第69話 69、火星への救急船
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宇宙船のエアロックに着いたマリアは3人の「宇宙飛行士」を展望室に案内した。
展望室は球形の部屋で下側4半分の位置に透明な床が張られておりテーブルと椅子とソファーが宇宙船の進行方向に向けて置かれている。
周囲はディスプレイで囲まれていて外の様子を見ることができる。
宇宙空間に出ると宇宙に浮かんでいる感じがする部屋だ。
マリアは3人に言った。
「これから火星に出発します。1時間ほどで到着する予定です。状況は周囲のディスプレイを見て判断してください。宇宙船の周囲の映像です。東京から出かけるときに飲み物を買って来ました。ご自由に飲んでください。余ったら火星基地に持って行って下さい。それからトイレはあると思いますが、15万年以上使われていません。できれば1時間ほど我慢して下さい。質問があると思いますがとりあえず出発します。いいですか。」
「OKです。」
宇宙飛行士の一人が答えた。
マリアはナイトにホムスク語で言った。
「ナイトさん。G16号さんに出発するように伝えて下さい。火星の基地の上空1000mが目的地です。」
「了解しました、マリアさん。伝えました。」
3秒後、下部のディスプレイにはビルディンがあっというまに小さくなり、地球全体が映し出され、すぐに消えた。
替わりに後部ディスプレイに地球が映り、急速に小さくなっていった。
横下に映っていた太陽も次第に下に移動し、地球が映っていた下部ディスプレイに一緒に映るようになった。
マリアは3人の宇宙飛行士に言った。
「私はこの部屋が好きなんです。安全な環境で宇宙に浮かんでいる感じがします。・・・自己紹介しましょう。私はレスキューボールのマリア・ダルチンケービッヒです。みなさんを火星にお連れします。よろしくね。・・・左の方(かた)から名前と役目を教えてください。」
「交代要員のダルビッシュ・アリです。よろしくお願いします。」
「救護員のサンジープです。よろしくお願いします。」
「救護員の大鷹飛雄馬です。よろしくお願いします。」
「こちらこそよろしく。何か質問がありますか。」
ダルビッシュ・アリが言った。
「あのー、映像では恐ろしい速度で動いていると分かるのですが、ここでの加速感はわずかです。どのようにして加速感を消しているのでしょうか。」
「確かにここは少し加速感がありますね。この先の操縦室では全く加速感はありません。そのことからどんな結論が導かれますか。」
「・・・分かりません。」
「距離によって加速感が違うのですよ。それもわずかな距離の違いなのに違いが出るのですよ。」
「質点近くの重力ですか。」
「正解です。この宇宙船の外壁には中性子塊が埋め込まれています。加速に従ってそれらの中性子塊は移動して加速を中和しているらしいのです。でもこの説明はおかしいですね。皆さんは外壁を通ってこの船に入りました。その時には外壁からの引力は感じなかったはずです。私の体の中にある重力遮断パネルは重力に打ち勝って浮遊します。でも重力そのものを消しているわけではありません。でも、この宇宙船は重力そのものを遮断しているのだと思います。素晴らしい技術ですね。そんな技術があるから中性子塊を取り扱えるのだと思います。ですから外壁にある中性子塊の重力を加速に応じて解放して加速感を中和しているのだと思います。」
「凄い技術ですね。」
「そうです。信じられない技術だらけです。進行方向のパネルを見てください。綺麗な紫の帯が見えますね。あれは時間速度を早めた水素原子からの発光です。宇宙船は打ち出された水素原子に引っ張られて進むのです。あれをもっと多量に打ち出すとワープ遷移が起こります。いえ、起こると思います。」
「この宇宙船はワープ航行ができるのですか。」
「できます。」
そんな話をしていると前方には火星がはっきり映り出され、見る見る間に大きくなっていった。
前面パネルに火星の全景が映ると紫の光の帯は後部から放出されるようになった。
「減速が始まりました。私は操縦室に行って基地と連絡しなければなりません。皆さんは下船の準備をしてください。ゴンドラで地表に降りて基地までは歩いて行きます。よろしいですか。」
