第71話 71、故郷の高校での講演
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異次元に通じるルテチウム・ローレンシウム合金と出会ったマリアであったが、一時の興奮が冷めるとそこはかとない不安と疑問を持つようになった。
丸木舟を海に出そうとしていた地球人が海岸で奇跡の石のオリハルコンを拾って喜んでいるように思えたのだった。
奇跡の石を拾った地球人は奇跡の石を自分で作ることができない。
現在の地球人はルテチウム・ローレンシウム合金を作ることができない。
マリアはそんな不安を聞いてもらうためイスマイルに会いに静岡市清水区の川本研究所に行った。
川本研究所は川本五郎様が通った高校近くの山麓にあり、アクアサンク海底国の大使館にもなっている。
「マリアか。どうした。」
イスマイル・イルマズはガラステラスに面する縁側でマリアに言った。
「はい、イスマイル様。心の悩みをイスマイル様に聞いてもらいたく参上しました。」
「話してみよ。」
「はい、イスマイル様。私は「正義の味方活動」をする一方、研究を続けて来ました。最近では遠心加速度に耐えたリチウム包摂カーボンナノチュープ結晶が特定の交番電場を加えることで半透明化し、物体を通過することを見出しました。」
「この世に隣接した7次元位相界に行ったのだったな。」
「はい、イスマイル様。私は半透明化した結晶の動きを阻止しようと色々な物質を試みておりました。そして宇宙船G16号の人工知能からもらったルテチウム・ローレンシウム合金が異次元にある単結晶の動きを阻止することを見出しました。この金属は半透明の結晶の動きを阻止するだけでなく、消えてしまった結晶の動きまで阻止することができました。そのことから、この金属は7次元位相界の深部にまで存在しているのだと考えました。」
「ふうむ。信じられないような金属だな。ランタノイド系と超ウラン元素のアクチノイド系か。確かローレンシウムの半減期は数秒だったな。よくもそんな合金ができたものだ。その合金は安定しているんだろ。」
「はい、イスマイル様。銀色の光沢で比重はおよそ500です。」
「それも凄い値だな。宇宙船ではいったい何に使っているのだ。」
「はい、イスマイル様。中性子塊の重力を遮断するために使われております。」
「なるほど。重力を遮断するのに7次元にも顔を出している金属を使うか。重力は7次元位相界経由で働いていると言うことだな。どおりでな。続けよ。」
「はい、イスマイル様。ルテチウム・ローレンシウム合金が7次元位相界にも存在していることからこの合金が7次元位相界のアンテナになると考えました。無線機のアンテナとアースにこの金属を繋ぐとシールド内空間とシールド外の空間での通信が可能になりました。」
「ふうむ。超空間通信機ができたわけだ。」
「はい、イスマイル様。ここまでは論文として出しました。この金属はさらに大きな作用を持っておりました。この金属棒で空間を作り、金属棒に静電場をかけると静電場で囲まれた空間の空気が無くなってしまいました。空気は別の7次元位相界で拡散したと思われます。」
「と言うことは7次元位相界は真空だな。空間として別次元に通じたわけか。・・・そんな空間にピンポン球を置いたらピンポン球は消えるか。消えないかな。あるんだから。しかも一方では地球重力に支配され、異次元では重力作用は少ないだろうし。・・・実験しなければ分からないな。」
「そうです。イスマイル様。実験しなければ分かりません。」
「うちの戦闘機の周囲をこの金属で囲めば戦闘機は異次元に行くことができるはずだな。だがそこには重力がないから動くことができないか。想像するのも難しいな。マリア、話を続けなさい。」
「はい、イスマイル様。1億年の継続した文明が生み出したルテチウム・ローレンシウム合金のおかげで多くの知見が得られました。でも私はこれでいいのだろうかと疑問を持ちました。ルテチウム・ローレンシウム合金なんて今の地球では作ることができません。そんな金属を使って研究を続けることがいいのだろうかという疑問です。」
