御壁を直撃し、フィフス・ウィングを防御壁ごと北の空へと突き上げた。

 光の奔流が収まると同時にユーリアは右腕のレールガンをフィフへ向けて連射した。狙いは正確だったが二発ともフィフの防御壁が防ぎ、その進路を僅かに逸らし遅らせただけだった。

 ユーリアはテュルクの線石へと通信を繋いだ。

「テュルク!これから北へ脱出して第一軍団にフィフをぶつけるから、早く俺の場所を把握次第合流しろ!」

「分かりました!貴方の座標は把握しているので、革命同盟軍を迎撃しつつ合流を目指します」

 テュルクの言葉からはまだ余裕が感じ取れた。やはり他の軍勢よりも、フィフ一人が圧倒的な戦力として二人の前に立ちはだかっていた。

 ユーリアは長い滞空の後に後ろ向きに滑りながら着地すると、レールガンを収容し光線銃を展開した。残りエネルギーの少ない光粒子エンジンを稼働させて滑走距離を伸ばしながら、迫りくるフィフへ光線を撃ち込み続ける。

 フィフはそれを紙一重で、しかし余裕を持って回避して左腕から光の柱を放ち急接近した。放たれた光の柱が着弾してフィフス・ウィングの防御壁が爆散し、その反動を利用してユーリアは両腕を振り上げながら光線銃を収容し、上段の構えで巨大な刀を展開した。そして間合いを読み、懐に飛び込もうとしてくるフィフへと振り下ろす。既にフィフは至近距離に迫っており、その不敵で楽しそうな笑顔が視認できた。彼女が振り下ろされる刀を右手の指先で撫でる様に受け流し、機体の胸部へ向けて右腕を伸ばした。

 そして勝利を確信した彼女の口が開いた。

「私の勝ちよ!」

 しかし彼女の目が見開かれた。彼女の目の前で胸部のハッチが乱暴に開かれ、中から片刃の龍剣を右手で振り上げたノルトが飛び出す。閉まりかけたハッチの中では飛び出す際の踏み台となったユーリアが顔をのけぞらせて、ハッチが閉じると同時にフィフス・ウィングもそれに連動してのけぞり始めた。

 そしてノルトはフィフが間合いに入ると龍剣を振り下ろした。既に右掌から光が溢れ始めていたフィフは迫りくる刃を歯を食い締めながら眺めて…回避を優先した。

 右掌を握り締めて自分の体を両断しようと迫る龍剣を体を捻り、寸でのところで右手の指先で先程と同様に受け流した。

 無理な動きで体勢を崩したフィフの右腕を、龍剣を振り下ろしたノルトの左腕が掴んだ。そして龍剣を振り下ろした反動で縦に回転すると、フィフの体を地表へ向けて思い切り投げつける。投げられたフィフは激しく回転しながらも上方へ飛び上がり、一度フィフス・ウィングから距離を取った。

 ノルトはその様子を確認しながら地表に着地した。整備された旧王都の道は頑丈で、強化装甲服を着たノルトの着地程度では壊れず、龍剣を水平に構えてバランスを整えながら道を滑り動きを止めた。その視線の先で、仰向けに着地して肩部背面の光粒子エンジンを自然とパージしたフィフス・ウィングが立ち上がる。ノルトには向けられた頭部カメラからの視線に、冷たい感情が込められているように感じられた。

「…早く乗れ!」

 外部スピーカーから繋がりの悪そうな声が発せられると同時に胸部のハッチが開かれた。ノルトが周囲を警戒してから乗り込む。

「人の顔を蹴って飛び出すとは…もうちょっと優しく出れんかったのかの?」

 ベッコウがそんな言葉でノルトを迎え、ユーリアは不機嫌そうに鼻を鳴らした。ノルトは流石にユーリアに向かって頭を下げた。

「いや、間に合うように動いたらそうなっただけだ…悪かったとは思っている」

 ユーリアはその言葉を無視して、滞空しているフィフを見上げた。右腕を伸ばした彼女の動きに合わせて防御壁を再展開し、攻撃に備えた。

 しかしフィフをさらに上空からの光線が襲った。フィフは振り返りざまに防御壁を展開し、攻撃を全て防ぐ。その彼女の視線の先に、第四軍団長のリム『フォース・スケイル』が大型の光線銃を構え、背後に控える七機の第四軍団機と共に空中を飛び去って行く。

