第17話 17、ビキニでの人命救助
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駐車場のオートバイはフル充電されていた。
ホテルの駐車場には必ず充電装置が設置されている。
北海道旅行二日目の予定はゆとりのあるものだった。
道路は一般道だから高速を出すことができない。
時速60㎞でのツーリングが楽しめる。
最初は北海道駒ケ岳に登る。
たった1100mの火山だ。
そのあと有珠(うす)の海水浴場で汗を流す。
それが終わったら昭和新山を見てからロープウェイを使って730mの有珠山に登ってから戻ってくる。
宿は洞爺湖湖畔のホテルだ。
マリアと上坂は函館から国道5号線を北上し、大沼公園の景勝を通り過ぎるとやがて北海道駒ヶ岳への登山口へ向かう道に出た。
赤井川登山ゲートを通過し3.3㎞先の6合目駐車場に着いた。
一応の目標地点の馬の背までは駐車場からたった2㎞で標高差もたいしてない。
上坂大地がマリアに言った。
「マリアさん、着替えないでこのままで行こうか。たいした距離でもないし標高差もほとんどない。オフロードバイクならそのままいけそうだ。」
「そうね。上坂さんがそれでいいならそれでいいわ。ライダースーツのままの登山も面白そう。上で記念写真を撮る写真を見たら簡単な山だって分かるわね。でも、オートバイをここに置くのは不用心ね。悪い心を起こさせないようにバイクは隠しておくわ。」
「了解。」
二人は小さなリュックサックを取り出し、水と軽食とロープを入れた。
マリアはオートバイといっしょに姿を消し、オートバイを駐車場から離れた林の中に隠した。
上坂はそれを見ても驚かなかった。
登山を始めてしばらくしてマリアが言った。
「この山は山の息吹を出している山と言うより大地の息吹を感じる山ね。」
「そうだな。僕は未だにマグマとか噴火って信じられないんだ。理屈では分かるんだけどね。」
「それを言うならヒマラヤ山脈でも陸地でも同じ。化石が出てくるのも同じ。」
「時間って凄いな。人間の生きてる程度の時間で思考すると圧倒的に長い時間をかけた変化は奇跡に思える。」
「そうね。・・・知りたいものね。」
「何をだい。」
「時間の構造。」
そんな話をしながら二人は30分で「馬の背」に到着した。
上坂は汗もかいていなかった。
その先は火口原でさらにその先は剣ヶ峰の岩山になっている。
「マリアさん、どうする。あまりにも簡単に着いてしまったね。剣ヶ峰まで行こうか。剣ヶ峰は岩だらけみたいで登れないだろうから、岩山の岩にタッチして帰るってどうだい。」
「いいわよ。でも上坂さんと私をロープで結んでならね。この先の火口原はクレバスみたいな火口がいっぱいあるそうだわ。雪庇のように土がかかっている所もあるかもしれない。上坂さんが穴にでも落ちたら私でもとっさに反応できないわ。ロープはまさに安全索(策)ってことね。」
「了解。赤い糸ではなく白いロープだな。」
二人は火口原を通って剣ヶ峰の岩にタッチし、無事に駐車場まで戻って来た。
国道5号線は長万部(おしゃまんべ)から羊蹄山に向かうがマリア達は内浦湾沿いに洞爺湖方面に向かった。
真夏の有珠海水浴場は家族づれが多く、賑(にぎ)わっていた。
上坂とマリアは駐車場にオートバイを置き、敷物とタープを持ってライダースーツのまま海岸に向かった。
砂浜に日よけのタープを張り、敷物を敷き、脱衣所で水着に着替えた。
上坂は青い長パンツに青のバンダナを頭に巻いたスタイルで、マリアは赤のビキニの水着と長い黒髪に載せた白い幅広の折りたたみ式の麦わら帽子だった。
マリアのバストは見かけより豊かでマリアのウエストはドキッとするほど細かった。
肌は肌理(きめ)の細かい透き通ったような薄ピンクの象牙色で、脚も腕も指も細く長かった。
周囲を見回してもマリアよりもスタイルが良い娘はいなかった。
上坂は美女の連れに少し得意顔だった。