「そうか。・・・だが、マリアは7次元時空界を知りたいんだろ。」
「はい、イスマイル様。」
「それなら研究を続ければいい。『知りたい』、『作りたい』は研究者の原動力だ。周囲を気にかける必要はない。異星人が作った金属を使ったとしても何も変わらない。その金属が今の地球で出来ないとしても問題はない。現物があるのだから必ずできることが保証されている。作れないのは単に今の地球人が無知なだけだ。自分たちに作れないものを使って実験するのは卑怯だという研究者がいるかもしれん。言ってみれば科学界の『魔女狩り』だな。そんな連中は僕が潰してやるよ。世の中に害悪をもたらす人間だ。」
「殺すのですか、イスマイル様。」
「居なくなるだけだ。」
マリアはイスマイルの考えを聞いて研究を続けることにし、研究所を後にした。
研究所からの道は山を下る一本道で小学校の近くのバス通りに出る。
心の余裕ができたマリアはイスマイル様のお父上の川本五郎様が通った高校を見ようと寄り道した。
時刻は放課後なのでちょうど良い。
その高校は「清水東高等学校」といって周囲を道路と民家に囲まれた普通の学校で、大きな体育館と高層の校舎と低層の建物と比較的広いグランドを持っていた。
この高校は川本五郎様が通(かよ)った高校だけではなく、川本五郎様のお父上様の川本三郎様も通っていた高校らしい。
当時は4階建ての天文台があり、川本三郎様は天文台のドームの下の暗室でなにやら研究をしていたらしい。
ビニールテープを剥がすと接着分離部で発光することに興味を持ったらしい。
マリアは自動車の片輪を歩道に乗り上げて駐車し、校門から中に入った。
自転車の駐輪場を通ってグランドに行った。
時代が変わっても高校のグランドは変わらないようだ。
グランド隅のネット前では野球部の生徒が練習していたし、対角ではサッカー部生徒が練習していたし、校舎に近いテニスコートではテニス部員が練習していた。
生垣の向こうには弓道場があったし、少し古くなった柔剣道場もあった。
マリアはいろいろな場所を散策していたのだが、教諭と思われる若い男性に見咎(みとが)められた。
妙齢の私服姿の女性が高校校内をうろつくのは好ましいことではない。
大学構内とは違う。
「もしもし、どちら様でしょう。当校に用事の無い方の入構は遠慮してもらっております。」
「そうでしたか。申し訳ありません。どんな高校なのかを見に来ました。スポーツの盛んな高校なのですね。」
「この高校は昔から『文武両道』を標榜しておりました。」
「そうでしたか。そんな高校だったから素晴らしい方が育ったのですね。」
「だれか卒業生でお知り合いが居られるのですか。」
「260年も前の方ですから知り合いではありません。私がここに居るのはその方がおられたからです。」
「・・・ルーツ探しですか。なんと言う方ですか。」
「川本三郎様です。川本三郎様はご自分の体細胞から5倍体人間の川本五郎様を作りました。川本五郎様の子供がイスマイル・イルマズ様でイスマイル様は私を作りました。」
「川本五郎は知ってます。この高校の出身者で偉大な方でした。そうでしたか。イスマイル・イルマズは川本五郎の子供だったのですか。だから川本五郎の川本研究所にいるのですね。」
「そうです。」
「『作られた』と言うことは貴女はロボットなのですか。」
「そうです。50年間、研究所の警備をしておりました。今は東大の相物性講座の助教をしております。」
「東京大学のアクアサンク海底国のロボットと言うことは貴女は火星に日帰りできるマリアさんでしょうか。」
「マリア・ダルチンケービッヒです。」
「こんなところでお目にかかれるとは思いませんでした。僕はマリアさんのファンです。北海道での人助けやヒグマと戦ったニュースを見た時からマリアさんのファンになりました。少し前には火星基地から病人を運んで来たのですよね。」
「はい。」
「感動です。マリアさんの論文も読んでみました。僕には難しすぎる論文でしたが、何かとんでもない研究だと言うことは分かりました。」
「ありがとうございます。」
「どうでしょう。ここで講演していただけませんでしょうか。生徒達を最先端の研究というものに触れさせたいと思います。」