「フォーススケイル…」

 ユーリアはその機影を見上げながら呟いた。


「不意打ちも効かぬ、か…」

 光線銃を防いだフィフを見下ろしフォーススケイルは呟いた。地表を駆ける回廊で交戦したリムを一瞥してさらに続ける。

「何故軍団長と敵対しているのかは知らぬが…敵の仲間割れは歓迎するぞ」

 再びフィフへの攻撃に移ろうと上昇するフォーススケイルへ背後を飛ぶ味方から通信が入った。

「第三軍団の一団が南方上空から迫っています、数は十機…標的は進路を予測するに我々である可能性が高いかと」

 その言葉に南方の空を確認すると、僅かに高い高度をV字編隊を組み接近する一団を視認した。戦闘の機体の接近戦に特化した装備のリムを見てフォーススケイルが舌打ちする。

「ティグモルテか…平凡王(サードビースト)の傀儡が…全機転進!西方へ進行し革命同盟軍を交えた混戦に持ち込め!第三軍団が後退した後、再びこの座標へ戻れ!」

 味方機全体へ指示を出し終えると西方へ機体の進路を向けた瞬間、光で出来た半透明の機体が目の前に飛んできていた。レーダーに反応の無い機体に気付くのが遅れ、ほぼ接触する距離ですれ違う。そしてその機体の胸部、普通であれば操縦室の設けられる場所に光り輝く線石と、それに重なるようにして機体と共に飛ぶテュルクの姿が目に入った。

「テュルクか…!?」

 フォーススケイルは微かによろめいただけで体勢を立て直した。そして振り返ったその先でテュルクの機体、タクスィメアが下方のフィフへ向けて無数の光線を放つ姿を見た。


 ユーリアは旧王都の北部地区を駆け抜けた。ユーリアを狙うフィフと守ろうとするテュルクが並進しながら互いに光線を乱射し合い、上空で激しい戦闘を繰り広げていた。他の機体は旧王都から離れるほどに数を減らし、遥か上空にフィフを追っているイーグルアイの機影が小さく見えた。

