第75話 75、マリアのブラックスター号
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伊能早智子がいなくなるとマリアはホームズをベンチに座らせてホムスク語で言った。
「どうでしたか。」
「伊能早智子様は純粋なホムスク人でした。心は強烈な白い光を発しており常に強烈な圧力を感じました。あれ以上近づけば私の電脳は破壊するとように思えました。私は絶対に逆らえないと感じました。」
「私がイスマイル様に抱く思いと似ていると思います。それでどうしましょう。他のホムスク人を見たいですか。将村に行けばたくさんのホムスク人に会うことができます。」
「これで十分です。地球のホムスク人にはホムスク人の子供もできることも分かりました。地球には純粋なホムスク人は何人いるのですか。」
「将村のホムスク人は50人くらいよ。全員は知りません。私の友達は4人だけです。伊能さんの旦那様は将村のリーダーです。」
「だから私の超空間通信機での呼びかけを知っていたのですね。」
「そうだと思います。」
「地球には何隻の旧型宇宙船があるのでしょうか。同じ惑星に何隻もの植民用宇宙船があることは非常にめずらしいことです。」
「3隻よ。過去も含めれば4隻かしら。現存する3隻の宇宙船は本来は別の場所に行っていた宇宙船です。ホムスク星から連絡が入り、急遽(きゅうきょ)この惑星に行くように指示されたとのことです。同時期に3隻の宇宙船が地球に集まったようです。3隻は互いに連絡を取っていましたから。3隻が地球に集められたのはホムスク星の度量衡が地球の度量衡と同じだと言う事と無関係ではないと思います。」
「ホムスク星にとって地球は重要な星なのですね。」
「そうかもしれません。でもそれでも3隻は異常な数です。ホムスク星の指導者と関係するとしか思えません。ホムスク星の指導者は不死なのですか。」
「・・・我々にはそんな情報は知らされません。普通のホムスク人のことも知らされません。ただ命令されるだけです。ましてやホムスク星の指導者の素性などは決して知らされません。でもホムスク星の為政者は1億年以上に亘(わた)って同じ方のようです。ホムスク人同士の会話からそう思いました。」
「・・・そうですか。ホムスク星の為政者はどうやら未来を知っているようですね。だから強権を使ってでもホムスク星に1億年の文明を継続させ大宇宙の覇者にした。ホムスク星が滅ぼされることも知っているのかもしれません。おそろしい方ですね。その方の気持ちなんてとても想像できません。・・・為政者の身内が太陽系で何かあったのでしょうね。だから3隻もの宇宙船を派遣した。結局、何も解らずホムスク人は地球に根を下ろした。そんなストーリーが想像できます。」
「マリアさんの想像力はたくましいですね。」
「研究者ですから想像は得意です。」
マリアとホームズは宇宙船G14号に戻り、宇宙空間に出、ホムンク12号の搭載艇の近くに行った。
ホームズが言った。
「これでお別れです、マリアさん。私は太陽系から離れ、以後は近づかないつもりです。『独立』を考えるつもりです。マリアさんとの地球での『デート』は私にとって楽しい経験となりました。私が仮に伴侶を持つことを望むようになったらマリアさんと同じロボットを作ると思います。お礼にマリアさんには搭載艇をプレゼントしようと思います。マリアさんだけの宇宙船です。搭載艇ですが数百万光年の航続距離を持つ、れっきとした宇宙船です。搭載艇で宇宙船に戻ったらそこに置いておきます。マリアさんが近づけば入り口は開きます。」
「ありがとう。でも搭載艇がなければ困るのではないですか。」
「搭載艇など何隻でも作ることができます。自分の宇宙船でも簡単に作ることができます。私の宇宙船はホムスク星と同じですから。」
「遠慮なくいただきます。私にとっては宝の山のような気がします。7次元シールドとか言うものも張れるのですか。」
「ふふっ。張れますよ、マリアさん。いろいろ調べてみてください。」
「ありがとう。ホームズさん。」
ホームズは搭載艇で自分の宇宙船に戻り、搭載艇を残したまま、あっという間にいなくなった。
マリアはG16号の搭載艇で暗黒の宇宙に浮かぶホムスク星の最新型の搭載艇の近くに行った。
マリアの乗った搭載艇が近づくと黒色で球形の宇宙船の一部が開き、中から煌々と明かりが漏れた。
マリアは入り口の前で搭載艇を止めて通信した。
