第2話 2、正義の味方

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 「マリア、最初に服を着てくれ。君の全裸の姿は若い肉体を持つ今の僕には目に毒だ。」

イスマイルがそう言うとマリアはにっこりと微笑んで言った。

「了解しました、若いイスマイル様。・・・ありがとうございます。」

マリアは最初にパンティーをはき、次にブラジャーを平らになった乳房に着けようとして怪訝(けげん)な顔をした。

 「あの・・イスマイル様。私のバストはこのままなのでしょうか。」

イスマイルは微笑んだ。

「そうか。兵士は自分の乳房の大きさを変えたことがないんだな。マリア。マリアは乳房の大きさを自由に変えることができる。どの兵士の乳房も同じだ。兵士にとって大きな乳房は無用だ。ボディーアーマーを着けるのにも邪魔だ。・・・マリア、口の声帯の先の食道に付いている加圧ポンプを認識できるか。」

「分かります。」

 「ポンプを作動させながら液体を飲めばその液体は加圧されて乳房に入る。飲み込む液体の量に従って乳房の大きさが決まる。飲み込む液体は蒸留水がいい。腐敗しない。もちろん母乳と同じようなミルクで満たすこともできる。乳児にミルクを飲ます時もあるかもしれない。そんな時には使用後に乳房内を蒸留水で濯(すす)いでおくことが重要だ。」

「知りませんでした。」

 「加圧ポンプを作動させないで液体を飲めば液体は乳房に行かないで下の貯溜嚢に溜まる。」

「溜まった液体はどのように排出したらいいのでしょうか。私はまだ液体を飲んだことがありません。」

「そうか。マリアは少し飲む練習をしておいた方がいいな。人間のいる街では水や酒を飲む機会が多い。貯溜嚢の位置は人間の膀胱の位置にあり出口は尿道口だ。トイレに行って流せばいい。液体を飲むようになったら注意しなければならないのは液体を膣に入れないことだ。膣の奥の子宮には原子電池の充電端子がある。腐食性の液体を端子につけてはならない。」

「了解しました。」

 「隣の培養室から滅菌蒸留水を持って来てやるよ。その間に服を着ておいて。」

イスマイルが分子分解銃をテーブルに置いて部屋を出るとマリアは平らな胸にブラジャーを着け、ブラウスとスカートを着て運動靴を履いた。

イスマイルは500㎖の滅菌蒸留水の入った瓶2本を持ってきてマリアに差し出して言った。

「マリアが最初に乳房から出した水は300㎖だった。左右に150㎖を入れれば元に戻る。」

「ありがとうございます、イスマイル様。」

 マリアはイスマイルから瓶を受け取り、蓋を外し、顔を幾分上に向け、流し込むように滅菌蒸留水を飲んだ。

マリアの乳房は見る見る間に元に戻り、ピンク色のブラジャーが白いブラウスを通して目立つようになった。

「イスマイル様、この瓶をいただけないでしょうか。後でバストをもう少し調整したいと思います。」

「いいよ。・・・そういえば兵士はお金を持っていなかったな。マリア、その服はどうして手に入れた。」

 「警備の青井さんからプレゼントしていただきました。」

「そうか。特殊軍事作戦には軍資金が必要だな。正義の味方のアジトも必要だし、色々な服装も準備しておかなければならない。それにマリアはまだ人間世界の風習には慣れていない。狡猾な人間には簡単に騙(だま)されてしまいそうだ。・・・しばらくの間、シークレットをつけてやろう。シークレットは僕と一緒に行動しているから世情に長(た)けている。シークレットを騙すことができる人間はおそらく少ない。」

 「イスマイル様の秘書のシークレット様でございますか。それではイスマイル様がお困りになりませんか。」

「そんなに長い期間ではない。必要な時があったら呼び戻せばいい。」 

「ありがとうございます。」

 「それから住居には僕と乙女さんが住んでいたタワーマンションを使っていい。古いマンションだが、まだ住民が住んでいるようだから大丈夫だろう。家賃と維持費は今も自動引き落としが続いている。最初は部屋の大掃除から始めるといい。乙女さんの若い頃の洋服も残っているかもしれない。まだ使えるなら使ってもいい。」