 既に旧王都の外郭を越え、王城が遠くに見えていた。駆け抜ける程に小さくなってゆく王城を横目で眺めながら、ユーリアは溜息を吐いた。

「そろそろ第一軍団が見えてもいい筈だが…本物(フィフ)がこんなにしつこいとは思わなかったな…」

「女なんてこんなものだろ?」

 ユーリアの疲れた声にノルトが反射で言葉を返す。

「な~にを知ったように話しとるのやら…辺境の塔に籠っておったお前に、女の何たるかが分かるわけなかろう」

「亀が言うか?」

 さらにヘルメットを被ったベッコウが続けた。ノルトはベッコウを睨んだが、それを気にする様子は全く無かった。

 そうして操縦室に平穏が訪れようとしていた時、再びイーグルアイからの通信が入った。

「こちらユーリ…」

「ユーリア様!えっと…救助したカヅラという兵士から話を聞きました~…」

 ユーリアの受信確認もしないままにイーグルアイは話し始めた。その内容から察してユーリアが返す。

「そう、じゃあ解ったでしょう?私はこれから第五軍団の敵…既にフィフと交戦している、アイは早く」

 あくまでこれまで通りに言葉を続けるユーリアに対して、アイは小声で続ける。

「本物のユーリア様は、大陸全土を統一するんだっていう話も聞いたけど…本当ですか?」

 その言葉にユーリアは再び溜息を吐いた。そして真剣な口調で続ける。

「本当よ、だからアイも本物のユーリア…フィフを助けてあげて?きっと彼女に手助けはあって足りないことは無い…」

「それが本心です?」

 アイの言葉が真っ直ぐに心に刺さった。ユーリアが答えられないのを感じて、アイがさらに続ける。

「だったらなんで…ユーリア様は本物から逃げて第一軍団の方へ向かってるんですか?なんで本物と戦ってるんですか…?」

「うむ!まったくもってその通りじゃ!」

 答えたのはユーリアでは無くベッコウだった。しかしユーリアはその言葉も否定しなかった。

 沈黙を続けるユーリアに、アイが小さく溜息を吐いて力を込めた声音で言葉を続ける。

「そんな荒唐無稽なことを目指す軍団長に、付いて行ける人達ばかりじゃないんですよ…だから…!」

 ユーリアは上空を見上げてイーグル・アイを拡大すると、彼女が光線銃を構えた。自らの下方を狙い澄ましている。

 そして発射された光がフィフの防御壁を掠めた。フィフが弾かれ、テュルクが思わぬ援護に驚きつつ追撃で光線を放った。回避できなかったフィフは着弾の爆発と共にユーリアの近くの地表へと叩き落とされる。砂煙が上がったのを確認したアイの喜ぶ声が通信機から聞こえてくる。

「私も付いて行きます!偽物だろうとユーリア様にお供します!」

 アイの言葉が通信機を通して聞こえた瞬間、操縦室に轟音が響いた。外部マイクが拾った轟音の正体を探るより早く砂煙が弾け、その中から光の柱が立ち上がりフィフの叫び声が響いた。

「邪魔ものばかり…そっちの方が燃えるけどねぇ!」

 光はテュルクでは無く真っ直ぐに遥か上空、イーグル・アイへ直撃した。

「防御壁展開っ――」

 轟音と共に通信が途切れる。ユーリアは機体を急停止させながら空を見上げ、星空を切り裂く光の柱に息を呑んだ。光の柱は立ち上り続け、それに飲み込まれたイーグル・アイは視認できなかった。その光の柱の根元へタクスィメアが光線を一斉に照射すると再び砂煙が舞い上がり、ようやく光の柱は消えた。

「アイ、大丈夫か!」

 ユーリアが通信機へ向けて叫ぶと、ノイズだらけの声が返ってきた。

「あ…い…でも操じ…不の…」

 光の柱が消えた上空に一機のリムが確認できた。自慢の大型質量レーダーやレーザー兵器は半壊していたが、機体は原形を留めていた。ユーリアはそれを見て安堵したが、落下を始めた機体を見て慌ててテュルクへと通信を繋いだ。

「テュルク、私がアイの救助に入る!その間、フィフを抑えて!」

「分かりました!」

 そうテュルクが答え進路を変えた直後、光の柱が再度立ち上りタクスィメアを直撃した。不意を突かれたテュルクもフィフへ向けて光線を撃ち込み反撃したが、その防御壁はついに貫かれ、タクスィメアが消滅して線石が落下して行くのが視認できた。

「テュルク!」

「私は大丈夫です…!貴方はフィフの攻撃に警戒を…」

 テュルクからの通信にユーリアは砂煙へと向き直り、機関銃を展開して乱射した。無数の弾が砂煙を貫き、そして一つの影が弾を遡る様に砂煙の中から現れ、ユーリアへと一直線に迫った。ユーリアは機関銃を収容するとフィフと同様にフィフス・ウィングの右腕を伸ばし、その先に防御壁を集中して展開しながら、力任せに殴り掛かる。

「突っ込んでくるなんて面白いじゃない!」

 そう叫んだフィフも飛び込みながら右腕を突き出すと、リムの巨大な拳を受け止める様に掌を開き、光の柱を炸裂させた。フィフス・ウィングの防御壁が光の柱を受け止めて大きな爆発が起こり、周囲の地表が抉り取られて弾け飛ぶ。

 フィフとユーリアがお互いに爆発の反動で吹き飛ばされ、爆発で抉られた地表を挟んで着地すると、ユーリアは再び機関銃を展開と同時に乱射し、牽制しながらアイの落下方向へ駆け出す。

 しかし牽制射撃をものともせず、フィフがその前に先回りして立ちはだかった。ユーリアは舌打ちすると機関銃を収納し刀を展開すると迷わず斬りかかった。それを見てフィフが余裕の表情で防御壁を展開して軽々と受け止める。

