レイヴン王国第四軍団長 フォーススケイル

 第五龍暦二千百三十年九月二十八日。夕日が西の地平線へ沈んでゆこうとする時、革命同盟が支配する旧レイヴン王国王都『ウォーフォート』に異常なまでの緊張感が漂っていた。旧王都は二年前に革命同盟が占拠して以来、旧王国領全体を管轄する植民都市として利用されていたが今は都市内に入植民の姿は無く、代わりに革命同盟軍兵士が城壁や都市各地に建てられた塔の内部を埋め尽くす様に配置され、都市内の道路には自走対空砲や飛行型リムが整然と並べられていた。

 都市上空には常時無数の飛行型リムと航空機が滞空しており、東の地平を警戒している。そしてそのさらに上空に革命同盟軍の空中要塞が三基、巨大な主砲を東に向けた状態で静かに浮かんでいた。縦に長いレイヴン王国の空中要塞と異なり、前後に長く『飛行空母』とも呼ばれるその三基の空中要塞は東の空数十キロメートル先の敵、大霊峰を越えて来たレイヴン王国の空中要塞と対峙していた。

 革命同盟軍龍王議会侵攻軍を率いるソティラヴィア少将は、部下のゴルドウィンと共に龍王議会方面戦線から離れて飛行空母三基の内、中央に陣取る空中要塞『アース・ディセンデント』の指令室へと赴いていた。二人が敬礼をしたまま指令室へと入ると、そこには赤い絨毯が敷かれ、その先に無数の剣がデザインされた絢爛豪華な椅子、そしてその左右を守る親衛隊員と椅子に座る威厳のあるまだ若い男の姿が目に入った。二人は入口から三歩進んだところで敬礼をしたまま立ち止まると、その男が頷くのを確認して敬礼を終え、その男の前方へと歩み寄った。

「『ロードアース』閣下…ソティラヴィア及び配下のゴルドウィン、命令に従い参上致しました」

 ソティラヴィアが力強く発言すると同時に二人は跪き頭を下げた。ロードアースと呼ばれた男は表情を変えずに二人へ声を掛ける。

「面を上げよ、我らは同じ地球人(アーシアン)であり我と其方らを分ける階級というのは、世界統一を果たすまでの一時の調整弁に過ぎぬ」

 その言葉に二人は顔を上げて立ち上がりロードアース、革命同盟軍総帥と視線を交わした。総帥の視線は鋭く二人を眺めているが、あくまで表情は穏やかで悪意は感じられなかった。総帥と視線を交えながらソティラヴィアが口を開く。

「総帥閣下、此度の軍の招集はやはりレイヴン王国軍との決戦を考えての事でありましょうか?」

 ソティラヴィアの言葉に総帥は頷く。

「レイヴン王国軍に対して通信による対話を試みているのだが、王国にアーシアン主義へ加わる意志は無いらしい…我が率いる軍勢がウォーフォート入りした後も、奴らは退くどころか大霊峰を越えてさらに軍勢を増強し、今にもウォーフォートを攻め落とさんとしている」

(元よりここは王国の土地だ、王国軍が退くことなどありえん)

 総帥の言葉にゴルドウィンは表情には出さず、心の中でそう思った。ラインハーバー連邦として最後まで革命同盟軍と戦った彼は二年前、敗戦後に革命同盟軍の飛行型リム操縦者として徴集され、自らの保身の為に戦い続けてきたが革命同盟軍に心の底から賛同している訳では無かった。しかし今の自分が恵まれた環境を与えられていることも理解していた。こうして将軍の付き人として総帥と面会できていることが何よりの証拠だった。

 総帥はソティラヴィアに対して続ける。

「戦いが避けられそうにない以上、王国軍との決戦に備えて敵の詳しい情報を持っておくべきだろうと、お前たちを呼び寄せた…そしてそのままこちらの戦闘に加わってもらいたい」

 それを拒むことは出来ない。ソティラヴィアとゴルドウィンは肯定の声と共に頷き敬礼する。そしてソティラヴィアが再び口を開いた。

「『敵の詳しい情報』と言うと、我々が龍王議会首都で交戦した新型リムの事でしょうか?」

「そうだ…報告書及び録音・録画記録も確認したが、どれも断片的で解りづらい故、直接交戦したお前達から説明を聞こうと思ってな」

 断片的で解りづらいという表現にゴルドウィンは内心苦笑する。戦場を撮影する人員の余裕が無かった為だが、各隊員の録画映像は常に交戦状態であったため見づらく、ソティラヴィアが交戦した大型のリムに関しては隊員の録画映像に殆ど写っていなかったのだ。

 ソティラヴィアが一瞬ゴルドウィンへ視線を送る。彼は頷き、総帥から視線を離さずに話し始めた。

「我々が始原龍議場にて交戦した新型リムは二機、即ち報告書にあった通り半透明の大型リムと黒い陸戦型リムですが、黒いリムについては他の戦場でも目撃報告が多数上がっていた為、この場では説明を省略致しますが、恐らくは敵の指揮官級の機体であると思われます」

 先日の龍王議会戦線においても第三軍団による夜襲を受けた際に、光粒子エンジンを六基搭載した同型機の報告があり、その戦闘での空中要塞の動きから、それは恐らく第三軍団長の乗る機体であると推測されていた。また第四軍団との戦闘記録にも類似した機体との交戦記録があり、ゴルドウィンの言葉はそれを踏まえてのものだ。

「そして半透明の飛行型リムについてですが…その姿は現在ジョテーヌ大陸にて量産されているどの国家のリムとも異なり、根本的な技術系統から異なる全く新しい、あるいは第四龍暦かそれ以前の失われた技術による産物であると推測されます」

 この推測は報告書を上げた後に、ソティラヴィアの命令でゴルドウィンが独自に調べ上げたことであった。革命同盟軍の有するデータをソティラヴィアがゴルドウィンへ権限を貸し与えて洗いざらい調べ上げさせたのだ。

「ほう…確かに龍王議会にそれだけのものを造り上げる技術があると考えるよりも、過去の遺物をそのまま使っていると、そう考えるのが妥当か…龍王議会領に過去の遺物があるとすれば、それは我ら『アーシアン』のものだろう?」

 最後の言葉は龍王議会侵攻を任された二人へ向けられた問い掛けでもあった。二人は沈黙のまま頷く。そして二人はこの場所に呼ばれた理由を察知した。総帥が続ける。

「古来より人を支配し続けて来た龍はもはや敵ではなく、我々はついに古代の知識を得た…この星が『地球』(アース)と呼ばれていたことも、我々『地球人』(アーシアン)が空に浮かぶ星々の果てまで支配していたということも知ったのだ…」

 総帥は椅子から立ち上がり陶酔したように続ける。

「我々が成す『革命』は連邦を倒した程度では終わらない…かつてアーシアンが支配していた領域の全てを再び手中に収めるまで、止まるわけにはいかない…」

 突然総帥が左手を掲げた。それに呼応するようにただの椅子の装飾のように見えた金色の剣が空中に浮きあがった。その切っ先が二人の方へと向く。

「だというのに…龍王議会すら落とせぬとはな!」

 そう叫ぶと左手を振り下ろした。同時に剣が鋭く飛び、二人の間を掠め背後の床に突き刺さった。二人は微動だにしない。声音と違い総帥の表情は穏やかなまま変わらず、二人を見下ろしている。

