始原龍操舵長 クレストーア
朝焼けを受け止める広大な平原の上空に、巨大な『岩』が浮いていた。その巨大な灰色の岩は、雲から落ちる雫のような形で、そしてあたかも浮いていることが当然であるかのように、朝日をその背に浴びながら平原の上空を西進していた。巨大であるが故にゆっくりと飛んでいるように見えるが、岩は空を群れで飛ぶ小型の龍を追い抜いた。
岩の上には美しい建造物が建っていた。多くの窓を持つ宮殿のようなそれは雫型の岩の進行方向を円く囲い、その屋上には建物の柱に応じた場所に円柱状の塔が突き出し、飛行船の発着場だろうか、各塔から桟橋が外側に向かって伸び、外からの来客を心待ちにしているかのようだった。
そして一番前面の塔の窓に一人の女性の姿が映っていた。
女性は前面のガラス越しの景色を虚ろな目で眺めながら、自分しかいない部屋の中で溜息をついた。昨日の朝に巨大な影を見てからというもの、ろくなことがないと丸一日こうして慌ただしく対応に追われ、そして溜息をつく時間が続いていた。
女性の青い服と青い帽子には所々に金色の刺繍が施されており、女性がそれなりの立場にいる人物であろうことが容易に想像できた。そして左胸と帽子の右側面に紋章、黒い下地に白い雫の前に金色の刺繍で『Heimat(ハイマート)』の文字が描かれている。
女性の前には胸程の高さまである縦長いカウンターがあり、舵輪と現在の速度や高度を針で示す計器、そして右端に通話用のマイク、左端にスピーカーが備え付けられていた。スピーカーからは最新情報を伝える唯一の国営のラジオ放送が流れ、昨日の革命同盟と龍王議会との開戦について伝えていた。
計器を見まわしていた女性が再び溜息をつこうとしたとき、部屋唯一のドアが開いた。
「クレスくん!まだ我が『ハイマート』は操縦不能かね?」
入って来たのは女性と同じように金色の刺繍と紋章が付けられた、ただ黒い服を着ている年配のふくよかな男性だった。顔の皴と白い頭髪からそこそこの年齢のはずなのだが、どこか少年のような印象が見え隠れしていた。頭にはシルクハットを被り、そこにも同じ紋章が描かれている。
男性の軽い言葉よりも早く振り返った、クレスと呼ばれた女性は瞳を閉じて頭を下げた。
「ヒューゲル様…ハイマート様に再三話し掛けてはいるのですが、『会いに行かねばならぬ』との一点張りで、元の航路に戻る気は無いようです」
クレスは頭を上げると舵輪を大きく右に回して見せた。しかし何も起こらず、ハイマートと呼ばれた岩はただ直進し続けている。
ヒューゲル様と呼ばれた男は顎に手を当ててわざとらしく唸る。綺麗に髭の剃られた顎を撫でること十秒程、ヒューゲルは再び口を開いた。
「ふむ~西方では昨日の宣戦布告を受けて、既に議会軍と革命同盟軍との戦闘が始まっていると聞くからねぇ~」
革命同盟の龍王議会に対する宣戦布告は、開戦から一夜明けて既に龍王議会はおろか世界中の国々が知るところとなっていた。当然ここにいるヒューゲルとクレスも、龍王議会と革命同盟の開戦を知っていた。
「ハイマートが会いに行くという人物は、この非常事態に私達の演奏を聴かせるに値する人物なのかを訊いてくれるかな?」
クレスはその言葉に頷くと、瞳を閉じて右手人差し指を額に当てた。ハイマートに語り掛ける時、彼女はいつもこうして集中力を高めていた。そうして視界を封じ、国営放送の音が全く聞こえなくなるほど集中した時、クレスは心の中で語り掛けた。
(ハイマート…ヒューゲルの言葉は聞いていたかしら)
彼女の問いに、すぐに返事が聞こえた。
(ああ…お前たちは未だかつてない程の『大物』と出会うことだろう…私はその人物を背に乗せようと考えている…)
クレスは考える。これまでは『会いに行く』とだけ聞いていた人物像が、少しだけ具体的な表現となって返ってきたのだ。クレスはさらに訊いた。
(その『大物』とは誰のことなの?)
この問いに対する返答も早かった。
(私の『友人』だが、会ってからのお楽しみだ…ヒューゲルもきっと、その『大物』に満足するだろう…ところで…)
ハイマートは会話を切り返してくる。
(何かしら?)
(先程からヒューゲルが、操舵輪をぐるんぐるんと回しているのだが…)
クレスは瞳を開いた。
「ヒューゲル様!」
クレスは目を覚ますや百八十度振り返り、名を叫んだ。そこには楽しそうに腰を振りながら舵輪を左右に回す中年男の姿があった。
ヒューゲルは突然の大声に驚き、操舵輪から手を放し、そのまま両手を上げた状態で元の位置まで戻り、口を開いた。
「思ったよりも早かったな!それで、ちゃんと訊いてきてくれたかな?」
調子よくヒューゲルが尋ねる。クレスは困ったものだと言わんばかりに、片目でヒューゲルを見ながら頭を抱える。立場はヒューゲルの方が遥かに高いのだろうが、二人のやり取りにはそれ以上の親しさがあった。
クレスはハイマートからの言葉を伝える。
「ハイマート様曰く『未だかつてない程の大物』に会いに行き、その大物を招待する気のようです」
ほうほうほう、と左手を腰に当てて右手で顎を撫でるヒューゲルは、顔をずいとクレスに近づけて小さく訊いた。
「『正体は、会ってからのお楽しみ』なのじゃな?」
クレスは全く動じずに軽く頷く。その反応にヒューゲルは満面の笑みを浮かべて踊るように部屋、操舵室の扉の前へと移動した。そしてクレスへ向かって歓びを隠さずに言う。
「ならば私も怠けているわけにはいかないな!まだ見ぬ『大物』のお客様の為に!『芸術王』と『ハイマート総合芸術団』の全力を見せつけてやらねばなるまいて!」
そしてしばらく高笑いした後「何かあったら場内通信機(マイク)で知らせてね」と言い残して、ヒューゲルは操舵室を去っていった。
クレスは頭を下げてヒューゲルを見送ると、扉が閉まる音を合図に頭を上げた。そして静かに操舵輪の前に戻り、ヒューゲルが出粗目に触ったせいで微妙に正面に戻り切れていなかった操舵輪を、正しく正面に揃える。ハイマートの操縦を任されているクレスだが、今は出来ることが無い。ヒューゲルが来ると多少疲れるかもしれないが、彼女はあの男のことが決して嫌いではなかった。
クレスは再び瞳を閉じて右手人差し指を額に当てた。
(ハイマート、その『大物』まであとどれぐらいかかるのかしら?)
