第3話  皇帝は若くて美しかった

宮廷‥王の住居で、政務を行う場所でもある。役人や将軍職などの貴族達が出入りする政治の中枢になる場所。


後宮‥王の妻達が住む場所。皇后、皇妃、妃、嬪、その他の愛妾が住んでいる。嬪以上に個室が与えられる。


女官‥宮廷と後宮の両方に所属し、連絡係や情報操作なども行う妃以上の位につく高度な教育をうけた優秀な役人。


侍女‥基本的な教育をうけた低い身分の貴族の娘がなる。嬪以上につく。


下女‥読み書きができない平民出身の者がなる。掃除や洗濯や雑用係。


-・-・-・-・・-・-・-


私は下級役人の養女になったので、当然大部屋に押し込まれた。といっても、広くて清潔だったから特に不満はなかった。かえって、天蓋付きのふかふかのベッドでなくて布団だったので落ち着いたぐらいだった。


「新入りのスズランさんです。みなさま、仲よくするように」


女官の女性はその一言だけを言って、さっさと宮廷に戻っていった。愛妾の身分では女官の方がずっと上なようだった。


「側室様と愛妾のあたしらとは、天と地ほどの違いがあるのよ?服も食べ物も違えば、あちらは個室に専属の侍女と下女が何人もつくのよ。あたしらには、下女が一人だけってかんじ」


なかよくなったスミレは、屈託なく笑いながら米を頬張った。おかずは野菜の煮物だけで、スープがつくぐらい。それでも、米をお腹いっぱい食べられるのは平民には嬉しいことなのだ。私の以前の生活だって、米は手に入らず芋やかぼちゃを食べていたのだから。


「あたしもここに強制的に連れてこられたんだよ?ここにいる20人はみんなそう。町や村で少し綺麗だと評判になってここに連れて来られるんだよ。昔は一生、ここからでることはできなかったんだって。でも今の皇帝様は、二年お声がかからなかった愛妾は故郷に帰してくれるんだ。それも、あたしらにしてみたら大金をもたせてくれて。だから、あんたも辛抱だよ。まぁ、ここでのあたしらの仕事は踊りと楽器を弾いて皇帝様を楽しませることぐらいだからそんなに辛くないはずだよ」


ー踊り?楽器?どっちも苦手だ‥‥まだ下女の仕事の洗濯や掃除の方がマシだわ。


踊りも楽器もしたことがないからきっと上手になどできない。しかし、そんな心配は全くなかった。すぐに皇帝からお呼びがかかったからだ。お声がかかった愛妾は無理に踊らされたりすることはないらしい。愛妾が呼ばれるのは初めてだったらしく、周りがどよめいて不満の声も聞こえた。


「いきなり、新入りなのに?」


「ありえない?」


「どこで見初められたのかしら?」


嫉妬の声と冷たい視線が私に容赦なく突き刺さった。下女が一人だけの私はその下女とともに皇帝が待つ部屋まで行くのだが、その通路は狭くて仄暗いのだ。ろうそくの明かりだけで行く私は何度も躓きそうになった。それでも、やっとその部屋に着くと、中から扉が開かれて驚くほど美しい男性が目を輝かせて立っていた。


「こ、皇后?生きていたのか?やはり、死んではいなかったのだな?」


号泣しながら抱きついてくるこの綺麗な男性が玄燁様のなのだろうか?皇帝といえば、髭を生やした老人と思っていた私は、20歳前後と思われる若い皇帝に驚いていた。私はその方に優しく抱かれてやがて、子供を身ごもるのだった。







玄燁の側室は5人いた。皇妃の牡丹、妃のアネモネ、嬪のアザレア、イベリス、エリカだ。週に一度は側室を集めて皇妃主催のお茶会が開かれた。皇妃の定員は2名だが今は牡丹しかおらず皇后様もいないので、実質的な後宮の長は牡丹ということになる。


「毎日、愛妾をお呼びになっているそうですわ」


「卑しい者が毎日、皇帝に触れるなどおぞましいったら」


「あの通路に汚物をまいてやりましょう」


嬪の3人が薄く狡猾な笑みを浮かべると、牡丹がきつい声で止めにはいった。


「どんな女子おなごか会ってみたいのぅ。亡くなった皇后様に生き写しと聞いた。私が許可するまでなにもしてはならん!」


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