(これが総帥が持つという『異能』か…)

 ゴルドウィンは心の奥でそう思うと、悟られないよう静寂を保った。総帥が僅かに視線を背ける。

「レイヴン王国の参戦が想定外だったとはいえ、戦力差を考えれば龍共の政府機能を潰し抵抗力を失わせるのに三日とかかるまい?何を手間取っている!」

 ゴルドウィンは当然だが、ソティラヴィアも静かにその言葉を噛み締めていた。総帥はさらに続ける。

「我がここへ来たことによりレイヴン王国軍が集結しつつある…龍王議会領内の防衛はその分手薄になり、それがおそらく最後の機会となるだろう…どんな手を使ってでも、必ず落とせ」

 それは総帥からの直接の命令だった。ソティラヴィアは頷く。その目は鋭く、力を放っていた。

「これまでの私の失態に対する寛大なお言葉に加え、その上名誉挽回の機会を頂いた以上、必ずや龍王議会を落として見せましょう」

 ソティラヴィアのその言葉に総帥は静かに瞳を閉じる。そして瞳と共に口を開いた。

「…偵察によれば数時間の後に敵部隊が押し寄せてくる、お前達はウォーフォートの防衛に当たってもらうが、同時に龍王議会方面軍への指揮を行い進軍させよ」

 ソティラヴィアは口元で微笑むと、敬礼した。ゴルドウィンも合わせて敬礼する。

「ではその開戦から一日で…龍王議会を降伏ないし組織的抵抗を行えない状況へと追い込んで見せましょう…それが叶わなかった場合この命、自らの手で絶つことも厭いませぬ」

 その言葉に総帥が微笑む。床に突き刺さっていた剣が浮き上がり、椅子の元の位置へ抵抗なく収まる。

「やはり策を持っていたか…お前のことは信頼しているが、最も優先されるべきは互いの被害の大きさではなく『早さ』だ」

 総帥は自分に酔ったように話し続ける。左手を器用に動かし、それに呼応して椅子の剣が舞う。

「戦争は長引けば長引くほど金が掛かり、民の生活は困窮しより多くの人が死にゆく…そして互いの憎しみが深まり、それは次なる戦争の火種となる」

 左手を握り締め、剣が巣に逃げ込む獣のように素早く椅子へと収まる。

「それは余計な争いであり、我らも望まぬことだ」

 総帥が語る間、二人はそれをただ聞いているばかり。それ以外に出来ることも無かった…表面上は。

 総帥がソティラヴィアへ向き直る。

「敵が来る前に兵達へとお前の策を伝えるがよい…いけ」

「はっ!」

 ソティラヴィアが答え、二人で敬礼をすると振り返り総帥の指令室を後にした。


 二人は指令室を出た後、自らの飛行型リムに乗り空中要塞から地表の、もはや一つの巨大な要塞とも言えるウォーフォートへと降り立った。そしてゴルドウィンの通信機にソティラヴィアの声が届く。

「やはり初動で攻め切れなかったのは痛手だったか…奇襲は成功しても戦線が抑えられているのが辛い所だ」

 随分と親しみを込めた口調だった。戦場では愛機『クライマー』を操り敵にも味方にも恐れられる男だが、信頼した部下には丸投げ同然に仕事を任せることでも軍内部では知られていた。ゴルドウィンとその部隊は首都奇襲作戦の成功で彼の信頼を勝ち取り、補佐的な仕事を任されるようになっていた。

「しかしソティラヴィア将軍、本当にあの作戦を実行に移すつもりで?」

 ゴルドウィンは普段の声音で尋ねた。言葉の内容とは裏腹に全く心配していない言葉にソティラヴィアが苦笑する。

「貴様が立てた作戦であろうが…貴様の心配は解るが、我々に龍王議会を落とす以外の選択肢は無い」

 その言葉には諦観が含まれていた。両軍の被害を最小限にしつつ勝利するという理想に対する諦めは、二人の心に重くのしかかった。二人は軍の運用思想にも共通点を見出して意気投合していた。

 ゴルドウィンが作戦内容を確認する。

「既に要塞を落としている海岸線側に飛行型リムと航空機を集中投入し、戦線の龍王議会軍を無視して領土深くへ三千を超える数で侵入・各都市の上空を過ぎ去りながら徹底的に空爆し、首都まで爆撃しながら進撃した後北のアハトへ転進、それを破壊し戦線へ帰還する…机上の空論ではありますが、敵の戦意を挫き戦争を早期終結させるには効果的だと思われます…」

 その言葉は冷たく、心の底からの言葉では無かった。龍王議会軍との戦力差は数ではそうでもないが質において革命同盟軍の方が圧倒的であり、第三軍団が合流した現在でもその空軍主力が聖地側に偏っている為、海岸側の空中は手薄であり成功する算段は高かった。当然気付かれれば追撃を受けるだろうが、その被害予想を鑑みても早期終結の利点が勝ると判断した。開戦当初の圧倒的戦力で圧迫して降伏を促す作戦とは思想が真逆であるが、レイヴン王国との決戦を前に手段を選んではいられなくなっていた。

 通信機からソティラヴィアの溜息が聞こえた。二人共この作戦には賛同していないのだ。そして続ける。

「この作戦が最後の機会か…これより遠距離通信で作戦開始を伝達する、我々がいなくとも同胞達はやり遂げてくれるだろう」

「…はっ!」

 そしてゴルドウィンは沈黙し、ソティラヴィアからの通信が途切れた。同時に夕日が地平線に完全に沈み、赤く照らされていた大霊峰が暗くなってゆく。二人の機体も闇へと飲まれてゆく。

 その時、旧王都を覆う防御壁に強大な攻撃が着弾した。爆発音が響くと同時に二人は機体を飛翔させた。防御壁の波打つ波紋から予測した着弾地点から考えるに、東方からの砲撃であることが分かった。

「砲撃…第四軍団か、他軍団の到着を待たずに攻撃してくるか」

 通信機からソティラヴィアの感嘆の声が入る。ゴルドウィンはさらに上昇し、アース・ディセンデントと同高度に到達すると前方の彼方に浮かぶ敵の空中要塞を見据える。望遠と暗視機能を備えたリムのメインカメラ越しに空中要塞から飛び立つ無数の影が確認できた。

「敵飛行型リムの飛翔を確認!交戦開始します!」

 ゴルドウィンが通信機へ向けて叫び、そして長い夜が始まった。


 同時刻。第五軍団は昼の間にようやく全部隊の招集を終えると、大霊峰を越え旧王国領へと進軍していた。その進路上では既に第四軍団がほぼ全軍で陣を張って旧王都を占領している革命同盟軍と対峙し、第五軍団と第三軍団の到着を待っているはずだ。

 第五軍団の空中要塞『アウィス・パルス』の管制室はほぼ自動化されている。人が操作できる装置は残っているものの、そこに表示された画面を文字と計算式が自動的に流れてゆく。その無人のはずの管制室に第五軍団長のユーリアと軍務局長のホークビーク、参謀局長のクロウビーク、そしてテュルクが集まっていた。四人は管制室の前方の画面に映し出された視界の果てに浮かぶ第四軍団の空中要塞を眺めていた。テュルク以外は黒い装甲服を着ており、その左胸部分には共通の五翼の鳥の紋章が付けられている。

