第7話 7、上坂大地
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マリアは自動車運転免許を取得すべく自動車学校に通うことにした。
探偵稼業では自動車に乗れることは必要条件だ。
オートバイもマリア好みの必需品だ。
マリアは茨城県にある合宿型の自動車学校を選んだ。
合宿型の自動車学校では生徒は教習所近くのホテルに泊まり込み、集中的に練習させられるので短期間で運転免許を取得できる。
上手く行けば1ヶ月以内で自動車とオートバイの免許証を取得できるはずだった。
自動車学校での最初の適性検査とその後の最初の学科授業でマリアは一人の若者の視線を感じた。
その若者はマリアから一定の距離を取っていたが不思議そうな表情を浮かべながらマリアの行動に注視していた。
マリアを周囲から見つめる目は多い。
美形のマリアは大抵の男女から注目される。
しかしながら、マリアが気にしたその若者はマリアに人一倍の興味を持っていたようだった。
その若者は興味の誘惑に耐えられなかったように午前中の授業が一通り終わった直後、マリアに近づいて言った。
「あの、僕は上坂大地(かみさかたいち)と言います。唐突ですが少し話をしてもいいですか。」
「いいですよ。何でしょうか。」
マリアは美人に声をかけた勇気ある若者を見上げて答えた。
「失礼かもしれませんが、貴女(あなた)は普通の人間ですか。」
「えっ。・・・どうしてそう思われたのですか。」
「貴女には普通の人に見えるものが見えないのです。」
「何が見えないのでしょう。」
「普通の人間は髪の毛の先端が色々な色で光っているんですが貴女にはそれが見えません。不思議だったので変な質問をしてしまいました。申し訳ありません。」
「まあ、髪の毛の先端の色ですか。・・・私には見えませんが誰でもそんな色を見ることができるものなのですか。」
「いいえ、普通の人には見えないようです。僕は小さい時から見えていましたが、そんなことを言うとバカにされるので通常は話題にしません。でもそんな色が出ていない人に出会ったのは初めてなので勇気を出して質問しました。すみません。」
「貴方はどうやら普通の人間が持っていない特殊な能力をお持ちのようですね。その特殊能力の事は知っております。知らないふりをしてごめんなさいね。私の知り合いにもそのような能力を持った方がおりました。ご夫婦だったその方達は貴方と同じように人間の髪の毛の先端から発せられる色を見ることができました。その方達はその色をオーラの色と呼んでおりましたからそれがオーラなのだと思います。」
「あれがオーラですか。」
「そう呼んでおりました。」
「貴女はオーラに詳しいようですね。どうして僕にだけオーラが見えるのかご存知ですか。」
「どうして見えるのかは分かりません。でも貴方だけに見えた理由は推測することができます。」
「ほんとですか。なぜ僕だけなのでしょう。」
「私の推測ですがそれでよろしいですか。確証はありませんよ。」
「もちろんです。教えてください。お願いします。」
「そうですか。貴方が普通の人間とは違ったカリオタイプを持っているからだ思います。カリオタイプ とは細胞の核型のことで、簡単に言えば染色体数のことです。普通のヒトは2倍体の46本の染色体を持っておりますが、おそらく貴方は3倍体以上の染色体数、69本以上の染色体数を持っていると思います。」
「僕の染色体数は普通の人より多いのですか。考えもしませんでした。」
「普通の人は自分の染色体数は知りません。普通の人間生活に染色体数は必要ありません。染色体数は調べなければ分かりません。」
「そうですね。血液型とは違いますからね。まだしたことはありませんが献血も輸血もだめでしょうね。」
「そう思います。オーラを見ることができたご夫婦は3倍体以上のカリオタイプを持っておりましたし、旦那様のお父上様も3倍体以上のカリオタイプを持っており、オーラを見ることができました。それで私は貴方も3倍体以上のカリオタイプを持っており、そのためオーラを見ることができると推測しました。」
「3倍体以上の染色体を持つとなぜオーラが見えるのでしょうか。」
「最初に申しましたように私にはその理由は分かりません。知り合いがそうだったので推測を述べただけです。」
「貴女にもオーラが見えるのですか。」
「いいえ、私には見えません。でもオーラが見えたら楽しいでしょうね。オーラの色はその時の人間の性格や心の状態を表しているみたいですから。」
「そうですか。もしそうなら僕自身のオーラを見たいものですね。不思議なことに自分の髪の毛のオーラは鏡で見ても見えないんです。僕が女性で長い髪を持っていれば自分のオーラを見ることができるでしょうがね。」
「そのようですね。でもなぜ直接目で見れば見えるのに鏡を通して見ると見えなくなるのでしょう。」
「ふうむ、なぜか分からないけど、推測を述べることはできると思います。」
「まあっ。先ほどと逆ですね。貴方の推測を教えてください。お願いします。」
