第4話 残虐な刑で死んだ私

私は皇妃様にお茶に呼ばれた。皇妃様のお名前は牡丹様といって、大将様のご息女だと聞いた。大将軍、将軍、大将

中将、少将となり、さらにその下にも連なる様々な役職がある。大将は、軍の指導者の上層部の高位貴族なのだ。美しいというよりは威厳に満ちて怖いかんじの方だった。


「そなたが、スズランか?まことに似ておるわ、あの皇后に。で、なにが得意か?歌か?踊りか?楽器か?そうそう

面白い書物があってな。そなたも見るか?」


「あ、私、字は読めません。木こりの娘なので。歌も、踊りも、楽器もしたことはないです。なにも、できないのです」


私は、牡丹様の皇帝のような言葉遣いに驚いてしどろもどろになった。妃以上の身分の者は威厳を保つために、そんな言葉遣いをするのは後から聞いた。ただ、亡くなった皇后様は誰にでも優しく普通の口調でお話になった方らしい

が。私は呆れるような侮蔑の眼差しで、上から下まで見つめられた。


「ふん。なんとも気弱で怠け者の女子だ!これでは、話にもならん。光り輝く美貌の皇后様にこそ似ているが、中身はなんの教養もない愚か者ではないか。ここは、そんな心根では到底生き延びられぬ。もう私とそなたは会うこともない。」


「す、すみません」


私を、犬や猫のように手をヒラヒラさせて『しっ、しっ!』と追いやった。木こりの娘の私が字を読めないのは当然なのに‥‥だから、こんなところにいるのは嫌なんだ。どうにか逃げることはできないかな?





皇帝の夜伽は毎日のように続き、夜伽の部屋までの通路に画鋲や汚物がまかれるようになった。ぬるっとする油のようなのもがこぼれていることもあって、私は滑って何度も転んだ。お腹の中に芽生えた命も知らずに‥‥


「スズラン、下着から血が漏れていない?」


「え?あぁ、そういえば月のモノも最近ないから、やっときたのかな?‥‥」


侍女もつかない私は、そんな知識もわからない。体調管理やそんなものは愛妾には行き届いていなかった。その後、急な激痛に襲われ気を失った。


「流産ですね」


愛妾専属の女医様は淡々とした口調で私の診察を終えた。女官もあわてて大部屋にやって来て女医様となにやら話をしている。


「このことは、決して皇帝に言ってはなりません!スズランさんが死刑になりますからね!大事な皇帝の子供を転んだぐらいで流産させるなど、愚かな罪人として釜ゆでの刑になるかもしれません。私達も口外しませんから。約束してあげます。感謝しなさい!」


大部屋にいる他の愛妾たちが、クスクスと笑う声がした。


「いい気味よ!毎晩、皇帝様に抱かれてさぁーあの子ったら楽器のひとつも弾けないじゃない?」


「顔だけ取り柄の子よねぇー。聞いたわよ。亡くなった皇后様に生き写しだとか。でもねぇー見た目だけ似ててもね」


「一度、流産すると癖になるって聞いたわ。スズランはもう、出産できないわよ、この先もずっと」


「「「あっはははは」」」



私は、その聞こえよがしの中傷をただ黙って受け止めていた。スミレは心配して泣いてくれた。


「これは、おかしいわ!流産したのは転んだからでしょう?転ぶように仕組んだ者はお咎めがなくて、なぜスズランが罪人扱いになるのかしら?」


スミレは、正義感の強い勇気のある子だった。その日以来、スミレがいなくなり、数日後に後宮のもう使っていない井戸の底から遺体が発見された。なんの捜査もされず、事故死でかたずけられた。事故死なわけがない!あんな井戸まで行かなくても手前に井戸は三箇所もあるのだから。友人はスミレだけだったから、私にはもう話をするのは下女だけになった。下女はなんでも私の話を聞いてくれた。私は何度も何度もその下女に愚痴を吐いた。


「こんなところにいたくない。ここから逃げたい!」






逃げられずに、皇帝に飽きられもせず呼ばれていると、また懐妊したようだった。今回は私も月のモノを数えていたから皇帝に直接、申し上げた。


「おめでとうございます!ご懐妊でございます」


皇帝のお医者様が5人も来て、代わる代わる診察されてお付きのもたちが喜びの言葉を口々にする。


「「「「おめでたい!やっと!」」」」

「「「万歳!!!万歳!!!!」」」


私は、祝福をうけて、大部屋から嬪様達の隣の部屋を与えられ同じく嬪の位を賜った。無事に、男子を産めば妃の位になれると言われたが、全く恐れ多いことなので黙っていた。皇帝は、日に三度も毎日訪れて、私のお腹を撫でて微笑むのだった。