 クロウビークのヘルメットに備え付けられている通信機が起動し、その内容を聞き終えるとクロウビークが口を開いた。

「先行した偵察部隊からの報告です…たった今第四軍団が旧王都を占領する革命同盟軍へ砲撃を開始…間も無く飛行型リムを用いた本格的な交戦状態に入るとのことです」

 その報告にホークビークが腕を組み、視線の先の空中要塞を睨みつける。

「我々の到着を待たずに単独で戦闘を開始するとは…余程確固たる勝算があると見えるが、それを含めて我が計画通りですな」

「このまま油断し切った第四軍団の後背を突くのも手ですが…」

 クロウビーストの不穏な言葉にホークビーストが視線を移して睨んだが、ユーリアは苦笑する。

「旧王都奪還までは共闘せざるを得ないけど、この戦いが王国軍の優勢で進んだ場合…」

 そこで言葉を切る。そして腰の刀と龍剣を微かに触りながら、クロウビークとホークビークをそれぞれ見つめて続ける。

「…旧王都奪還が確実になった後は第四軍団も第三軍団も信用出来ない、それに北の方から第一軍団も迫ってきている…クロウビーク、そっちの偵察も完璧?」

 クロウビークは微笑んで頷く。

「それも抜かり無く…第一軍団は境界騎士団との戦線を徐々に後退させ、現在旧王都北方百キロメートル地点を通過し、さらに加速しながら南下中との報告を得ています…境界騎士相手に押されることは無いと思いますので、戦線の後退は第一軍団長(ファーストストーン)の意志でしょう」

 その報告にユーリアも頷く。第五軍団はアウィス・パルスを中心に、通常のリムを満載した巨大飛行船を改造した装甲輸送船を八隻並進させ、その後続に飛行型リム部隊五千機を展開し進撃していた。旧王都までは距離があるが、第四軍団と第三軍団を信頼していないが故の戦闘態勢であった。

 既に日は落ち外は闇に包まれているが、画面に映し出された映像は暗視機能で撮影したものに補正を掛け、日中と変わりないように見えていた。レイヴン王国の暗視補正機能はラインハーバー連邦内でも群を抜いており、その技術が王国軍の夜間戦闘での優位性を確立させていた。

「革命同盟軍も我々の動きは把握しているはず…となればこのタイミングでの夜襲も予測済みですな」

「その通りです、夜襲が得意とはいえそれも極めてしまうと読まれやすくなるもの…それでも尚我々は夜の戦が強いのですが」

 ホークビークの言葉にクロウビークも賛同して頷く。そして視線をユーリアへと向ける。

「ユーリア様、第五軍団にも開戦の号令を…我々も第四軍団に後れを取るわけには参りませんぞ」

 ユーリアは無言で画面を見つめたままだったが、唐突にヘルメットを被った。そして全軍団員へ向けて通信を入れる。

「第五軍団長ユーリアより第五軍団兵士に告ぐ、第四軍団が旧王都奪還へ向けて革命同盟軍への攻撃を開始した…私達第五軍団も『敵軍』がアウィス・パルスの主砲射程圏内に入り次第攻撃を開始し、旧王都の制圧に入る!全部隊はホーク部隊立案の作戦通りに行動し、最優先目標の確保を目的に奮戦せよ!」

 そして通信を切る。傍でその号令を聞いていた二人は微笑み、敬礼で応えた。そして残りの一人、テュルクがユーリアへと語り掛ける。

「ユーリア、第五軍団長として成長しましたね」

 その優しい言葉にユーリアはヘルメットを被ったままそっと視線を落とした。テュルクはその心象を読み取りながら言葉を続ける。

「この戦いが終わるまでに貴方の運命が決します…本物の体が守られたとしても、失われたとしても、今のままではいられないでしょう」

 ユーリアの体の事情を知る二人も、その言葉を静かに聞いている。三人の前でユーリアは静かに微動だにせず、微かな呼吸音だけを放っていた。テュルクがさらに続ける。

「この戦いがどのような結末を迎えたとしても、私は『貴方』の選択を尊重し、以後も『貴方』の補佐を続けようと思います」

 その言葉にユーリアはしばらく考え、そして首を振った。ヘルメットを着けたまま、彼女を一瞥して答える。

「テュルクは『本物』に付いてくれ…俺は…本物が目覚めたら、長くは持たないから…本物の意識さえ戻れば…!」

 悲しい響きのその言葉の口調は男のようで、しかしユーリアの事をよく知るその場の三人はそれがユーリアであることを知っていた。右拳を握りしめるユーリアに、クロウビークが呼吸で場の雰囲気を整えると微笑んで声を掛ける。

「現在アウィス・パルスは低質量飛行で進んでいます、旧王都を主砲射程圏内に収めるまであと三十分ほど…同時に空陸のリム部隊も展開する手筈ですので、ユーリア様も出陣なさるのであれば『フィフス・ウィング』の準備に入られた方がよろしいかと…」

 彼は思い詰めたユーリアに対して行動を促す。ユーリアは感情を治めて画面へと一度視線を移す。そこに映る第四軍団の戦闘を眺め、囁くように言う。

「わかった…ノルトにも作戦は伝えてあるな?」

「抜かり無く…これがたとえ貴方との最後の共闘になろうとも、私達は第五軍団の局長(ビーク)として役目を果たしましょう」

 クロウビークの即答に頷く。その表情はヘルメットに隠されて見えなかったが、振り返り歩き出す動作に迷いは無かった。そしてテュルクの線石をいつものように右脚の中に収めると、残りの二人へ向けて命ずる。

「ホークビークとクロウビークは『私』が戻るまで管制室(ここ)から全軍へ指揮をお願い…私は単機で王城に乗り込んで『体』の確保に向かうから、突入と脱出の援護をするように部隊を動かして」

 その言葉に二人は敬礼する。音が鳴りそうなその鋭い敬礼を受けて、ユーリアが扉へと振り返り立ち去る間際、ヘルメットの内から微笑みが聞こえた。扉が閉まり、管制室には自動化された制御装置達が稼働する音が微かに響き渡っていた。しばらくして立ち竦んでいたクロウビークが口を開いた。

「…結局あいつは助けられないのか…」

 彼の言葉にホークビークはようやく敬礼を終え画面へと振り返る。そしてその顔を見ることなく画面へ向けて言葉を発する。

「我らの仕事はここから『彼』を援護することですぞ…そして彼にはテュルク様とノルトという龍王議会兵士が付いている!」

 その空元気な言葉にクロウビークは肩を竦める。作戦では彼ら局長(ビーク)達は空中要塞で待機、本物の体が戻り次第、その指示に従い『敵軍』と交戦する手筈になっていた。彼らも自らのリムに乗っての奪還作戦時点からの参戦の意を示したが、ユーリアは頑なに待機を命じた。それは決してユーリアの強がりではなく、本物の体が戻った後、その補佐として必要だと判断しての事だった。

 クロウビークは同じく画面を見つめる。交戦する空中要塞は更に近くなり、その先の王城も確認できる程だ。空中で対空砲の炸裂光や光線銃の弾道が見える。二人は視線を交わすことなく言葉を続ける。

「…で、将軍はどちらに付くつもりで?」

 突然の質問だったが、その意味を理解しているホークビークの表情に影が差した。右手で顎を撫で、呻くように咳払いをして時間を稼ぐ。その反応に再び、しかし馬鹿にするように肩を竦めた。

