完食教室 ー子供の野菜嫌いが治らない! たすけて、かろてんてーっ!ー

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

クソガキの好き嫌いをなくせ!

 我が料理教室に、今日も悩める奥様がやってきた。


「ようこそ、『完食教室』へ。ワタシがβカロテンの申し子、『かろてんてー』です」


「●ろ☓んせーではなく?」


「かろてんてーです。間違えないで下さい」


 そんな著作権に触れるようなネーミングには、いたしません。


「御覧ください。ワタシはれっきとした、人間の姿でしょう?」


 白衣の上に、緑色のマントを羽織っている。

 ワタシの姿は、はたから見ると異様に写るだろう。


 なりはキモいだろうが、顔は一応人間である。

 やや丸顔ではあるが、腹は出ていないし触手も生えていない。


「はあ。本当に息子の好き嫌いは、治るのでしょうか?」

 不安を語る奥様の顔からは、様々な苦労が垣間見えた。


「もちろんですよ。ワタシがこれまで何でも食べられるようにした児童の数は、五三万です」


 海外の児童に、味噌汁や納豆を克服させたこともある。


「なんと頼もしい。よろしくお願いします」


「ご安心ください奥様。この私めが、お子様のどんな好き嫌いも克服させてみせましょう」


 相談者は、小学校低学年の息子が大の野菜嫌いで困っているという。


 まず、何が苦手なのか尋ねた。


「実は、ケールが……」


「ほほう。ですが、ケールなんてだれでも嫌いでは?」


 大人でもそんなに食べない印象がある。

 確かにケールは、βカロテンのカタマリのような野菜だが。


「他にも、ニンジンもカボチャですね。あとは、ほうれん草も」

「かぼちゃが苦手ですか。カボチャなんて、カピバラの大好物ですよ?」


 ワタシもよく、疲れたときなどはカピバラがカボチャをかじる動画を見て癒やされている。


「カボチャに至っては、見るのもイヤみたいでして」


 実にもったいない。

 あの癒やし動画の魅力を理解できないなんて。


「トラウマになるような出来事が?」

「わかりません。なんといいますか、βカロテンだけを摂取しようとしないのです」


 βカロテンは体内でビタミンAに変換する。

 動脈硬化や生活習慣病の予防に役立つ。


「抗酸化作用を自ら拒絶するとは。まるで自分から老化に猛ダッシュしているようなものではありませんか」

「そうなんですよ」


 自分は子供だから老化なんて気にしない、と返されるのだとか。


「しかも、男の子ですよね? やがて生殖機能にも影響が出ますよ」

「はい。私も懸念しているのです」

「香りがイヤ、というのは?」


 βカロテンを含有する野菜は、シソやバジルなどだ。

 つまり、香りがキツイ。

 子どもが拒否反応を示す原因としては、十分である。


 しかし、奥様は首を振った。匂い以前の問題なんだとか。


「原因は、わかりますか?」

「実は、私が好き嫌いのない人間でして」


 彼女の実家は青汁農園で、ケールなどの野菜に全く抵抗がなかったという。

 ニンジンなどはその辺の畑に生えていたとか。

 掘って土を払った状態で、そのままかじっていた。


「カボチャなんて、おやつ代わりでしたから。息子も食べるものだろうと思いこんでしまって」


 表皮の硬いカボチャやニンジンなど、そのまま与えていたらしい。


「離乳食のうちから、βカロテン関連の食事を与えていたのですが」


 ムダに料理スキルが高すぎて、離乳食もオリジナルレシピで作っていたそうだ。

「子どもが食べられる」ことより、「体にいい」かどうか。

 おいしさも、大人の舌で判断して。


 そのせいで、「硬い」「苦い」という感情のほうが勝ってしまったらしい。


「てっきり、無加工でも食べられるのではないかと」

「なるほど。過信してしまったのですね?」



 ああ、『やらかした』と思った。



 対策するか。


「ではお聞きします。逆に好きなものは?」

「肉類です」


 ふむふむ、肉食系と。


「お菓子はポテトチップスが好きです」


 デブまっしぐらだな。

 最近の研究では、「ポテチは全食材の中で、もっとも太る」と言われている。


「柑橘系や果物は?」

「おミカンなどの、酸っぱいものは苦手ですね」


 これも、βカロテン摂取を阻害する要素だな。

 ミカンもβカロテン豊富だ。


「朝食は食べますか?」

「はい。食パンをコーンスープに浸して食べています。甘いものがほしいときは、シリアルを」


 ワタシのβカロテンセンサーが、ビビビッと働いた。


「シリアルですか。それはいいことを聞いた」

「工夫すれば、食べるようになるのでしょうか?」

「ご安心下さい。そのための『かろてんてー』です」

 



 