「私の研究の話でよければ講演をお引き受けいたします。」
「ありがたい。早速、校長に掛け合います。許可が下りたら正式な講演依頼状を研究室に送ります。」
「分かりました。」
2週間後、マリアは清水東高等学校の講堂の演壇の前に立っていた。
講堂のステージの端には「7次元時空界の構造」と書かれた垂れ幕が掲げられていた。
演壇の上には皿の上に蝋燭(ろうそく)が立てられて火が灯(とも)っていた。
マリアは校長先生による簡単な紹介を受けた後に語り始めた。
「みなさん、こんにちは。マリア・ダルチンケービッヒです。マリアと呼んでくださいね。この高校は昔から生徒に『文武両道』を教えていると聞きました。それで7次元時空界の話を始める前に私の『武』をお見せしようと思います。居合抜きです。見ていてくださいね。」
そう言ってマリアは持って来た紙筒から脇差を取り出し、腰のベルトに後ろから挿し、演壇を離れてステージ側に移動した。
マリアは始まりを示すように少し構え、一気に演壇の上の蝋燭を切り取り、刀身に火の着いた蝋燭を載せた。
体を動かさず1秒待ってから刀身を素早く動かして火のついた蝋燭を元の蝋燭に戻して納刀した。
間をおかず、マリアは抜く手も見せずに蝋燭の燃えている灯芯を切り落とし納刀した。
生徒達はだれもマリアの刀の動きを見ることができなかった。
マリアは演壇に戻り、脇差を紙筒に戻してから言った。
「これが私の居合抜きです。蝋燭を元に戻すのはこれまでやったことがなかったのでちょっと練習しました。さて皆さん、7次元位相界って知っていますか。簡単に言えば幽霊のいる世界です。姿は見えるのにそれ触ることができません。この世の物体は通過してしまうんです。ではどうしたらその世界に行くことができるのでしょうか。私の実験ではその世界に行けたのは小さな単結晶だけでした。最近の実験では何でも送ることができるようになっていますが論文にしたものは単結晶だけです。単結晶とはカーボンナノチューブの中にリチウムを埋め込んだ結晶です。その結晶は私の体の中の重力遮断パネルにも入っています。それがあるので私は空中を飛ぶことができます。みなさんもそれを抱えていればこのように空中に浮かぶことができます。」
そう言ってマリアはマイクを持ったまま1mほど浮き上がった。
ついでに、シースルーケープを展開し、姿を消すというサービスもしてしまった。
講堂の生徒達はどよめいた。
マリアは姿を現して演壇に戻ると話を続けた。
「その結晶はどうして重力を消すことができるのでしょうか。3年生の生徒さんは化学でのルシャトリエの法則を知っていますね。物理ではレンツの法則も学んでいるはずです。どちらの法則も変化と反対の対応をするという法則です。重力遮断もそうなんです。重力に晒されたリチウムの最外殻電子は何とか重力加速度に対抗しようとします。重力に対する加速度を生み出さなければなりません。最外殻電子は自分の持っている遠心加速度で対抗しようとするのだと思います。ここで時間が入って来ます。核の周りを回っている電子は大きな遠心加速を持っていますからその時間進行速度は非常に遅くなっています。加速度下の時間遅延は知られていますね。最外殻電子は自分の時間速度を早めることで重力に対抗しようとします。必死になって対抗しようとすると電子の時間進行速度はどんどん早くなり、我々の時間進行速度と同じ程度になります。そうするとどうなるでしょうか。マイナスの電子はプラスの核に落ちてしまうのです。そうすると核変化が起きますね。そんな核変化を裏付けるような核変化が観測されました。」
マリアは一息ついた。
「そんな実験の経過で私は時間と空間の関係を構築しなければならないと思いました。これが私が考えている7次元時空界の構造です。」
マリアは7次元時空界のスライドを映した。
「私たちが居るのはここ。世の中には早い時間と遅い時間が重なり合っているのです。この線が過去と未来です。・・・」
マリアの講演は続いた。