「あの様子では本物を第五軍団長(フィフスウィング)にする他ありません…彼のことは昔から知っていますが、それ故に今は後先考えずに残った気力を振り絞って戦い抜いて、燃え尽きてしまった方がよいと思えるのです」

「ふん…薄情な親友もいたものですな」

 画面を見たままのホークビークのその返答に対して、クロウビークは何も言わない。二人共ただ画面の先の戦闘に視線を向け続け、全部隊へ号令を出す時を待っている。

 再びしばらくの沈黙が訪れたが、今度はホークビークから口を開いた。

「わしは本物の事をあまり知らぬのでな…お会いする機会もほぼ無く、王都を奇襲されたあの日にその姿を遠くから眺めた限りなのだ」

 これまでと違い懐かしむ老いた声に覇気は無く、しかしその声は孫を遠くから優しく見守る祖父のようでもあった。声は続く。

「その姿は…強く頼もしいものではあったが、恐ろしくもあった…強化装甲服も無い生身の姿で革命同盟の新型リムを打倒した力は、人のものでは無い…まるで異能を使うという革命同盟軍総帥と同じだ」

 その言葉にクロウビークも当時を思い出す。レイヴン王の乗る試作飛行型リムを撃墜した敵の飛行型リムに、ユーリアは文字通り飛び掛かり、数分の空中戦の後敵機の脚部を大破させたが、代償として右腕と右脚を失った。彼女は王城の地下へ運び込まれたが、その後の行方は知れなかった。

 その時彼女を地下へ運び込んだのはレイヴン王とユーリア王女の警護兵の二人。しかし地下から戻ってきたのは王とテュルクの二人だった。王とテュルクは他の二人の事を話すことなく、国ごと聖地へ脱出する作戦の実行でそれ以降、消えた二人の事を気にする余裕は無かった。

 聖地の地下でユーリアが目覚めるまでは。

「…主砲射程圏内ですな」

 ホークビークが呟くように言った。クロウビークは我に返り、画面に映る王城と第四軍団の地上に展開された部隊が映し出されていた。第五軍団は東西に向き合っている二つの軍勢に対し、北から回り込むように接近していた。画面右側に王城、左側に第四軍団が映し出されている。両軍の空中要塞は遥か上空で交戦しておりその高度に掛けて両軍の飛行型リムが入り乱れて戦っていた。王城は中央の背の高い塔のような『天守』とその周囲に広がる一段低い『城下』に大きく分けられ、城下の上空を警備の飛行型リムが巡回している。

 その様子を眺めながらホークビークはヘルメットを被り、全部隊へ向けて通信を入れる。

「全部隊へ告ぐ!これより偽装迷彩解除と同時に主砲を王城へ向けて斉射!王城の防御壁を消失させると同時に地上部隊が旧王都へ突撃し航空部隊はそれを援護、敵軍を城外へ引き付けユーリア様が王城へ突入し目標物を回収するまで時間を稼ぐ!我々の目的は王都の奪還ではなくユーリア様の援護であることを肝に銘じ作戦行動せよ!」

 そこで一度言葉を切る。隣のクロウビークもヘルメットを被り、斜に構えて頷くのを見て一呼吸置くと通信機へ向けて号令を発した。

「…作戦開始!全機偽装迷彩を解除!アウィス・パルス主砲全門斉射!」


 ユーリアは管制室を出た後、空中要塞を縦に貫く小型の昇降機に乗り最下層の格納庫へと向かっていた。昇降機内でもヘルメットを被ったままで奥の壁に寄り掛かり、通信回線を各線に繋いでそのやり取りを聞き状況を確認し続ける。殆どの部隊が出撃準備を終えている中、昇降機は止まることなく静かに下り続けた。

 通信からは各部隊の出撃前の最終確認や、空中要塞を護衛している飛行型リム部隊の報告などが聴き取れた。その真剣な通信内容を聞いていると、第五軍団が軍団として機能していることが感じ取れて思わず微笑む。その時、ついに昇降機が最下層へ辿り着いた。扉が開き、ユーリアは歩み出る。

 最下層にはリム格納庫があり、滅多にないがそこは着陸した際の出入り口ともなる。ユーリアが格納庫内に入るとそこには愛機のフィフス・ウィングと四機の『五翼の鳥』の紋章を胸部に付けたリムが、跪いた状態で整然と並べられていた。そしてフィフス・ウィングの足元に五人の人物と白い亀のような龍が集まっていた。その内の四人がユーリアに気付いて姿勢を正し敬礼する。ユーリアは彼らに顔を見せようとヘルメットを外す。

「ユーリア様、お待ちしておりました」

 敬礼した四人、イーグル部隊の隊長であるイーグルビークの言葉と同時に周囲の隊員達の目が輝く。ユーリアも歩み寄りながら敬礼を返し、接近したらお互いに敬礼を解く。イーグルビークが続ける。

「本作戦においてユーリア様の護衛を行う我が隊員達です、顔と声ぐらい覚えてやって下さい」

 そう言うと一番近い若い男の隊員へ視線を向け、発言を手で促した。隊員は再び敬礼して口を開く。

「私は『イーグルターロン』の名を頂きました!命の限り前線でユーリア様の王城への突入を補佐させていただきます!」

 やる気に満ち溢れた声と言葉にユーリアが微笑む。そしてイーグルビークがその隣の背の高い男性に視線を移し、その男が頷いて敬礼した。

「『イーグルウィング』と申します…此度の作戦では上空からの支援砲撃を担当致しますので、上空からの攻撃に関しては、すべて私に押し付けて頂ければと…」

 その礼儀正しく低い声からはイーグルクロウ以上の闘争欲が滲み出ていた。イーグルビークは最後の女性隊員に頷いて見せた。

「『イーグルアイ』…偵察と敵レーダーへの偽装工作担当…です…よろしくお願いします」

 唯一の女性隊員である彼女は小声で応える。ヘルメットの内側でも掛けられる小型の眼鏡を掛け、そのレンズには薄く光の文字が入っているのが見て取れた。イーグル隊の紹介が終わり、最後に残ったノルトはユーリアの視線を感じてフィフス・ウィングから背中を離し、敬礼を真似して口を開いた。

「龍王議会人軍所属のノルトウィント…って自己紹介なら済ませたぜ?ただ、俺のリムも新しく用意してくれてよかったんじゃないか?」

「うむうむ、ワシ専用の座席があるやつがいいのう」

 残念そうなその言葉に足元のベッコウも頷く。ユーリアは苦笑しつつ答える。

「第五軍団は配備されてるリムが少なくて新人に回す余裕が無い、それに私は王城に入らないといけないからフィフス・ウィングの操縦役で勘弁して?」

 ユーリアはそう言いながらフィフス・ウィングへと歩み寄りその姿を見上げた。これまでと違い外部装甲が各所に取り付けられ、走行を補助する使い捨ての簡易光粒子エンジンも肩部背面に二基取り付けられている。さらに武装を展開できないノルトの為に一丁の光線銃が右腰部に装備されており、王城へ突入するまでの戦闘に耐えうる重装備になっていることが解った。

 ユーリアが機体の前に着いたのを見てイーグルビークが「機体の起動開始!起動完了後、出撃まで待機せよ!」と命令し、各隊員が自らの機体の元へと駆けて行く。武装と装甲を極限まで積んだリム、機動力を高めた上で遠距離武装を複数装備した飛行型リム、機体に巨大なレーダーとアンテナが取り付けられたリム等ここに集ったリムには、第五軍団の持つ技術の粋が全て詰め込まれていた。