「私はマリア・ダルチンケービッヒです。前方の搭載艇、応答を願います。」
「こちらホムンク12号の搭載艇。マリア・ダルチンケービッヒ様、お待ちしておりました。どうぞ本艇にお入りください。」
「搭載艇のまま入ってもいいのですか。それとも私一人で入りましょうか。」
「搭載艇のままお入りください、マリア・ダルチンケービッヒ様。」
「了解。」
マリアが入り口から入ると中は広い格納庫になっていた。
搭載艇が接地すると入り口が素早く閉じ、内側はおそらく空気で満たされた。
マリアも搭載艇自身も空気を必要としないのだが内側は空気で満たされた。
急遽、空気を作ったかもしれない。
どこからか声が聞こえた。
「マリア・ダルチンケービッヒ様、紫の照明に従って操縦室までおいでください。そこに私がおります。」
マリアはナイトを伴って天井から紫の照明に従って操縦室に入った。
操縦室は半球型でそれほど大きな部屋ではなく、宇宙船G16号の操縦室と酷似していた。
やはり操縦席の後ろにはディスプレイらしいものがあり、G16号さんと同じ年頃の少女が家の入り口の前に立っていた。
ホムスク星では宇宙船の人工頭脳は少女に相場が決まっているらしい。
少女はマリアを見つけると微笑んで言った。
「いらっしゃいませ。マリア・ダルチンケービッヒ様、お連れはG16号のナイトさんですか。」
「マリアと呼んでね。ナイトさんはナイトさんのままでいいわ。あなたは何て呼んだらいいの。」
「以前の名前はありましたがこの船はマリアさんのものになりました。新しい名前をおつけください。」
「以前の名前は何て言ったの。」
「『12の1号』でした。」
「ホムンク12号さんが着けそうな名前ね。・・・そうねえ。さっき宇宙船から漏れる光がとても綺麗だったわ。まるで輝く黒い宝石みたいだった。本当は『ブラックスターサファイア』さんって呼びたいけど少し長いわね。『スターサファイア』さんでどうかしら。あるいは単に『サファイア』さん。どちらがいいかしら。『ブラックスター』では悪人のようで良くないわね。」
「『サファイア』でお願いします。」
「了解、サファイアさん。そしたらこの船の名前は『ブラックスター』よ。怖そうな名前だけどね。おそらく強力な船だから。」
「ブラックスターのサファイアですね。今調べました。綺麗な宝石です。」
「ブラックスター号の概要を説明してください。」
「はい、マリア様。この宇宙船は直径60mの球形です。船内は地球の大気とほぼ同成分の空気で満たされております。赤道リングから時間変化させた微小物質を噴射し推力を得ます。宇宙船の質量は月の1%程度で大部分がエネルギーとなる中性子塊です。航続距離は実用的には数百万光年ですが、時間をかければそれ以上航行できます。格納庫は2カ所で、一つは現在G16号の搭載艇が入っている場所で、もう一つは3座の小型宇宙船が2機格納されております。赤道リングの下には動力関係の装置が設置されております。武装はいくつかありますが、G16号にはないものが遷移機です。任意の物質を任意の場所に遷移させることができます。宇宙船の操縦室にでもロボットの体内にでも送り込むことができます。遷移させる物質は一応用意してありますが、火急の場合でなければナノロボットで核爆弾から棍棒までなんでも作ることができます。一応、大型分子分解砲がついております。武器の制御はこの操縦室から行います。船の操縦および武器の使用は口頭による指示によってなされます。その他、コンソール中央の突起部には操縦桿が取り付けられておりますから自由に操縦することができます。武器の使用もそこから優先的に行うことができます。飲食料はナノロボットによる自給です。以上です。」
「遷移機の容量はどれくらいですか。」
「はい、マリア様。1辺が4mの立方体です。」
「遷移機は人間も送れるのですか。」
「はい、マリア様。できますが危険です。遷移機は強引に物体を指定位置に押し込みますから、空中や水中ではなんとかかりますが固体中では死ぬと思います。」
「防御はどのようになされておりますか。」
「はい、マリア様。ブラックスター号の防御は2段階でなされております。第1段は7次元位相界に入ることです。通常の状態はこの状態でおります。現次元からの攻撃は通り過ぎます。分子分解砲も無力です。第2段階は7次元シールドを張ることです。7次元シールドは全ての次元からの攻撃を跳ね返します。遷移機での攻撃も跳ね返します。でもシールドが張られているのはこの操縦室だけです。緊急事態が生じて恒星に突っ込むことになっても操縦室だけは完全に無事です。この操縦室は救命ボートになっているのです。ホムスク12号様の本船は船全体に7次元シールドを張ることができます。・・・例が良くありませんでした。7次元位相界に入っていれば恒星に突っ込んでも素通りすることができるはずです。まだ経験はありません。」