ハイマートはいつものように、すぐに答えた。
(人は相変わらずせっかちだな…そうだな…昼頃には接触できるだろう…)
(しばらく掛かるわね…)
クレスの不満げな返事に、ハイマートは優しく諭す。
(それまでは私自ら動く…操舵の必要は無いから休んでいるがいい…)
そしてハイマートの声は聞こえなくなった。クレスはありがとう、と伝えて目を開いた。各計器にも窓からの景色にも異常は無い。ただ自分で操縦していないというだけで、全く別の場所にいるような気がしてしまう。クレスは気持ちを落ち着かせようとラジオの電源を切った。操舵室に静寂が訪れる。
クレスは操舵室の扉から右手側の休憩用の長椅子に腰を掛けた。背もたれこそ無いが、緑色の座面はふんわりと体を支え、ちょっとした疲れを取るだけなら十分な代物だった。
クレスは長椅子に上半身を預けると、約一日半ぶりの眠りについた。
アハト平原の南、龍王議会領の北部と中央部の境界には『職人達の森』と呼ばれる鬱蒼とした森林地帯がある。高さ五十メートルはあろうかという巨大な『舌の木』が、太い幹の先端から、その名の由来である龍の舌のようにも見える巨大な葉を伸ばし、地表へ届く陽光を程よく遮っている。舌の木の幹と皮はその巨大さ故に大量の木材となり、またその樹液は加工次第で弾性を持つ素材になった。職人達がそれらを求めてこの森に入っていたことから職人達の森、と呼ばれるようになったのだ。
そして地表は舌の木の幼木や光が少なくとも育つ苔、色も形も大きさも様々なキノコに埋め尽くされていた。
森の中は時折聞こえる小さな鳥や龍の声、そして地下から湧き出て流れる水以外の音は無く、優しく髪を解くような静寂が支配していた。
不意に、その静寂を乱す重厚な足音が森に響いたかと思うと、幼木とキノコを圧し折りながら、巨大な人影が苔の上をうつ伏せに滑り、頭から一本の巨大な舌の木に激突し、停止した。
その激突音と衝撃は広範囲に響き渡ったが、激突された舌の木はびくともせず、森には再び湧き出る水の音が響き始めた。
「ユーリア、ノルト、ベッコウも大丈夫ですか…?」
うつ伏せに倒れた巨大な人影、ユーリア達の乗る人体拡張型兵器『リム』の操縦室に澄んだ声が響く。ノルトとベッコウは操縦室の前面に押し付けられて呻き声をあげており、操縦肢のユーリアは小声で謝りながらリムを起き上がらせる。リムの表面には不思議な滑らかさがあり、転倒時に付着した土や苔が起き上がるだけで自然と地表に滑り落ちた。
操縦室が正常な向きに戻り、ノルトが操縦席、ベッコウは操縦席の下の隙間に元通り収まると、ベッコウが口を開いた。
「随分と派手に転んだのう~本当に人のような機械じゃ」
ベッコウの言葉にユーリアはヘルメットの中で苦笑し、テュルクが答える。
「拡張人体の『リム』は、操縦肢に着いている人の動きをそのまま反映します」
リムは今度は慎重に歩き始めた。地面の苔と幼木や大きなキノコに注意しながら進む。大きなキノコはリムの腰ほどの高さもあり、圧し折りながら進むわけにもいかなかった。
テュルクは更に説明を続ける。
「義肢の技術をそのまま転用して作られましたから、動きが人らしいのは当然です」
テュルクの言葉は少し誇らしげでもあった。ベッコウに代わってノルトが質問する。
「テュルク議長がこのリムを作ったのか?」
ノルトはテュルクのことを議長と呼んだ。ノルトにとって第四龍暦終末期の龍王議会議長であり、英傑として語られる彼女に対する敬意のつもりだったが、テュルクは優しく答える。
「テュルクだけで構いません、この時代にはこの時代の議長がいるはずですから、今の私はただのテュルクです」
ノルトが頷いてそれを了承すると、テュルクは続けた。
「このリム『フィフス・ウィング』の基礎を設計し開発を行ったのは、残念ながら私ではなく、現代に生きる科学者達です」
『フィフス・ウィング』とはこの黒光りするリムの名前であり、レイヴン王国軍第五軍団の別称でもある。
しかし残念と言いつつ、声音には子供が美しい花を見つけた時のような響きがあった。この時代にも自らと志を共有できる人がいる事実が嬉しかったのだ。テュルクは声音を変えずに続ける。
「私はただ、第四龍暦に使われていた動力源とそれを利用する動力機関を教えただけでした、私の時代にも似たような人型の機械がありましたから」
テュルクは言葉を終えた。ノルトは語られる言葉の一つ一つに感心していた。ベッコウが口を開く。
「つまりは聖地に逃れたレイヴン王国には、第四龍暦の終末期に匹敵するだけの技術力があるというわけじゃな」
「そういう考えで正しいと思います」
ベッコウの言葉をテュルクが肯定する。テュルクの伝説に詳しいノルトも質問する。
「テュルクの伝説の『機械の巨人』の話は本当だったのか…『何倍にも膨らむパン』とかも本当にあったのか?」
テュルクはノルトの問いに戸惑い、一瞬言葉に詰まったが、すぐに堪えるような笑い声が線石からこぼれた。テュルクはノルトの問いに返す。
「きっと『再生培養食品』のことですね」
テュルクは楽しそうに語りだす。伝説でも、優秀な頭脳だけではなく、分け隔てなく誰とでも楽しく語り合う姿勢が人望を集めて、龍王議会史上初の人の議長となったと語られていた。
ノルトはテュルクが女性だったというのは予想外であったが、伝説に語られる自分の好きな人物像と違わないことに自らも気付かずに安堵していた。
「パンもありましたし、肉類や魚介類、野菜も増やせたのです…培養する様子はあまり見た目のいいものではなかったのですが…」
「王国の技術者達にその技術見せてもらったけど、液体に肉の欠片入れるとぶくぶくぶくって再生していくのよね…」
ユーリアが操縦しながら口を挟む。その後もノルトはテュルクの語る伝説の真実に対して興味が尽きなかった。また第五龍暦になってから生まれたベッコウも第四龍暦のことを知りたがり、ユーリアは時折レイヴン王国の技術を引き合いに出した。
黒いリムが森の中を木やキノコの密集地を避けながら進んでいる。リムの中では相変わらず四人の会話が弾んでいたが、森は水の音と小型の龍や鳥達の鳴き声が静けさを演出していた。
しかしテュルクが唐突に話題を森の景色に移した。
「ユーリア止まって」
ユーリアは無言でリムを立ち止まらせ、そのまま警戒態勢に入った。テュルクが慌てるように続ける。
「いえ、敵襲とかではなくて…外に見える生き物をカメラに映して下さい」
「了解」
ユーリアは間髪入れずに答えると、周囲に見える動物を次々と視界に収めていった。枝や倒木に登っている小動物や、舌の木の幹の間を飛ぶ鳥、地表を歩いている龍、ユーリアはそれらを次々とカメラに映していったが、映しながら違和感を覚えていた。
そしてリムが生き物を次々と見つめながら一回りし終えた時、その違和感に気付いた。
「全部、龍…?」
鳥だと思っていたのは、脚や翼の付け根のみ羽毛が生えている龍だった。地表の苔や倒木の上を走り回るネズミのような小動物は、棘のような鱗を持つ龍で、顔と手足のみ普通の龍のように、鱗に覆われた姿をしている。レイヴン王国領や聖地に存在する動物達に似た龍は目に入るが、ユーリアとテュルクの知る普通の鳥や哺乳類は見渡す限り発見できなかった。
