第67話 67、カーディフのレストランで
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二人がベンチに戻るとマリアが言った。
「最後のサーブはずるいわ。あれでは絶対に打ち返せない。」
「だから秘技中の秘技なのさ。なかなか成功させるのが難しいんだ。失敗したら惨めだろ。一発で決められてしまう。今日は向かい風だったから成功した。それにしてもマリアさんは凄いね。僕のフラットサーブを難なく打ち返せる。」
「素直な球ならもっと早くても大丈夫よ。スローモーションのように見えるから。」
「それにすごく早い。」
「へへっ。私の秘技中の秘技なの。ポールさんのサーブの球と競争しても勝てると思うわ。」
「僕のサーブは240㎞だよ。でもそうかもしれない。まるでワープ遷移しているみたいだったから。」
「でも、ポールさんは実力を隠しているわね。余裕で楽しんでいた。上坂さんと同じ。・・・ポールさんはジャンプして6m以上飛び上がれるのじゃあないの。」
「分かったかい。僕の運動神経はいいんだ。」
「やはりそうなの。そしたら人間の髪の毛の先の色が見える。私にはそれが無いことが分かる。」
「えーっ。マリアさんはそんなことを知ってるのかい。」
「お友達にそんな人がいるの。ポールさんはなぜそれが見えるのかを知っているの。」
「いいや、知らない。マリアさんは知っているのかい。」
「知っていると思うわ。」
「教えてくれないか。」
「今度会った時に教えてあげる。今はだめ。」
「了解。」
マリアとポールはテニスの試合を続けなかった。
互いの実力が分かったし、共に一勝一敗でちょうど良かった。
ポールにしてもこれ以上マリアと試合をしても勝てるとは思えなかった。
背が低いマリアはジャンプしないでサーブをしている。
マリアがジャンプサーブをするようになったら今よりもっと早いサーブが確実に入るようになる。
ポールはそれを打ち返せないことは分かっていた。
ポールはマリアに礼を言ってコートを出て行った。
少し急げば深夜のアメリカ行きの飛行機に乗ることができるのだった。
ポールが居なくなるとマリアは夕方までジェームズとラリーテニスを楽しんだ。
テニスを終えてホテルに帰る時ジェームズが言った。
「マリアさん、マリアさんはもう完全にテニスができるようになりました。驚くべき上達スピードでした。アクアサンク海底国のロボットって皆んなそうなんですか。」
「全員が同じ人工知能と運動性能を持っています。あとは人間と同じで、どのような経験を積むかにかかっていると思います。」
「なにか人間であることが惨めになります。」
「それは視点に拠(よ)ると思います。確かにロボットの運動性能は人間より優れています。でも私は食べ物の味を知りません。子供を作って子孫も残せません。子育ての楽しみも知りません。どちらが幸せかは分かりません。」
「そう言われてみればそうかもしれませんね。」
マリアはジェームズに夕食をご馳走することにした。
テニスを教えてくれたお礼だ。
マリアは夜のお出かけ用にホテルで少し派手なウェールズ衣装らしきものを買った。
金色のダブルボタンが着いた膝丈の光沢白色のワンピースで、真赤(まっか)なマント(クローク、オーバーコート、外套)が付いていた。
帽子はウェールズの女性が冠る背の高い黒のシルクハットで、黒のストッキングと黒のエナメルハイヒールという姿だった。
買った服には金色のベルトがついていたがマリアはいつもの黒のベルトを着けた。
東京ではとても着れないド派手な衣装だったが、自分のお土産用にはちょうどいい。
ジェームズはマリアの姿を見て驚いた。
「マリアさん、素敵な衣装ですね。」
ジェームズ・ディーンは紳士だった。
「ふふっ、ホテルの売店で売っていたの。観光客用の衣装よ。ウェールズの若い女性の衣装なんですって。普通では恥ずかしくて着れない衣装よね。」
「マリアさんは何を着ても似合いますよ。」
「ありがとう。カーディフに行きましょう。」
マリアとジェームズはジェームズの自動車でカーディフに向かった。
マリアは幹線に入らずホテルに来た時と同じ道を通るようにジェームズに頼んだ。
すぐに誘拐犯たちの路肩に置かれていた自動車が見えたのでマリアはその前で止まるようにジェームズに言った。
マリアは辺りに人影がないことを確かめてからジェームズに言った。