「ふうむ。よろしい。僕の推測を教えてしんぜよう。・・・僕が推測するに、僕の目は可視光以外の電磁波を見ることができるのだと思う。例えば紫外光とか赤外光とかだね。それは鏡に反射しない電磁波のはずだ。写真は可視光だけしか写さない。オーラの原因となる電磁波を受けた僕の特殊な目は何らかのシグナルを脳に送る。シグナルを送られた脳は可視光ではないそんなシグナルをどう処理して良いのか分からなくなってよく使っている可視光のように処理してしまう。だから直接見れば見えるが鏡や写真を通して見れば見えないことになる。」
「だから鏡を通しては見ることができなく、直接見ても可視光を発しているわけではないから普通の人には見えないのね。」
「お粗末な推測でした。」
「ということは可視光以外で見ればオーラを見ることができるかもしれないわね。やってみるわ。・・・これかしら。貴方の髪の毛の先端で何か発光している。」
「君は何を言っているんだい。君には僕のオーラが見えるようになったのかい。」
「いいえ。さっき言ったように私には色付きのオーラは見えないわ。でも私の目は可視光以外の電磁波も見ることができるの。具体的にはガンマー線やX線や紫外線や赤外線よ。どれを見るかは自分で決めるの。貴方の髪の毛の先端から遠紫外の電磁波が出ているのが見えるわ。人間は普通の可視光の電磁波に加えてそんなものも出しているのね。これがオーラの元かもしれないわ。」
「君は一体何者なんだい。ガンマー線やX線や紫外線や赤外線が見えるって。それにどうして君のオーラは見えないんだい。」
「ふふっ。私はロボットだからオーラは出していないの。私の名前はマリア・ダルチンケービッヒ。人間じゃあないけど人権のある人造人間よ。日本国の住民票も持っているし、自動車の国際免許も持っているわ。」
「そんな。」
「日本国と安全保障条約を結んでいるアクアサンク海底国を知っているでしょ。私はアクアサンク海底国の国民。アクアサンク海底国の国民は人間の他にロボットも含まれているの。」
「君がロボットだって。おっ驚いた。人間とそっくりだよ。しかもずば抜けた美人だ。信じられない。」
「アクアサンク海底国のロボットは高性能なの。これでオーラがない理由が分かったでしょ。今度は貴方のことを教えて。どうして貴方がオーラを見ることができるのかを納得したいの。」
「OK。自己紹介させてもらうよ。僕は東京大学大学院理学研究科修士課程化学専攻に数週間後に入る予定の上坂大地(かみさかたいち)22歳の独身。出身は岩手県盛岡市。」
「まあ、東大生なの。凄いわね。」
「僕は昔から記憶力が良かったので学校での成績は良かったんだ。」
「大学在学中ではなく大学院に入ってから自動車とオートバイの免許を取ることにしたのですか。」
「何とか無事に大学を卒業できたからね。ご褒美にバイクを買って北海道をツーリングしようと思ったんだ。」
「素敵な計画ね。上坂さんのご両親はご健在なの。それとご両親は貴方のようにオーラを見ることができるの。」
「両親は元気ですが二人とも普通の人と同じようにオーラを見ることはできなかったと思います。」
「そうですか。もし貴方が異数倍数体なら貴方が生まれる過程で何らかの染色体数変化が生じたのかもしれませんね。」
「染色体数の変化ですか。・・・カリオタイプを調べるのは難しいのでしょうか。」
「難しいかどうかは私にはよく分かりません。インターネットの情報ではカリオタイプの検査は色々な会社で行われております。でも結構高額な検査料だったと思います。東大の細胞生物関係の講座に上坂さんのお友達がいらっしたらお友達にお願いしたらいいですね。」
「やって見ますか。化学科にも生物関係の講座があります。同級生もその講座に行ってますから機会があったら頼んで見ます。」
「・・・あっ、それはだめでした。すみません、私は愚かで軽率でした。染色体数の調査を同級生に頼んでも検査会社に頼んでもいけません。」
「どうしてですか。」
「もし貴方が多倍体人間なら貴方は実験モルモットにされてしまう可能性が生じます。東大生とは言え、貴方はまだ若く、自分の身を自分で守る実力はほとんどありません。このままでは貴方はある日密かに何処かの国のエージェントに拉致され、地下の実験室に幽閉され研究の材料にされてしまう可能性が生じます。多倍体人間の力を政府の要人は知っております。アクアサンク海底国を作ることができたのも多倍体人間の特殊な力があったためです。世界各国の要人はそれを知っております。」
「なるほど。実験材料になるかもしれない蓋然性が高そうですね。」
「人間のカリオタイプを変えることは現在の科学ではできません。カリオタイプを知ったからといってもどうにもならないのです。」
「そうですね。自分の染色体数を知りたいのなら勉強して自分で調べた方がいいですね。」
「それがいいと思います。普通の人より優れた能力を持つ人は天才として賞賛されますが、普通の人と違う能力を持つ人間は忌むべき異端の人間です。染色体数を知るだけなら勉強すれば簡単だと思います。」