マリアは着替えの荷物を持ってタープに向かう途中で上坂に言った。
「上坂さん、私は日光浴しながらテントで上坂さんを見ているわ。私、泳ぎが得意でないの。体重が重いし、どんなに頑張って泳いでも沈んでしまうの。結局水中でも空中と同じように飛ぶしかないの。」
「了解。僕は泳いでくるよ。久々の水泳だ。」
有珠海水浴場は遠浅の海岸で海水は透明で海底が見えた。
子供達は小さな浮き輪に乗って遊んでいた。
上坂は泳ぐため海岸から沖合に行かなければならなかった。
マリアはそんな上坂を長い足に日光を浴びながら楽しそうに見ていた。
波打ち際から一人の子供がビニールの浮き輪を胴に巻いたまま一生懸命に短い足で掛けて来た。
その子はマリアの二つ向こうのパラソルに行って叫んだ。
「ママー、大変だよ。さっちんが沈んで浮き上がってこない。浮き輪が反対になったんだ。」
「えっ、どこ。」
「海だよ。さっちんの浮き輪が浮いてるあそこ。」
男の子は海岸線から15mほどの海上に浮かんだ浮き輪を腕で指した。
マリアはそれを聞くと急いで立ち上がり、海岸に向かって全速力で駆けた。
常人にはできない速さを人に見られてしまう危険性は思いつかなかった。
マリアは波打ち際から凄まじいしぶきを上げながら浮き輪に近づいて辺りを探した。
小さな女の子が透明な海水の底に仰向きで沈んでいた。
マリアは女の子を拾い上げ、胸に抱いて大急ぎでパラソルに戻って言った。
「救急の蘇生措置をします。心臓はまだ動いています。いいですか。」
母親らしい女性は動転しながらも「お願いします」と言った。
マリアは女の子を頭が下になるように敷物に横たえ、横に座って蘇生処置を始めた。
蘇生処置は早い方がいい。
マリアは片手で女の子の額を押さえて親指と人差し指で小さな鼻をつまみ、もう片方の手で女の子の顎を引き上げて肺までの気道を確保した。
マリアは口紅が着いた唇を女の子の口に密着させ空気を慎重に吹き込んだ。
マリアの呼気は吸気と同じで炭酸ガスは増えていない。
女の子の平らな胸が少し上がったところで吹込みを止め、二の腕で胸を押さえ、再び空気を吹き込んだ。
マリアは長い脚を少し開き、スキャンティーのようなわずかな布切れを巻いたお尻を突き出した体勢で蘇生処置をした。
恥ずかしさはなかった。
女の子は3回目の吹き込みで口から海水を吐き出して咳き込んだ。
マリアは女の子を下向きに抱き上げ、背中をさすってやった。
女の子は何度も咳き込みながら意識を取り戻していった。
女の子が目を開け、頭を巡らし、母親を見つけ、「ママーっ」と言った後でマリアは女の子を母親に手渡した。
「さっちゃんね。元気になってよかったわね。」
マリアは母親の胸に抱かれた女の子を覗き込みながら言った。
若い母親は女の子を抱きながらマリアに何度も頭を下げた。
「ありがとうございました。ほんとに、ありがとうございます。」
「どういたしまして。結果オーライです。」
マリアはそう言いながら立ち上がり、脚についた砂を払った。
若い母親は女の子を砂地に立たせて言った。
「幸子、このお姉さんがさっちゃんを助けてくれたのよ。お礼を言いなさい。」
「・・・ありがとう。お姉ちゃん。」
マリアは右手を上げて指を曲げ、首を右に傾け女の子に微笑んだ。
マリアは二つ隣の自分たちの日陰に入り、顔に麦わら帽子を載せ、長い手足を伸ばして日光浴を続けた。
上坂が戻って来てマリアに言った。
「沖にいたので良くわからなかったが何かあったのかい。岸が騒がしそうだったけど。」
「小さな女の子が溺れたので助けて上げたの。」
「そりゃあ良かった。僕も水泳を十分楽しんだ。そろそろ出発しようか。」
「そうね。そうしましょう。」
マリアと上坂は荷物を手早くまとめ、脱衣所の方に向かった。
話はこれで終わらなかった。
マリアの行動は有珠海水浴場の賑(にぎ)わいを取材に来ていた地方新聞のニュース記者に目撃されていて、写真に撮られていた。