 ユーリアもフィフス・ウィングに飛び乗り、右脚からテュルクの線石を取り出して操縦席の最奥の台座へ設置する。その背後でベッコウを背負ったノルトが入って来た音がした。「ふげっ」という操縦席の下へ滑り込まされたベッコウの悲鳴が聞こえたがノルトもユーリアも気にしない。そんな彼らの前でテュルクがいつものように半透明の姿を現した。その表情はいつも通り優しさを湛え、ユーリアが操縦席に座ると同時に声を掛けた。

「先程からレイヴン王国軍と革命同盟軍両軍の通信内容を傍受していますが、第四軍団は明らかな劣勢で防戦に徹しているようです…第五軍団と第三軍団、第一軍団の参戦待ちなのでしょう」

「第四軍団長(フォーススケイル)のいつもの手だ…『レイヴン王国の敗北』という人質を取って他軍団の参戦を促す…そもそも革命同盟軍に宣戦布告したのも私とサードビーストの暗殺が失敗して、第五軍団と第三軍団を同時に敵に回すのを避ける為だろ」

 ユーリアの言葉は容赦が無い。フォーススケイルに対する憎しみは大きいが、事実今は共闘するしかない。そういう心理戦に置いて第四軍団長は秀でていた。

 テュルクも溜息を吐きながら頷き、操縦肢に体を装着したノルトが口を挟む。

「そこだけ聞くとフォーススケイルってのはとんだ糞野郎だな?」

 「まあな」とユーリアが即答するが、テュルクが追加で説明をする。

「その言葉を否定はしませんが、革命同盟軍が防衛する王城手前まで第四軍団だけで進軍したのは事実です…策謀を好む性格と合わせて、その指揮統率能力は決して劣るものではありません」

 そう言いつつ「部下が優れているだけかもしれませんが…」と小声で付け加えた。ユーリアがその言葉に頷いた時、機体の通信機から覇気のある声が流れて来た。

「全部隊へ告ぐ!これより偽装迷彩解除と同時に主砲を王城へ向けて斉射!王城の防御壁を消失させると同時に…」

 ホークビークの声に操縦席内の緊張が高まる。同時にイーグル隊との通信が繋がり、イーグルビークからの通信が入る。ホークビークの声を背景に彼の野太い声が響く。

「各隊員出撃準備完了しております!…ノルト!」

 ノルトは唐突に名前を叫ばれて通信機を睨む。野太い声が続ける。

「ターロンが先陣を切る!お前はその後に続いて被弾を抑えつつ王城まで突っ走れ!ユーリア様を王城へ届けた後はそのまま戦線に参加…ユーリア様が脱出の通信を入れたら『目標物』と共に回収してアウィス・パルスへ帰還せよ…わかったな?」

「了解だ、要は行って帰ってくるだけだろ?任せろ!」

 ノルトは作戦内容に対して余裕綽々に答える。その返答にイーグルビークは感心の声を漏らす。

「…ほう、いい自信だ!正式に第五軍団に鞍替えしないか?お前みたいな奴ならイーグル隊はいつでも大歓迎だ!」

 その言葉にノルトは笑い声で答える。そんな話をしている内にホークビークの一際大きい声が聞こえて来た。

「…作戦開始!全機偽装迷彩を解除!アウィス・パルス主砲全門斉射!」

 その言葉と同時に格納庫の扉が開く。その先から響く主砲の砲撃音と爆発音が格納庫の空気を激しく震わせる。ターロン機が扉へと近付き、ノルトはフィフス・ウィングをその背後に付かせる。

「では…ふぅ…『イーグル・ターロン』出撃します!」

 通信機から緊張した声が響き、ターロン機が飛び出していく。操縦席に座るユーリアがノルトへ振り返り右手の平を促す様に見せながら口を開く。

「王城までよろしくな?」

「…ああ、フィフス・ウィング出撃!」

 ノルトは叫び、そして地表へ向けて飛び出した。格納庫から飛び出すと同時に背面の光粒子エンジンを稼働させて着地点を見定める。その間に通信機から他の三機の出撃を告げる声が響く。

 フィフス・ウィングを着陸させると衝撃で地表が抉られ、数十メートル程滑走した後光粒子エンジンの力を借りて走り始めた。前方ではターロン機が全身に装着された武装を乱射して、旧王都から迎撃に出ている革命同盟軍の陸戦型リムを文字通り弾き飛ばしながら速度を緩めることなく走り続けていた。

 そしてフィフス・ウィングの背後を飛ぶウィング機から放たれる狙撃と砲撃が、ターロンが処理し切れない敵機を撃ち抜いていた。そのさらに上空をアウィス・パルスの主砲の砲撃が飛び、旧王都を守る防御壁を攻撃していた。フィフス・ウィングとイーグル部隊は防御壁に接近し、その消滅と同時に守られていた旧王都の郊外地区へと突撃した。同時に待ち構えていたリムから乱射された炸裂弾を受けたが、新しく付けられた外部装甲でそれを受け止め、止まることなく走り続ける。

「ノルト、外部装甲は破損すると機体の動きの邪魔になるから適当なところでパージして!」

「分かってる!」

 ユーリアの助言にノルトが短く答えた。待ち構えていたリムの近接攻撃をサードビーストとの戦いで見せた体術で捌き、体勢を崩させた所に後続のイーグルビークとウィングの追撃が入る。

 東方の第四軍団と戦闘中に北方から奇襲を受けた形の革命同盟軍は北方への部隊配置が間に合っておらず、明らかに第五軍団への対応が遅れていた。上空では革命同盟軍と第四軍団、第五軍団の飛行型リムが入り乱れて戦っており、地上のユーリア達に対応する余裕はなさそうだった。周囲の敵影が薄いことを見てノルトが余裕そうに微笑む。

「城壁までは問題無く行けそうだな」

 そう言った瞬間、目の前の地面が爆ぜた。抉れた道路が機体を襲ったが、ノルトはそれを軽く薙ぎ払うと、走り続けながら攻撃が飛んできた上空を確認した。その視線の先を狂ったような軌道で、しかし的確に全方位からの攻撃を回避しながら上昇する青いリムが見えた。そして次の瞬間には前触れも無く急反転して降下を開始していた。


 ゴルドウィンは遥かな上空からその機体を見つけた。第四軍団と交戦中に北方から別動隊による奇襲を受けたと聞いて援護に来てみれば、敵空中要塞が旧王都から十キロメートル足らずの距離まで接近しているのだからお笑いだ。しかも機体の紋章は『五翼の鳥』の第五軍団のもの。指揮しているのはレイヴン王か、或いはあの王女かと思いを巡らせ、周囲からの攻撃を回避しながらその機体、龍王議会領で二度戦った新型機目掛けて急降下する。重装甲化しているが、紋章の無い新型機は集めた情報の限りあの機体だけであった。その進路目掛けて、右腕に新しく装着された火薬ではなく重粒子を炸裂させる『波衝砲』を撃ち込んだ。

「やはり躱すか…」

 その攻撃を回避した相手の反応は重装甲にしては悪くなく、ゴルドウィンは上昇しながら、あの機体を討ち倒さなければならないという使命感と再び相見えた喜びを噛み締めた。そして機体を急転回させると再びその機体へ狙いを定めた。