言葉を失ったテュルクとユーリアに、ベッコウが尋ねた。
「外の人にとって、何か不自然な光景なのかの」
ベッコウの問いにユーリアは言葉に詰まったが、テュルクが答える。
「少なくとも私の目には…龍王議会領には『龍と人以外』の生き物はいないのですか?」
テュルクの質問にノルトは驚く。ベッコウは頷いた。
「おらぬ、わしのように亀のような龍やら『かつて存在した』と伝わる生き物に似た龍ならば、おる」
ベッコウの言葉にノルトも頷く。
「俺も見たことは無いな…テュルクの伝説に出てくるのは知っているが」
テュルクは言葉を失った。ベッコウとノルトも、これ以上何を言えばいいのか分からず沈黙する。ユーリアも考え込み押し黙ったが、すぐに開き直って口を開いた。同時にリムを急発進させる。
「まあ、ここは龍の国なんだろ?別にどんな龍がいたって不思議じゃないって」
努めて明るく言い放ったが、テュルクのさらなる質問にユーリアも言葉を失った。
「もしかして『人のような龍』もいるのでしょうか?」
テュルクの問いにノルトとベッコウが顔を見合わせた。そしてベッコウが重々しく返す。
「…『人龍』(じんりゅう)じゃな」
操縦席に沈黙が訪れた。先を急ぐリムの足音だけが響き、前方に森の終わりの明るい切れ目が見えた。夜明け前から走り、歩き続けた職人達の森を、ついに越えた。
森の先には入った時と似たような平原が広がり、少し先にある川を越えた先には、何か農作物を栽培しているのだろう、さらに広大な畑が広がっているのが確認できた。
しかしユーリア達の目は雄大な緑色の景色ではなく、その上空に浮かぶ巨大な『岩』に釘付けにされていた。空から降り注ぐ巨大な雫のような形のその灰色の岩には、張り付くように巨大な宮殿が建てられており、四人の視線を奪っていた。ベッコウがその名を叫ぶ。
「『芸術城ハイマート』じゃ!」
見上げた状態で思わず立ち止まってしまった黒いリムの前で、その岩・ハイマートは静かに降下し平原へと着陸した。着陸する際に、岩に巻き付くように張り付いていたスロープ状の部分が伸び、リムの近くに接地された。スロープは宮殿の正面にある門まで続いており、これを伝って来いと誘導しているようだった。
「…これは、登っていいのか?」
ユーリアがようやく言葉を発した。未だにあっけにとられているが、それでも行動するべきだろうと判断し、返事を待たずにリムをスロープへと歩かせ始める。
「ユーリア、私は『彼』を知っています、『彼』は味方です」
テュルクの言葉を聞き、ユーリアは灰色のスロープに足を掛けた。スロープの上には手すりのように出っ張りがあり、しっかりとした道が出来ていた。
しかし、その道は所々ずれがあり、それは手すりのような出っ張りとも連動していた。それはまるで…
「テュルク、これってまさか…」
リムを進ませながら、ユーリアはテュルクに語り掛けた。ノルトは興味津々に映し出された映像を見つめていたが、ベッコウはユーリアが気付いたことを悟り微笑んでいる。
話し掛けられたテュルクがユーリアの言葉を汲んで答える。
「貴方が歩いているところは『尻尾の上』ですから、あんまり力強く歩かないで下さいね」
その言葉にユーリアは深く息を吐き出した。そして道の先にそびえる巨大な岩と、美しい宮殿を見上げ、その門を目指し再び歩み始めた。
(クレスよ…目覚めよ…到着した…)
クレスは導くような優しい声で目を覚ました。体を起こすとハイマートは既に停止しており、日差しは高く、左腕の腕時計を見るとちょうど正午を過ぎた頃だった。
クレスは肩と腕の筋肉をほぐしてソファーから立ち上がった。操舵輪の前に立ち窓の外を見下ろすと、職人達の森と平原の境目が見えた。
クレスは目を閉じ、額に右人差し指を付けてハイマートに話し掛ける。
(ここは森の南側ね?…飛行船を出す?それとも着陸するのかしら?)
クレスの問いにハイマートは答える。
(着陸した方がよいだろうな…『彼女』は機械の巨人に乗り込んでいる…)
その言葉に一瞬目を開き、素早く通話用のマイクを手に取り電源を入れると、ハイマート全体に向けて放送を流した。
「操舵室から通達します、これより『ハイマート』は着陸態勢に入ります、練習を止め、着陸が完了するまで体勢を安定させ、待機して下さい…繰り返します…」
クレスはさらに二回ほど復唱した後マイクの電源を切った。クレスの連絡が終わったのを見計らって、ハイマートは降下を開始した。地表を見ると、森のすぐ外側の平原に放送前には見られなかった機械の巨人、黒いリムの姿があった。龍王議会領の中央を南に過ぎたこの場所に、一機とはいえリムの姿があることにクレスは驚いた。
クレスは額に右人差し指を当てて話し掛ける。
(あれが、貴方が探していた『大物』…味方、なのよね?)
クレスの言葉にハイマートは笑い声を含ませて答える。
(ああ…この『音』は私が最後に眠りに着く前に出会った『彼女』だ…間違いない…)
少しの衝撃があった。どうやら無事着地したらしい。
(ハイマート、貴方の知っている人が操縦しているのね?いいわ、信頼してあげる)
クレスは自らを納得させて瞳を開き言葉を終えた。そして正面の窓から、ハイマートの尾の上を歩み寄ってくる黒いリムを見下ろす。
(クレスも機会があれば…『彼女』に会うとよい…)
ハイマートはそう言い静かになった。黒いリムはついに、操舵室の窓から死角に入り『ハイマート城』の門前に辿り着いた。クレスは再びマイクを手に取った。
「お客様が正面門前に到着しました、正門を開いて下さい」
「見上げたことは何度かあったが、乗るのは初めてじゃのう」
ベッコウが呟く。ユーリア達が門の前に辿り着くと、伝ってきたスロープが巨大な岩に巻き付くように格納された。
「確かに尻尾だと思いながら見ると、尻尾にしか見えないな」
スロープが格納される様子を見ていたユーリアが感想を述べた。その言葉と同時に門が左右に開き始める。門扉の高さはリムとほぼ同じであり、開いた門の先に一人の男が、優雅に礼をした状態で立っていた。
門の先は綺麗な石畳の広間になっており、奥と左右に二つずつ木の扉が見え、壁には赤い布の装飾と陰影が美しい彫刻が施されていた。礼をしている男が口を開く。
「ようこそお越しくださいました、我らが『芸術城ハイマート』へ!」
年配の男性だった。白い頭髪は中央が広く禿げており、腹の前を通した右手にはシルクハットが握られている。男は頭を下げたまま、森まで響きそうな声で続ける。
「私はこの城の主ヒューゲル、此度の訪問は我らが母なる『始原龍ハイマート』の意向であるが故に、突然の物となってしまったことを深くお詫び申し上げる」
そして頭を上げ、シルクハットを頭の上へと戻して笑顔になってさらに続けた。
「ですが貴方がハイマートが招いた客人であるならば、我々も全力で歓待し、人生で忘れ得ぬ一時を与えることをここに誓いましょう!」
そして両手を広げた。