「私は、この子が男でも女でもどちらでも嬉しい!私とそなたの子だ。全力で可愛がろう」


私はこの時でさえ、まだ逃げ出したい気持ちでいた。皇帝の子を産むことが恐ろしくて‥‥





「おぎゃー。おぎゃー。」


響き渡る赤子の声と、男子の誕生を知らせる鐘の音が鳴り響く。


「「「「男子だ!」」」」  「「「お世継ぎか?」」」


卑しい身分の愛妾が男子を出産したのだ。初めての皇帝の子供を!!貴族達はどよめいた。


「この子は、私の跡継ぎにしよう!!私が最も愛する嬪が産んだ子なのだから」


その皇帝の言葉に肯く者はあまりに少なかった。子供はズーハオと名付けられた。子供を産んだ私には侍女がつけられ下女も増えたが打ち解けることはなかった。前からいた下女でさえ、以前のような親しさは見せない。その代わり皇帝が私の部屋に頻繁にいるようになり、その非難はすべて私に集まった。


「「「傾国の美女とはスズラン様のような方を言うのでしょう?皇帝の愛を独占するだけではなく政務に悪影響を及ぼすとは!」」」」


「「「「卑しい者が嬪の位を賜り、いい気になっているのです。なんとかしないとこの国が滅ぶ」」」」


けれど、そこまで言うほどには皇帝は政務を疎かにはしていない。私の部屋にいても、仕事の指示は出していたし、書状を書いたり、印を押したり、するべきことはしていた。ただ、それが卑しい身分の私が産んだズーハオを抱きながらしていたことが良くなかった。愛妾出身の嬪の部屋であることが、貴族たちの反感をかっただけだった。





ズーハオに母乳をあげて、すやすやと眠った我が子を侍女が宝物を扱うようにベッドにそっと置いた。春の陽がうららかな心地良い日だった。


「スズラン嬪様。とても珍しいお花が咲いております。一緒にご覧になりませんか?」


前から仕えていた下女が珍しく親しげに話しかけてくるので、つい嬉しくなって肯いた。やけに遠くまで歩くし花など見当たらないな、と思っていると下女がいきなり小刀をとりだした。護身用の皇帝から贈られた私の小刀だった。下女はそれで、自分の腕を切り裂くと悲鳴をあげた。


「きゃぁーー。なにをなさいます!!スズラン嬪様が逃亡しようとしています!!誰か助けてぇーー」


大声でわめいて、血を流して騒ぐ下女に、いやに頃合いを見計らったかのように現れた後宮の護衛たち。私が引っ立てられて部屋に戻るとズーハオが血を吐きながら事切れた瞬間だった。


「ズーハオ?な、なんで?いやぁー、いやぁー。目を覚まして?目を開けて?お願い!お願い!」


「白々しい!スズラン嬪様がこのミルクを飲ますようにと指示されたものには猛毒がはいっておりました。逃げる前に我が子を毒殺しようとしたのです」


「「「鬼だ!悪女だ!大罪人だ!!」」」


私の侍女の全てが証人となり、その見たこともないミルクは私が作ったことにされた。下女の証言は一番の決め手になった。


「スズラン嬪様は嬪様になる以前から、ここから逃げたいとずっと仰っておりました。ここにはいたくないから機会を見つけたら逃げると。女官様にいつも提出している業務日誌を見ていただければわかります」


下女はにやりと笑った。字も書けない、読めないのではなかったの?この下女の正体って?私は、完璧に嵌められたのだ。皇帝が来て、悲しげな目で私を見つめた。


「許せ‥‥こうなってしまってはお前を救えない‥‥」


皇帝の小さなつぶやきを聞きながら、私は今更、気がついた!!


ー私がなにもしなかったから、こうなったんだ。努力もせず逃げることばかり考えていた。泣いて思い悩むだけで、ここで生きる覚悟を少しもしていなかった。我が子すら守れず自らも策力にハマった。自分で力をもとうとしないことは罪だ!私は、そういう意味では大罪人だ!!そして、この皇帝の愛を真実のものにしようと努力もしなかった。ただ、皇后様の仕草の真似をしていた。皇帝はスズランはスズランとして愛していると最近では言ってくださっていたのにだ。






裁判らしきものが行われたが、証人と名乗るものが多すぎて覆すことはできなかった。誰も庇ってはくれない。



「釜ゆでの刑に処す!!」



大貴族である裁判官たちは、なんと宰相様の執務室で会った大将軍様と将軍様達だった。大将軍様はその後に小さな、小さな声で『残念だ‥』と、おっしゃったような気がした。


大罪人にされる最も重い刑、釜ゆで。氷水から放り込まれた大釜に生きながらにして下の炎で茹でられる残酷な刑。私は冷たい水の中に投げ込まれた。ものすごい勢いで火をたかれ熱くて痛い!痛い!!あれ以来はじめて見た大将軍や将軍の3人が悲しげに顔を歪ませていた。


ー悲しんでくれるの?なぜ?痛い‥‥痛い‥‥助けて‥‥



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