第68話 68、レスキューボール
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東京に戻ったマリアは講座の面々にささやかなお土産をあげ、そのまま清水の川本研究所に自動車で行った。
マリアはいつものようにガラステラスでイスマイルと面会した。
「マリア、ウェールズには行けたか。」
「はい、イスマイル様。問題なくウェールズに入ることができました。3日目からMI5からの護衛が付きました。」
「初日からではなく3日目からか。理由はなんだ。」
「ウェールズに到着した日に誘拐されそうになりました。その時、私は調子に乗って自動車の車輪とヘッドライトを切り落としてしまいました。切られた自動車がニュースとなり、我が国の報復を恐れてMI5が動いたそうです。」
「そうか。イギリスも懲りたようだな。手に持っているものは土産か。」
「はい、イスマイル様。今回は香水入りの石鹸です。適当な物が見つかりませんでした。」
「ありがとう。使ってみよう。ホムスク星に関してはどうなっているのだ。」
「はい、イスマイル様。猪苗代湖の宇宙船G14号は将村のホムスク人に支配されております。今年の4月に村のリーダーは私の同僚と結婚しました。リーダーは『子宝草』の通信販売を開始しました。『子宝草』とは宇宙船で水耕栽培されていた草です。異星に行って子孫を残すための草だと思います。ホムスク人同士、あるいはホムスク人と現地人の間に子供を作ることができるようです。地球人同士でも効果がありそうです。多倍体人間同士でも、あるいは多倍体人間と正常人間の間に子供を作ることができるかもしれません。超空間通信機による救援要請はしていないと推察しています。」
「そうか。興味深いな。」
「チチカカ湖の湖底にいる宇宙船G15号はX線通信機からの連絡を待っています。今回の会議でオーラのない男性の研究者と知り合いになりました。ルーツをチチカカ湖付近に持つスタンフォード大学のビクトル・ガルシアと言います。ホムスク人の染色体数は32本ですから地球人との間の遺伝子交換はなされません。ですからホムスク人男性の16本の染色体は地球人との間に子供ができても元のままに保たれると思います。」
「ふーむ。僕の祖父が主張した『ゲノムDNAフラクタル構造仮説』だな。」
「そうです。『子宝草』が通信販売され始めましたから、地球には色々なカリオタイプを持った人間が増加してくると推察できます。」
「そうだな。僕にも子供ができるかもしれない。」
「宇宙船G16号はこの研究所の上空に浮遊しております。」
「あの宇宙船は何とかしなければならないな。・・・あれはマリアに従うのか」
「はい、宇宙船人工知能のG16さんはそう言いました。」
「それならお前はアクアサンク海底国に会社を作りなさい。名前はそうだな、『宇宙緊急救助社』みたいものだ。アクアサンクの戦闘機は宇宙にも行けるがせいぜい人工衛星軌道周辺までだ。月や火星には行けない。行けるだろうが太陽の重力頼みでは時間がかかりすぎる。火星基地に緊急事態が生じたら、どこの国もすぐには対処できない。あの宇宙船は火星まで数時間で往復できる。」
「ありがとうございます、イスマイル様。そういたします。どうしようかと思案していたところでした。」
「僕はトルコに多くの会社を持っているが、全てトルコの会社だ。トルコとしては税金をたくさん取ることができる。僕としても故郷への恩返しの意味もある。マリアの探偵会社は日本の許可を受けた会社だから、宇宙緊急救助社はアクアサンク海底国初めての会社になる。宇宙船の人工頭脳にとっても何かの役に立てば宇宙船の存在意味が出てくる。」
「ありがとうございます、イスマイル様。これからG16号さんと話をしてきます。」
「分かった。それからあの宇宙船は東京の真上に置いておいた方がいい。兵力の分散だ。上空50㎞ならだれも手が出ないだろう。」
「了解しました。」
マリアはガラステラスを出るとG16号に電話した。
「G16号です。マリアさんですか。」
「こんにちわ、マリアよ。今、G16号さんの真下にいるの。そちらに行ってもいいかしら。」
「もちろんです。搭載艇を出しましょうか。」
「必要ないわ。エアロックまで飛んでいくから。」
「了解しました。」
マリアは1000m上昇し、宇宙船のエアロックから入った。
エアロックの内扉を開けるとロボットが立っていた。