「了解しました。」
マリアは操縦室に行って基地に通信した。
「火星の地球基地。火星の地球基地。こちらレスキューボールのマリア・ダルチンケービッヒ。応答願います。」
「マリア・ダルチンケービッヒさん。こちら火星基地のスティーブ・ブッシュ。お待ちしておりました。」
「火星基地。本船には3名が乗っております。交代要員のダルビッシュ・アリ、救護員のサンジープと大鷹飛雄馬です。ジム・ホーキンスさんを連れて帰ります。」
「連絡は入っております。どこに着陸しますか。」
「着陸はしません。基地前方の高度100mに浮遊します。人の移動はロボットが支えるゴンドラで行います。ゴンドラは基地のエアロックの前に降ろします。それでいいですか。」
「了解しました。お待ちしております。」
宇宙船は基地の上空に現れた。
基地の面々は窓から基地前に現れた130mの大きさの宇宙船の姿を見て感動した。
「あれが1時間で地球に行き来できる宇宙船か。そうかもしれんな。」
宇宙船の大きなエアロックが開き、そこから4体のロボットが支えるゴンドラが現れた。
仕切り板の向こうにオレンジ色の宇宙服を着た3人の宇宙飛行士の姿が見えた。
ゴンドラと一緒にエアロックを飛び出したマリアとナイトは火星基地のエアロックの前まで先導した。
火星基地のエアロックで宇宙飛行士達は宇宙服を脱ぎ、マリアとナイトと共に基地内に入った。
エアロックの向こうではスティーブ・ブッシュが待っており、皆を食堂に案内した。
食堂ではジム・ホーキングと3人の基地要員が待っていた。
恒例らしい握手の挨拶が終わるとマリアが言った。
「ジムさん、おかげんはいかがですか。」
「薬でなんとか痛みを抑えている状況です。」
「これから貴方を地球に連れて行きます。1時間かかります。大丈夫ですか。」
「大丈夫です。」
「しばらく我慢していてくださいね。緊急の事態が生じましたら宇宙船の医療室で治療をしてさしあげます。あの宇宙船の持ち主だった異星人の人体構造は地球人とほとんど同じです。ガンを含めてあらゆる病気を治療することができるそうです。どんな伝染病も直すことができるそうです。まあ故郷を離れて大宇宙を航行するのだから当然かもしれません。ですから安心して宇宙船に乗ってください。」
「なんか、緊急事態になった方がいいみたいですね。」
「そうかもしれません。とにかくすぐさま出発します。我々はあと2時間でニューヨークの宇宙開発世界機構の本部の上空に帰らなければなりません。」
「了解しました。直ちに出発しましょう。」
「それから基地に残るみなさん、お土産に東京の大学近くで買ったソフトドリンクを置いておきます。ここの気圧が低いので張ちきれそうなペットボトルですが地球を味わってください。」
ジム・ホーキングと二人の介護人はエアロックで宇宙服を着、ゴンドラに乗って宇宙船のエアロックに運ばれた。
マリアは基地に残る人たちに空を飛びながら手を振って挨拶してからエアロックに入った。
「マリアさんか。我々にとっての女神様だな。」
一人が言った。
「同感だ。しかも当然だが相変わらず美人だ。・・・おいだれか写真を撮っておいたか。」
「ばっちりだ。今度は横顔も撮った。」
「でかした。」
宇宙船は1時間少しでニューヨークの空に戻った。
来た時とは違ってビルの周辺には多くの取材の航空機が群がっていた。
宇宙船のエアロックが開き、マリアとナイトがエアロックから飛び出し、関係者たちが待っている宇宙開発世界機構本部のビルの屋上に降りた。
マリアはユーリ・ガガーリンに言った。
「ジム・ホーキングさんを連れ帰りました。ここに降ろしてもよろしいですか。それとも適当な病院にお連れしましょうか。火星の重力の3倍の地球に戻ったのですから。」
「ここでいいと思います。火星基地での日課のかなりの部分は筋肉の衰えを防ぐためのトレーニングでしたから。それに運ぶための担架も用意してあります。横になっていれば大丈夫でしょう。」
「了解しました。予備の担架がありますか。今の宇宙船内は火星の重力に合わせております。火星からここまでの間、宇宙船内の加速度は火星の重力に保っておきました。エアロックを出ると地球の重力に晒(さら)されます。宇宙船内で担架に乗せればより安全に運ぶことができると思います。」