「我々の歓迎を受け入れて下さるのならば、その姿と声を我々に示して頂きたい!」
リムの正面でヒューゲルが歓迎の言葉を述べる中、ユーリアはリムを跪かせ、操縦肢から体を外した。操縦肢の背面に固定していた刀と龍剣を腰に差し、そしてテュルクに話し掛ける。
「なんか…ノリに付いて行けてないけど、外に出てあのヒューゲルと話をしてくる」
ユーリアの言葉にテュルクとノルトが反応する。
「ユーリア、私も連れて行ってください」
「龍王議会の人との対話がしやすいように俺を連れてきたんだろう?」
二人がそう言うと、ノルトが立ち上がって台座から線石を取り外し、ユーリアに手渡す。そして操縦席の下で静かにしていたベッコウを引っ張り出す。
「わしは~関係無かろう?歩くのは面倒なんじゃ~」
ベッコウは面倒くさそうに拒絶したが、ノルトは無視してベッコウを背負う。
「歩くのは俺だし、龍がいた方が色々滞り無く進むから来い」
ノルトはベッコウの言葉を軽くあしらう。テュルクもノルトに賛成する。
「ベッコウさんはこの『ハイマート』についてご存知のようでしたから、私達と一緒に来てくださると助かります」
テュルクの言葉にノルトの背中で悩むベッコウ。ユーリアはベッコウを無視して、ハッチの開閉ボタンに手を掛けた。
「開けるよ、出る人は順番に出て」
返答を待つヒューゲルの前で、跪いた黒いリムの胸部上面が開いた。
ヒューゲルと扉の左右の陰に隠れた私有の警備兵が、緊張の中開いたハッチを凝視する。万が一黒いリムが敵対行動をとった場合には、警備兵達が持つ対戦車榴弾砲でリムを破壊する手筈になっていた。
彼らが見つめる中、ユーリアがハッチから飛び出した。ヒューゲル達はその全身を武装した姿に驚いたが、ユーリアは着地すると直ぐにヘルメットを外し右脇に抱え、ヒューゲルに礼をする。その左手には線石が握られていた。
「温かい歓迎の言葉、感謝申し上げる」
そして頭を上げ、ヒューゲルと視線を交わし続ける。
「私はレイヴン王国レイヴン王が第五子ユーリア!」
ユーリアは左手を前に伸ばし、線石をヒューゲルへ見せつける。
「私の友の助言を受け、この龍の背にある城を訪れた」
ユーリアの背後では、ノルトもハッチから飛び降りて背負ったベッコウを降ろしている。ヒューゲルはその様子を見ながら口を開いた。
「なんとレイヴン王国の王女であらせられると!その後ろに見えるのは龍王議会人軍の兵士と白龍で相違無いか?」
その言葉を聞いたノルトとベッコウは頷き、ノルトが敬礼して答える。
「龍王議会人軍北部国境監視塔部隊所属ノルトウィントとベッコウ、レイヴン王国・龍王議会間の新たな同盟の締結の為、ユーリア様が首都へと参上するまでの護衛と案内を任されている」
ベッコウもその言葉に頷く。誰から任されているのかを明言していない為、その言葉に偽りは無かった。そしてヒューゲルに確認する術も無い。ユーリアはノルトの言葉の上手さに感心して微笑んだ。
さらにノルトは敬礼したまま続ける。その視線は見透かすように一瞬だけ、扉の左右の陰に向けられていた。
「また北方の採掘都市アハトにて彼女と彼女の乗るこのリムが革命同盟軍の先遣部隊と交戦、防衛にあたっていた人軍及び龍軍のコガネと共にそれを撃退した、アハトへ連絡を取る手段があるのなら確認してみるといい」
そして力強い声と共に、威圧するようにヒューゲルを正面から見据える。
「アハトを救った戦友に対して疑いを掛けているのなら、私がその疑いを晴らそう」
ノルトは言葉を終えると敬礼を解いた。ヒューゲルはその言葉に大きく頷くと、左右の警備兵達に手で合図した。すると扉の陰から警備兵達が現れて、ユーリア達に向けて一斉に敬礼した。
三秒程敬礼した後、警備兵達は二人を残して城の各持ち場へと戻っていった。
「私もこの城とそこに住む同志達を守らなければならないからね、警備兵達は引かせるから許してくれたまえ」
ヒューゲルの謝罪の言葉にユーリアが答える。
「人の城に兵器に乗って乗り込んだのは私達の方ですから、私も気にしていませんし、ヒューゲル様もお気になさらず」
そして思い出したという様に左手の線石を眺め、再びヒューゲルの方へ突き出した。線石が輝いて波のような光を放ち、それはすぐに整った女性の姿に変貌した。
「初めまして、ヒューゲル殿」
澄んだ声が響いた。ヒューゲルは目の前の女性を見つめ、目を丸くして驚いた。そして感嘆の声を上げつつ礼をして口を開く。
「これは何とも不思議な客人!このヒューゲルも長く生き、大陸の各地をハイマートと共に飛び回りあらゆる人々と交流を重ねて、もはや知らぬ人種はおらぬと思い込んでおりましたが、いやはや伝説の『光の人』とはただただ驚くばかり!」
ヒューゲルの語り方は大げさなようにも聞こえるが、それでも不思議と疑えず、テュルクは微笑み、口を開いた。
「私の名前はテュルク、貴方のこれまでの語り方から、現代の統治者の一人であり、知識人であることは伺えます」
頭を下げているヒューゲルは『テュルク』の名を聴いた瞬間体を強張らせた。大陸全土にその伝承を残す英傑と同じ名であり、そしてこの状況で、今目の前に映る光の女性が本物である可能性に体が震えたのだ。
ヒューゲルは一瞬遅れて、礼をしたまま言葉を返した。
「『テュルク』とは、伝説に残る第四龍暦の英傑であり、龍王議会の歴史上唯一の人の議長の名…」
そして腰を折ったまま真剣な表情の顔を上げて、振り絞るように言葉を続ける。
「あなた方を迎え入れる前に『始原龍ハイマート』が大物の客人だと述べていたのは、貴方が本物のテュルクだから…ですかな?」
テュルクは真剣過ぎるその表情に困惑しながらも、頷いた。
「はい、信じてもらえなくても構いませんが、私はかつて龍王議会の議長を務めていました」
ヒューゲルは再び顔を床に向け体を震わせ始めた。テュルクがその様子を見て不安げに歩み寄ったが、体を震わせているヒューゲルから堪えるような笑い声が聞こえ、すぐに体を起こして声を出して笑い始めた。
あっけにとられているユーリア達の前でヒューゲルは一しきり笑い、満面の笑顔のまま口を開いた。
「よい!」
突然大声で叫んだ。そしてユーリア達を無視して一人で語り出す。
「未だかつてない客人…ハイマートの言った通りだ!レイヴン王国の王女に、伝説として語り継がれていた龍王議会議長!よい…客人が規格外であればあるほど、こちらもタガが外せるというものだ!」
そして再び笑い出す。ユーリア達は顔を見合わせていたが、テュルクは一人ヒューゲルに合わせるように笑顔でその様子を見つめていた。
そしてヒューゲルは笑い出した時と同じように、急に姿勢を正して自信に溢れる表情でテュルク達に向き直った。
「ユーリア様、テュルク様、そして護衛してきた兵士の二人も併せて、全力で歓迎いたしましょう!」
大ホールを抜け出してきたユーリアとノルトは城壁の屋上に出て大きく息をついた。城壁の屋上を囲う凹凸状の胸壁は低い所が丁度ユーリアの胸の高さ程で、ユーリアは城壁に出た塔の扉の一番近い場所に寄り掛かり、眼前の夜空に向き合っていた。