「まだまだ!」

「俺がもう一度出るか」

 ユーリアはそう叫ぶと刀と防御壁の接点を支点として跳び上がった。そのまま宙返りしつつフィフを飛び越えようとフィフの真上に差し掛かった時、再びノルトがハッチを開き外へと飛び出した。今度は顔を蹴られなかったユーリアとベッコウが呆気にとられて叫ぶ。

「ノルト!?」「無茶するでない!」

 飛び出したノルトはフィフの防御壁に龍剣を突き立て、それを切り裂きながら滑る様に地面へ着地した。フィフス・ウィングの刀を受け終えたフィフが振り返ると、防御壁の裂け目から突撃してきたノルトが振り下ろす龍剣を、薄い防御壁を纏わせた右手で掴み止めた。至近距離で睨み合うノルトに対し、フィフが微笑んで囁く。

「生身で何度も斬りかかってくる人は貴方が初めてよ…褒めてあげる」

「そりゃどうも!」

 ノルトは微笑み返しながら全身に力を込め、体を時計回りに回転させて龍剣をフィフの右手から引きはがすと回転の勢いそのままに横薙ぎに斬りかかった。フィフは微笑んだまま飛び退くと左腕を伸ばし、振り向きざまにアイの救助へ向かうフィフス・ウィングの背面へ向けて光線を発射した。

「ユーリア!」

 ノルトは首元の簡易通信機へ向けて叫ぶと同時に間合いを詰めてフィフへと斬りかかったが、彼女は空へと飛び上がるとそれを無視してユーリアへと迫った。

 ユーリアはノルトの通信に咄嗟に防御壁を展開し受け止めたが、機体は弾き飛ばされ地表にうつ伏せに倒れ込んだ。その頭部を上げた視線の先、落下して行くイーグル・アイが見えた。

(間に合わない…!)

「アイ…!」

「他人の心配している場合かな?」

 立ち上がろうとするフィフス・ウィングの目の前にフィフが降り立った。彼女が右腕を突き出すその先で、アイの機体が落下してゆくのが見えた。しかしユーリアは複数の光粒子エンジンが稼働する音に気付いた。

「楽しかったよ『偽物』との戦いも」

 フィフの右手が開かれ光が溢れる。そして光が放たれる瞬間――ようやく聞こえて来た音に気付いて目を見開き、防御壁を展開しながら光粒子エンジンの稼働音へ向けて振り返った。だが彼女が予想していた攻撃は無く、宙に浮いているイーグル・アイの姿があるだけだった。

 そして外部スピーカーを通した男の声が聞こえて来た。

「敵軍からの旧王都奪還作戦中に仲間割れとは、王の器とは思えんな『第五軍団長』(フィフス・ウィング)よ」

 相手の正体に気付いたフィフが右腕を突き出したまま言い返す。

「そいつが裏切ったのよ…隠れてないで姿を見せなさい『第一軍団長』(ファーストストーン)!」

 フィフの言葉にその男は外部スピーカーを切ると、通信機へ向けて指示を出す。

「『ジュエラー』及び出撃している全機の偽装迷彩を解除、この場は我に任せて王都奪還へ出陣せよ!」

 その言葉と同時にアイを支えているモノの姿が露になった。イーグル・アイよりも一回り大型の黒いリム。光粒子エンジンが背面中心に大型の物が一基、通常の物が四基で合計五基が搭載され、機体の各部位を補強する外部装甲には銃口が付いている銃型のものもあり、装甲と武器を兼ね備えたものであることがうかがえた。脚部の外部装甲には接近戦用に、翼にも見える刃が縦横に伸びる様に装着されている。そして胸部には一つの線石を象った紋章が描かれていた。その背後数百メートルにかけてさらに複数の、同じ『単線石』の紋章を持つ飛行型リム部隊、そしてそのさらに後方で他の軍団と同型の空中要塞『ジュエラー』が偽装迷彩を解除して姿を現した。そして飛行型リムが彼の頭上を次々と飛び越え、旧王都へ向けて進軍して行く。

