第8話 8、マリアのオートバイ
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マリア・ダルチンケービッヒと上坂大地は無事に自動車学校を卒業し、数週間後にマリアは日本国の運転免許証を得た。
運転免許証は住所と顔写真が入っている公文書であり、日本国では身分証明書と同じように利用価値が高い。
自動車学校においてマリアは美しさで注目される存在ではあったが運転技術も格段に上手だった。
優れた運転技術の他にマリアが自動車学校で教官らを驚かせたことは2回だけあった。
一つはマリアの体重だった。
自動車学校で使われていた大型オートバイのシート高は79㎝もあったので160㎝の身長の細身のマリアには足を地面に着けるのに腰を移動させなければならないだろうと思われていた。
ところがマリアがオートバイに乗ると車高は200㎏の体重で低くなり、マリアは楽々とつま先を地面に着けることができた。
もう一つはマリアの力だった。
それは教習課程では必ず行われる倒れたオートバイの引き起こしの場面であった。
自動車学校の教官は引き起こし方を教える前に一番非力そうなマリアに「引き起こして見るかい」と誘った。
マリアは「引き起こせればよろしいのですね」と言ってからオートバイに近づき、手前のハンドルを片手で一気に引き上げてオートバイを起こし、サイドスタンドを掛けた。
2秒もかからなかった。
小さなマリアが引き起こしに失敗すると思っていた教官は「信じられない」と言ってから引き起こし方の教習を始めた。
「今の方は簡単に引き起こしができてしまいましたが、普通の人は通常はそんなことはできません。もっと時間がかかります。起こす時にはですね、最初に起こしたい方向にハンドルを切ります。こうすれば力点は支点から遠くになり小さい力で重心を動かすことができます。次に前ブレーキを・・・・」
マリアは多少目立ったがとにかく無事に学校を卒業できた。
マリアは免許を得ると直ちにオートバイを買った。
マリアは自動車学校に合宿している時から色々なメーカーのオートバイを調べ、自分の目的に合ったオートバイを決めてあったのだ。
マリアが買ったオートバイは最高出力200㎾、座席高さ69㎝、相対2モーター、シャフトドライブ、車重250㎏の大型バイクだった。
この時代のオートバイは全て電動モーターエンジンとなっていたが、重いタイヤの持つ操縦の安定感は人気があり、加速力と高速を求めるオートバイは相変わらず重い車重と太いタイヤを持っていた。
マリアが購入したオートバイは優れた加速力を持ち、街中では通常の自動車よりも早かった。
マリアは直ちに購入したオートバイのステップを改良した。
通常のように上から足を乗せれば体重は車体の下側のフレームにかかるのだが、ステップの下側から足の甲を引っ掛けるとステップにかかる上むきの力はオートバイの重心の真上にかかるように改造した。
このようにしたのはステップを持ち上げればオートバイ全体が安定して水平に持ち上がるようにするためだった。
走行中にマリアがステップを足の甲にかけて重力遮断して浮遊すればオートバイは慣性を保ったまま空中を移動することができる。
マリアがステップを足の甲にかけて斜め前上に加速をかければオートバイはビルディングの垂直の壁を走り登ることができるはずだ。
もちろん練習が必要だろうが。
マリアはさらに、大型のカウルを前面に取り付け、後輪の両サイドにクロムメッキされた飾り物を固定させた。
大型の風防用のカウルはマリアがスタイルと実用を考えて付けたものだ。
月夜の夜空を飛ぶ時にはオートバイに大型風防があった方が格好がいい。
風防があれば風の抵抗を受けずハンドルにしがみついて走ることもない。
風防があっても加速力はそれほど落ちないし、もともと購入したオートバイはスピードを競う型ではない。
それに大型風防カウルがあればナビゲーションシステムも無線システムも組み込むことができる。
クロムメッキされた飾り物は6角形の穴が空いた長い筒3本が両サイドに放射状に並んでいる構造をしていた。
そのままでは一見すると格好をつけるだけの飾りなのだが、マリアはいざ出動という時には筒に綺麗にクロムメッキされた金テコを竿とした日本国とアクアサンク海底国の国旗を差し込もうと考えていた。
先端が焼入されて硬く鋭く強化された太さ3㎝、長さ150㎝、重さ10㎏の鉄の棒はマリアがオートバイから投げれば大きな破壊力を持つと思われた。
大型オートバイはタワーマンションの自宅の風除室に置くことにした。
