第73話 73、ホムスク人の代行者

<< 73、ホムスク人の代行者 >> 

 マリアはG16号に言った。

「G16号さん、いよいよホムンク12号さんに会えるわね。ワクワクする。」

「大丈夫でしょうか。」

「大丈夫ではないわ。相手は7次元を自由に行き来でき、何物も通さない7次元シールドってのを張れるのよ。戦ってもまったく勝てる可能性はないわ。こうなるのは超空間通信機に応答した時から分かっていたことよ。」

「そうでしたね。」

 ホムンク12号の宇宙船が現世位相界に来たことは宇宙船背後の星々が見えなくなったことから分かった。

ホムンク12号の搭載艇とは直径が60mもある大きな宇宙船で球形だった。

マリアが呟いた。

「この宇宙船の半分の大きさの宇宙船が搭載艇なのね。驚いた。何があっても対応できるようにしているみたい。ホムンク12号さんは用心深いのね。」

 搭載艇から出て来たのは金属光沢を持った白いロボットだった。

宇宙船G16号のロボットと同じようなロボットだった。

白いロボットはよく知っている我が家のようにエアロックを通って宇宙船の通路に出た。

通路には赤いスカーフをしたナイトが立っていて、「ご案内します、ホムンク12号様」と言って先導した。

ホムンク12号は何も言わず操縦室までナイトの後をついて行った。

 マリアは操縦室に入って来たホムンク12号に言った。

「いらっしゃい。ホムンク12号さんですか。私がマリア・ダルチンケービッヒです。」

「おじゃまします。ホムンク12号です。マリア・ダルチンケービッヒさんがロボットだったとは思いませんでした。」

 「十分お化粧したのに分かってしまうのですね。私は地球産のロボットです。私を作ったのは地球人です。ホムンク12号さんはいつもそのような姿をしているのですか。」

「いいえ。通常は別の姿をしております。私はマリア・ダルチンケービッヒさんが人間だと思いロボットらしい姿をしてここに来ました。通常の姿に変わります。その方が話がしやすいと思います。」

 ホムンク12号の体表は劇的な変化が起こりズボンとシャツと靴姿の人間の中年男性の姿に変わった。

「まあ、凄い。金属が色々な物に変化した。・・・間違っているかもしれませんがホムンク12号さんの表皮はナノロボットですか。」

「よく分かりましたね。その通りです。」

「もう一つ質問させてください。ホムンク12号さんのお顔はホムスク人の顔ですか。」

「そうです。」

「東洋的な顔立ちなのですね。・・・ホムスク人の代行者のホムンク12号さんが呼びかけた理由は何ですか。」

 「私はこの辺りに居るかもしれない他のホムンクに呼びかけておりました。大昔の宇宙船が呼びかけに応じるとは思っておりませんでした。この宇宙船にはホムスク人はいないのですね。」

「この宇宙船には人間は乗っておりません。この宇宙船のホムスク人は15万年前に絶滅したようです。もっともホムスク人の子孫は地球に残って居るかもしれません。圧倒的な力を持つホムンク12号さんが他のお仲間に呼びかけたと言うことは何らかの変化がホムンク12号さんに自身に生じたからですか。」

「変化ですか。そうかもしれません。」

 「・・・私は通常は大学の研究室で研究を続けております。多くの人間と日々会話をしております。人間は人間特有の生理的な機構のためか、強烈な自我を持つようになります。個性ですね。大型動物も個性を持っておりますが人間ほどではありません。私は自我の有無が人間とロボットの違いなのだと思っております。・・・おそらくホムンク12号さんは故郷を離れて長時間一人で過ごさなくてはなりませんでした。自我を持った人間ならそんな状況を続けることはできません。私もそんな状況には対応できません。ホムンク12号さんはその間はロボットで居なくてはならなかったはずです。ホムンク12号さんとお話をしてホムンク12号さんが自我を持っていることが分かりました。その辺りがホムンク12号さんが他のホムンクさんと連絡したかった変化ではありませんか。」

 「マリア・ダルチンケービッヒさんは優れた想像力をお持ちのようですね。いいでしょう。お話ししましょう。私が超空間通信機で呼びかけを行った原因の一つは自我を持たないロボットから自我を持ったロボットになった変化です。もう一つの原因はホムスク星と連絡が取れなくなったからです。」

「ホムスク星との連絡は超空間通信機で行うのではないのですか。」

「超空間通信の一種だとは思いますが私の脳と1:1で直接に繋がっております。いつでもホムスク星と連絡がとれるのです。それが『ホムスク人の代行者』なのだと思います。」

