第72話 72、新型宇宙船現る
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マリアはルテチウム・ローレンシウム合金を使って実験を慎重に始めた。
最初に大きめの透明な真空容器を作り、10㎝10㎝20㎝直方体の小さな宇宙船を作った。
宇宙船には長さ20㎝のルテチウム・ローレンシウム合金の柱が角に着けられていた。
宇宙船の中は合金に電圧をかける部品とそれを制御するシーケンス機構と外を写すビデオカメラが内蔵されていた。
合金以外は東京大学の試作工場で作ってもらった。
マリアは小型宇宙船を真空箱の中に置いて実験した。
マリアは宇宙船を失いたくなかったので宇宙船に金属のワイヤーを繋げて実験したが、最初の実験でワイヤーは宇宙船の電場の位置で綺麗に切断されていた。
あの世とこの世は繋がりを持ちたくないようだった。
慎重に電圧を上げていくとやがてマリアの小型宇宙船は半透明になることができるようになり、直後の電場切断でこの世に戻って来た。
宇宙船からの画像は実験室を写していた。
マリアはそれ以上の実験をしなかった。
宇宙船の位置が少し動いていたからだった。
マリアは小型宇宙船からルテチウム・ローレンシウム合金の柱を取り外し、真空箱の中での実験に切り替えた。
「G16号さん、実験はうまくいったわ。ありがとう。」
マリアは宇宙船G16号の人工頭脳の少女に言った。
「それは良かったですね。マリアさん。」
「あの合金はとてつもない物だったわ。7次元位相界の深部にまで存在しているの。本体はこの世にあるのだけど別の位相界にも存在しているの。だから別の位相にあるものを通さなかった。あんな比重があるのはそのせいかもしれないわね。逆かな・・・それにすごいことが起こったのよ。」
「どんな事ですか。」
「私、おもちゃの宇宙船を作って4隅にあの金属棒を着けたの。おもちゃの宇宙船が周りの金属に電場をかけてやるとおもちゃの宇宙船は7次元位相界に行って半透明になったの。だからあの合金の棒をこの宇宙船の周りに着けて電圧をかけてやればこの宇宙船も7次元位相界に行くことができるわ。そうすればワープ航行で恒星や惑星に衝突することがなくなるはずよ。」
「それは便利なことですね。」
「そう。すごいことだった。でももったいないからその実験は止めたわ。半透明になってから宇宙船の電場を切ったら宇宙船は少し動いていたの。宇宙船は金属棒への加電を止めれば元の世界に戻ることは分かったけど、その間に元の世界は動いてしまうのね。」
「でも宇宙船としては元の世界が少しくらい動いても何ともないですね。宇宙空間ではそんなことは問題になりません。」
「そういえばそうね。・・・そんなことはないと思うけど。どこかの宇宙船がこの宇宙船を攻撃しようとしたらこの宇宙船は7次元位相界に逃げることができるわ。」
「どんな電場を張ればいいのですか。」
「今のところは時計回りに+ー+ーだけど、対角であれば交番電場でもいいかもしれない。今度実験してみるわ。」
「そんな電場をかけるのは容易です。あの金属は宇宙船の周囲を覆っておりますから。」
「それから超空間通信機を作ったわ。アンテナとアースをあの金属にすればいいの。この操縦室の「非常用高次連絡装置」の中身をG16号さんは知ってる。」
「知っております。」
「あの中のアンテナ部分は例の金属が使われてるのじゃあないの。」
「使われております。筐体の一部にも使われております。」
「やっぱりね。あの通信機のアンテナは7次元位相界まで伸びているの。だから7次元位相界を電波が飛ぶわけね。私の予想通り。7次元位相界の時間進行速度はおそらく深い位相ほど早くなっているのだわ。だから遠距離と時間ロスなしで通話できるのね。」
「非常用ですから遠くと会話できることは分かります。でも、どうしてそれができるのですか。」
「実験では高い位相界に上げた結晶は地球の重力の影響が少なくなってあっという間にどこかに行ってしまうの。だからずっと高い位相空間では重力はない。重力がなければ時間は早くなる。例えば10000倍早いとするでしょ。地球の1秒間でそこでは10000秒が過ぎるわけ。電波は10000秒光進むわね。10000秒光先に受信機のアンテナがあったら地球とその場所の通信では遅延時間は1秒間ということになるでしょ。きっとあの通信機はもっと高い位相を使っているのね。何万光年も離れた場所と通信するのだから。通信機はX線通信機でしょ。指向性がいいから。」
「理解できました。通信機の中身は高出力型のX線通信機です。マリアさんの話は分かりやすいですね。」
「へへっ。高校生相手に講演したからね。」
その時、件の(くだん)の非常用高次連絡装置からホムスク語が流れた。
「こちらホムンク12号。感あれば応答願いたい。こちらホムンク12号。感あれば応答願いたい。繰り返す。こちらホムンク12号。感あれば応答願いたい。」