 ノルトは青い機体へと光線銃で反撃した。その攻撃は掠ることも無く夜空へと抜けて行く。

「ノルト!あの敵はイーグル部隊に任せて!」

「そうだ!あいつの相手は我々がやる、お前は一刻も早くユーリア様を王城へ送り届けるのだ!」

 戦闘態勢に入ろうとしていたノルトにユーリアが叫び、イーグルビークが改めて命じる。ノルトは再び機体を走行姿勢に戻し、攻撃を回避すると通信機へ向けて叫ぶ。

「あの機体は始原龍議場でも見た!龍王議会侵攻軍の部隊も合流している!」

「なるほど~…情報サンキュー、総帥軍だけにしてはやたらとリムが多い気がしてたんだよね」

 そう答えたのはイーグルアイ。ユーリア達とアウィス・パルスの中間で索敵レーダーを展開している彼女から、索敵したリムの様子を周辺地形と共に立体映像化したものが送信されてきた。操縦席前の空間に無数の赤い点と青い点、アウィス・パルスと敵空中要塞、そして王城含む旧王都が表示され、イーグル部隊機とユーリア機は白い点で表示されていた。その映像を見るだけで、この空域に凄まじい密度で飛行型リムが集結しているのが見て取れた。

「これリアルタイムなんだけど、敵空中要塞が一基降下してきてる…多分総帥が乗ってるやつ、それに合わせてあの青い機体も降りて来た」

 イーグルアイの言葉通り、映像内の敵空中要塞は王城へ向けて急速に降下していた。旧王都内を駆け抜けながら映像を確認していたノルト達を、再び青い機体の爆撃が襲った。接近に気付いていたノルトは右へ跳んで回避する。直後ターロンが放った光線の正確な反撃は、まるで場違いな場所を狙ったかのように青い機体から離れた空間を通り過ぎた。「狙ったんだけどな…」というターロンの小さな声が通信機から漏れ聞こえ、それを掻き消す声が響く。

「俺とウィングが青い機体に付く!ターロンは作戦通り地上の敵を排除、アイは戦場に変化があればまた映像で送れ!」

 イーグルビークの言葉に各員が了承の返答を送る。操縦室内の立体映像が消えてノルトが上空の青い機体を見上げると、それを追う様にイーグルビーク機とウィング機が上昇していくのが確認できた。そこへ再びアイの通信が入る。

「戦況なんだけど~第三軍団の空中要塞が反転離脱したっぽいんだよね…代わりに南から第三軍団所属の飛行型リムが五千機ぐらい?すんごい数きてるよ~」


 ゴルドウィンが粘着してくる二機をあしらっていると、ソティラヴィアから通信が入った。

「ゴルドウィン、南方から飛行型リム約五千機が接近中らしい…恐らく第三軍団の部隊で国境を越えて来た部隊だ」

「…やはり航空戦力の薄くなった隙を突いてきましたか…敵ながら的確な動きですが龍王議会内の防衛に行かなかったところを見ると、気付いていないのか、あるいは見捨てたか…」

 ゴルドウィンの素早い考察にソティラヴィアは微かな笑い声で応じる。

「私ならば見捨てるな…ただアハトの資源は惜しい所だ」

 二人はかなりの余裕を持って会話していた。龍王議会国境戦線や始原龍議場での戦闘と比べると、味方の数で勝るこの戦場は実に平和なものだった。ゴルドウィンは執拗に狙ってくる二機へ左腕の炸裂弾を放ちながら答える。

「…では第三軍団は戦力をアハト防衛へ集中投入してくると?」

「私ならばそうする…そういう話だ」


 スタブルムの撤退の報を受けてイーグルビークが短く答えた。

「ほう、サードビースト本人は臆したか?」

 重要な報告だったがそれに対する返答は薄い。上空では青いリムに対してイーグルビーク機、ウィング両機が接近戦を仕掛け、軽くあしらわれている所だった。余裕が無いと言った方が正しいのだろう。

 ノルトも王城の城壁から放たれる砲撃を辛うじて躱しながら進むのに手間取っており、まともに返事を返せる状況では無かった。仕方なくユーリアが通信機へ声を掛ける。

「第三軍団の五千機は、龍王議会国境防衛の部隊だな?」

「たぶん~第三軍団がそんな大群を龍王議会に送ってたのは予想外だけど…」

 アイの言葉にユーリアは「サードビーストは約束を守る人だから…」と笑って答え、龍王議会でのことを思い出して溜息を吐く。その通信にターロンが割って入る。

「アイ!城壁の敵レーダーに妨害掛けられないか?」

「ん?出来るよ~タイミングさえ教えて貰ったらいつでも~」

 あまりにも軽い返答に肝を抜かれたか、一瞬沈黙した後にターロンは気を取り直して続ける。

「じゃあ今すぐ頼む!弾幕さえ薄くなれば接近してパイルバンカーで城壁に穴を開けられる!」

 その指示に「あいよ~」と返事が響いて五秒後、城壁からの攻撃が一斉に止まった。ターロンが機を逃さずに突撃し、ノルトもその後を追う。二機が城壁に張り付くまで、驚くほどに敵からの攻撃は止んでいた。ターロンが宣言通りに城壁に右腕を突き刺す様に突撃し、爆音と共に城壁の一部を吹き飛ばすと防御壁に守られていない穴が開通した。反動で機体のバランスを崩したターロンが叫ぶ。

「行け!王城までユーリア様を頼む!」

 返事をするより早くノルトは城壁の穴に突撃していた。機体が掠めた穴の淵を弾き飛ばし、弾かれた欠片が城壁が守っていた建造物へ突き刺さった。一歩遅れてターロン機も突入する。

 城壁内はもはや防衛を諦めているのか配備されているリムの姿は無く、革命同盟製の強化装甲服を身に纏った数人の歩兵達が慌てて道や建造物の屋上で銃を構えている姿が確認できた。その歩兵達を無視して飛び越えようとしたフィフス・ウィングに上空からの砲撃が直撃した。防御壁で辛うじて耐えた機体は地表へ吹き飛ばされ王城周辺のビル街、かつて『兵士街』と呼ばれていた地区を転がりながら破壊し、派手に爆煙を上げて見えなくなった。


 フィフス・ウィングの操縦室を激しい衝撃が襲った。様々な悲鳴と呻き声が響く中、ノルトは仰向けのに転倒していた機体を立ち上がらせたが、同時にユーリアが操縦席から立ち上がり、テュルクの線石を取り外すとハッチに手を掛けた。ノルトが驚きの声を上げる。

「ユーリア!?」

「ここで降りる!私一人なら爆煙に紛れて敵に視認されずに王城まで行ける!」

 そう叫ぶとハッチを開け、爆煙に包まれた外の様子を確認する。爆発音は響いているが距離があり、ユーリアは外へ体を乗り出した。ノルトはそれを止めようとせず、通信機へ向けて叫んだ。