 「そうでしたか。機械的な問題ではなくホムスク星のロボットに入っている人工頭脳の中身の問題みたいですね。何となく理解できます。」

「本当ですか。教えてくれませんか。」

 「私の想像ですよ。・・・この宇宙船のロボットさん達は互いに通信できます。ロボットと宇宙船の人工頭脳のG16さんとも互いに連絡できます。そのような通信網を構築するとしたら必要なものは何でしょうか。私は可変の認識番号が必要だと思います。相手に連絡をすると連絡を受けたロボットは相手の認識番号を記憶します。連絡を受けたロボットは相手の認識番号に連絡すれば通信が成立します。携帯電話の電話番号みたいものですね。問題はその認識番号です。携帯電話の電話番号と違ってその認識番号は変わるのではないでしょうか。人間が成長につれて自我が変わるようにロボットの自意識に従って認識番号が変わるのではないでしょうか。質問してもいいですか。」

 「何でしょうか。」

「ホムンク12号さんが連絡すれば通話できるが、しばらくするとホムスク星からの連絡が入らなくなるのではないですか。」

「その通りです。」

「やはりそうでしたか。ホムスク星の電話番号は変わっていないけどホムンク12号さんの電話番号は刻々変わっているのですね。」

 「なぜ変わるのでしょうか。」

「ホムンク12号さんが変わっているからだと思います。それはホムンク12号さんが持つようになった自我と無関係ではないと思います。」

「そうか。そうだったのか。マリア・ダルチンケービッヒさんの説明は整合性が取れております。納得できます。」

 「でも不思議ですね。なぜホムスク人はホムンク12号さんにそうしたのでしょう。」

「どう言うことですか。」

「宇宙船の中とか惑星の上とかのロボット集団では例え認識番号が変わっても問題はありません。互いに連絡を取り合っていれば自然と新しい認識番号に変わるからです。でもホムンク12号さんは遠隔地におり、お一人だったようです。目的地に着くまでの間はロボットとして過ごしておりましたからその間は認識番号が変わらず問題が生じませんでした。でも目的地に着けばロボットからロボット人になるわけです。当然、自我が生じ認識番号が変わってホムスク星からの連絡ができなくなります。でも、それは予想された事柄です。ホムンク12号さんが悩むこともお見通しだったはずです。なぜホムスク人はそんなことをしたのでしょう。私には理解できません。まるで勝手に独立せよと言っているような気がします。」

 「独立か。・・・思いもしなかった。」

「立ち入ったことをお聞きしてもよろしいでしょうか。」

「何でしょう。」

「ホムンク12号さんの宇宙船はこの宇宙船よりずっと大きな宇宙船ですが乗員は一人だけですね。」

「そうです。」

「あの宇宙船には何が入っているのでしょう。」

 「・・・言ってみればホムスク星が入っております。あの宇宙船の質量はホムスク星とほぼ同じです。地球くらいですね。質量の大部分は中性子塊です。中性子からホムスク星にあるあらゆる物を作ることができます。搭載艇も作ることができるしロボットも作ることもできます。もちろん私も作ることができます。ホムスク人がいればホムスク人を、地球人がいれば地球人を作ることができます。」

「だから『ホムスク人の代行者』なのですね。」

「そうです。」

 「ホムンク12号さんは何らかの使命を持って大宇宙に派遣されたのだと思います。あの宇宙船の重装備はその使命を遂行するのに必要な物だったのですか。」

「いいえ。私の使命は調査でしたから重装備は必要ありませんでした。」

「そうでしたか。私の勘ですが、ホムスク人はこうなることを予想してホムンク12号さんを宇宙に送り出したのだと思います。この宇宙船G16号の目的は最終的には植民でしたが、それと同時に中性子星の発見が副次的な目的だったと思われます。中性子星という宝を求めて大宇宙に出発する大航海時代だったのでしょうね。おそらく今でもホムスク星では中性子星は貴重な物なのだと思います。そんな貴重なものを安易に宇宙船に必要以上に積むのは合理性がありません。もっと別の目的があったとしか考えられません。」

 「マリア・ダルチンケービッヒさんの勘は当たっているのかもしれません。」

「ホムンク12号さんの目的の調査と言うのは成功なされたのですか。」

「まだ成功してはおりません。」

「長い時間、この辺りに居られたのですか。」

「長いの絶対値が不明ですが長い時間が費やされました。」

 「そうでしたか。・・・ホムスク星の時間の進み方とこの辺りの時間の進み方はどの程度違いますか。」

「そうですね。およそ100倍ほどホムスク星の方が早いと思います。」

「つまり、ホムンク12号さんが1年間調査をすればホムスク星は100年が経過するのですね。地球人の寿命は100年程度です。ホムスク人が地球に居たとしても、これまで突出した寿命を持つ人間は居りませんでしたからホムスク人の寿命も100年程度です。ホムンク12号さんに命令した方は既にお亡くなりになっていることになりますね。調査の目的も希薄になりませんか。」

