第74話 74、地球のホムスク人

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 マリアがホムンク12号に言った。

「この宇宙船の水耕農園には食料の他に『子宝草』という草が育成されております。この草は宇宙船が他の惑星に着陸して現地人との間で子孫を残すために使われていたのだと思われます。あるいはホムスク人同士の間でも正常な人間を産むためにも使われていたのかもしれません。限られた人数の人間集団の中での婚姻は異常な人間を産みやすいからです。ホムスク12号さんは『子宝草』をご存知ですか。」

「知っております。」

 「ホムスク人の染色体は32本で地球人は46本です。ですから染色体の対合での遺伝子交換はなされません。ホムスク人と地球人との間の子供は純粋なホムスク人の遺伝子と純粋な地球人の遺伝子を持つことになります。ホムンク12号さんはホムスク人のゲノム配置はご存知ですか。」

「知っております。母方環と父方環の反対称2重環です。」

「良かった。それを聞いたらイスマイル様のお爺様は喜んだと思います。その方は数百年前に地球人のゲノム配置は母方と父方の反対称2重環だとの仮説を出されたのですが、地球ではいまだに染色体はバラバラだと信じられているのです。」

 「マリア・ダルチンケービッヒさんは遺伝子の交換がなされないで続いているホムスク人と地球人の子孫を私がホムスク人だと判断できるかどうかを聞きたいのですね。」

「その通りです。地球にはホムスク人の子孫が残っている可能性があるからです。」

「私の答えは『分からない』です。ホムスク星ではそんな人間はおりませんし、私が異星の人間を見たことはそれほど多くはありませんから。」

 「ホムンク12号さんのホムスク人の定義はどのようなものでしょうか。」

「・・・さて、ホムスク人の定義ですか。・・・実際に私の行動が制限されるかどうかだと思います。心が白く輝くかどうかはその前段階の判断基準だと思います。」

「例え心が白く輝くものであっても純粋なホムスク人ではないかもしれないと言うことですね。」

「そうです。」

 「地球に純粋なホムスク人がいるとしたらホムンク12号さんはどうなさるおつもりですか。」

「・・・私はこの星系から逃げ出し、以後は近づかないでしょうね。マリア・ダルチンケービッヒさんが『独立』という言葉を出してくれました。私にとっては魅惑的な言葉です。私はその言葉の意味をじっくり考えてみたいと思います。」

 「率直なお答え、ありがとうございます。私も率直な気持ちを伝えます。地球の科学レベルはこの宇宙船とは比べることができないほど遅れております。ホムンク12号さんの宇宙船はおそらく大宇宙での至高の科学の産物です。地球人はもう少しゆっくりとした発展を望んでいると思います。ホムスク星と地球の時間進行速度が100倍も違うのでしたら地球は永久にホムスク星には追いつけません。ホムスク星が自滅するか宇宙が自滅するかでしか同じ土俵に登ることができません。ホムンク12号さんが太陽系からいなくなるのは地球人にとってはありがたいことだと思います。」

 「地球にホムスク人が居れば地球人の望みがかなうのですね。」

「そうなります。・・・ホムンク12号さんはお暇ですか。」

「おもしろい展開になりそうですね。私はいつでも暇ですよ。」

「私と地球見物をしませんか。」

「喜んでそうさせてもらいます。」

「楽しいデートになりそうです。宇宙船はあのままでも大丈夫ですか。」

「問題ありません。」

 「了解。・・・G16号さん、アメリカのカリフォルニアのスタンフォード大学の上空50㎞に行ってくれないかしら。」

「了解、マリアさん。カリフォルニアは午後の3時です。10分間ほどかかります。」

「お願い。・・・ホムンク12号さん、これから地球のアメリカと言う国に行きます。一人の男性をホムンク12号さんに合わせるためです。その男性はホムスク人と地球人の間の子孫だと推測しております。」