ヒューゲル達の歓迎は夜になっても続いていた。ハイマート城は『芸術王』と呼ばれるヒューゲルが二十年ほど前から治めている城で、前人未到の芸術の高みに達するべくありとあらゆる芸術家達が集められていた。
そしてハイマート城は一つの街としてジョテーヌ大陸中を飛び回り、各地で演奏会や美術展を開き芸術全体の発展と新たな芸術家の発掘を目的として活動していた。
そんな彼らの前に現れた伝説上の人物であるテュルクは、小説や演劇、音楽、絵画、彫刻などありとあらゆる芸術作品のモチーフとされてきたことから、城にいる芸術家達はヒューゲルでなくともその魂を揺さぶられ、テュルクに自らの作品を見せつけようと、次から次へと休む間もなくその才能を見せつけてきた。
ユーリアとノルトも巻き添えで付き合わされていたが、疲れてきた頃に夕食の時間となった。その豪華な食事が運ばれてきたタイミングで、建物に興味があるから城の中を見て回りたいと、理由を付けてユーリアが抜け出そうとすると、ノルトが護衛として付いて行くといい、二人で芸術の波から逃れてきたのだ。
「ノルトは残って豪華な食事食べてもよかったのに…」
ユーリアは城壁に背中を預けて、自らの腰の龍剣と刀を手で触りながら右隣の少し離れたところにいるノルトに語り掛けた。自分の身は自分で守れるということだろう。ノルトはまだ星空を眺めていたが、ユーリアに首を向けて答える。
「三年間乾いたパンと干し肉と野草と大霊峰の湧き水だけで過ごしてきたんだ、あんな食事食ったら腹壊れる」
ベッコウもだけど、と付け足してユーリアと同じように胸壁にもたれかかった。二人の前には荘厳なハイマート城、そしてその向こうに始原龍ハイマートの背中と思われる岩山が見えていた。
ハイマート城は左右対称で、城壁に五基ある塔をそのまま大きくしたような丸い形をしていた。月明かりを綺麗に反射する白い壁には、階層ごとに大きな窓が複数配置されて、城壁よりも少しだけ低い位置にある二人が抜け出してきた大広間の窓からは明るい光がこぼれ、二人の位置からも中の喧騒がよく見えていた。
ノルトは思い出したように、服と一体化している軍用バッグから何かを包んだ布を取り出した。ユーリアが見る前で布が解かれると中から、今話題にしたものだろう、手のひら大でそこそこ厚みのある『肉だったであろう』ものが出てきた。
「それが干し肉なの?」
ユーリアの怪訝な表情を確認すると、ノルトは口元で笑顔を作る。
「これが俺とベッコウのご馳走、朝から操縦で疲れてるだろ?」
そう言うとノルトは干し肉を縦に裂いた。左手側の半分になった干し肉を差し出した。ユーリアは一瞬躊躇したが、黙って干し肉を受け取った。ユーリアが受け取ってくれたのを見て、ノルトは右手の干し肉に噛り付いた。
ユーリアはしばらくの間、ノルトの食べっぷりを複雑な表情で眺めていた。そして自らの右手の干し肉に視線を移し、またしばらくの間何かを考えていたが、軽く瞳を閉じると、ノルトと同じように干し肉に噛り付いた。
干し肉は濃い塩味だったが、胡椒の味付けも効いており、思っていた程に味は悪くなかった。ユーリアはノルトのことを気にせず、しばらく夢中に噛り付いていた。早く食べ終わっていたノルトは、ユーリアの食欲を見て安心したように口を開いた。
「なんだ、食べられるんだな」
ユーリアはその言葉に食事の手が止まった。大広間の微かな喧騒と、ハイマート城が風を切る音が聞こえる。ノルトはしばらく間を空けて続ける。
「いや、昨日の昼間から、お前は何も食う暇がなかっただろ?俺だったら、空腹でぶっ倒れるなって、心配してたんだ」
ノルトは腰を下ろし、言葉を区切りながら、ユーリアの表情を確認しながら言葉を進める。
「黒いリム…『フィフス・ウィング』だったか、それの中にも、食料品らしいものは無かったから、もしかしたらレイヴン王国の人は、食べなくても平気なのかって、変なこと考えてたんだよ」
ユーリアは止めていた口を急いで動かし、残りの干し肉を平らげた。そして一息つくとノルトに向き合い、不敵な表情を作る。
「ご馳走様、心配しなくてもレイヴン王国人は、貴方達と同じ『人間』ですから!」
ユーリアの強気な言葉にノルトは頷く。ユーリアはさらに続ける。
「それに私が食べてないなら、ノルトも同じでしょう?」
「俺は訓練された兵士だからな、三日ぐらいは睡眠食事抜きでも大丈夫だ」
即答したノルトの言葉に、さらに返そうとしたユーリアの動きが止まる。返す言葉が無いのか、別の理由なのか。ノルトはしばらくユーリアの言葉を待っていた。しかしユーリアは答えられない。
ノルトは少し悩んで、ユーリアに確認する。
「ユーリア、お前寝てないだろ?少なくとも約二日間」
ノルトの言葉に、ユーリアは深く息を吐き出した。ノルトと出会った昨日の夜明け前から、既に一日と二十時間以上経過している。誤魔化すことは出来なかった。
しばらくしてノルトが一瞬視線を外した時、ユーリアは口を開いた。
「私も…多少は訓練を受けてきたから耐えられる、でもそれ以上に今は、急がなきゃいけない」
ユーリアの言葉を、ノルトは静かに聴いている。ユーリアが続ける。
「私は、レイヴン王国領を取り戻す為に動いている」
ユーリアは迷いを断ち切ってしっかりとした言葉で、ノルトに語り続ける。
「革命同盟軍を攻撃するなら、龍王議会が持ちこたえている今の間に、レイヴン王国軍が国土奪還と合わせて、その後背を突くのが理想的でしょう?」
ユーリアは嘘は吐いていなかったが、どうしても話し方が固くなっていた。一つ一つの言葉を確認しながら語る言葉は、ユーリア自身も我ながら信用が置けないものだと呆れていた。
ノルトは十秒程ユーリアの言葉を考えていたが、軽く息を吐き、頷いた。
「わかった、今はそれでいい…でも今日は寝た方がいい」
ノルトのこれ以上言及しようとしない言葉に、ユーリアは緊張が解け、全身の力が抜けるのを感じた。そして夜の空気で深呼吸をすると、心が急速に冷やされていくのを感じた。
ユーリアはノルトから視線を外し、辺りを見渡す。半円形の城壁の中心、ハイマート城の正面にある塔で、その塔の頂上の部屋だけ窓が大きく、他の塔と違い明かりが灯されていた。ハイマート城の方も大広間以外に窓から照明がこぼれている階層は無く、あの塔に何か特別な施設があることが見て取れた。
胸壁から体を起こし、ユーリアはその塔へ向かって歩き始めた。硬い足音を立てながらノルトの前を通り過ぎる際、案の定ノルトから声が掛けられる。
「護衛はいるか?」
ユーリアは足を止めず、腰の刀を右手で鳴らした。二人の間に刀が鞘を叩く音が響き、ユーリアは言葉を返す。
「言ったでしょ、私も訓練は受けてるって」
(クレス…客人が塔を上っている)
時計の短針が二十二時を過ぎてしばらく経った頃、突然クレスの心にハイマートの声が響いた。クレスはハイマートの進行方向や航行速度を元に目的地である首都への到着予定時刻を計算し、それに合わせたスケジュールを立てていた。
ハイマートの言葉にペンを置き、ハイマートに語り掛ける。
(テュルク様ですか?)