「あれが新聞に出ていた誘拐犯達の自動車ね。ジェームズさんは今朝、分子分解銃かって聞いたわね。教えてあげる。一緒に来て。」
そう言ってマリアは帽子を取って助手席から降りた。
ジェームズも車から降りてヘッドライトを背にした。
「これから自動車を切るから見ていてね。」
マリアはそう言ってから空中にジャンプし、姿を隠して浮遊した。
「今は姿を隠してジェームズさんの頭の上2mに浮かんでいるの。これからあの車のテールランプを切るから見ていてね。」
ジェームズは上を見て「全然見えない」と言った。
マリアはヘッドライトの光の中で姿を現し、腰から黒いベルトを素早く外してベルト剣にし、ベルト剣を2振りし、2個のテールランプをバンパーとボンネットとフェンダーもろとも切り落とし、ベルト剣をベルトに戻して腰に巻いた。
そしてヘッドライトに照らされながらずらしていた赤いマントを元に戻しながら言った。
「早くここを去りましょう。目につくと面倒だわ。」
そう言ってマリアはさっさと助手席に座った。
自動車が走り出すとマリアが言った。
「分かったでしょ。ヘッドランプを切り取ったのは分子分解銃ではなかったの。私がいつも巻いているこのベルトだったの。」
「驚きました。マリアさんは姿を消せるんですね。それにそのベルトの威力も凄い。鉄も簡単に切れるんですね。」
「どれも日本のニンジャの必需品よ。でもイギリスの007さんにはきっと負けるわね。」
「ニンジャの刀も使えるのですか。」
「居合抜きができるわ。」
「何でしょう。その『イアイヌキ』とは。」
「体幹を動かさないで腕だけで切る方法よ。誘拐犯の鼻を切ったのはその方法。」
「マリアさんはサーブの球よりも早く動けるそうだから腕だけならもっと早いでしょうね。当然、見えないんですよね。」
「おそらくね。」
マリア達はカーディフで有名なレストランに入った。
マリアはジェームズに勝手に好きなものを注文するように言い、マリアは注文しなかった。
マリアの黒の山高帽をかぶった真赤なマント姿はレストランでは目立った。
しばらくするとマリアの横に男性が来てマリアに挨拶した。
「ダルチン・ケービッヒさんでしょうか。ビクトル・ガルシアです。昨日の会議でお会いしました。」
「こんばんわ。ガルシアさん。X線通信機のことをお話しした方でしたね。」
「超空間通信機のことも話しました。」
「そうでした。お一人ですか。もしよろしければご一緒しませんか。」
「ありがとうございます。是非ともそうさせてください。」
「こちらの方はイギリスのMI5の007さんのジェームズ・ディーンさん。ディーンさん、こちらの方は・・・どちらの所属でしたか。」
「アメリカのスタンフォード大学のビクトル・ガルシアです。よろしく。」
「ジェームズ・ディーンです。よろしく。でも007ではありません。」
ガルシアはそれを無視してマリアに言った。
「マリアさんの宇宙船の話を聞いて感動しました。あんな凄い宇宙船はどんな兵器を持っているのですか。」
「宇宙船の兵器庫には色々な兵器が保存されておりました。核兵器やミサイルから弓矢や棍棒までありました。発展していない惑星の野蛮人用の武器なのだと思います。宇宙船の武器は直接には見ておりませんが分子分解砲です。設置場所から推測するとアクアサンク海底国の分子分解砲よりもずっと大きなものだと思います。あれなら惑星に穴をあけることができると思いました。」
その時、マリアの横にポール・ニューマンが近づいて来てマリアに言った。
「マリアさん、こんばんわ。今夜帰るのは止めました。マリアさんがレストランに入ってくるのを見ましたが、遠慮していました。話に加わってもいいですか。」
「どうぞ。みんなで話しましょう。」
ポールは隣のテーブルから椅子を移動させ、マリアの横に座って言った。
「何の話をしていたのですか。」
「宇宙船の武器が分子分解砲だと話していたの。」
「ワープできる宇宙船にしては新しみがないですね。それだけイスマイル・イルマズが優秀だってことだ。」
「宇宙船の人工頭脳のG16号さんも地球に分子分解砲と重力遮断パネルがあることには驚いていたわ。この程度の惑星にしては進み過ぎているみたい。」
「なぜイスマイル・イルマズはそんなに優秀なんだろう。マリアさんも作ったんだろ。」
「んーっ。・・・ポールさんと同じだから。」
「えーっ。僕と同じだって。どういうことだい。」
「日本の落語にあるわ。イスマイル様とかけてポールさんと解く。心はどちらも異端の子。」