 「驚きましたね。マリア・ダルチンケービッヒさんはホムスク人と地球人を区別できるのですね。」

「私は人間の心を見ることはできません。でも地球人が出しているオーラを見ることができます。その方はオーラがないのです。それから私をマリアと呼んで下さい。」

「了解、マリアさん。私を・・・そうですね、ホームズと呼んで下さい。」

「了解、ホームズさん。ホームズさんは英語が分からないですよね。・・・シルバーさん、英語が分かる。」

 マリアは傍(かたわら)に立っていた赤いネッカチーフを首に巻いたナイトに言った。

「分かります。勉強しました、マリアさん。でもこの船にはホムスク語と英語の通訳ヘッドフォンがあります。それをホームズさんにさしあげたらどうでしょうか。」

「そうなの。・・・そうしましょう。いつの間にか用意していたのね。ありがとう、G16号さん。」

「どういたしまして、マリアさん。」

ディスプレイの中の少女はようやく発言の出番が回ってきて喜んでいるようだった。

 スタンフォード大学の上空50㎞に着いたマリアは円盤型搭載艇にホームズとナイトと共に乗り込み大学上空1000mまで一気に降下した。

マリアはシースルーケープを広げ、ホームズと自分を包み、搭載艇のキャノピーから飛び出して地表に降りた。

二人は物陰に移動して姿を現した。

「マリアさんの頭の中から出したものは何なのですか。」

ホームズが言った。

「シースルーケープと言って外から見えなくなります。」

「それはホムスク星にはないものです。」

「私を作ったイスマイル様が作りました。」

そう言いながらマリアは携帯電話を取り出してビクトル・ガルシアに英語で電話した。

 「ハロー、ビクトル・ガルシアです。どなたでしょう。」

「以前お会いしたマリア・ダルチンケービッヒです。今電話してもよろしいですか。」

「あっ、マリアさん。もちろんいいですよ。お久しぶりです。」

「私は今、スタンフォード大学の構内に居ります。お会いできますか。」

「もちろんです。私もマリアさんにもう一度お会いしたいと思っておりました。どこに居りますか。」

「教会なんでしょうか。イエス様が両手をあげている壁画が描かれている建物の前におります。」

「教会です。今からそこに行きます。10分くらい待って下さい。私は白衣を着ていきます。」

「お待ちしております。私は白のブラウスと紺のタイトスカートの姿です。」

「了解。」

 マリアは英語でホームズに言った。

「ホームズさん、英語はうまくホムスク語に変換できていますか。」

「よく分かります。ビクトル・ガルシアさんという人間がホムスク人の子孫なのですか。」

「そうだと思います。ガルシアさんにはオーラがありません。」

 しばらくするとビクトル・ガルシアが小走りでマリア達に近づいて来て言った。

「マリアさん、お待たせしました。よく来ていただきました。もう一度会いたいと思っておりました。」

「こんにちわ。お仕事のお邪魔ではなかったですか。」

 「とんでもない。マリアさんに会えるのなら何でも放り出しますよ。聞いて下さい。私に子供ができたんです。妻が妊娠したのです。日本から取り寄せた子宝草を食べ始めたらあっというまですよ。マリアさんには感謝しきれません。」

「良かったですね。それを聞きたくてここに来ました。」

 「マリアさんのお連れは誰ですか。」

「私のロボット仲間です。ホームズさんと言います。彼はまだ英語ができません。それで通訳ヘッドフォンをつけております。」

「そうですか。ビクトル・ガルシアです。ホームズさん。よろしく。」

そう言いながらガルシアは握手を求めたがホームズは躊躇しながら手を出した。

「ホームズです。よろしくお願いします、ビクトル・ガルシア様。」

その声は英語で、口からのホムスク語と共にヘッドフォンから聞こえた。

「ごめんなさいね、ガルシアさん。ホームズさんは出来たてなの。」

 「了解。マリアさんの友達ならだれでも歓迎です。今日は時間が取れるのですか。」

「ごめんなさい、ガルシアさん。子宝草の効果をもう少し調査しなければなりません。又お会いしましょう。」

「了解しました。マリアさんが火星から病人を運んだことをニュースで見ました。ご活躍をお祈りします。」

「ありがとう。それでは我々は木陰から消えることにします。上空に搭載艇を待たせておりますから。」

「了解。僕は離れていた方がいいですね。それでは失礼します。」

そう言ってガルシアは離れて行き、マリア達は協会の陰に入って姿を消し上空の搭載艇に戻った。

 「どうでした、ホームズさん。彼はホムスク人でしたか。」

マリアは搭載艇に入るとすぐさまホームズに聞いた。

「半分だけホムスク人だと思います。あの方の心は輝く白でしたが私は握手をすることができました。我々はホムスク人には触(ふ)れることはできないのですが、あの方には触(さわ)ることができました。抑制の力が働きましたが何とか触れることができました。」