「ユーリアがこれから単身で王城へ乗り込む!周辺の敵の注意を引きつけろ!」

 イーグル隊から必死の声で返答が入るとノルトはユーリアを見上げ合図を出す。

「爆煙が晴れる前に行け!ヤバい時は通信を入れろよ?」

「分かってる!ノルトも助けに来る前にやられるなよ!」

 そう言うとユーリアはフィフス・ウィングから爆煙の中へ飛び出した。ノルトは操縦肢操作でハッチを閉め、ベッコウに声を掛ける。

「ベッコウ生きてるか?」

「…何じゃ!?リムの戦いでワシに出来ることはな~んもないぞ?」

 必死に目を閉じて衝撃に耐えていたベッコウは不機嫌そうに返す。ノルトは「じゃあ何で来たんだよ」と小声で突っ込みつつ、爆煙の中に身を潜めつつ尋ねる。

「砲撃を走って躱す以外に何か思いつかないか?」

 ノルトの焦りが見える言葉にベッコウは溜息を吐きつつ答える。

「ん~防げばよかろう?外部装甲が付けられておったから直撃を耐えたんじゃろ?」

「当たるの前提かよ…とりあえず破損した外部装甲をパージして…」

 爆煙の中フィフス・ウィングから全ての外部装甲がパージされて、機体が元の姿に戻った。ノルトは機体から剥がれ落ちた外部装甲の残骸を見下ろし、数秒の後それを左手に取った。


「ユーリア様!」

 ターロンは上空へ光線銃を構えると砲撃を行った敵、飛行空母アース・ディセンデントの砲台に狙いを定め光線を撃ち込んだ。しかしその着弾と同時に他の砲台からの攻撃を受けて防御壁ごと吹き飛び、着地点を狙った二撃目をパイルバンカーの反動で回避してビルの陰に隠れる。息を吐いたターロンが独り言のように呟く。

「城の防御壁が消えてる…この爆撃が計画通りの防衛方法ってことか」

 城壁から展開されて王城を守っていた防御壁はいつの間にか消え去り、上空からの攻撃と侵入が行えるようになっていた。ターロンが通信機へ向かって叫んだ。

「アウィス・パルスに援護要請!敵の空中要塞をどうにかしてくれ!リムじゃどうにもならない!」

「既に主砲で撃ち合ってるけど、かなり旗色悪いよ…そもそも現状数で負けてるんだから、南から接近中の飛行型リム部隊か第一軍団が合流しないとどうにもならないって!」

 アイの通信には微かな爆発音が混ざっており、敵軍が本格的に第五軍団に対応してきたことが理解できた。イーグルビークとウィングからの通信は無い。

 その時、収まりつつある爆煙の中から外部装甲をパージしたフィフス・ウィングが転がる様に飛び出し、走りながら上空へ向けて右手に持つ光線銃を放った。光線の狙いは正確とは言い難かったが、それに反応した砲台からの反撃を、左手に持っていた外部装甲を投げつけて相殺した。

「一発受けられるじゃねえか!便利な装甲だな」

 ノルトの歓声が通信機から響き、全てを見ていたターロンはその反射神経と動体視力に驚きながらも、負けじとビルの陰から的確に砲台を射抜く。しかし二機からの攻撃は防御壁に阻まれ、視界に映る複数の砲台から一斉に反撃を受ける。ビルの陰に隠れるが、ビルも五秒と持たずに砕け散り、ターロン機はビル街の道路を疾走する。フィフス・ウィングより重装備の為動きは遅いが、少しでも多くの狙いを引き付けようと武装を上に構え、盾にしながら走り続ける。その時ついにノルトから通信が入った。

「よし、ユーリアが王城に入った!時間稼ぎは成功だ!イーグル部隊は撤退しろ!」

「本当か!だが今更撤退は出来ねえな!」

 ノルトの言葉に通信機から戦闘に集中して黙っていたイーグルビークとウィングの驚きの声が聞こえた。ターロンも一瞬王城の方へ視線を移したがその瞬間、王城の天守の付け根から光の柱が空へと立ち上がった。同時に一陣の風が衝撃波となって、王城から旧王都全体へと広がった。その衝撃波を受けて飛行中のイーグルビークらの機体は制御を失い吹き飛ばされ、地表に立っていたターロン機とフィフス・ウィングも外縁へ押し出される衝撃を受けてバランスを崩した。

「何だ…あの光は!?」

 体勢を立て直したターロンが叫ぶ。光の柱は上空に滞空していたアース・ディセンデントを直撃し、その防御壁をも貫いた。そして光の柱の直撃を受けた箇所が爆発を起こし、空中要塞がよろめくように王城の上空から退避し始めた。当然衝撃波の影響は革命同盟軍機にも及び、青い機体は退避を始めた空中要塞に付き添う様に上昇してゆく。

 その光景を呆然と眺めていたターロンの視界に、東の城壁を越えて四機の黒い飛行型リムが割り込んできた。機体のハッチに描かれた『四ツ目の龍』の紋章を見てイーグルアイの通信が入った。

「第四軍団急速に前進!そいつらは先遣隊だけどすぐに本隊が来るよ!」

 先遣隊は地表にターロン機とフィフス・ウィングを確認すると、上空を旋回しながら光線銃を撃ち込んだ。装甲を捨てたノルトは反撃しつつ回避したが、重装甲のままのターロン機は反応する間も無く、二機から放たれた光線が直撃した。イーグルビークが着弾の爆発に飲まれたターロン機を見て叫ぶ。

「ターロン…っ!アウィス・パルスへ伝達、第四軍団(フォーススケイル)と交戦を開始せよ!」

 先遣隊は攻撃目標をイーグルビーク機へ移し、四機で囲むように攻勢に出る。しかしその内の一機を雷のような光線が貫いた。貫かれた機体は爆散し、残りの三機が回避行動を取りながら散る。郊外北方面から放たれた光線の先に、衝撃波を受けて不時着していたウィング機が長銃を構え、再び飛び上がる姿が見えた。通信機からウィングの興奮した声が聞こえてくる。

「ターロンの仇だざまあみろぉおおおおおっ!…ふふ、私はこの快感の為に操縦者になったと言っても過言ではありません」

 途中から取り繕う様に冷静な声で戦意を奮い立たせる言葉に、アイが半ば呆れたように答える。

「仇討ちの快感って、誰かやられなきゃなんだけど…あと、ターロン機まだ生きてる」

 「まじか?」とウィングが本気で返答した後に、回線を回復させたターロンの呻き声が通信機に入った。その声に安堵する間も無く、ウィング機は残りの三機との交戦に入る。

「アイ、我々もウィングに加勢する!ユーリア様が戻るまで第四軍団に王城を明け渡してはならん!」

 イーグルビークの言葉にアイは「了解!」と短く答え、二人の機体はウィング機を追って上昇して行く。三機は第四軍団の本隊との衝突を避ける為に北方の空へ後退し、残りの先遣隊と睨み合う陣形を取ったが、先遣隊も深追いはせずに王城の上空に留まった。その様子を見上げていたノルトが通信を入れる。

「俺は王城付近で待機する!さっきの光が破壊した箇所に潜伏するから脱出を援護するときは目安にしてくれ!」

 それだけ言うとノルトは地上で目立たないように、しかし素早く王城へと接近し、光の柱が破壊した箇所を目指した。そこで何が起きたのかは想像も出来なかったが、壁か屋根が壊れていれば、リムに乗ったまま内部へ侵入できるかもしれないという考えでの行動だった。そしてそう考えていたのは、ノルトだけでは無かった。

