第3話 3、正義の味方の武器
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マリアとシークレットは近隣のコンビニエンスストアで現金を引き出し、近隣の商店街で若い娘に相応の衣装を購入し、マンションに戻って着替えてから繁華街にくり出した。
シークレットは歩きながらマリアに言った。
「マリア。マリアはこれまで戦闘訓練を重ねて来て優秀だと聞いているけど、街中の正義の味方の戦いでは戦闘訓練をそのまま使ってはだめよ。戦闘訓練は相手を最短時間で殺す方法だから。空中を飛ぶのも使わない方がいいわね。周りを見て。色々な所に防犯カメラが設置されているでしょ。空中に浮遊できる人間はまだ居ないわ。浮遊しているのがカメラに撮られたら直ぐにマリアがアクアサンク海底国と関係しているって分かってしまう。イスマイル様がお困りになるわ。まあイスマイル様なら笑って知らん顔をするでしょうけどね。」
「分かりました。浮遊するときはシースルーケープを被ってから浮遊することにします。実際の戦いではどのようにしたらいいのでしょうか、シークレット様。」
「そうねえ。重力遮断を止めて戦ったらどうかしら。200㎏の鋼鉄人間の体当たりなんてなかなか強力よ。もちろんその時にはお洋服を破らないように両手を前に出しておいた方がいいわね。・・・それに重い体重があれば素早く動くことができる。」
「どうしてでしょう。軽い方が早いのではないですか。」
「普通の人間ならそうね。でも私たちは人間よりずっと強い筋肉を持っている。・・・イスマイル様は人間だけど私たちと同じくらいの筋力をお持ちよ。イスマイル様は例外。・・・それでっと、体重が重いと地面を強く蹴ることができるの。空中に跳んだらそのスピードは一定でしょ。地面に居たら地面を蹴続けることができるから加速を加え続けることができる。空中を飛ぶよりずっと早く動くことができる。それに方向も変えることができる。そうねえ、自動車のラリーレースでもそれが分かるわ。小山を飛び上がった車より地面を走った車の方が早いの。地面にいれば加速できるから。スキーも同じよ。」
「了解しました。地面を蹴り続けた方が重力遮断で空中を飛ぶより早く動くことができると思います。」
「私たちの重力遮断装置は貧弱だからね。戦闘機のようにはいかないわ。」
「同感です。」
「マリア、シースルーケープの効果を見たいわ。20m先にビルとビルの間の隙間があるでしょ。あそこに入ってシースルーケープを被(かぶ)ってみて。浮遊して私の2m前あたりに浮かんでみて。」
「了解。」
件(くだん)の隙間の前に来るとマリアは隙間に入り、シークレットは隙間の前に立った。
それは時々ある光景だった。
「シークレット様、ケープを被りました。今はシークレット様の前方2m、高さ2mにおります。」
シークレットの前の空間からマリアの声がした。
シークレットが声の方向を見ると何もないように見えた。
しかしながら疑いの目を持って眺めるとその存在が分かった。
ケープの外周が少し明るい。
表面反射波が見えるのだ。
「私の前の空中を飛び続けて。」
シークレットは下を向いて呟(つぶや)くように言った。
「了解。」
マリアは小さな声で答えた。
シークレットは時々上を見たり前を見たりしてマリアの存在を探しながら歩いた。
マリアの存在はほとんど確認できなかった。
「マリア、元の所に戻るわよ。そこでシースルーケープを外して。」
「了解」とシークレットの直ぐ上からマリアの声がした。
「シースルーケープの性能はほぼOKよ。」
ビルの隙間からマリアが出て来るとシークレットはそう言った。
「ほぼと言うのは注意すれば見えると言うことですか。」
「そう。ケープの表面で反射された光が見えて輪郭が何となく分かるの。明るいところでは分かるかもしれないわ。それと斜め横前からのスポット照明ではもっとはっきり見えるかも知れない。」
「完全ではないのですね。イスマイル様もケープを過信してはだめだとおっしゃっておられました。」
「でも、よほど注意しないと分からないわ。役に立つはずよ。後は夜にどう見えるのか確かめる必要があるわね。」
「了解。」
マリアとシークレットは休みなくずっと歩き続けた。
二人は疲れを知らないし、食事をする必要もなかった。
街の表通りを歩き、裏通りも歩いた。
「なかなか正義の味方になる場面って出会わないものですね。」
マリアがシークレットに言った。
「真昼間(まっぴるま)でそんな場面がたくさん出てきたら日本国の治安を心配するわ。」
「そうですね。」
「話していたら棒に当たったみたい。どっちかな。」
突然シークレットが呟いた。
「何ですか、シークレット様。意味が分かりません。」