「まあっ。超空間通信機が動いた。驚いた。何というタイミング。まるで物語ね。」
マリアが驚いて言った。
「マリアさん、どうしましょう。この機械が動くのは試運転を除けば初めてのことです。」
「だいぶ遠くからの通信みたいね。そうでなければあんな言い方はしない。・・・おそらく無視すれば通り過ぎるわね。応じればここに来る。応じなければ悔いが残るし、応じたら後悔するかもしれない。まあそれも縁(えにし)ね。16号さん、応答しましょう。アンテナを電波の来た方向に向けて。」
「了解。」
マリアは非常用高次連絡装置のマイクを取り、ホムスク語で言った。
「ホムンク12号。こちら宇宙船G16号のマリア・ダルチンケービッヒ。聞こえますか。」
「こちらホムンク12号。明瞭に聞こえます。宇宙船G16号のマリア・ダルチンケービッヒさん。ホムスク人ですか。」
「ホムンク12号。こちらマリア・ダルチンケービッヒ。応答を願うとのことでしたので応答しました。救援が必要ですか。」
「宇宙船G16号。救援は必要ありません。ホムスク人ですか。」
「ホムンク12号。救援が必要かと思い応答しました。隣近所に聞こえる大声での会話は好みません。」
「宇宙船G16号。了解しました。対面して話をすることに致します。以上。通信終わり。」
マリアはG16号に言った。
「驚いたわね。G16さんはホムンク12号さんって知ってる。」
「知りません。ホムンクなんて言葉も知りません。」
「そう。おそらく最新式の宇宙船なんでしょうね。ホムスク語を話し、ホムスク人かって聞いたからホムスク星から来たのは間違いない。でも何かおかしいわね。人と宇宙船が一つになったような言い方だった。いくらホムスク人だってホムンク12号なんて名前はつけないでしょ。」
「この船の搭乗員は固有の名前を持っていました。」
「とにかくこれで変化が起こることは確かね。G14号さんにもG15さんにも影響が出る。将村のホムスク人にもね。それに、地球人にもね。ホムンク12号さんからの呼びかけは他の宇宙船でも聞こえたはずね。確認しましょう。最初はG14号さんね。X線通信機の方向を宇宙船G14号に固定して。」
「了解。しました。」
「宇宙船G14号。こちら宇宙船G16号のマリア。応答しないで聞いてくださいね。応答する時はX線通信機ではなく通常無線でしてください。・・・ホムンク12号からの通信を聞いたと思います。相手の意図は不明です。相手の目的が分かるまで安全のため沈黙をお願いします。ホムンク12号との対応は私がします。よろしいですか。」
「了解。マリアさんにまかせます」と通常無線から返事があった。
マリアは直ちに宇宙船G15号の上空50㎞に飛び、連絡した。
「宇宙船G15号。こちらマリア。応答しないで聞いてください。返事をする時はX線通信機ではなく通常無線でお願いします。・・・ホムンク12号からの通信を聞いたと思います。相手の意図は不明です。相手の目的が分かるまで安全のため沈黙をお願いします。ホムンク12号との対応は私がします。G14号さんは同意してくれました。」
「了解。見守ります」との返事があった。
マリアは直ちに日本に戻り、電話が通じる高度まで降り、シークレットに電話をかけた。
「シークレット様、マリアです。緊急事態が発生しました。」
「何があったの、マリア。」
「つい先ほど、超空間通信機から正体不明の宇宙船からの呼びかけがなされました。相手はホムンク12号と名乗り、目的を明かしませんでした。私にホムスク人かと聞きました。地球に来るとのことです。他の宇宙船には相手の意図が分かるまで沈黙をお願いしました。」
「重大事件ね。イスマイル様に伝えるわ。それと警戒態勢を取らせる。」
「何かあったら連絡します。」
朝になるとマリアは相物性講座に電話して休みを取ることを伝えた後、月に近い宇宙空間に向かった。
月なら地球からの干渉もない。
1日後、ホムンク12号からX線通信が入った。
「こちらホムンク12号。宇宙船G16号のマリア・ダルチンケービッヒさん、応答願います。」
通信の発信元は宇宙空間からだった。
マリアは少し安心して通信に応じた。
「こちら宇宙船G16号のマリア・ダルチンケービッヒ。ホムンク12号。よく聞こえます。貴艦の方向は分かりました。会話をスムースにするため星系の名前を伝えます。恒星の名前は太陽。第3惑星の名前は地球。衛星の名前は月です。ホムスク星の宇宙地図にも同じ名前が使われております。もっとも、当該宇宙地図には第5惑星が『地球』とされ、その衛星が『月』となっておりますが、その後、太陽系には大変化があったと推察できます。現在は第3惑星が『地球』、その衛星は『月』と呼ばれております。」
「宇宙船G16号のマリア・ダルチンケービッヒさん。当方の宇宙地図も第5惑星が地球となっております。第5惑星は消えたようですね。」
「そう思います。ホムンク12号さん。姿を見せてくれませんか。地球では対面とは互いの姿が見える状態を言います。」
