クリストファー・ヴァン・ストーカーの日記 五日目(2)
そうなのだ。
ノスフェル伯爵はヴァンパイアでも極めて稀に見る、
つまりは、簡単に言ってみれば、まあ、変態だ。
だから、セイヨウサンザシや薔薇などの通常ヤツらの弱点とされるものにも強いのである。
それに伯爵はヴァンパイアであるにも関わらず、信心深いヴァンパイアなのかもしれない。
とすると、聖水や十字架や聖餅が効かなかったのも理解できる。
そうしたものは神を恐れる者にしか効かないのだ。
しかし、信心は結構なことだが、人間ならばいざしらず、ヴァンパイアとしては異端である。いや、これはもう反則だ。
それでも俺はヴァンパイア・ハンター界のスーパールーキーとして、ヤツを倒すことを諦めるわけにはいかない。
ヴァンパイアを倒す手段として、
信仰に関するものが効かず、香や薔薇のようなソフトなものもダメとなれば、今度は古来より世界各地であらゆる魔物に効果があるとされる、よりパンチの効いた、過激な臭いと激烈な味のする代物で勝負をしかけることとしよう。
人間の俺ですら、あまりたくさん食べるのはちょっと苦手とするあの食材で!
それに関しては、そこらの家々の戸口にたくさん掛かっているので、そいつをちょいと失敬することとしよう。
これはヴァンパイア退治。本来、それは魔除けのためにあるのだから、うむ。正しい使い方である。
住民達よ、俺様の偉大なる魔物狩りに使ってもらい、光栄に思うがよい。
それからもう一つ。
昨夜は何もされずにすんだが、一昨日とその前の夜にはヤツによってひどい怪我を負わされた。
もうこれ以上、負傷するのは御免なので、こちらに関しても対策を講じておくこととする。
ここルーマニアでは、〝ストリゴイ〟というヴァンパイアから身を守るために、ストリゴイの住む墓の近くにワインボトルを埋めておき、6週間後にこれを取り出して飲むと、ストリゴイの攻撃から身を守ることができると云い伝えられている。
そこで今朝、雨の降る中、わざわざノスフェル伯爵の城まで行って、城壁の脇にワインボトルを一本、埋めて来たのだ。
今夜はヤツとの対決の前に、それを取り出して飲むことにしよう。
6週間には全然ほど遠いが、まあ、一日寝かしておくだけでも、それなりの効果はあるかもしれない。
ヴァンパイアの攻撃からの防御法としては、他にドイツ北部に伝わるもので、亡くなって間もない人の血をその遺体を包む屍衣の切れ端で吸い取り、それをグラスに絞って飲むと良いなどというものもある。
だが、こいつはちょっと、するのにあまり気乗りがしない。
それからあと、ヴァンパイアの動きを止める方法として、ヴァンパイアの眠る墓の前(ノスフェル卿の場合、城の前ということになるが)に、ケシや麦、雑穀などの細かい種をばら撒くという方法がある。
これは、そのように撒き散らされている種をヴァンパイアはどうしても拾わずにはいられなくなるという習性を利用したもので、しかもヴァンパイアは一年に一粒しか集められないらしく、集め終わるまでの長い年月、ヴァンパイアはその作業で動きが取れなくなるというわけなのだ。
また、網の目のようなものもその目の数を数えなくてはいられないらしく、事前に網を置いておけば、ヴァンパイアはその目を数えるのに気を取られて、その間、他のことに気が回らなくなるらしい。
だが、この話はどうにも胡散臭く、しかも、あのノスフェル伯爵の様子を見るに、とてもそんな間抜けなことはしてくれそうにない。
ちょっと試してみようかな? とは思わなくもなかったが、これもまあ、やめておこう。
真面目で几帳面な性格のために、今日の日記はえらく長々と書いてしまった。
もう少し経てば、いよいよノスフェル伯爵との最終決戦だ。
この方法も失敗に終われば、こちらも正直、次の手がまったく思いつかない。
今回が、おそらく本当に最後の勝負となるであろう。
今度という今度こそ、ヤツの穢れた魂をこの地上より神のもとへと送ってやる!
いや、穢れた魂ならば行先は地獄だな。
しかし、頭上の空にたち込めている厚い雲のせいか、今日はなんだか気が重い。
こういう日は、何か、良くないことが起きるような気がする……。
いいや! 何を弱気になっているのだ。そんなことでは闘う前から敵に負けてしまうぞ!
そんな不安は気合いで吹き飛ばし、必ずや勝えると信じて、闘いに臨むのだ!
そう! 最後に正義は必ず勝つのである!
そして、俺はヴァンパイア・ハンター界の期待の星、クリストファー・ヴァン・ストーカーなのである!
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