「日本には『犬も歩けば棒に当たる』って諺(ことわざ)があるの。その諺には2つの反対の意味があってね、一つは『犬が勝手に出歩けば棒で叩かれる不幸に出会う』っていう意味と『犬が歩けば幸運の棒に出会う』っていう意味があるの。私達は今その棒に当たったの。不幸に当たったのか幸運に当たったのかは分からないけどね。・・・ほら、50m先の閉まっているシャッターの前に数人の人がいるでしょ。男女のアベックを5人の男が囲んでいるわね。」
「はい、シークレット様。」
「あれはカツアゲをしているの。アベックに難癖をつけてお金を巻き上げようとしている時のパターンよ。この通りにいる人もそれが見えているのだけど5人の不良が怖くて知らんぷりをしているの。ほら引き返している人もいるでしょ。」
「そうですね。何と言うことでしょう。不正義な。」
「無理はないわ。5人の若い不良青年に立ち向かえる個人は少ない。よほど腕に自信がなければ無理よ。一番いいのは警察に電話することね。」
「警察官が来れば解決するのでしょうか。」
「もちろん解決するわ。不良たちも警察官には歯向かわない。損をするの。歯向かっても絶対に勝てないから。警察は組織力で警察に歯向かった者をしつこく追い詰めるの。普通の事件よりずっと力を入れてね。」
「不公平ですね。」
「将来の自分のことだからね。そうしなければ警察官に歯向かう者が出て来るでしょ。警察官に手を出したら絶対に損だということを知らしめておかなければ自分の安全は確保できない。」
「そう言えばそうですね。」
「だからあの不良たちも警察官が来たら逃げる準備をしながらカツアゲをしているの。時間との勝負ね。」
「なるほど。アベックの方を見ないで周りを見ている人もいますね。」
「あの連中はきっと慣れているのよ。」
「小悪党ですね。」
「どうしたい、マリア。」
「困っているアベックを助けようと思います。」
「了解。今回は私が正義の味方になってあげる。辺りに小道具もあるようだし。」
そう言ってシークレットは倉庫の入り口付近に積んであった厚そうな大きな段ボールを持ち上げて組み立て、前が見えるように小穴を開けてから段ボールを頭から被った。
シークレットは小柄だったのでシークレットの足元まで段ボールで覆われた。
それはあたかも段ボール箱が縦に立っているように見えた。
「マリアはここで見ていて。段ボールが風で飛ばされて不良にぶち当たるから。」
シークレットは小走りに走り、どんどん加速して5人の不良の2人にぶち当たった。
風で段ボール箱が飛ばされるのはよくあることだ。
そんな段ボール箱は空だから軽く、危険はない。
不良の若者たちは衝突の直前には近づいてくる段ボール箱に見張りの青年の知らせで気がついていたが大(たい)したことではないと思っていた。
風で飛ばされて来た段ボールの重さは数㎏ではなく200㎏だった。
重い段ボールに当たった不良は5mも飛ばされ、硬い道路に叩きつけられた。
二人を飛ばした段ボールはグループを通り過ぎてから方向を変えて再びグループに加速をつけて近づき、立っていた3人のうちの2人に当たり、二人を空中に飛ばした。
残った一人は唖然(あぜん)として段ボール箱を見つめた。
段ボール箱が方向を変えて残りの一人に近づくと、その不良は段ボールを躱(かわ)すように身構え、当たる寸前で横に跳んだ。
しかしながら不思議な段ボールも同じ方向に跳んでその不良を10mも飛ばした。
段ボールは数秒間その場で状況を見た後、元来た方向に加速して行き、マリアを通り過ぎて角を曲がった。
段ボール箱の中のシークレットは素早く段ボールを外し、段ボールを道端に置いたままゆっくりと角を曲がってマリアの所に行った。
「マリア、どう。段ボールが風に飛ばされて不良たちを吹き飛ばしたの。そうとう強い風があの辺りで吹いたみたいね。」
「感動しました、シークレット様。完璧な正義の味方です。」
「正義の味方は何処の誰かが判(わか)ってしまってはだめなの。そうなったらずっと狙われることになってしまうから。」
「了解しました、シークレット様。」
「この辺りは物騒みたい。かよわい乙女達は安全な表通りに戻りましょうか。」
「そうですね。」
シークレットとマリアが角を曲がって表道に戻る頃には二人のアベックは居なくなっており、パトカーのサイレンの音が近づいていた。
道路に倒れていた5人の不良達は立ち上がっている様子だった。
しばらくしてマリアは歩きながら言った。
「シークレット様、今回はたまたま近くに段ボールが置いてありましたが、無かったとしたらどうされたのでしょうか。」
「そうねえ。近づいて『止めなさい』って言ってから相手が追いかけて来たら逃げるってのも顔が分かってしまうわね。どうしたらいいのか分からないわ。冬ならフード付きのマントがあるんだけど夏なら無理ね。」