「地球にいても火星の重力にすることができるのですか。驚きました。用意させてある担架を使ってください。そうすればそのまま運ぶことができると思います。」
「了解しました。そうします。」
マリアは担架を受け取り、脇に抱えてナイトと共にエアロックに戻った。
しばらくして4隅をロボットで支えられたゴンドラが出て来た。
ゴンドラには担架に乗ったジム・ホーキングと担架を持ったサンジープと大鷹飛雄馬とが乗っていた。
ゴンドラが屋上に着くと屋上で待っていた係員が直ちに担架を持ち上げ、医務室に運ぼうとした。
ジム・ホーキンスはそれを留め、隣に立っていたマリアに言った。
「マリアさん、どうもありがとうございます。おかげで地球に帰ってくることができました。」
「どういたしまして、ジムさん。これは仕事です。礼を言う必要はありません。感謝すべき相手はジムさんを地球に戻すことを決断した宇宙開発世界機構です。よかったですね。」
「そうでしょうが、僕はどうしてもマリアさんにお礼を言いたかった。」
「ありがとう。早く治癒してくださいね。」
ジム・ホーキングは運ばれて行った。
マリアはガガーリンに言った。
「これでご依頼の仕事は終わりです。料金は決まりましたか。」
「はい。1000万ドルにしようと思います。」
「根拠をお聞かせください。」
「はい、ジム・ホーキングの体重は100㎏です。100ドル札1万枚の重さは10㎏です。1000万ドルの重さは100㎏になります。体重の重さ分をその国の最高紙幣で払うことにしました。」
「了解しました。現金で用意できますか。」
「数日の猶予があればできます。」
「分かりました。4日後の13時にこの屋上に持参してください。私か隣にいるナイトさんが受け取りに行きます。まあ密入国になりますが、今回の密入国もお咎めなしみたいですから何とかなるでしょう。だいたい、密入国というのは人間が密入国するわけで、ロボットが密入国してもそれを取り締まる法律はおそらくないと思います。取り締まってくれたらナイトさんは喜ぶと思います。法律の適用を受ける人間並になるわけですから。」
ガガーリンが言った。
「難しい問題です。火星に1時間で行けるロボットを1年かけて行くしかない人間が取り締まることができるものなのでしょうか。」
「以前はできなかったようですね。インカ帝国はスペインに滅ぼされましたし、アメリカインディアンの土地はイギリス人に侵略されました。」
「ダルチンケービッヒさんが優れた研究者だと言うことを聞いております。人間には考えが至らないような素晴らしい構想力をお持ちだそうです。しかもアクアサンク海底国で大量生産されているロボット兵士の一人だとも聞いております。人間は自分たちの土地に白人がライフル銃を持って侵入して来ているのを知ったインディアンのような気持ちになっていると思います。」
「普通の人はそうかもしれません。でも私は素晴らしい能力を持った人間を何人も知っております。人間の心を読むことができる人間を知っております。何十キロも瞬間移動できる人間を知っております。5m以上もジャンプできる人間を知っております。私を作ったイスマイル様は人間の6倍の寿命を持っております。日本の遺憾砲を作った川本五郎様は遠距離から人間の心臓を止めることができました。そんな人間が生まれたのは人間の母集団が大きいからだと思います。人間は何人もの天才を生み出す余地を持っているのです。」
「普通人間の僻(ひが)みでしたかね。」
「人間は大きな可能性を持っています。同様に、ロボットもまた色々な可能性を持っていると信じております。私はたまたま研究分野に興味を持ったロボットです。全てのロボットがそうなるわけではありません。アクアサンク海底国のロボットは同一の構造を持っております。人間も同一の構造と器官を持っております。どちらも大きな可能性を持っているのです。」
「分かりました。アメリカ大陸を侵略した白人には良い人間も悪い人間もおりました。」
「そういうことだと思います。それでは4日後に。」
そう言ってマリアは宇宙船のエアロックに飛翔し、宇宙船の中に消えた。
4日後、マリアは1000万ドルの現金をビルの屋上で受け取った。
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