ふっと宙に浮かぶ感覚。寝ている延長線で起こる現象に開けていた目を僅かに細めた。

時計を見れば2を短い針が、12を長い針が指していた。丁度午前2時である。


丑三つ時に不思議な現象が起こるとどうにも不吉な気がしてならないだろうが、アカギにしてみれば特に気にならないことである。

幽霊は見えないから怖いのだ。

見えるアカギにとって恐怖の対象にはなり得ない。


ふと喉の乾きを感じて自室からキッチンへと向かう。

家族3人が住むにしては少し広い一戸建ての家。二階にあるアカギの部屋から一階にあるキッチンは距離がある。

一人寝を6歳くらいからしているアカギ。別々に寝ることを渋ったのはむしろ両親であった。


_丑三つ時の有名話はどうやら本当らしい

この時間に目が覚めたことは初めてだが、窓の外は浮遊する「見えないモノ」があちこちにいる。家の中は割と静かだが。

ふよふよ近寄ってきた光の玉が灯りとなり、電気を付けずとも問題はなかった。しかし見えるのは光の玉をもつ手元と少し先の壁だけ。


だから足元に何があろうとも蹴るまでは分からない。





_何か蹴った

そう思った瞬間には手元の灯りを下に投げつけていた。反射の域の芸当である。

灯り、とは言っても弾力性はないし、なんなら靴下を丸めまくったような感じだ。要は跳ねない。


「………、?」


_毛玉だ

親が寝ている手前、大きな声は出せないがかなり驚いた。色は、およそ白。アカギが蹴ったからだろう。ころころ転がっている。

つんつんとつついて、噛み付いたり逃げたりしないことを確認してから拾い上げた。


完全な球形。毛玉_主に仔猫や仔犬_ではないことに安心と少しの残念さを抱く。

例えるならケサランパサランだろうか。一部ではケセランパサランとも言われるが。

白い、ふわふわで7歳の少女が両手で持っても余るくらいには大きい塊。

目や口はない。しかし手の中の温もりと僅かに動くことから生きている、或いは自我を持っていることはわかった。「見えないモノ」だろう。この形は初めて見た。

少しの間観察してからそっと地面に置いた。蹴ったことに対する謝罪をしつつ、ふわふわの毛が恋しくて撫でる。

父母にぬいぐるみをねだろうか、とアカギは考えたがきっと撮影会が始まるだろうから諦めた。


灯りを拾い、水を飲み、部屋へ戻ろうとするとポテっポテっと何かが跳ねる音がした。ぱっとあの白い毛玉が脳裏をよぎったが、あれの移動手段は「転がる」だろう。少なくとも跳ねるなんて_


「…、!?」


跳ねていた。すっごく跳ねていた。なんならアカギの背を越すほど跳ねていた。

下に着地する際にあの柔らかな毛が押し潰されて無惨な姿になっている。そのことに気付いたアカギは急いで拾い上げた。

はぁと安堵の息をもらせば毛玉はやや細かく震えてから擦り寄るようにアカギの頬に柔らかい毛を当てる。

その仕草がテレビで見た猫や犬のように見えて一層ふわふわ欲がつのったアカギは自身の部屋に連れ帰った。


温もりが消えかかったベッドの中にもぐりこみ体を丸める。ぎゅっと腕の中の毛玉を抱き締めれば暖かみが伝わってきた。微睡みに身を任せ、そのまま夢の中へ_



翌朝。

腕の中から毛玉が消えていた。どこかへ行ったのか、それとも夢だったのか。

いずれにしろ腕の中は寒かった。心もまた、そうであろう。

ポテっポテっ

聞き覚えのある音にベットから飛び起きる。

白い毛玉がベッドのすぐ側の床で跳ね回っていた。


「…おはよう」


自然に上がる口角。口からもれた言葉。

やはりもふもふとは凄いものだ。




その後毛玉をじっくり撫で回しつつ観察していたら黒っぽい色の模様を発見した。

「パンダ」と名前をつけた。何だかパンダは不服そうだった。

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