 「ありがとうございます、イスマイル様。でもそれらのお洋服はイスマイル様にとっては奥様の記念の品ではないのでしょうか。」

「使ってもいい。・・・マリアの寿命を50年にした理由はその辺りにもある。長寿者の気持ちはなってみなければ分からない。」

「分かりました。」

 「軍資金にはカードを与える。1ヶ月で100万円まで使えるカードだ。カードを使うのは現金を引き出す時だけだ。物を買う時には必ず現金を使え。カードを使うと生活が把握されてしまうからだ。乙女さんの時と同じ額だが物価が上がっているので100万円の価値は少し下がっている。」

「100万円の価値は私には分かりません。」

「そのうち分かるさ。貧しい者にとっては1ヶ月間を一生懸命働いて得られる金額よりも多いし、高給取りの者にとっては大した金額ではない。」

 「勉強します。」

「それがいい。・・・ひとこと言っておくが、可哀想な人をお金で助けてはならない。それは慈善活動であり正義の味方のすることではない。貧しい者を助けるのかどうかは日本国政府の責任の範囲だ。日本国は貧しい者をなくそうとは決して考えない。相対的に貧しい人間は働いてくれるからだ。」

「よく分かりません。」

「直ぐに分かるさ。どんな物語でも働いている人がいるだろ。働いている人は相対的に貧しい人だ。国は国内での貧富の分布を保ったまま平均値を上げようとする。平均値が高い国が富んだ国だ。」

「勉強します。」

 「次はシースルーケープだ。シースルーケープは頭頂にある。これを出すにはマリアの意思が必要だ。食道の加圧ポンプを作動するのと同じように思えばいい。そうだな。頭の上に角(つの)を出すように考える。出してみて。」

マリアの頭頂の髪が別れ、穴が開いた。

 「マリア、頭の上を両手で触ってみて。穴が空いているだろ。」

「はい、イスマイル様。」

「穴に指を入れるとリングがわかるだろ。そのリングは磁石になっていて2つに分かれる。両手の親指と人差し指で摘(つま)んで真上に持ち上げてから左右に開いてから下げ、足の下で合わせる。全身を覆う時は浮遊すればいい。やって見て。」

マリアがリングを摘んで下げると、リングより上のマリアの姿は消え、背景が見えるようになった。

 「いいねえ。うまく行った。マリア、君の姿は見えないよ。僕の姿が見えるかい。」

「見えません、イスマイル様。」

「それはマリアが可視光で僕を見ようとしているからだ。今のマリアの目は実際には色々な波長域のパルス画像を見ているのだが、意識的に可視光だけを見ようとしているのだ。赤外光を見るように思ってみて。」

「見えました。イスマイル様がいることが分かります。」

「マリアが僕を見ることができるということは相手もマリアが見えるということだ。相手がサーモグラフィーを持っていたらシースルーケープは役に立たない。その時は体表の温度を下げれば見えにくくなる。」

「分かりました。」

 「X線画像はあまり役に立たないかもしれないが、ガンマー線画像は役に立つはずだ。放射性物質があればもちろんよく見えるし、何もなくても物体は放射性物質を含んでいるから画像が成立する。紫外光も同じだ。動物にはそんな目を持っている場合がある。とにかくシースルーケープを過信してはだめだ。」

「肝に命じます、イスマイル様。」

 「今のマリアは足だけが見える。その位置で止めたければ磁石を前で合わせればいい。シースルーケープの欠点は行動が制約されることだ。腕を動かすことはできても腕をケープの外に出すことができない。腕を出すスリットを作ろうとしたがそこから光が漏れて明るくなって、かえって目立つようになってしまった。まあ当分このままで我慢してくれ。空中に浮遊して全身を隠していれば簡単に見つかることはないだろう。」

「了解しました。」

 「シースルーケープを収納するのは出すのと逆だ。磁石を離して両腕を左右に広げ、そのまま真上に上げ、真っ直ぐ下ろして頭頂の穴にリングを入れてリングを合わせる。直ぐに頭頂の穴は毛髪の表皮で見えなくなくなる。頭頂に開閉用の筋肉をつけておいた。やってみて。」

マリアはシースルーケープを頭頂に仕まうことができた。

 「マリア、これで終わりだ。後は自分で練習してくれ。マリアがここに来たのは一昨日の午後だ。今は君が来てから2日後の午後になっている。僕は少し疲れた。ここで眠ることにする。マリアは隊に戻ってグレース司令官の命令を待て。」