「ダルチンケービッヒさんはいろいろご存知なのですね。ダルチンケービッヒさんのお仕事は何ですか。ロボットの仕事って想像できません。」
「マリアと呼んでもいいわ。私の仕事は探偵会社紹介業です。お客様には5%割引の調査料金で探偵会社を紹介し、紹介してあげた探偵会社からはマージンを吸い上げるっていうおいしい職業なの。探偵会社の方も探偵会社にお客が来るとほとんど自動的に私の会社を通してくれているみたいなの。うちの会社は何もしていないのだけど、どんどんお金が入ってくるの。お客様も割引になるので喜ぶみたい。」
「それは旨味のある仕事だね。まるで天下り機関のようだ。」
「似ているかもしれないわね。探偵会社としては金銭的にはうちを通さない方が儲かるのでしょうが、アクアサンク海底国に恩を売っておいた方が便利だと思うのでしょうね。アクアサンク海底国は世界一強いから。」
「アクアサンク海底国が軍事的に強いってことは知っているけどあまり新聞やテレビの話題にはならないね。」
「そうでしょうね。アクアサンク海底国は生き残るために普通の商売をしていないから。」
「どんな商売をしているのだい。」
「幅広い意味で用心棒業かな。人も殺すから殺し屋業もやるし007のようなスパイ業も。それから海賊もするわね。原子力潜水艦を奪って他国に売るの。それに傭兵業で誰かに頼まれて戦争をするのが主な仕事よ。要するに普通の人にはできないことをしてお金をもらっているの。例えばさっきの探偵業を例にとるとね、例えば探偵社のエージェントがどこかの大国の秘密を知ってしまってその大国の諜報機関に殺されたとするでしょ。探偵社はアクアサンク海底国にお金を払って復讐を頼むことができるわ。アクアサンク海底国は10倍返しくらいで復習すると思う。一般企業の探偵社は大国の諜報機関とはとても戦えないけどアクアサンク海底国と関係を持っていたらお金を払えば復習できる。だから探偵社はアクアサンク海底国とはいい関係を保っておきたいの。」
「人を殺しても捕まらないのかい。」
「誰が捕まえるの。国が国を捕まえることはできないわ。アクアサンク海底国がアメリカ大統領を殺してもアメリカは何もできなかった。ウイグル国では何十万人もの漢民族を殺しても中華人民共和国は何も言えなかった。イスラエル人2千万人を餓死させて国を奪ってもどこの国もアクアサンク海底国に公式には文句を言わなかったわ。」
「そうだったね。」
「それが強い国ってこと。世界の大国はアクアサンク海底国に対して怒り心頭のはずよ。でも相手が強くて何もできないの。そんな国を作ることができたのはオーラを見ることができ、エルフのように何百年も生きることができる異端の子の多倍体人間、イスマイル様よ。世界の国々はオーラが見える多倍体人間を手に入れて研究したいと思うでしょ。その絶好の実験材料が貴方。」
「分かった。気をつけるよ。オーラが見えることも人には話さない。」
「それがいいわね。」
「アクアサンク海底国の兵士は空を飛ぶことができる。マリアさんも空を飛べるんだろ。それなのにどうして自動車免許とオートバイ免許を取ろうとしているんだい。」
「空を飛べても雨に降られたらお洋服が濡れるでしょ。だから自動車は必要なの。それから、空を飛べるといってもね、重力制御だから空中でのブレーキはあまり効かないの。キビキビと動くにはオートバイが便利なの。それに若い女性が空を飛んだら目立つでしょ。オートバイならヘルメットを被るから顔を見られない。探偵業にオートバイは向いていると思うわ。」
「了解。」
「ところで上坂さんはどこの講座で研究することにしたの。」
「相物性講座って言うんだ。教授の講義が面白かったのでその講座にした。」
「軽い考えで決めたらしいわね。」
「うん。何を研究したいって思いはなかったからね。ただ研究ってのをしてみたかったんだ。」
「私を造ったイスマイル様は東大の固体物性講座に留学生としてお入りになり、重力遮断結晶をお作りになったの。」
「知ってるよ。アクアサンク海底国を創ったイスマイル・イルマズだろ。彼はどうみても天才だ。長寿だからで色々な分野を学ぶことができ、どの分野でも一流の成果を出しているらしい。現代のレオナルドダビンチみたいだ。しかも、僕が老人になって死ぬ時も彼はまだ壮年なんだろうね。誰もかなわないって誰でも知っている。」
「研究って難しいの。」
「分からない。僕はまだ研究なんてしたことがないんだ。なぜそんなことを聞くんだい。」
「研究って人間だけができるものなのかなって思ったの。私って上坂さんと普通に会話できるでしょ。記憶力もいいし忘れないわ。もしロボットが研究できなかったとしたらそれは何に起因するのかなって思ったの。」
「普通に考えたら普通の研究ならロボットでもできると思うよ。」
「研究できるかどうかはやってみれば分かるわね。」
「そういう風に考えるのが研究者なのだと思う。」
「ありがとう。」
二人の話はしばらく続き、上坂は昼食の機会を失った。
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