クレスも今日の客人については報告を受けていた。操舵室での仕事がある為、直接会えてはいなかった。その正体の真偽はともかく、関心は大いにあった。
(違う…他の客人だ…一人で上っている…出迎えてやるといい)
その言葉にクレスは記憶を呼び覚ます。報告で聞いたレイヴン王国の王女だろうかと予想し、扉へ歩み寄る。扉の向こうから徐々に大きくなる硬い靴音が聞こえ、すぐに扉を二回叩く音が聞こえた。一呼吸置いて、クレスは扉を開く。
「…開けてくれるのか」
扉の先にいた女性、ユーリアはすんなりと扉が開いたことに驚きを隠さなかった。クレスは手で室内の長椅子を示し、ユーリアを迎え入れた。ユーリアは腰に刀と龍剣を差していたが、ハイマートの言葉を信用して特に何も咎めなかった。
「ハイマート様のお客人ですね」
クレスの言葉に一瞬間を空けて頷くユーリア。ユーリアが部屋を観察しながら長椅子に腰掛けると、クレスがさらに続けた。
「私はここで操舵長を務めております『クレストーア』と申します、短く『クレス』とお呼び下さい」
クレスは冷静にそう言うと、操舵輪の近くに置かれている丸椅子に腰を下ろした。壁に掛けられた時計を見ていたユーリアがクレスへと視線を移す。
「私はユーリア…その様子だと、私のことを知っているの?」
ユーリアの問いに、クレスは正直に答えた。
「レイヴン王国第五子、ユーリア王女…ですね?」
ユーリアは首で肯定する。そして夕食の席を抜け出してきたことと、護衛を置いてきたことも伝えた。クレスはユーリアの話に出てきたノルトウィントを窓の外、城壁の上に探したが、発見することは出来なかった。
「クレスはここで働いてるのね、貴女の事も話して欲しいな」
背後から掛けられた言葉に、クレスは窓から振り返る。そこにいるユーリアはクレスをまっすぐに見つめる、無邪気に微笑んでいる。
「貴女がよければ、だけどね」
クレスは右手を口の前で握り、話していいものかと考える。しかし自分に向けられたユーリアの笑顔を見ていると、話して悪いことは無いだろうと、自然と思えてしまった。
そしてクレスは口を開く。
「生まれは龍王議会の西端の村でした…」
彼女は淡々と語り始めた。
「私はその村の事を殆ど覚えていません、ですが貧しい村だったと思います」
クレスの口調は静かで淡々としていた。声も大きくは無かったが、語る通りの感情は込められていた。
「食べられるものはありましたが、記憶にある両親の服装も、決して裕福には見えませんでした…ですが村全体がそうだったのです」
クレスは淡々と言葉を続ける。ユーリアも静かに、しかし目を離さずに聴いている。
「ですが他の土地には皆が裕福な場所もありました、ですから口減らしに子供を他所へ養子に出すことも珍しくなかったのです」
クレスは至極当然のように語った。三十三年前にレイヴン王国と技術交流が始まってからというもの、龍王議会側の経済的・文化的衝撃は凄まじく、それは本来の目的であった軍事以外の龍王議会の基盤を悉く変えていったのだ。首都やアハトなどの重要な都市は栄え、それ以外は技術革新から取り残されたのだ。
「二十年程前、幼い私の心に声が響きました…『誰か聞こえないのか』と」
当時のことを思い出しながら語り、語りながら思い出してゆく。クレスの言葉は途切れず、視線は俯き気味にユーリアからずらしている。
「その声はハイマート様が現れるまで数日間続き、私はその声に応え続けましたが、両親の目には突然喋り始める、気味の悪い子供に見えたのかもしれません」
そこまで語るとクレスは目を細めた。クレスは親との間に何が起きたのかを具体的に話そうとしなかった。ユーリアも尋ねることはついに無かった。
しかしクレスは声の調子を変えて続けた。
「それから数日経って村にヒューゲル様とハイマート様がやってきて、今日貴女方を迎え入れたように、私に向けて尾を伸ばし『探していた』と、私を迎えてくれたのです」
クレスにとってハイマートは、苦しい境遇から救い出してくれた救世主のような存在なのかもしれないと、ユーリアは輝きを取り戻したクレスの瞳を覗いて共感していた。
「それから私はヒューゲル様に引き取られ、ハイマート様と話をして、大陸中を飛び回りながら生きてきました」
クレスがユーリアに視線を向けて、言葉を切った。話は一通り終わったということなのだろう。クレスの視線を受けてユーリアが納得したように頷く。
「不思議だけど、いい話だね…そのハイマートさんとはクレスしか話せないの?」
ユーリアは興味が尽きない様子で操舵輪の方に視線を移す。そこにあるマイクを見ているのだとクレスは気が付き、少し笑いがこぼれてしまった。
「そのマイクはハイマート様と話す用ではなく、城内に着陸や離陸を知らせる為の物です、スピーカーは天気予報などの情報を仕入れるラジオの物です」
クレスの言葉にユーリアは納得したように大きく頷く。そして話題を変えた。
「故郷の村を出てからは、ずっとこの城で暮らしてきたの?」
ユーリアの問い掛けに、静かに頷くクレス。
「はい、ずっとこの部屋でハイマート様と話したり、目的地へ向かわせたり…私は幸せでしたが、その間のお話は聞いても面白くは無いでしょうね」
ユーリアは、途中のクレスと始原龍ハイマートにしかわからない会話というものを不審がるわけでもなく、最後まで全力で聴いてくれていた。クレスは、やはりヒューゲル様とユーリアは似ているのかもしれないと、目の前にいる女性に親しみを感じていた。
「ユーリアと同じ…」
ユーリアが突然呟き、自分の発言に慌てたように目を見開いた。クレスも少し目を見開き、ユーリアに尋ねる。
「ユーリア様はどのような生活を送ってこられたのですか?」
クレスの言葉に、慌てていたユーリアは一瞬視線を泳がせたが、肩の力を抜くとクレスと向き合い、元通りに微笑みながら話し始める。
「私も、ずっと王城暮らしだったの」
その言葉は漂白された布のように切なく、しかし淡々とした響きがあった。クレスにはただ事実を述べているだけのように感じられた。
「王族ではあったけれども、王位継承に関われないように見張りの親衛隊を付けられて、ほとんど誰とも会えずに大人になった…楽しくは無かった、と思う」
クレスは静かにユーリアの言葉を聴いていたが、クレスも『普通の生活』を知らない人なのだ。ユーリアとの決定的な違いは、城の中での生活が自分にとって楽しかったのかどうかだ。それは二人の口調の違いからも明らかだった。
しかしユーリアは、あくまで微笑みながら言葉を続ける。