そしてこの事件は翌日の新聞とネットニュースに載った。
美女はいつでもニュースになる。
翌朝の新聞には「ビキニの美女、少女を助ける」と書かれた大見出しと共にビキニ姿のマリアが少女に片手を挙げ小首を傾けて微笑んでいる全身の写真が掲載されていた。
ネットニュースにはマリアが少女に微笑んでいる全身写真と共に、マリアが水しぶきを上げながら海に入っていく場面と、お尻を突き出して少女に口づけしながら蘇生を続けている場面もいっしょに掲載されていた。
マリアの微笑みは切り取られ、優しく微笑んだマリアの顔の大写しも併載されていた。
マリアの優しい微笑みに見つめられた男性読者の多くは心臓の鼓動を高めた。
マリアの顔は少なくとも北海道では知られることになった。
マリアと上坂は昭和新山に向かった。
昭和新山は登山禁止で500mほど離れた場所から見るだけだ。
駐車場からも梢越しに見える。
上坂とマリアはロープウェー駅の近くの駐車場にオートバイを停め、近くのトイレで登山用の衣装に着替えした。
マリアたちの有珠山登山は外輪山コースを可能な限り進むというものだった。
度々(たびたび)の噴火で有珠山にはいくつもの山頂ができ、登山はできない。
マリアたちはロープウェーで「有珠山山頂駅」に行き、外輪山に沿って点在する展望台を巡る。
まだ夕暮れには少し遠いので山頂駅には子供連れの観光客も多かった。
マリアたちはロープウェー駅から、洞爺湖展望台に行き、火口原展望台を通り、長い階段を下って外輪山遊歩道に入り、(南)外輪山展望台に行った。
これより先は道がない。
マリアたちは少し人気(ひとけ)が少なくなった遊歩道をゆっくりと歩いて大地の息吹を感じながら観光した。
マリアたちが麓(ふもと)のロープウェー山ろく駅に戻ったのは夕方だった。
上坂は少しお腹が空いていたが夕食は展望台から見えた洞爺湖湖畔で取ることにした。
二人のライダーは急いで服をライダースーツに着替え、洞爺湖湖畔に向かった。
マリアたちは洞爺湖温泉のホテルにチェックインした。
洞爺湖温泉のお湯は昭和新山や有珠岳を造った高温のマグマが作ったものだ。
上坂はホテルの部屋に荷物を置くとすぐさまホテルの大浴場に行った。
マリアは少し思案したが上坂と同じようにホテルの大浴場に行った。
もちろん女湯だ。
夕方の大浴場には老人もいたが主に子供連れの主婦や若い娘が多く、姦(かしま)しかった。
マリアはお湯が体内に侵入しないようにしっかりと大陰唇と肛門を閉じて湯船に入り、洗い場にいる子供から老女までの肢体を観測した。
人間の肉体を比較観察することは大浴場でなければなかなかできないことだ。
マリアは老女の水気のない肉体と子供のはち切れそうな肉体を見てなぜだろうと考えた。
なぜ人間は、なぜ動物は短い時間で死んでゆくのだろうかと考えた。
人間が作った神様には歳をとった神様も若い神様もいる。
釈迦やイエスやムハメドなどの聖人達もその短い生涯を終えた。
長寿のイスマイル様もやがて死なれるであろう。
短い寿命を持つ人間も含めた動物が現在この世に存在していることはそんな種の存続方法に何らかのメリットがあるに違いなかった。
マリは考えたがなかなか納得できる考えが思い浮かばなかった。
こんな疑問は当然人間も考えているはずだから、色々な説明がされているはずだった。
マリアは暇な時にネットで調べようと思った。
マリアが部屋に戻ると上坂は待ちかねたように言った。
「マリアさん、えらく長湯だったね。お腹が空いた。食堂に行こう。」
「あっ、ごめん。すぐに行こう。皆んなの体を見て色々と考えていたの。」
「何を考えていたんだい。」
マリアは風呂道具を洗面所に置きながら言った。
「食堂で話すわ。早くいこ。お腹が空いたでしょ。」
「異議なし。いこ。」
二人は大食堂に向かった。
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