マリアはロボットにたずねた。
「ナイトさんなの。みんな同じだから分からないわ。」
「ナイトです、マリアさん。」
「そう。ナイトさんにこれをプレゼントするわ。」
そう言ってマリアは首にかけていた赤いスカーフを外し、ナイトの首に掛けてやった。
「これでナイトさんだって分かるわ。女性用のスカーフだけど我慢してね。」
「ありがとうございます、マリアさん。」
ナイトは首に巻かれたスカーフに触りながら言った。
操縦室にいくとマリアはディスプレイの中の少女姿の人工頭脳G16号に言った。
「こんにちわ、G16号さん。今日はイギリスで開かれた学術会議の報告をしにイスマイル様に会いに来たの。G16号さんは現在の地球の状況がだいたい掴(つか)めた。」
「はい、概要は理解したつもりです。私が言うのも変ですが少し退屈に感じております。」
「よかった。・・・両方への意味でね。・・・退屈に感じるということはG16号さんに自我が生じ始めている証拠よ。」
「そう言えばそうですね。ホムスク星からこの惑星に来るまでは単調でしたが退屈には感じませんでした。」
「少し前にイスマイル様は私に『宇宙緊急救助社』って名前の会社を創るようにおっしゃられたわ。仕事はこの宇宙船を使って宇宙空間で緊急事態が生じたらそれを助ける仕事よ。協力してくれる。」
「もちろんです。マリアさんに従います。」
「ありがとう。これでこの宇宙船も地球の人間に受け入れられるはずね。れっきとした職業なんだから。」
「私もそう思います。」
「イスマイル様はこの宇宙船をここから移動させよっておっしゃられた。目標の分散なんですって。それでG16号さんの居場所としては東京の50㎞上空にいるか人工衛星軌道で地球を回っているのかがいいと思うの。どちらが便利。」
「東京上空がいいと思います。でも50㎞上空では電話が通じないと思います。」
「そうか。それがあったわね。」
「搭載艇をおそばに置いておきましょうか。そうすれば連絡はいつでもできます。インターネットも接続できます。」
「そうね。そうして。東京大学の上にいれば大丈夫よ。・・・おそらくだけど。」
「何かあれば移動します。」
「了解。」
マリアは東京に帰るとさっそく小さな看板を「マリア探偵事務連絡所」の看板の下に貼り付けた。
会社名は「レスキューボール」だった。
どんな会社か分からない名前の方が目立たなくていい。
「マリア探偵事務連絡所」の看板は名刺をハサミで切ってセロテープで貼り付けた1㎝6㎝の看板だったが「レスキューボール」の看板は拡大プリントした10㎝30㎝の紙の看板で周囲をセロテープで貼ったものだった。
レスキューボールに仕事が入ったのはそれから2ヶ月後だった。
ドアの上に設置されている防犯カメラによれば、中年と青年の二人の男性がレスキューボールのドアの横のインターホンを押した。
「鍵を解きました。入って中でお待ちください」とのインターホンの声で二人は中に入った。
もちろん中には誰もいなかった。
二人が中に入ってしばらくすると部屋の真ん中にあるテーブルの上の電話が鳴った。
青年が電話を取り、慎重に「もしもし」と言うと電話が答えた。
「いらっしゃいませ。ダルチンケービッヒです。どちらの会社にご用でしょうか。」
「レスキューボールに尋ねて来ました。」
「緊急なご用ですか。」
「はい、急いでおります。」
「分かりました。これからそちらに参ります。15分くらいお待ちください。」
「お待ちします。」
マリアが15分後にドアを開けて入ると二人の男性は椅子から立ち上がった。
マリアは実験着として使っているの白色のスラックス姿だった。
「お待たせしました。マリア・ダルチンケービッヒです。どのようなご用でしょうか。」
「アクアサンク海底国のシークレット・イルマズ様からこの会社のことを聞き、参りました。我々は『宇宙開発世界機構』の私、ユーリ・ガガーリンとアラン・シェパードです。」
「英語で話しても結構です。」
「ありがとうございます。ダルチンケービッヒさんが行かれたことがある火星の基地で病人が出ました。通常は基地内の病人は基地内で対応しなければなりません。火星に行くには1年近くかかるからです。でもダルチンケービッヒさんの宇宙船は1時間で火星に行くことができます。それで急遽、火星基地に交代要員を派遣し、病人を地球に連れて帰ることが提案され、お願いしに参りました。」