「了解しました。」

「一人で外に出ることはできるな。」

「できます。」

「よし、行け。」

 1週間後、マリアはシークレットと共に東京に行った。

マリアの勉強のためシークレットは研究所の門の前の坂道を下った所にあるバス停からバスに乗って清水駅に行き、清水駅からローカル線に乗って静岡駅に行き、静岡駅から新幹線に乗って東京に行った。

マリアはシークレットの財布の出し方から切符の買い方そしてバスや電車の座席に座る時の注意事項を学んだ。

二人の体重は200㎏あり、重力は体の中央にある重力遮断パネルで遮断できるが横方向の加速度までは即応できない。

座席に座る時は注意しなければならなかった。

 マリアとシークレットの姿には違いがあった。

マリアは長い髪を2つに分けて三つ編みにして肩から前に垂らしていた。

頭頂のシースルーケープを使いやすくするためかもしれなかった。

ピンクのブラジャーと白のブラウスとチェックのスカートを着、素足に運動靴を履いていた。

スカートの中は小さなパンティーだけだった。

それがマリアの外出用衣装の全財産であった。

 一方のシークレットは髪を編まないで真っ直ぐ後ろに垂らし、肌色のブラジャーと白のブラウスと紺色のタイトスカートを着、肌色のパンティーストッキングの脚に黒エナメルのハイヒールを履いていた。

それが秘書シークレットの日常着だった。

 「マリア、もう少し我慢しなさい。東京に行ったらまずパンストを買いましょう。それからマンションのお掃除用のズボンが必要ね。人間には寝巻き起き巻きよそ行き巻きが必要だからマリアにも一応揃えておきましょう。」

シークレットはマリアにそう言った。

 「眠らないシークレット様も寝巻きやパジャマやネグリジェなどを持っているのですか。」

「もちろん持っているわ。会話の話題が移って眠る時の様子を聞かれたら困るから。まさか『シャネルの5番よ』って答えることはできないでしょ。」

「何ですか。その『シャネルの5番よ』って。」

「シャネルの5番という香水をつけている他は何も着ていないということよ。」

「面白い言い方ですね。」

「そう言うウイットが人間界の会話には重要なの。即応力ね。知恵とか機知とか頓知とも言うわ。」

「勉強します。」

 「それから、小物を入れる物も必要ね。女性の姿では物をたくさん持つことができないから。」

「シークレット様の皮のポシェットは可愛いですね。」

「これは私が初めて起動された日に乙女奥様からいただいたの。その日以来ずっと使っているわ。50年も前の話よ。」

「私もそんなポシェットを持とうと思います。」

「東京に着いたら現金の引き出し方を教えるわ。マリアは食費も含めた生活費が不要だから月100万円あればたいていの物を買うことができる。まあ楽しみなさい。」

「ワクワクしています、シークレット様。」

 東京駅からタワーマンションまではタクシーで移動した。

タクシーの運転手は自動車の加速力が少し減ったと感じたかもしれなかった。

小柄な二人の女性の体重が400㎏だとは想像しなかった。

 シークレットはマンションのリモコンキーをイスマイルから預かっていた。

二人が50階でエレベーターを降り、風除室に入ってリモコンキーのボタンを押すとドアは無事に開いた。

室内はうっすらと塵が溜まっていた。

気密性が比較的高いマンションではあったが空気があれば塵は積もるらしい。

 室内には掃除道具が揃っていた。

電気も水もガスも来ているし、雑巾もあるし、ゴミ袋もあるし、電気掃除機も残っていた。

「マリア、服を全部脱いで。お洋服が汚れるかもしれないから裸でお掃除をするわよ。この部屋は外からは見えないの。でも今日だけよ。これからは室内でも裸でいるのはだめ。」

シークレットはそう言って衣服を全て脱いでポリ袋に入れた。

マリアも服を脱いで別のポリ袋に衣服を大事にしまった。

 二人は全裸で休むことなく部屋の掃除をした。

床を掃除機で撫で、その後、絞り雑巾で床を拭いた。

壁も天井も掃除機で綿ぼこりを取り去り、雑巾で拭いた。

浮遊できる二人には高いところの掃除は容易だった。

洗面所もバスルームも綺麗に何度も拭いた。

雑巾を使えない家具は乾いたタオルで磨いた。

その場に人間がいたら、全裸の美女が外見を気にすることなく掃除をしている光景は異常に見えたことだろう。

二人はおよそ3時間でマンションの大掃除を終え、軽くシャワーで裸体を洗い、衣服を着け、買い物に出かけた。

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