「近づかなければ顔は分からないと思います。」
「そうね。正義の味方は遠距離用の武器も必要ね。相手を怯(ひる)ませるだけで殺さない武器か。・・・銭形平次なら一文銭ね。パチンコ玉ならいいんだけど・・・若い娘ならネックレスと数珠腕輪かな。」
「ネックレスと腕輪が武器になるのですか。」
「なるわ。指弾(しだん)と言ってね。中国武術の一つよ。指で球を弾(はじ)くの。動きが少ないから誰が射ったのか分からないし、手に何個も球を握っていれば何発も連射できる。腕の加速を加えれば威力が増す。上達すれば同時に2個の弾を撃つこともできるわ。」
「面白そうですね。私たちの親指の力は相当強いものです。結構な威力になると思います。後ろ向きでも撃てますね。」
「若い娘にごっついネックレスは目立つかな。カラフルな布の長い袋に鉛玉かパチンコ玉を入れた乙女チックな腕輪がいいわね。」
「そうですね。玉がその場に落ちていても足がつきません。鉛玉はゴムパチンコの弾として市販されております。パチンコ玉はどこにでもある可能性があります。」
「へー、『足がつく』ねえ。マリアは業界用語に詳しいのね。ゴムパチンコも知っているの。」
「はい、警察官の青木さんから聞きました。結構な威力があるそうです。」
「OK。それにしましょう。空中に浮かんで足の位置から指弾してケープを閉じれば空からの攻撃となるわね。遠くから飛んで来た流れ弾だと思うでしょうね。天罰だと思うかもしれないわ。」
二人は早速、最も近い防犯グッズ店に行き、痴漢防止用スプレーと共に何種類かのスリングショット用ペレット弾を購入した。
鉛玉や鉄玉を女性が買うのは奇妙だったが、痴漢防止用スプレーを若い娘が買うのは尤(もっと)もらしいことだった。
痴漢防止用スプレーは防犯店グッズ店に行く途中でシークレットが言い出した物だった。
先ほどの裏道の不良グループへの対応で、もしも段ボールが辺りになかった場合には、相手がシークレットに気づく前にスプレーを吹き付ければ顔は覚えられないという考えからだった。
シークレットは正解が出せなかった事を相当気にしていたのかもしれなかった。
二人はタワーマンションに帰るとさっそく指弾の練習を始めた。
疲れも見せず、何度も何度も練習した。
ロボット特有の指の筋肉繊維の正確な制御のおかげで命中精度はみるみる上がった。
放り投げた雑巾にも当てることができるようにもなり、腕を組んだままの体勢から後ろに向けて指弾し、的に当てることができるようにもなった。
シークレットもマリアと技を競うことが楽しかったらしく一生懸命練習した。
二人の腕は拮抗(きっこう)していた。
総仕上げとして二人は野試合をした。
ベランダから浮遊してタワーマンションの屋上に行き、真夜中の対決をしたのだ。
目だけは鉛玉が当たれば危険だったので、防犯グッズ店で購入した防弾ゴーグルをかけ、互いに屋上の端に立って相手の弾が少しでも当たったら負けというルールで始めた。
二人は鉛玉より早く動くことができる。
飛んでくる鉛玉を掴(つか)むこともできる。
鉛玉さえ見えれば避(よ)けることができた。
最初は対等に地上戦で戦っていた二人だったが、決着がつかなかったので途中からマリアはシースルーケープを被って空中攻撃を始めた。
重力遮断パネルを使っての移動は脚で地上を動くより遅い。
シークレットは地上のネオンの光がシースルーケープの端で反射するのを目の端に捉えると直ちに皮膚温度を周囲のコンクリートの温度に下げ、ケープの輪郭に向けて二発の鉛玉を指弾した。
マリアは飛んでくる鉛玉を見ることができなかった。
鉛玉の温度はマリアの赤外光対応の目では周囲の温度と同じだったからだ。
シークレットの放った2個の鉛玉はマリアのケープに当たった。
「負けました、シークレット様。」
そう言ってマリアはシースルーケープを格納し空中から降りて来た。
「シースルーケープの端が下のネオンの光を反射したのが見えたから分かったのよ。空の星はケープ越しに見えていたわ。普通の人では分からなかったと思う。私たちがつけている重力遮断パネルは瞬時に動くことには不向きね。」
「そうでした。戦闘訓練でも空中からの攻撃はなるべくするなと教えられておりました。あれは動きが遅いからですね。」
「そうね。戦いではそんなことができない人間と同じように掩体を利用するのがコツね。」
「そうでした。」
「まあ、何とか指弾が使えるようになったわね。部屋に帰って鉛玉の並んだ可愛い腕輪を作りましょう。」
「了解。」
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