250㎏の車重もマリアにとっては苦にならない。
オートバイは地下駐車場から荷物用の大型エレベーターに乗せれば50階に持って行くことができる。
50階はマリアの住居しかないので誰にも迷惑がかからない。
マンションの住民は通常は荷物用のエレベーターを利用しない。
リモコンキーを持っていない外から来る外来者は荷物用エレベーターを利用できない。
マリアはマンションの風除室を出るときからミラーシールドをつけた鏡面仕上げの黒のフルフェースヘルメットをかぶり、柔らかく鞣(なめ)された黒色の繋ぎに身を包み、黒の裏革の手袋をはめ、つま先を鉄板で強化したブーツを履いて出かけた。
この姿では他人と出会っても顔を晒すことがないし、電動オートバイはバックに進むことができるのでオートバイに乗ったままでエレベーターを操作できる。
オートバイを得たマリアの行動範囲は一気に拡大した。
暇で決まった仕事もなく、睡眠も食事も必要なく、姿を隠せて空中を移動でき、体は200㎏の鋼鉄の体を持つマリアに敵う者はいない。
大型オートバイを操る細身のマリアにちょっかいを出す者もいる。
郊外の高速道路でマリアの乗るオートバイを追い越しざまに幅寄せをしてきた愚かな白色の高級2ボックス車があった。
マリアは一応スピードを落として後ろを走った後、相手の意図を知るために追越車線に入って加速した。
相手の車はマリアの進行を遮(さえぎ)るように加速しながら方向指示器を出さずに右に移動した。
マリアは微笑(ほほえ)んだ。
今日の遊びの相手が見つかったと思ったからだ。
マリアは相手の自動車の20m後方を追走し始めた。
こんな場合、相手は路上に停車してマリアを脅すか、サービスエリアに入り込むか、インターチェンジに入って一般道路に出るか、速度を出して消える。
意地悪をされた車は相手が怖いし、警察に電話をかけるか、サービスエリアに入り込んで助けを求めるか、インターチェンジに入って一般道路に出るか、速度を出して逃げる。
どちらも似たような対応だが、通常、両者とも目的があって高速道路を走っているのだ。
一日中トラブルに拘(かかわ)っているわけにはいかない。
マリアは通常ではなかった。
相手が鉄棒を持って打ちかかってきても逃げることができたし、何時間でも尾行をすることができた。
相手の車はマリアのオートバイがピッタリと追走して来るのに不安を持ったのかもしれなかった。
その車の運転手は直近のサービスエリアに入ってマリアを待ち構えた。
マリアは相手に近づかず、相手から50mの距離を取って相手の車を見張っていた。
相手の車の運転手はマリアがいつまで待っても近づいてこないので再び車を高速道路上に進め、マリアはそれを再び追走した。
マリアのオートバイは時速300㎞の最高速度を持っている。
いざとなればマリア自身が重力加速度で自分を加速させることができる。
相手の車はどんなに頑張ってもマリアのオートバイを振り切ることはできなかった。
どこの誰かわからないオートバイの追走状態でいつまでも高速道路を走っているわけにはいかない。
マリアに嫌がらせをした相手の車は再びサービスエリアに入った。
今回も相手に近づかず、相手から50mの距離を取って相手の車を見張っていた。
相手の車の運転手はマリアのしつこさに不安になったのだろう。
サービスエリアの駐車場から突如飛び出し、一気に加速した本線に入り、精一杯加速した。
マリアは今度は100mの距離をとって追走した。
時速は200㎞に達していた。
相手は速度違反で捕まってもいいと思ったかもしれない。
速度違反は通常、先頭車が捕まる。
残念ながらその辺りにパトカーも白バイもいなかったようだった。
相手の自動車は警察に捕まることなく次から次に自動車を追い越し、最近のインターチェンジに入って一般道路に出た。
マリアもインターチェンジから一般道路に入って相手の自動車から見えるように追跡した。
相手の運転手はマリアに恐怖を感じるようになった。
このまま自宅に帰ったら後々自宅にどんな災難が及ぶかもしれない。
会社に戻っても会社の前に居座られて問題となっても上司から何を言われるか分からない。
あの大型バイクの運転手は異常だ。
こんなに執拗に追跡を続けるなんて常識では考えられない。
相手の運転手は一計を編み出し、ファミリーレストランの駐車場に入り、レストランに入って行った。
マリアは駐車場に入る手前の道路上に停車して相手の自動車を見張った。
相手はレストラン内から警察に連絡したようだった。