「・・・それでは実際に幽霊の世界に入るのはどうしたらいいのでしょう。超遠心機に結晶を入れて打ち出します。遠心加速度に抵抗して力を出し切った結晶は元に戻ろうと周りから存在場面を取ってこようとするのですが、それを静電場で阻止して逆に交番電場でエネルギーを与えてやるのです。そうすると結晶は7次元位相界に入って幽霊のように半透明になります。半透明になった結晶は粘土パテも鉄でも鉛でも無傷で通り過ぎてしまいます。スライドを見てください。これは半透明の結晶が的を通り過ぎるのを高速度撮影したものです。もっと大きなエネルギーを加えるともっと高い7次元位相界に入ってこの世から消えてしまいます。ここまでが今年のお正月までの研究です。」
マリアは話を止めてしばらく黙っていたが話を続けた。
「それから先は失敗の連続でした。使ったどんな物も幽霊結晶を止めることができませんでした。気落ちした私に宇宙船の人工頭脳は一つの金属をくれました。それはルテチウム・ローレンシウム合金で今の地球では絶対に作れない合金です。その合金は宇宙船で使っている中性子塊の重力を遮断するのに使われていました。さっそく実験に使うとその金属は幽霊結晶をこの世界に戻したのです。それどころか消えた結晶もこの世に戻しました。その結晶は7次元位相界のずっと奥まで存在していたのです。それで私はその金属をアンテナにして通信機を作ってみました。その通信機は電波を通さない箱の中にあっても通信できました。7次元位相界を電波が飛ぶといういわゆる超空間通信機が出来たわけです。ここまでが私がこれまで発表した論文の内容です。」
マリアは間を取って話を続けた。
「どうですか。理解できましたか。最後に出て来た合金は7次元位相界を貫いて存在する金属です。その金属を利用すれば過去とか未来とか別の世界に行くこともできると思われます。でもそれをしてもいいのかどうかは別の問題です。闇雲(やみくも)に別世界を増やすことは大宇宙に重大な危機を招くからです。皆さんはまだ授業で教わっていないと思いますが、熱力学第2法則があるからです。どんな事も乱雑さは増大するという法則です。大宇宙のビッグバン以来、大宇宙は増大を続けています。いや、正確に言えば『続けていると思われます』ですね。そのおかげで乱雑さを減少させている我々の世界が存在できるのです。そんな世界がどんどん増えたら大宇宙は困りますね。大宇宙はどうするのでしょう。研究にはそんな問題も入ってくることがあるのです。ご静聴ありがとうございました。」
講堂は一瞬静まりかえったが、やがて大きな拍手で満たされた。
マリアはお辞儀をして蝋燭の載った皿と脇差の入った紙筒を持って演壇を降りようとした。
校長先生はそれを押しとどめて言った。
「マリア先生。どうもありがとうございます。生徒が質問をしてもよろしいでしょうか。」
「どうぞ。」
「マリア先生は質問を許してくれた。何か質問があるかな。」
何人かの生徒が手を挙げた。
「望月くん。・・・質問は手短にな。」
「僕は山の上の宇宙船を見ました。宇宙人ってどんな姿なのですか。」
「地球人と同じ姿です。15万年以上前から住んでおります。皆さんの中には宇宙人の子孫がいるかもしれませんね。」
「大山くん。」
「宇宙人はなぜそんなに優れているのですか。」
「優れてはおりません。普通の人です。ただ、その星は同じ言語で1億年以上も文明が続いております。だから蓄積された優れた科学知識があるのです。地球では言葉がいくつもあり文明はまだ7千年しか続いておりません。」
「戸田くん。」
「私でも幽霊の世界に行けるのですか。」
「行けます。でも今のところ帰る方法がありません。もう少し研究が進めば帰ることができると信じています。」
「もういいかな。・・・マリア先生。どうもありがとうございました。生徒たちも先生のお話に感動したと思います。」
「どういたしまして。皆さんも一生懸命勉強して私のいる相物性講座に来てくださいね。」
アリアの初めての講演は終わった。
マリアの講演は録画され、ネットに流され、北海道での武勇伝や火星旅行と共にまとめられた。
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