「どなたが病気になられたのですか。」
「ジム・ホーキンスです。」
「スティーブさんと一緒に私を迎えに来た方ですね。いいでしょう。お引き受けします。交代要員を運び、ジムさんを連れ戻します。いつにしますか。こちらは今からでも1時間以内に火星に行くことができます。」
「あのー、救助料金はいかほどでしょうか。」
「料金はまだ決めてありません。あなた方は初めてのお客様です。そちらでこの救助の価値を見積もってください。」
「救助の価値ですか。・・・仮に我々のロケットが1時間で火星に行けるとしても、その金額は莫大なものになります。『宇宙開発世界機構』としては極力出費を抑えようと考えております。」
「よく分かります。ジムさんにお仕事を聞くと地質調査と気候調査が名目上の仕事だが実際は火星で生きて行けるかどうかの実験用モルモットだとおっしゃいました。ジムさんは火星で死ぬことを覚悟していたのですね。モルモットなら当然です。それで救助の価値という言葉を使いました。どうぞジムモルモットの価値を見積もってください。」
「分かりました。救助をお願いします。料金は後払いでよろしいですか。」
「通常、救助料金は後払いです。いつ出発しますか。交代要員は現在どこにおりますか。それと交代要員以外の介助の人が必要です。準備されていますか。医療機器の搬入が必要ですか。」
「すみません。まだどれもまだ準備されておりません。ここでの交渉しだいだと考えておりました。二日以内で準備できると思います。交代要員は現在宇宙開発世界機構の本部があるアメリカにおります。」
「宇宙開発世界機構の本部はニューヨークですね。」
「そうです。」
「今はちょうど正午です。ニューヨークは23時ですね。そしたら今から58時間後にニューヨークの宇宙開発世界機構の本部の上空100mに宇宙船を向かわせます。ニューヨークは朝の9時です。そこで人間3名と医療機器の搬入を行います。搬入場所はビルの屋上が便利です。それでよろしいですか。」
「58時間あれば大丈夫です。」
「ジムさんはどこがお悪いのですか。」
「腹部のガンだと聞いております。」
「かわいそうに。でも1時間の移送には問題はなさそうですね。」
「そう思います。」
マリアは57時間後の夜の9時に宇宙船でニューヨークに向かった。
理学部を出てから姿を消し、東京大学の上空1000mに浮遊している円盤型搭載艇まで浮遊し、搭載艇で地上50㎞に浮遊している宇宙船に入った。
搭載艇には赤いネッカチーフを首に巻いたナイトが待っていた。
宇宙船がニューヨークに着くとマリアは約束通り宇宙船を宇宙開発世界機構の本部のあるビルの上空100mに浮遊させ、自身はナイトと共にエアロックからビルの屋上に降り立った。
そのビルの屋上には十数人が待っていた。
目立ったのはヘルメットを持って宇宙服を着た3人だった。
ユーリ・ガガーリンとアラン・シェパードもいた。
年配のユーリ・ガガーリンがマリアに言った。
「よくきていただきました。準備は整っております。どのように宇宙船に乗ればいいのですか。」
「おはようございます、ガガーリンさん。病人を運ぶためのゴンドラを用意しました。それを使って宇宙船に乗ればいいと思います。・・・ナイトさん、ゴンドラを降ろして。」
途中からはホムスク語だった。
「了解しました。マリアさん。」
ナイトが片手を上げると宇宙船のエアロックから4体のロボットに四隅を支(ささ)えられたゴンドラが降りて来て屋上に置かれた。
ゴンドラは3m6mの矩形で周囲は1.3mの高さの鉄板で囲まれていた。
工事用の厚さ2㎝の敷き鉄板を利用したことはすぐに分かった。
「これは私の手作りのゴンドラです。時間がなかったので塗装はされていませんが丈夫です。どうぞこれに乗ってください。エアロックまで運びます。医療機器はありますか。」
「ありません。1時間程度の旅行なら必要ありません。」
「了解しました。宇宙飛行士の方とは宇宙船の中で自己紹介します。どうぞ乗ってください。」
宇宙服を着た3人はゴンドラの入り口から入り、4体のロボットはゴンドラを宇宙船のエアロックに運んだ。
マリアはガガーリンに4時間後にこの場所で待つように言い、ナイトと共にエアロックに向けて飛んで行った。
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