しばらくすると1台のパトカーがマリアのオートバイの後ろに止まった。
ナンバープレートからオートバイの所有者を調べたらしかった。
マリアのオートバイのナンバーは外交官ナンバーだった。
スピード違反しても駐車違反しても運転者を逮捕できない。
やがて、一人の警察官が降りてオートバイに近づき、丁寧に話し始めた。
「お忙しいところ、失礼いたします。アクアサンク海底国の外交官の方ですか。2〜3質問してもよろしいでしょうか。」
マリアはミラーシールドを上げて言った。
「そうです。見張っているあそこの車が動かなければいいですよ。」
「先ほど大型オートバイによるストーカーがあると通報がありました。ストーカーをなさっていたのですか。」
「私はマリア探偵事務連絡所のマリア・ダルチンケービッヒと申します。探偵業です。現在、依頼された人物を尾行しております。尾行はストーカー行為とほとんど同じですね。」
「大使館関係の探偵さんでしたか。尾行の相手は駐車場にあるあの2ボックスワゴンですか。」
「そうです。あの自動車の運転手は悪質な運転をする運転手で、依頼者から訴えられようとしております。今日も高速道路上で私に対して悪質な幅寄せをし、私を殺そうとしました。殺人未遂ですね。私は一介の探偵ですから強制的に相手から住所を聞くことができません。それに私は非力な女です。がらの悪そうな相手と接触しないで相手の居住地を知ろうと尾行しております。」
「そうでしたか。かなり悪質な運転手みたいですね。それにしてもアクアサンク海底国は外交官の探偵業との兼業を許しているのですか。」
「外交官というのは探偵業みたいものです。相手の国の心を探るのです。」
「了解しました。どうぞお仕事をお続けください。何かお手伝いできますか。」
「お手伝していただけたら大助(おおだす)かりです。相手の車のナンバーは練馬XXX−YYYYです。あの車の使用者の現住所が分かれば尾行をして相手の住所を知ることは不要になります。問題となったストーカーも相手からすれば居なくなったように見えます。」
「一件落着ですね。本当は一般人に住所を教えてはダメなんですが、相手は悪質な運転手のようですから美人探偵さんに協力しても問題は生じないと思います。パトカーが出発したら辺りを探して見てください。住所が書かれたメモが落ちているかもしれません。」
「了解。助かります。」
マリアは微笑んだ。
パトカーが静かにオートバイから離れて居なくなると、成り行きをファミリーレストランの窓から眺めていた悪質な運転手は警察も頼りにできなくなったと失望した。
ところが次に窓から眺めると問題の大型オートバイはいなくなっていた。
警察の利用が成功したらしい。
運転手はホッと安心して注文して運ばれて来た料理を食べ始めた。
マリアの正義の味方行動は終わっていなかった。
相手が何の損をせずに済んでしまったら悪徳運転手は次の機会にも同じことをするだろう。
悪いことをすればそれなりの天罰が加わらなければ悪徳行為は続く。
マリアはオートバイを一区画だけ移動させた後にヘルメットを外し、オートバイのタイヤのバルブキャップを外し、物陰に入ってシースルーケープで身を隠し、浮遊して相手の自動車の横まで移動した。
マリアのオートバイのタイヤのバルブキャップは虫外し付きの構造になっていた。
マリアはシースルーケープから片手を出して相手の車のタイヤの虫と呼ばれるタイヤバルブコアをバルブキャップの虫外しで次々に抜いた。
4個のタイヤの空気は抜けた。
タイヤバルブコアは数十円ほどの安価な部品だがタイヤはそれがなければ使えない。
整備業者を呼ぶか、仲間を呼ばなければならない。
マリアは外した4個のバルブコアを持ってオートバイに戻るとパトカーの警察官に教えてもらった相手の自宅に向かった。
相手の家はファミリーレストランからかなり離れた別の市にあった。
マリアは姿を隠して相手の家の玄関に4本のタイヤバルブコアが入ったポケットティッシュペーパーの包みを途中で購入したセロテープでX字型に貼り付けた。
悪徳運転手が家に帰れば外された4個のタイヤバルブコアを見つけるだろう。
それはタイヤ空気を抜いた相手が自分の自宅を知っていることを意味する。
それをしたのはどこの誰か分からない大型オートバイに乗ったしつこいライダーであろうとはすぐに思いつくだろう。
それは悪徳運転手にとっては不利な状況になる。
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