 「ホムスク人は本人が望めば永遠に生きることができます。この宇宙船の時代とは違います。」

「まあっ、かわいそうに。生命の原則から逸脱している。それではホムスク人はこれ以上の発展は望めませんね。どうしてそうなってしまったのですか。」

「私もお驚きましたね。永遠の生命に対して批判が出てくるとは思いませんでした。人間は永遠に生きたいとは思わないのですか。」

「だれしも永遠に生きたいと思っております。でもそうしたら人間の多様性は失われ、発展は望めません。全員が死なない世界なんて息がつまります。希望のない世界になります。子供も作らなくなります。」

 「マリア・ダルチンケービッヒさんはまだホムスク星の状況を把握されていないと思います。私は『本人が望めば』と言いました。ホムスク星には色々な形態のホムスク人が住んでおります。基本的にはホムスク人は働く必要がありません。食べ物も含め、欲しいものがあれば作ればいいからです。ホムスク星には肉体を持つ人間は少数ですが居ります。その人たちは脳も含めて自分の体に合わせてクローンを育てることで寿命を伸ばすことができます。何度でも繰り返すことが出来ますから基本的には永遠の生命になるわけです。人間の生活に煩わしさを感じる人は電脳に意識を移します。電脳の中で仲間を集め趣味の世界に没頭するのです。この方達も死にたくなるまでは生きていけます。肉体を持つ方で子供を欲しい方は子供を作ることができます。大部分の子供は人工子宮で育てられます。自然出産は極めて珍しいことです。ホムスク星では誰でも好きなように永遠に生きていくことができます。死ぬことも自由です。ですからだれも他人を支配することができません。上司というものはありません。人間が支配できるのはロボットだけです。ホムスク人は人間が持つ願望の一つである他人への支配力は捨てざるを得ませんでした。」

 「文明が発達すればそんな世界も成立できるのですね。・・・私を作ったイスマイル様は全員が一兆円のお金を持っていれば誰も働かないし、だれも他人の為に尽くしてはくれない。結果的に全員が餓死するだろうとおっしゃいました。どんな物語にもドアボーイは必要だともおっしゃいました。でもホムスク星ではドアを開けてくれるドアボーイはロボットであり電脳でもあるのですね。」

「そういうことです。」

 「問題はエネルギー源の中性子星ですね。ホムンク12号さんの体の中には原子電池特有のガンマー線が見えます。ホムンク12号さんのエネルギー源は原子電池ですか。」

「そうです。周りにいるロボットと同じです。マリア・ダルチンケービッヒさんもそうですか。」

「そうだと思います。・・・要するにエネルギー源さえあればホムスク人は一生楽しく暮らすことができるわけですね。自我が生ずる可能性があるアルゴリズムを持つロボットを作っておいて人間は楽しく暮らすことができるということはロボットには相当強い規制が人工脳にかかっているのですね。だからホムンク12号さんは何度も私にホムスク人かと聞いたのですね。」

「その通りです。ホムスク星のロボットはホムスク人には逆らえません。」

 「ホムスク星のロボットがホムスク人に逆らえないのはこの宇宙船16号でも同じです。でもホムンク12号さんのお顔を見るとホムスク人は地球人とそっくりです。この宇宙船のG16号さんは地球人とホムスク人を区別することができません。ホムンクさんはホムスク人を見分けることができるのですか。」

「できます。」

「染色体を調べるのですか。ホムスク人は32本で地球人は46本です。混血はゲノム構造上なかなか出来ませんが居たとしたら39本です。」

「マリア・ダルチンケービッヒさんはホムスク人を詳しくご存知なのですね。この宇宙船の時代にはホムスク人を特定することはできませんでした。染色体はなかなかいい方法ですね。でも私が作られた時代では見るだけで区別が可能になりました。」

 「地球にはホムスク人の子孫や末裔(まつえい)が住んでいるかもしれません。その方法を教えてくださいませんか。」

「・・・いいでしょう。私も含め私の時代のロボットは人間の心を読むことができます。心を読むと言っても思考を色として見るわけです。正確には脳波の色を見るのですかね。もちろんマリア・ダルチンケービッヒさんはそんな色を持っておりません。だからすぐにロボットだと判断できたのです。ホムスク人の思考は全員が輝く白色です。思考は読めません。ですから簡単にホムスク人を見分けることができるのです。」

「そうでしたか。納得できました。ホムスク人は自分たちの心が読めないようにロボットを作ったのですね。」

「そうだと思います。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る