 ノルトが城下の屋根に乗り、その壊された箇所へ到着すると同時に、その上空に一機の黒い飛行型リムが急接近した。そして展開した剣をその東部めがけて振り下ろした。ノルトは咄嗟に右手の光線銃でその刀身を受け止めたが、屋根が衝撃に耐えきれずに崩落し、機体ごと城内へと落下していった。


 ユーリアは兵士街を駆け抜け、王城の城下に接近した。接敵を避ける為に北大門ではなく二階部分の窓へ跳び込む。機械の体のミゼネラに強化装甲服を着たユーリアは割れたガラスをものともせず、内部の廊下に着地する。二年前まで暮らしていた王城内は記憶とほぼ変わることなく、ただ怯えを隠しきれていない革命同盟軍の強化装甲兵が廊下沿いの正面と背後に立ち塞がっている。

 ユーリアは小さく溜息を吐くと、対峙する強化装甲兵よりも速く動いた。床を蹴って接近し、右腰の『共振刀』を振るい先頭の兵士を横薙ぎに斬り伏せた。質量を疑似的に増大させる強化装甲服が開発されてからの歩兵同士の戦いは明らかに装甲面が勝っており、リムに乗らなければ銃を使っても互いに有効打を与えられない有様だったが、その状況をこの武器が変えた。

 共振刀は刃は付いていないものの刀身に触れた物質の振動数に合わせた微かな振動を起こし、強化装甲服も容易く切断できた。斬り伏せられたのを見て他の兵士達が怖気づいたが、ユーリアは構わず残った彼らを駆け抜ける様に接近しながら斬り捨てる。前方の兵士が全て倒れると切っ先を返し、後方の兵士達に斬りかかった。共振刀を持たない敵兵達は銃で抵抗したが、ユーリアの強化装甲服を貫くには至らず一方的に斬り伏せられた。

 視界に入る敵兵を全て倒し、ユーリアは再び溜息を吐いた。共振刀も無く強化装甲服を着た自分と戦わされた倒れている兵士達に、一兵士として同情を禁じえなかった。ユーリアは動かなくなった兵士達に無言で祈りを捧げると廊下を掛けだした。

 そして次の瞬間、そう遠くない場所から爆発音が響いた。続けて激しい揺れが襲い、廊下にしゃがみ込んだ。尋常ではないその揺れに右脚からテュルクを取り出す。

「テュルク!今の衝撃はまさか…」

 ユーリアの問い掛けにテュルクは姿を現すことなく澄んだ声だけで答える。

「近距離で凄まじいエネルギーの放出を感知しました…炎峰鳥の格納庫で感知したものと似ていますが、出力が多少劣ります」

 ユーリアはその言葉に一抹の不安を感じつつさらに尋ねる。

「通信機が使えなくなったりは…?」

 そして再び走り出すと、テュルクは緊張した声で返す。

「この程度ならば問題ないですが…急いだほうがいいでしょう、レーダーに奇妙な反応があります」

 ユーリアは無言で頷き、目的地の天守へと向かう。走っている間も城外から戦闘による爆発音が聞こえてくるが、先程の衝撃程では無かった。時折出会い頭に敵兵と出会うことがあったが、全て駆け抜け様に斬り伏せた。ユーリアが王城にいた時のような厳重な警備が行われていないのは、王がいないからだろうと変な納得をしながら突き進んでゆく。

 そして記憶を頼りに迷わず進み、天守へ繋がる唯一の回廊への扉を開いた先の光景に、ユーリアは息を呑んだ。

「屋根が…!」

 その格納庫ほどの広さの回廊の屋根が破壊され、開いた穴からイーグル部隊と第四軍団の飛行型リムが激しく撃ち合っている様子が見て取れた。射撃音に混ざってリムの歩行音のような地響きも感じられる。思わず足を止めたユーリアの前にテュルクが姿を現した。

「ユーリア、内部に落下している屋根の残骸が妙に少ないです…外からの攻撃ではなく内側から破壊されています」

 テュルクの言葉に刀を構え直す。外からの爆発音が響く中、慎重に歩みを進めるその直後、頭上で轟音が響き二人の前に巨大な影が落下してきた。咄嗟に防御態勢を取ったユーリアの前で落ちて来た影、フィフス・ウィングともう一機のリムは着陸と同時に互いに相手の機体を蹴り飛ばした。ユーリアはもう一機のリムの胸部に四ツ目の龍の紋章を見た。そして型がフィフス・ウィングと同じ機体だと気付いてユーリアがその機体の名前を叫ぶ。

「『フォース・スケイル』!」

 その声にフィフス・ウィングと対峙している機体が視線を向ける。その体勢に隙は無く、搭乗者が戦い慣れしていることが一目で分かった。しかし攻撃に移る様子は無く、機体の外部スピーカーから声が聞こえて来た。

「ほう、その声はユーリア…リムに乗り込んでいるものと思い込んでいたが、機械の体にも多少の知恵はあるのだな?」

 声は若いが老成した口調は第四軍団長フォーススケイルのものだった。ノルトが刀を受け止めて破損した光線銃を投げつけ殴りかかったが、フォーススケイルは視線を戻すことなく刀で銃を斬り落とすと姿勢を落として拳を躱しながら前進し、ノルトと場所を入れ替わる様に動くと振り向きざまに刀を振り降ろした。ノルトも僅かに遅れて振り向き振り下ろされる刀を確認すると勢いのままに背後へ跳んで回避した。そして刀を振り下したのを確認してノルトが再び攻勢に移った瞬間、フォース・スケイルの手から刀が消えた。そして半歩下がりながら突き出した右腕を覆う様に光線銃が現れる。ノルトもその出現に気付いたが、反応は間に合わなかった。

 撃ち出された光線がフィフス・ウィングの胸部を直撃し、前進する勢いが打ち消されて立ち止まったところにさらに一発撃ち込まれ、回廊の壁面へ吹き飛ばされて、それを破壊しながら倒れ込んだ。

 フォース・スケイルはフィフス・ウィングが停止したのを見てゆっくりとユーリアへと向き直った。

「ノルト!」

 ユーリアの叫ぶような呼び声にノルトは答えず、フォーススケイルがその銃口をユーリアへと向ける。テュルクがその正面に立ち塞がったが、それを意に介さぬ口ぶりでフォーススケイルが告げる。

「機械の体といえども、これには耐えられん…我が王位の為にユーリア、貴様には消えてもらう」

 ユーリアはその銃口を静かに見つめていた。そして視線を下げ、左手でヘルメットを外す。圧倒的に不利な状況に絶望するわけでもなく、希望を見出したわけでもないが、剣先を下げたままの刀から戦意は感じ取れなかった。ユーリアはただ一点、回廊の先を見つめていた。

「迎えに来るのが遅いのよ」

 突然女性の声が響いた。そして二人分の足音も。

「暇だったから天守の敵軍、全滅させちゃった」

 回廊の中央でユーリアと向き合うフォーススケイルの背後、天守への入り口にその声の主は立っていた。その女性は黒い長髪をなびかせながら黒い瞳で状況を見つめ、微笑んでいた。その視線はユーリアと交差し、互いに見つめ合っている。フォーススケイルは正面のユーリアと向き合ったまま、背後の声に向けて応える。

「やはり目覚めていたか、本物よ…!」

 そして右腕の光線銃を消しながら機体の右足を下げ素早く振り返る。その右手に再び刀を展開して握りしめ、雄叫びを上げながら振り下ろした。

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