 翌日、ワタシは朝っぱらから奥様の部屋にお邪魔した。


 朝から何も食べていない少年は、腹をすかせているようである。


「今日はスペシャルな料理を用意いたしました。どうぞ」

 ワタシが調理したのは、シリアルだ。 


「わあ、緑色じゃん。こんなの食えるの?」

 牛乳は、緑色の液体に変化している。


「でも、香りはいいな。いただきます」


 一口食べると、少年の顔つきが変わった。


「うめえ! いつもより甘い! これなら何杯でも食える!」


「でしょう? おいしければ、βカロテンもなんでも食べられますよね?」


「なんだと、野菜が入っているのか?」


 野菜嫌いの少年に、ワタシが用意したのは。



「このシリアルはね、抹茶が入っているのです!」



「そうか。抹茶が入っているから、甘みが増しているのか」


「あと、わずかに青汁も含まれています。βカロテンにあふれています!」

「ぐ……でも、なんでこんなにおいしいんだ?」


 怪訝な顔をする少年を、ワタシは笑みを浮かべながら見下ろす。


「知らなかったのですか? 今の青汁は甘くておいしいことを!」


『まずいもう一杯』なんて、遠い過去の話だ。


 今は品種改良が盛んで、青汁だっておいしく飲めるように加工されている。


 要は、消費者が探していないだけ。


「くやしい。でも、うますぎる!」


 止まらないらしく、少年はあっという間にシリアルを平らげた。


「まだありますよ。食パンをそのスープにつけて」

 言われたとおりに、トーストをスープに浸す。


「これもうまい。これも甘い!」

「サツマイモをすりつぶしました」 


 甘いものが好きと聞いていたので、提供してみた。


「くっそ。やられっぱなしだ」



「まだまだございますよ。お次は、こちらをご用意いたしました」


 現れたのは、素揚げの野菜チップスだ。薄く切ったゴボウやニンジン、レンコンに、シソまで入っている。


「アハハ! こんなカタマリ、ボクが食べるわけないだろ!」


 とはいえ、少しだけ混じったポテトチップスから、少年は目を離せない。


「どうでしょう? 一部はポテトチップスです。どうぞご、一緒に召し上がってください」


 眉間にシワを寄せながら、少年はチップスをサクッと頬張った。


「ああああああ、これは」

 カリッカリに揚げた野菜チップスを噛み締めながら、少年は至福の笑みを浮かべる。


「程よい塩加減と、野菜の硬さ」

 ボリボリという音に、少年はトリコになっていた。

 食べる音には、一種のいやし効果があるのだ。


「うんまっ。野菜を噛むって、こんなに心地いいんだな?。シソがノリみたいにパリパリだ」


 噛めば噛むほどに、野菜は甘みを増す。


 それがわかれば、あとは勝手に子どもは野菜を食べ始める。


 少年は、すでに満身創痍だった。

 野菜の魅力にメロメロだが、まだ屈したくない様子である。


 しかし、後ひと押しだ。


「最後はこちら。秋のスイーツと言えばこちら。モンブランです」


 栗が乗ったケーキを、少年に差し出す。


「ようやく野菜から解放されるのか。いただきます。ん、なんか普通のモンブランに比べて甘い!」


「フフフ、食べてしまいましたね?」


「な、なんだよ?」

 少年が、顔をしかめる。


「そのモンブランのクリームですが、材料は野菜です」

「これのどこが⁉」


 わからないか。



「栗は栗でも、それはクリナンキン! つまり、カボチャなのです!」



「なんだってーっ⁉」


 母親によると、少年はカボチャなんて見たくもない言っていた。


 しかし、カボチャだって品種を探せばしっかり甘いのだ! 



「いかがです? 野菜も、こうすれば食べられるでしょう?」


 聞いていない。少年は食べることに夢中になっていた。


「ありがとうございます」

「いえいえ」


 ワタシは、子供の好奇心を刺激したまで。


「でも、どうして急に食べるようになったのでしょう? 野菜は体にいいからといくら教えても、食べなかったのに」


「そんなことを教えても、意味がありません。『野菜はうまい』と教えなければ」


 子供の舌は、想像以上にぜいたくだ。

 

 子どもは「体にいい」という理由なんかで、野菜を食べない。

 もともと健康体だから。

 不規則な生活でもしていなければ、何を食べて元気でいられる。

 若いうちは。



「奥様、あなたはお子様にこう言われたのではないですか? 『はあ? 栄養素なんて、サプリで摂ればいいじゃん』、と」



「おっしゃるとおりです!」



 やはりだ。母親の表情から、言われ慣れている感が見えた。


 子どもが野菜を食べる判断は、「おいしいかどうか」である。


 わざわざおいしくないものを口に入れるくらいなら、サプリに手を伸ばす。


 必要なものは効率よく取りたいと、非効率な道に走るのだ。

 自然摂取が最も効率がいいのに。


「野菜が食べられるのはエラい」というワードが、ネットで話題になった。


 とはいえ、野菜が食べられるなんて別にエラくもなんともない。

 工夫すれば、誰でも美味しく食べられるのだから。


「身体にいいからという理由では、子どもは野菜を食べません。おいしいから食べるのです」


「どうすれば、野菜を食べるようになるのかわからなくて」


「野菜がおいしかったら、いいだけです」


 おいしければ、勝手に食べるのだ。

 本来は様子を見て、少しずつ慣れさせればいい。

 だが、タダの野菜と侮っていると痛い目を見る。


 この母親は、その判断を誤ってしまった。子どもに野菜の「大切さ」を教えてしまい、「おいしさ」と伝えられていない。


「これでお子様のβカロテン不足は、解消されたでしょう!」

「ありがとうございました!」


 こうしてまたひとり、野菜嫌いの子がいなくなった。


 次にかろてんてーがやってくるのは、あなたの街かもしれない!


                                                   

(おしまい)

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