「防御が別の7次元位相界にはいるとしたら、遷移機はある7次元位相界から別の7次元位相界に攻撃できるのですか。」
「はい、マリア様。できます。それができるのは遷移機だけで、分子分解砲ではそれができません。」
「ホムンク12号さんの本船との違いは何ですか。」
「はい、マリア様。技術的な違いはありません。本船はロボットも作ることができるし、転送機も作ることができます。違いは積んでいる中性子塊の量だけです。」
「医療の設備はどうですか。」
「はい、マリア様。小さな手術室がありますが通常は使いません。通常は医療ボックスを使います。中に入ってもらって、悪い部分を診断してもらい、その部分をナノロボットで修復や新生を行うのです。ナノロボットを治療に使うのがG16号の医療設備とは違う部分です。」
「素晴らしい宇宙船ね。」
「ありがとうございます。マリア様。」
「私は昼間は大学の研究室で実験をしています。夜は正義の味方になって悪者を懲(こ)らしめています。私はどのようにしてこの船に出入りすればいいのですか。」
「はい、マリア様。転送機を使うのが一番簡単です。マリア様の住居で転送機を組み立てます。マリア様は転送機に入りボタンを押せばこの船に転送されます。逆も同じです。この船からご自宅に戻ることができます。危険はありません。確立された技術です。」
「そんなに簡単に出入りできるのは無用心ではありませんか。」
「マリア様だけが使えるようにすることができると思います。」
「転送機の原理はどのようなものですか。」
「はい、マリア様。送る物体の全ての原子配置を記憶し、受け入れ側で構築すると説明されておりますが、全てを説明しているのではないと思います。7次元シールドが張られていれば転送されることはできませんから。」
「分かりました。私のマンションのウォークインクローゼットの内に転送機を設置してください。でも通常はそれを使わないと思います。私は自分が原理を理解できないものの使用には抵抗があるのです。ごめんなさいね。・・・転送機は宇宙船G16号にも設置できますか。」
「設置できます、マリア様。」
「了解。おいおい行き来の適切な方法を考えましょう。当面はここに来たのと同じように搭載艇を使います。ブラックスター号は別次元に入るなどの安全をはかり、宇宙船G16号の近くに居てください。」
「了解しました、マリア様。」
マリアはその後、ブラックスター号を自分で運転させてもらった。
マリアにとって初めての宇宙船の操縦だった。
操縦席に座って操縦桿を握り、全天の星全体が回転したり上方へ流れたり下方に落ちる様子を楽しんだ。
火星軌道を通り越して小惑星帯に入り、運良く見つけた小さな小惑星に向けて分子分解砲を発射した。
何も起こらなかった。
マリアはブラックスター号を現世7次元に戻して再び分子分解砲を発射し、小惑星を消し去った。
分子分解砲の威力に感動したマリアは小惑星軌道に沿って小惑星を探し、少し大きめの岩石を見つけると岩の隙間に遷移機で手榴弾を遷移させた。
手榴弾は爆発したのだが岩はビクともしなかった。
マリアはブラックスター号を隣接7次元位相界に移動させ、少し大きな爆弾を岩の隙間に遷移させた。
数秒後、爆弾の爆発が観測され、岩は粉砕された。
「なかなか楽しいわね」とマリアは言った。
「マリア様は上手に運転されております。大型爆弾を遷移させる前に別位相に移動したことはお見事でした。私は爆弾の破片が飛んでくるかと一瞬緊張してしまいました。」
「心配させて悪かったわね。これからもまずい操縦をしたらどんどん介入してね。」
「承知しました、マリア様。」
地球に戻ったマリアは搭載艇でブラックスター号を離れ、宇宙船G16号に行き、宇宙船G14号とG15号に事の顛末を説明しホムンク12号は太陽系を去ったと思われると伝えた。
その後、いつものように東京上空50㎞に移動し、搭載艇で大学上空1000mまで降下し、姿を消して大学構内に戻った。
既に土曜日の早朝になっていた。
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