第8話 人生とは音楽のようなもの

皇帝は私の顔を見て耳まで赤くなっていた。瞳は嬉しさに輝きを帯び、口元は口角が上がっている。


「皇后?生きていたのか?」


小さな声でおっしゃるが、私は頭を振る。



「いいえ、恐れながら申し上げます。私は皇后様ではありません。けれど、皇后様のように優しく気高い女性になれたら嬉しいと思っております。私はスズランと申します」


「スズランか?いい名だ。そういえば、本が好きと聞いた。近頃は女子(おなご)のあいだでは源○物語という東洋のものが流行っているらしいな?」


「えぇ、とても面白いのですよ。一緒に読みませんか?」


「あぁ、読もう」


私と皇帝は、一緒に絵物語を読み、泣き笑った。


「この末摘花が私は好きだ」


皇帝が悪戯っぽくおっしゃるので、私も同意する。


「どれ、スズランの鼻先を少し赤く染めたらどうか?」


侍女に唇に塗る紅を持って来させると、私の鼻にちょんとのせた。私も皇帝のお鼻にちょんと紅をのせる。


二人して大笑いしながら、赤い鼻をしたまま、手を繋いで庭園を散歩すればシンイー様が嬉しそうに顔をほころばせている。お母様は相変わらず表情は変わらない。けれど、眼の奥が笑っているような気がした。





夕食にはお父様とお母様とお兄様も混じり、私と皇帝は並んで座り食事をした。


「スズランや。皇帝に琴を弾いておあげなさい」


「えぇ」


お母様の言葉に私は琴を奏ではじめる。初めは優しい音の調べが、激しくなり不穏な不協和音を紡ぎ出し、愉快な音楽へと変わる。みな、聞き惚れて涙するのだった。


「まるで、人生の縮図のような音の調べだ。いい時もあり、悪い時もあり。愉快なことや悲しいこともある。人生とはさきほどの音楽のようなものだな」


皇帝がしみじみとおっしゃる顔が悲しげに歪んでいた。そう、人生とはいろいろあるのだ。だからこそ、逃げてはいけない。


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