「そして、三年前の革命同盟軍の王都奇襲攻撃で私も戦って、やっと四人の兄姉と王族として対等になれたの…そして聖地へ逃れて、龍王議会と革命同盟が開戦寸前になった今、王国と龍王議会の新たな同盟締結の使者としてここまで来たというわけ」
ユーリアの説明は数年空いたり、クレスにとって全てが理解できるものではなかった。あまりにも立場が違い過ぎる、と目の前で微笑んでいる女性が王族という選ばれた人なのだと感じていた。しかし、それでも目の前の女性との会話を終えようとは思わなかった。
「『レイヴン王国』の王位継承ってどう行われるのか、知ってる?」
突然のユーリアの問い掛けに、クレスは首を横に振った。龍王議会は元々閉鎖的な国であり、政治や戦争を全て龍が担ってきた歴史も手伝い、クレスに限らず他国と自国とを比較したり、他国のことを学ぼうとする人は多くはなかった。
ユーリアは楽しそうに話し始める。
「王が死んだり退位すると、まず王族や有力な軍人や文官が王位継承を宣言するの…血筋はあんまり関係なくて、今のレイヴン王も一介の将軍だったの」
ユーリアの言葉にクレスは感嘆の声を上げて驚く。『王国』なのだから世襲制だと思い込んでいたのだが、ユーリアの言葉が正しければ、その認識を改めなければならなかった。
しかしさらに続く言葉にクレスは言葉を失った。
「そして王位継承を宣言した人達が争うの…拮抗していると内戦に発展することもあったみたい」
ユーリアにとってはこれは当然であり、王族として生まれたからには避けられない運命でもあった。だからこそ自然に話すことが出来るのだが、王国民でないクレスにとってはすぐに納得できる話ではなかった。
「内戦…ということは戦争ですか?」
クレスの真剣な表情での問いに、ユーリアはあくまで自然に頷く。それは何も知らない子供の無邪気な反応ではなく、多くの生と死を見てきた老人の達観した仕草だった。
「王族とそれ以外とが最後まで残ったら、どちらも引くに引けない状況になっていたりするの…レイヴン王の時みたいにね」
二人の間に緊張感とは違う、張り詰めた空気が流れていた。
「王の子だから」
ユーリアは淡々と続ける。
「レイヴン王のように強い王が誕生する為の目安として、私も王位継承に立候補しないといけないの」
クレスは張り詰めた空気の正体に気が付いた。それはユーリアの意志、死を前にして引かない覚悟の表れだったのだ。
二人が話し始めてから時間は過ぎ、時計の短針は二十三時を過ぎていた。クレスはユーリアのことをよく理解したと無言で立ち上がり、部屋の隅にある小型の保冷機を開き、水の入ったポットと龍王議会東部原産のお茶の葉の入った紙袋を取り出した。保冷機の上の棚にはよく磨かれた無骨なグラスが四つ逆さまに、そしてその手前に白い陶器の匙が置かれており、グラス二つと匙を流れるように残りの指でからめとる。
「お話に夢中になりすぎて、お客人だというのにお茶を出すことすら忘れていました」
クレスは頭を下げ、ユーリアの返事も聞かずにグラスに水を注ぐ。そして茶葉を適量、グラス長い匙を使いグラスを使って入れると、そのまま匙を使って混ぜる。冷たい水でもその茶葉は水によく溶けてゆく。
「『原龍茶』です、どうぞお飲み下さい」
クレスが茶葉の袋を保冷機に片付けながら説明すると、その名を聞いたユーリアの目が輝いた。原龍茶とは龍王議会首都近郊で栽培されたブランド物の茶葉だ。レイヴン王国では両国の交易促進の意味も兼ねて、王族御用達の茶として売り出されていた。
「懐かしい…」
「毒等は入っておりませんのでご安心ください」
クレスはグラスを片方ユーリアに差し出してからそう言うと、もう片方のグラスのお茶を飲んで見せた。グラスに毒が仕込まれていた場合、飲むだけでは証明にならないとクレスは心配しながらも、当のユーリアは気にする様子も無く笑顔で飲み始めた。
クレスがゆっくりと飲む前で、ユーリアは一気に冷たいお茶を飲み干した。
「このお茶大好きなんだ、ご馳走様でした」
クレスは微笑み自分のグラスのお茶を飲み干す。そしてユーリアのグラスも引き取り、元の棚に未使用のグラスと区別がつくようにしまう。その背中に向けて、ユーリアが気になっていたことを尋ねた。
「『始原龍ハイマート』とは貴女しか話せないの?」
クレスは一瞬グラスをしまう手を止めて、その話をしていなかったことを思い出した。
「ええ…心に響く渋い声なのですが、私以外に聞こえると言った人に会ったことはありません」
クレスはグラスをしまい終えて振り返り、正直に話した。ヒューゲルも他のハイマート城の住民達も、ハイマートの声を聞いたという話をする者はいなかった。
「だからこそハイマート様に行先を伝え、移動してもらうように操舵室を任されております」
クレスの言葉になるほど、とユーリアは納得して頷く。自分には聞こえない声の話をすると、大概の人から不審がられてきたクレスだが、言葉の通りにすぐに信用してくれたのは、城の主であるヒューゲルと今目の前で頷くユーリアだけだった。
ユーリアは更に尋ねた。
「じゃあハイマート…様?に私の言葉を伝えたりも出来るの?」
クレスは、かつてヒューゲルも同様に、すぐにハイマートとの通訳を頼んできていたことを思い出した。その時もこの時も、クレスはすぐに承諾した。
「ええ、もちろん…でも聞いてもらうだけであれば、ハイマート城内で話していれば聴いているかもしれませんよ」
微笑んだクレスの返事に、ユーリアは少し前のめりになり続ける。
「私達を、ここに招いた理由は聞けるの?」
ユーリアの問いに、クレスはハイマートに尋ねることなく答える。
「それはハイマート様から『友人を迎えに行く』と事前に伺っていましたので、ユーリア様がハイマート様の友人でなければ、テュルク様と共に招きいれたのではないかと思われます」
「やっぱりテュルクか…」
ユーリアは少し残念そうに、体を前のめりの体勢から戻す。クレスは未だにテュルクと会えていない為、話に出る度に会いたいという欲求が膨らんでいくのを感じていた。それはユーリアと同じような刺激のある出会いになるかもしれないという、期待でもあった。
「じゃあもう一つ聞いてもらってもいい?」
ユーリアの言葉に、クレスは当然という意味を込めて目を閉じて頷く。それを見たユーリアが遠慮なく尋ねる。
「私のことをハイマート様はどう思ってるの?」
クレスは少し自らの中で質問を考え、そして答えた。
「少々お待ちください、今から話し掛けてみます」
ユーリアにそう言うと、クレスはいつものように右手の人差し指を額に当てて目を閉じ、ハイマートに話し掛けた。
(ハイマート、これまでの様子を見て、彼女のことをどう感じました?)