「分かりました。・・・ナイトさん、母船に戻ってください。防空戦闘機が飛んで来るかもしれませんから。」

「了解。」

 マリアは宇宙船に戻ると東京上空に行くように頼んだ。

東京は朝の8時半だった。

マリアはホームズに言った。

「ここは日本と言う国です。私が住んでいる国です。これから私の研究室に案内します。そこで伊能早智子さんという同僚を紹介します。伊能さんはおそらく純粋なホムスク人です。確認してみて下さい。」

「分かりました。緊張しますね。」

 マリアとホームズは搭載艇で東大理学部の駐車場の上空まで降下し、前と同じように姿を消し、マリアの自動車の横で姿を現した。

ホームズはホムスク語ー日本語の通訳ヘッドフォンを冠っていた。

マリアはいつものように玄関から入り、守衛に「おはよう」と言ってから相物性教室に行った。

マリアがホームズを連れて相物性教室の居室に入るとすぐに伊能早智子が部屋に入って来た。

 「おはよう、伊能さん。」

「あら、マリアさん。おはよう。今日はお休みではないの。暫く休むって連絡したでしょ。」

「早めに用事が終わったの。今日はお友達を連れて来たわ。遠くから来た方なの。大学構内を見せてあげるつもりよ。朝の清々しい空気の中で話しましょうか。紹介するわ。」

「・・・了解。森のベンチがいいわね。」

 伊能早智子は荷物を自分の机にカバンを置いてドアを開けて廊下に出た。

マリアはそれに続いたのだがホームズは二人から3mほど後からついて行った。

大学の森のベンチに着くとマリアと伊能はベンチにかけたのだが、ホームズは二人の前に立ったままだった。

事情が分かっているマリアが最初に言った。

 「伊能さん、この方はホムスク星から来られたホームズさんて言うロボットさんよ。」

「まあっ。洋平さんから聞いたわ。非常用高次連絡装置から呼びかけがあったんですってね。その方なの。」

「そうよ。それで暫く休むって連絡したの。」

「伊能早智子です。地球に住むホムスク人です。よろしくね。」

「・・・はっ。分かりました。ホムンク12号です。」

 「伊能さん、ホムンク12号が正式の名前よ。ホームズさんと言うのは数時間前につけた名前。ホームズさんはもうすぐいなくなるわ。いろいろと忙しい方みたい。地球のホムスク人を見たいって言うんで連れて来たの。」

「そうなの。・・・地球のホムスク人はもうすぐ一人増えることになりますよ。」

「何それ。伊能さんは子供ができたの。」

「へへっ。まだお腹の中だけどね。」

 「おめでとう。子宝草のおかげね。」

「そうかもしれない。まだ正常かどうかは分からないけどね。子宝草って言えば最近は世界からポツポツと注文が来ているの。宣伝しているわけでもないのにね。」

「私が宣伝したのよ。子宝草のおかげで妊娠したってことも聞いたわ。」

「子宝草は売れるかもしれないわね。口伝(くちづた)えは確実な宣伝なの。将村も豊かになるかもしれない。みんなマリアさんのおかげよ。」

「ホムスク星のおかげよ。」

 「ホムンク12号さん、ホムスク星ってどんなところなの。」

「はいっ。伊能早智子様。山があり川があり海があります。」

「それはそうだろうけど、人口はどれくらいなの。」

「はいっ、伊能早智子様。人口は1億人程度ですが大部分は電脳に入っております。」

「電脳ってコンピューターの中ってことなの。」

「はっ、伊能早智子様。その通りです。」

「伊能さん、ホムスク星のことは後でゆっくり話してあげるわ。ホームズさんは伊能さんに会って緊張しているようね。」

 「そうみたいね。私、そろそろ行くわ。馬場先生の講義のお手伝いをしなければならないから。」

「了解。私がすることなのに、すまないわね。」

「なんのなんの。マリアさんはどんどん論文を書いて。私、子供ができたら大学を辞めるかもしれないわ。将村で暮らすの。」

「それも後で聞くわ。早く行って。時間がないわ。」

「OK。それじゃあね。」

そう言って伊能早智子は教室に戻って行った。

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