 アイのリムを両手で抱える機体から、再び外部スピーカー越しの声が聞こえて来た。

「これに乗るのが裏切り者だとしても、今優先すべき敵が革命同盟軍である事実は変わらない…このまま王国軍が敗れれば貴様がこの決戦の敗因であると、自ら宣伝しているようなものだ」

 フィフはその言葉に視線を険しくしながらも右腕を抑え、背後のユーリアを横目で一瞥すると呟いた。

「流石に不利か…ちょっと遊び過ぎたのね」

 そしてフィフは無表情で空中へと飛び上がり、旧王都方面へと飛び去って行った。それを立ち上がりながら見送るフィフス・ウィングの足元に、テュルクの線石を拾ってきたノルトが駆け寄る。

 ユーリアが外部スピーカーを起動して通信機へと語り掛ける。

「ファーストストーン、助力に感謝します」

 ファースト・ストーンへ向き直ってそう礼を言うと、彼はイーグル・アイを抱えたまま機体を着地させて頷いた。

「その声、偽物の方か…」

 ユーリアは言葉に詰まった。それに構わず彼は言葉を続けた。

「貴殿の境遇については父王から聞き及んでいる…難儀な役割を押し付けられたものだな、なんと呼べばよい?ユーリアか、カヅラか?」

 そう尋ねられてユーリアは沈黙の内に考える。自分の名前はなんなのか、自分をどう定義すればよいのか。しかしその考えと反して、口はその名を呟いた。

「私は…ユーリア…」

 そして誰にともなく言い聞かせるように続けた。

「私は、フィフスウィングとは違う!」


 瓦礫が乱暴に動かされる音が静寂に包まれている始原龍議場に響いた。龍王議会首都としての面影は無く、無残にも都市全体が爆撃を受けて破壊されていた。

 その破壊された都市の一角、人軍司令本部が置かれていた建物の残骸が内側から持ち上げられ、力強い龍の鱗に包まれた腕に放り投げられた。そこに立ち上がったリベルティーアは周囲を見渡し、無言のまま瓦礫の上を歩き始めた。

 一時間ほど前に革命同盟軍による猛烈な空爆を受けた始原龍議場は、その名の証とその側面に立っていた始原龍ハイマートを除いて破壊され尽くしていた。空襲に対する避難勧告と住民の地下への誘導は迅速かつ早急に行われて人的被害はほぼ出なかったが、避難することを拒んだリベルティーアは建物の倒壊に巻き込まれ、たった今そのがれきの下から這い出してきたのだ。

「…これが今の時代の戦争か」

 リベルティーアが呟くと同時にその背後で瓦礫が再び放り投げられた。下から現れたのは強化装甲服に身を包んだ黒鼠。彼女は呼吸を整えると、前を歩くリベルティーアへ詰め寄った。

「だから言ったでしょ?約八千機の航空部隊が向かってるって…防衛出来ないから地下シェルターに逃げろって!」

「貴様だけ逃げてもよかったはずだ」

「わ・た・し・は!あんたの護衛が任務なの!知ってて言ってるでしょ?」

 そんなに長い付き合いではないのだが、二人は既に阿吽の呼吸と言えるほどにお互いのことを理解していた。リベルティーアは「そうか」と冷めた様子で答え、再び足を進める。瓦礫を踏む二人の足音が惜し空に照らされた始原龍議場に響く。

