第9話 この世界は美しい

皇帝は帰り際、何度も、何度も私を振り返って見る。そのたびに私は微笑んで手を振る。過去の皇帝は、近寄りがたく、とてもかけ離れた存在だったのに‥‥今はその姿が、可愛らしくさえ見えた。


「まぁ、まぁ、皇帝はスズラン様が大層、お気に召した様子ですね!これでは毎日のようにこちらにいらっしゃいかねませんねぇ」


シンイー様が苦笑している。


「婚姻前だ。高位の貴族の娘に会えるのは皇帝といえど週に一回まで!これは絶対に守って頂く!スズランはもう我が娘。周囲に侮られることは少しもあってはならない」


お父様は、威厳の満ちた声でおっしゃると、お母様もお兄様達も同意するように頷いている。こうして、皇帝は必ず週に一度、チェン家に来て名残惜しそうに帰って行くのだった。





私は今では馬の世話も乗馬も得意だ。チェン家に来てすぐにお兄様達から毎日少しづつ、乗り方のコツを教わっていたから。お父様から美しい白馬を私専用にいただいた時は、とても嬉しくて白馬の側で寝たくなったほどだ。もちろん、シンイー様に全力でとめられた。


馬に乗って、お父様とお兄様達に守られて野原を駆け巡っているとこの世界は驚くほど美しいことに気づく。木々の青々とした葉にきらめく陽光。風は優しく頬を撫で、夕方になれば空はどこまでも薔薇色に染まり暮れていく。生きていることの喜びを噛みしめた。





「護身術は最低限必要です」


女性の先生に教えていただいているのは、非力な私でも身を守れる特殊な技(わざ)らしい。見よう見まねでやっていると、少しはサマになってきた。


こうして、半年のあいだ、私は家族と呼べる方達と心を通じ合わせ楽しく幸せな日々を送ったのだった。

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