「マリアさんの英語が分からないよ。」
「『イスマイル様とポールさんの共通点は何か。その答えはどちらも普通の人間ではない』という意味よ。イスマイル様は4倍体人間なの。5倍体人間の川本五郎様と正常2倍体人間のエミン・イルマズ様の子供。ポールさんのカリオタイプはおそらく3倍体以上よ。だからオーラが見えるの。」
「そうだったのか。」
「イスマイル様は私と同じくらい早く動けてオーラが見えるの。ポールさんと同じでしょ。」
「大学に戻ったらさっそくカリオタイプを調べてみるよ。」
「くれぐれも秘密裏にね。正常な人間は異常な人間を排斥するから。」
「そうだろうな。」
「ビクトル・ガルシアさん。・・・ガルシアさんもカリオタイプを調べた方がいいですね。絶対にだれかが分からないようにです。おそらく解析不能という答えが出るはずです。正常な地球人の染色体数は46本ですが、ガルシアさんの染色体数は39本になっていると思います。信じられないことですがガルシアさんには異星人の血が流れております。」
「僕が異星人だって言うんですか。」
「いいえ、純粋な異星人の染色体数は32本です。ガルシアさんは半分が異星人の遺伝子です。何万年も地球人と交わって来ても遺伝子が混ざらないのは地球人と異星人の遺伝子交換ができにくいゲノム構造になっているからです。」
「信じられない。」
「そう思います。・・・ポールさん。この中でオーラがない人は何人いますか。」
「そう来ましたか。マリアさんとガルシアさんです。・・・そうか。異星人はオーラを出していないんだ。」
「でも二人とも今話したことを口外しないようにしてくださいね。ジェームズさんもです。異星人と言っても15万年以上前に地球に来た人達です。もう立派な地球人です。ガルシアさんを見ても分かるように地球人との間で子供もできるんです。イングランドにアングロサクソン人が侵入してケルト人との間に子供を作ったのよりずっと昔の話です。みんな地球人になっています。オーラの見える地球人だって太古の昔に地球に来た異星人なのかもしれません。現在地上に平和的に生活している人間はみんな地球人です。」
ポール・ニューマンが言った。
「分かった。僕らはマリアさんも含めて地球人だ。」
ビクトル・ガルシアが言った。
「とんでもない話を聞きました。でも納得できます。うちの家系は子供ができにくいのです。このことは絶対に口外しません。」
「宇宙船には『子宝草』という草が水耕農場に植わっていました。異星に降りてそこで繁栄するためです。『子宝草』を食べれば子供ができやすいと聞いております。その草は日本から発売されています。作用的には純粋な地球人の間でも効果があるはずです。子供がほしい家庭があったらそっと教えてあげてください。」
「早速探して注文します。」
ジェームズ・ディーンが言った。
「僕は職業上、報告書を書かなければなりません。ここでの話は会議の話に集中したとしておきます。マリアさんが消えることとベルトの剣のことも報告しません。」
「私が消えることができるのは報告しても構いません。ベルト剣のことも報告してもかまいません。どちらもたいしたことではありませんから。後は秘密です。」
「了解しました。世の中には色々な人間がいるのですね。」
「そうです。でもみんな地球人です。」
マリア達4人は場所を変えて夜遅くまで話をした。
深夜にケルティックマナーホテルに戻ったマリアはジェームズ・ディーンに明日の護衛は必要ないと伝えた。
朝早くに出発するし、十分に強いからトラブルには巻き込まれないだろうとも伝えた。
それでもジェームズ・ディーンは「仕事だから」と言ってマリアがカーディフ空港から出発するのを見届けると言った。
結局、マリアは翌朝ジェームズ・ディーンに空港まで送ってもらい、無事に飛行機に乗ることができた。
別れ際にジェームズ・ディーンはマリアに「楽しかった」と言った。
マリアは「どうもありがとう」と言った。
マリアのウェールズ衣装の概念図。
(カクヨムでは表示できません。申し訳ありません。「みてみん」で「藤山千本」を検索して下さい。表題は「マリアのウェールズ衣装」で、コードは以下です。https://27752.mitemin.net/i500301/ )
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