「ごもっともですな。マリア・ダルチンケービッヒさん。貴艦の前方に移動します。距離の単位は何ですか。」
「とても不思議なことなのですが、地球の度量衡とホムスク星の度量衡は同じです。長さはメートルです。それから言えることはホムスク人が地球に度量衡を教えたのか、地球人がホムスク星に教えたのかのどちらかです。ホムンク12号さんはどちらだと思いますか。」
「・・・難しい問題です。マリア・ダルチンケービッヒさん。あなたはどちらだと思いますか。」
「私は地球人がホムスク人に教えたのだと思います。地球では今から290年ほど前に長さを定義する『メートル原器』が作られました。メートル原器の長さは地球の赤道から北極までの距離の1000万分の1です。ですからメートルは地球生まれだと思います。地球とホムスク星の大きさは異なると仮定しておりますが。」
「290年前ですか。ホムスク星は1億年以上前からメートル単位を使用しております。メートル法の起源は不明です。と言うことは大昔に地球人がホムスク星に来てメートルの単位をもたらしたと言うことですか。時系列に不整合が生じませんか。」
「ホムンク12号さん。地球の科学レベルは惑星にようやく到達することができるレベルです。私が乗っているG16号宇宙船は地球とは比較できないほど高い科学レベルで作られた宇宙船です。想像ですがホムンク12号さんの宇宙船はこの宇宙船よりさらに優れた宇宙船だと思います。それほどの科学力があれば時系列に不整合が生じないことをご存知だと思います。もっとも単純な方法は過去に行くことですね。姿を見せてください。」
「現在、貴艦の前方1000mにおります。見えますか。」
マリアが宇宙船の前方を映(うつ)すディスプレイを見ると星空を背景に長いカプセル型の宇宙船が浮かんでいるのが見えた。
長さは1000mほどだった。
そして、その宇宙船は半透明で宇宙船背後の星が見えた。
「ホムンク12号。貴艦を確認しました。私がいるのと同じ7次元位相ではないですね。隣接7次元位相かな。そこからでもX線通信機が使えるのですね。知りませんでした。私は異なる位相空間では超空間通信機だけしか使えないのだと思っておりました。今度、試してみます。」
「マリア・ダルチンケービッヒさん。7次元位相界をご存知でしたか。宇宙船G16号が製造された当時はまだ7次元位相界は見つかっていなかったはずです。どうして知ったのですか。」
「私が自分で考えました。時空界を考えると7次元位相界は自然に出て来ます。」
「驚きましたね。マリア・ダルチンケービッヒさんは科学者ですか。」
「私は大学の研究室にいる研究者です。ホムンク12号さんは何者ですか。」
「・・・私はホムスク星で作られたロボットです。」
「宇宙船G16号にはたくさんのロボットがおります。ホムンク12号さんの宇宙船にもロボットがいるのかどうかは分かりません。でも『ホムスク星のホムンク12号』という名前は何となく星を代表しているような気がします。全権大使みたいものですね。ホムンク12号さんはホムスク人を代表するようなホムスク星の高性能ロボットなのでしょうか。」
「そうです。私はホムスク人の代行者の地位にあります。」
「代行者と言うことは貴艦には人間は乗っていないのですね。」
「そうです。この宇宙船には私一人しかおりません。」
「かわいそうに。」
「マリア・ダルチンケービッヒさんは私をかわいそうだと思いますか。」
「はい。会話できない状況はかわいそうだと思います。ホムスク星は地球からずっと離れていると思います。そこからここに来るのはたとえ高い7次元位相界を使ったワープ航法を利用しても長い時間が必要です。仮にホムスク星が100億光年のかなたにあるとしたら、1日に1万光年進んでもここまで来るのには100万日です。2700年です。銀河系の大きさの10万光年を1日で進んだとしても270年です。会話のない単調な生活の数百年はかわいそうな状況だと思います。」
「マリア・ダルチンケービッヒさんとはお会いして話したいですね。製造時代からみてG16号には物質転送機はないですね。」
「ありません。」
「搭載艇で行ってもよろしいですか。」
「地球人にはジャンパーがおります。個人遷移能力者とでも言う人間です。私は個人遷移は7次元経由の遷移だと思っております。7次元を自在に駆使できるホムスク星はロボットにそのような機能を付加しなかったのですか。武器としても便利だと思います。」
「なるほど。考えておきましょう。でも7次元シールドはそのような遷移も阻止できます。残念ながら現在の私はそのような機能を持っておりません。」
「どうぞ搭載艇でいらっしてください。当宇宙船は7次元シールドを持っておりません。」
「了解。」
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