クレスはハイマートに隠さず尋ねた。クレス自身はユーリアのことを既に信用しているのだが、一連のやり取りを聴いていたであろうハイマートの意見も参考にしたかった。
(それは最初から変わらぬ…客人であり…古き友を連れてきてくれた『味方』だ)
クレスはしかし、ユーリアが聞きたいのはそのことではないだろうと聞き返す。
(そうではなく、恐らくこの城での行いを見ての印象を尋ねられているのでしょう?)
クレスの言葉にハイマートは静かに、しばらく笑っていた。こういう反応の時は、笑いながら言葉を選んでいるのだと知っているクレスは、根気強く待った。
二十秒ほど経って、ハイマートは答えた。
(ユーリアとやらは信用に置けるが随分と…難儀な人生を歩んできたものだ…これまでもこれからも…それは変わらぬだろう…辿り着くのは悲しい結末かもしれんな)
ハイマートの夜風のような言葉に、クレスは胸の奥を掴まれるような悪寒を感じた。そして思わず聞き返す。
(何故、この短い時間でそこまで分かるのですか?)
しかしハイマートはそれには答えず、クレスを諫めるように言葉を続けた。
(その者は見た目通りの人ではない…だが…だからこそ…私の予感は外れるだろう…)
その言葉に、クレスは深く息を吐き安堵した。これまでの一時は、彼女にとって経験したことの無い楽しい時間だったから、それが保たれたことが嬉しかった。
しかしハイマートが区切りが悪そうに続けた。
(しかし…その者…操舵輪を触っているのだが…)
「お持たせ致しました」
目を開いたクレスの言葉に、操舵輪に右手を掛けていたユーリアが飛び上がるように驚いた。
「私以外が操舵輪に触れてもハイマート様は反応しませんよ」
クレスの言葉にユーリアは慌てて両手を上げて弁明する。
「ちょっとどんな機器が付いてるのかなって興味が沸いただけ!壊そうとかそんな気は全然無かったから!」
ユーリアの慌てぶりに、クレスはヒューゲルを相手にしている時と同じように心が和んでゆくのを感じていた。ユーリアが長椅子に戻るとハイマートからの言葉を伝える。
「貴女のことをハイマート様に訊いてきました…『古き友を連れてきてくれた味方』だと話していました」
ユーリアはその言葉を聞いて右手を顎に付けながら頷く。それは古き友がテュルクだと分かっている様子で、その口から感嘆の声がこぼれた。
「テュルクも後で連れてこようかな?」
ユーリアが呑気に笑顔で呟く。クレスはハイマートのもう一つの言葉の内容を話すかどうか、笑顔を見つめながら悩んだ。ユーリアはその一瞬の表情の変化を見逃さなかった。
「他にも何か言っていたの?」
ユーリアの指摘にクレスは一瞬悩んだが、興味が迷いに勝り気付けば口を開いていた。
「ハイマート様が、ユーリア様を難儀な人生を歩んできたものだと、評していたもので…」
その言葉にユーリアは視線を僅かに逸らして、聞き取れない程小さな声で「成程ね」と呟く。
クレスは更に言葉を続けるのかを悩んだ。彼女は目の前の人物、ユーリアとの信頼が、何故だかとても大切なもののように感じていた。それを失いたくは無かったが、それを得ているという確証も無かった。
「それと…」
クレスは既に口を開いていた。ユーリアがクレスに顔を向け直す。話し始めたことに自ら驚きながらも、一呼吸瞳を閉じ、そのまま尋ねようとしていた言葉を続けた。
「ハイマート様はユーリア様が『見た目通りの人ではない』とも評しておりましたので、それが少し気になったのです」
自然な口調を心掛けたようだが、ユーリアにはハイマートの言葉の意味が分かるのだ。言葉を返さず、沈黙の中ユーリアは左手で自らの右肘を握りしめた。
その時操舵輪横のスピーカーから、時間外れの放送が流れ始めた。二人の視線が瞬時にそちらへと移った。
「臨時ニュースです…先程二十三時三十五分、全世界へ向けて『レイヴン王国軍』の名義で『革命同盟軍』に対する『宣戦布告』が通知されました。通知は共通規格の電波波長で世界へと無差別に発信されたものと思われ、龍王議会軍はその真偽の確認と対応に追われており、もし事実であるならば共同戦線を張ることをこちらからも提案したいとのことです…繰り返します…」
放送を聞いたユーリアの瞳が大きく見開かれ、その前でクレスはユーリアに視線を戻し、息を呑んだ。
緊急放送から約一時間後、ユーリアはフィフス・ウィングの操縦室に戻っていた。フィフス・ウィングの外には見張りとして追い出されたノルトとベッコウが待機しており、暗い操縦室内部にはユーリアとテュルクの二人だけだ。ヒューゲルは部屋を用意したが、ユーリアとテュルクは丁重に断り、操縦室で対応策を練っていた。
ユーリアは眠れず、ただ操縦席で腕を組み考え込んでいる。テュルクはその様子を黙って見ていたが、ついに声を掛けた。
「予定よりも宣戦布告が早まってしまいましたね…相手の動きが予想よりも早かったので、的確なタイミングではありますが」
ユーリアはその言葉にゆっくりと頷く。そして重々しく口を開いた。
「私が、このハイマートが首都に着くのは今日の昼頃みたい…間違いなく第四軍団よりも先に議長と接触できると思うけど、さすがに手柄総取りとは行けなさそうね」
そして組んでいた腕を思い切り伸ばして大きく、諦めたような溜息をついた。
「状況が変わっても私達がやるべきことは変わりません、私達の作戦が成功することを祈りましょう」
テュルクの正しい言葉にユーリアは頷き、話は終わったからと外のノルトとベッコウを呼ぶためにシャッターを開けようとしたが、大事なことを思い出してテュルクに向き直った。
「そういえばテュルク…」
ユーリアは発言してから躊躇ったが、テュルクと視線を交わすと言葉を続けた。
「私の体の事を…ハイマートに勘付かれたから、教えた」
ユーリアはクレスの前でそうしたように、左手で右肘を掴むと、関節部分から先を、強化戦闘服ごと引き抜いた。彼女の体は人間のものではなかった。
テュルクは少し呆れた様子だったが、すぐに優しい表情と共に目を閉じ、口を開いた。
「流石に始原龍の目は欺けないのですね…どこまで見抜いている様子でしたか?」
「ハイマートは全部見抜いてる…かも、ハイマートと会話出来るクレスっていう人は、これを見せただけだから体だけかな」
クレスに見せた時のことを思い出す。宣戦布告の放送が流れる中で、クレスは外れた右腕を口に手を当てて凝視していた。ユーリアは自らの体も拡張人体の『リム』であることを話し、ハイマートの言葉を肯定したのだ。
なるほど、とテュルクは頷き、そのことを責める様子は全くなかった。しかしそれ以上に彼女には気になった事があった。ユーリアがシャッターを開けて、外のノルトとベッコウを呼びに出た操縦席には、テュルクの姿が静かに浮かんでいる。
「現在でも、私と同じように始原龍と会話出来る人がいるのですね」
テュルクは静かにそう呟くと沈黙し、線石の中へと姿を消した。外ではユーリアとノルトが部屋の取り分で言い争い、その様子を月とベッコウが邪魔をしないように静かに眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます