「見えないモノ」は基本的に無害である。その辺をフラフラしていたり、ぽやぁと景色を眺めたり。人の形をしたそれは100年の命を消費している人より遥かに楽そうだ。

世の中には「見えないモノ」を扱う映画が数多くあるがそのどれもがアカギの見ているものと違う。勿論、彼女が全て見た訳では無いので完全に否定出来はしないが。


母が連れてきてくれた人気の少ない公園で遊ぶ。ブランコをこぎ、砂場で山を作り、トンネル型の滑り台を通り抜ける。

ほぼニートと言えど子供は遊びたい盛り。体を動かすことはアカギにとっても楽しいことだった。

アカギの母がふとアカギに聞いた。

「ここには何かいる?」

母にしては核心的な質問で、しかし自分を理解してくれようとする姿勢にくすぐったく感じた。

公園を見渡して、明らかに人では無い人影を見つけた。

「いるよ。おかあさんとおとこのこがあそんでる」

ジャングルジムにのぼる男の子を支えるお母さんらしき女の人。2人は楽しそうに笑っていた。

アカギの母はじーっとアカギが指さした方を見つめるが、やはり何も見えなかった。

「楽しそう?」

「うん」

なら良かった。

そう表情にだした母親を嬉しそうにアカギは見上げた。


他人の幸せが願えることは素敵な事だ。

幸せを共感できるのは嬉しい事だ。


この母の元に生まれて良かったと思える。幸せなひと時であった。





ふっと鼻を刺すような異臭。

砂をつけたまま匂いの元を辿って振り返った。


地面に散らばる肉塊

虚空を見つめる瞳

言葉を残そうと開けた口

愛しい我が子を掴もうとした手は空をきった


「………ぁ……」

それはあの幸せそうな母と息子の最期であった。

血の海が瞼に脳裏に心に焼き付く。

_幸せは長続きしない


「見えないモノ」は何も普通の格好をしている訳では無い。

死んだとあって血塗れであることの方が多い。片腕がなかったり、顔が変形していたり。けれども滲む笑顔は誰も彼も同じで姿形は何も関係なかったのだ。

歪みそうになる鼻と顔を何とか持ちこたえて異臭の元に近づく。見れば見るほど悲しそうで。

アカギはそっとしゃがんで母親の手を掴む。

そして近くにいて、でも届かなかった男の子の手へと重ねた。


何があるという訳でもない。成仏することも無い。また永遠、幸せと死別を繰り返すのだろう。

でも束の間の繋がりを得てほしい。

我儘で残酷なアカギの願いは確かに母子を繋いだ。


永遠に続く不幸の中で幸せを貰うとその後の不幸がより辛くなる


アカギは「見えないモノ」たちにそう言われた経験があった。

と同時に、


永遠に続く不幸の中で幸せを貰うとその後踏ん張れる


とも聞く。

正直に言えばアカギはどちらでも良かった。

自分が満足感を得ることを目的としてやった。それがどちらに転じるかは死に続ける母子だけが知る。

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