第5話  信用できる下女と侍女を得た私

私は川の前にいた。目の前には、たくさんの洗濯物がある。まさか、これって‥‥あの日に戻ったの?たくさんのお役人が歩いてくる足音が聞こえる。このままでは、また捕まる。逃げる?ううん、もう逃げない!!絶対に逃げないわ!!無理矢理に抱え込み肩に担がれそうになったところで、私は静かに、だが、きっぱりと言った。


「無理矢理に連れていこうとしなくても、逃げも隠れもしません。どうか、普通に馬に乗らせてください。乗馬はしたことはありませんが、教えてもらえませんか?」


お役人のなかから、見覚えのある一番豪華な服を着た男が私を馬に乗せてくれた。その人は手綱を引きゆっくりと馬を歩かせた。


「体重を左右バランス良くかけてください。肩の力を抜いて‥‥お上手です。皇后様は乗馬はなさらなかったが、皇帝は馬に乗って散策するのが日課ですので、あなたが馬に乗れるのはいいことだ。ただ、今はそれほど時間がないので、宮廷に着いたらゆっくり練習なさるといいでしょう」


「わかりました。ところで、私はスズランといいます。あなたの名前を教えてもらえませんか?」


「はい、私は大佐のドンと申します。今回、皇后様に似ている娘を国中から探しているのです。一緒に来ていただけると助かります」


「はい、わかりました。道中、よろしくお願いします」


私は、ドン様に深く頭を下げた。ドン様は私と馬を二人乗りにして、足早に駆けさせた。私は休憩の時間に、なるべく周りのお役人にも話しかけるようにした。話すといっても他愛のないことだ。風が気持ちいい、とか、あそこに咲いている野の花が綺麗とか‥‥その結果、私の評価は物怖じしない肝っ玉の座った娘になった。本当は内心ドキドキだけれど、気弱なところは見せてはいけない気がした。



泊まり宿は、以前にも泊まったところだ。宿で寛いでいると、下働きの少女が宿の主人に殴られていた。こんな場面は前にはあった記憶はない。けれど、多分、あったのだろう。記憶がないのはあの時は、自分のことしか考えていなかったからそんな光景も見えていなかったのに違いない。


「やめなさい!そんなに女の子を殴ってはいけません!」


「なんだと?これは私の使用人だ。どう扱おうと勝手だ」


私はまた殴ろうとする男と少女の間に入った。宿主の拳が私の頬にあたる寸前にドン様が真っ青な顔をしてとんできて、その拳をつかんではねのけた。宿主は壁際にふっとんだ。


「なにをなさっているのです!おケガなどなされば、大変なことになります。あなたはご自分の価値がわかっておられない。いいですか?今、スズラン様がおケガをすれば、私の部下は全員死罪です!」


そうか、今の私は愛妾ではない。これから、どんな高貴な身分になるかもしれぬ貴人扱いなのだ。そして、私もまた愛妾などに再びなるつもりはない!


「ごめんなさい。どうしても、あの少女を助けたかったのです。お願い、あの子を連れていってもいいかしら」


「お願いする必要はありません。スズラン様があの者が必要というならば、下女として連れていけばいいのです」



「あ、ありがとうございます。誠心誠意、尽くすことを誓います」


こうして、毎日殴られてボロボロだったチャーミンは私の忠実な下女になったのだった。





私は今、とても美しい滑らかな布を幾重にもまとわされている。これも前回と同じドレスだ。身支度を手伝ってくれているのは侍女の身分の女性達だ。その一番、年上らしく見える侍女に話しかけてみた。


「貴女は侍女の身分の方ですよね?どなた付きの侍女様なのでしょう?」


「私は亡き皇后様付きの筆頭侍女でしたよ。貴方様が私の主に生き写しと聞きましたから、姿だけでも拝見したくてこうして参りました。なんて‥‥そっくりなのでしょう。まるで、王女様が‥‥いいえ皇后様がそこにいらっしゃるようです」


亡き皇后様は隣国の王女だった。その王女について隣国から来たという女性は、もう侍女は引退すると言った。故郷に戻って、皇后様との思い出に生きていくと泣いている。私は、すごく大それたことを言ってしまう。


「私は、皇后様ではありません。ただの木こりの娘です。けれど、貴女の皇后様の代わりにはなれませんか?私は宮廷のことはなにもわからないのです!貴女の大事な皇后様に生き写しの私がそこで辛い目に遭い殺されたらどう思われますか?」


その皇后様の筆頭侍女だった女性は私をじっと見つめて、いろいろな考えを思い巡らせているようだった。


「確かに後宮は恐ろしい所です。後ろ盾もなく、力も持たない側室は生きてはいけないでしょう。まして、なんの教育も受けてないとなれば‥‥潰される‥‥」


その女性はそうつぶやくと、私を再度、上から下まで見つめるのだった。


「これほどまでに愛すべき皇后様に似ている方が不幸になるなど夢見が悪いです。私が侍女として仕えましょう」


こうして、私は亡き皇后様の筆頭侍女様を最初の侍女にしたのだった。



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