「この街にいた防衛部隊は全滅したのか?」

 リベルティーアが唐突に並進する黒鼠へ尋ねた。

「…飛行型リム部隊は敵の規模が分かった時点でアハトに行ったよ、一部の飛龍達もね…ただ移動を拒んだほとんどの飛龍達は全滅しただろう」

 二人は話しながらも歩みを止めない。街を照らす街灯も、高い建物から漏れ出る光も無い星明りの下、躓くこと無く迷うことも無く、二人は歩き続ける。

「…成程、防衛は諦めて敵軍の動きを先読みして戦力を集結させ、決戦を仕掛けるということか」

「あんた達と違って戦のテンポが早いのよ…敵の動きに気付いた時には大体手遅れ、だから避難用の地下シェルターを作っていたんでしょう?」

「作らせたのは私では無いが…シュタルトはこうなることを予見していたのか」

 そして再び沈黙して歩き続ける。その先には崩れかかった第一城壁の塔が辛うじて立っている。その入口に辿り着くやおもむろに扉を押し込んだ。

 扉の根元が損傷しており、簡単に外れて内部へ倒れた。塔の内部に入ると血の匂いに二人は顔をしかめた。それでもリベルティーアは歩みを進める。

 塔の内部には人軍兵士が至る所で倒れていた。全てがそうでは無いが、急所を切り裂かれて死んでいる兵士が多い。黒鼠が警戒しながら呟く。

「敵軍は航空部隊だけだった…あんた、裸眼で見えてる?ここで戦闘があったみたい」

 リベルティーアは無言のまま階段を上る。その先は壁が崩れ、その瓦礫にもたれかかる様に赤い頭髪の男が倒れていた。既に息は無く、切り裂かれた脇から血が流れだした蒼白い顔は苦悶に満ちていた。

「…貴様の天下も短かったな、ブレンナーシュ」

 彼に続いて階段を上った黒鼠がその死体を見て息を呑んだ。クーデターの後の政治を執り行っていたブレンナーシュは龍王議会と第三軍団の橋渡し役も担っていた。リベルティーアは周囲を確認すると、闇に向けて鋭く叫んだ。

「姿を現せ!貴様らのこの行為は、正義とも為政者とも程遠い!」

 突如、闇の中から龍剣が振り下ろされた。リベルティーアはそれを躱し姿を現した『敵』へとその鋭利な爪を振り抜いた。黒鼠も暗視装置を頼りに両手の共振爪を使い、闇に紛れた敵を葬った。戦闘は一瞬で片が付いた。

「本当に見えてるんだな」

 最後に切り裂いた敵の胸倉を掴み持ち上げた黒鼠が、感心したようにリベルティーアへ語り掛けた。

「人龍であればこの程度の闇は造作も無い…こいつらも同じだ」

 答えながらリベルティーアは斃した敵を顎で示した。彼はこの暗殺者達の顔に見覚えがあった。かつて始原龍議場を守っていた衛兵達だ。

 しかし情は全く沸いていなかった。冷たい目でその死体を見下ろしながら続ける。

「こいつらにどのような理想があったにせよ、爆撃の混乱に乗じて暗殺して得た議長の座など民の支持を得られない」

「戦う相手が違うだろって話だな」

 黒鼠は死体を手放し、彼の言葉に答えた。その言葉は自分自身へ向けて発しているようにも聞こえた。

「ああ、だからこそブレンナーシュの政権も長続きしないことは目に見えていた…ここまで悲惨な最後は考えたくも無かったが」

 彼は「考えていなかった」とは言わなかった。黒鼠は溜息を吐くと共振爪を収納し、彼に尋ねた。

「状況は解ったな、これからどうする?議長の座に返り咲くの?」

 リベルティーアは黒鼠へと振り向いた。その口は笑っていた。

「しばらくはそうせざるを得ないだろう…だが仲間と力が必要だ、第三軍団の人材を借りたい」

「…人材?力の間違いじゃないのね?」

 黒鼠の意外そうな訊き返しにリベルティーアは頷く。彼は真剣な眼差しで答える。

「『人』を導き、成長させる計画が立てられる人材を送って欲しい…『力』は当てがある」

 そう言う彼の瞳には光が宿り、心は静かに燃えていた。それを感じ取った黒鼠が微笑み答える。

「…へぇ、あんたって案外熱い所もあるんだ?本軍に空爆の被害報告と共に希望の人材を送るよう要望を出しとくよ、期待しといて」

 その言葉に再びリベルティーアが頷く。そして用事は終わったと階段を下り、塔の外へ出る。そして始原龍議場の東に鎮座したままのハイマートを見上げた。

「始原龍よ、力を借りるぞ…」

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