雨が降ると言っていた。激しい雨。

 だけどこんな風に傘も役に立たないようなスコールだとまでは、思っていなかった。


 交通遅延も出ていたようだし、少し早めに帰路についたものの、もう既に歩いている人もまばら。白く煙った薄らいだ景色のなかで、雨粒が傘を叩く音を聞きながら早足で道を急いだ。

 靴どころかスーツもシャツもじっとりと濡れていて、髪の毛から整髪料が溶け混じった水滴が垂れてくる。不快だ。


 そうして、ようやく自宅マシンションのエントランスをくぐって、傘を畳めたことにほっとはしたけれど。建物の外で音を立て流れ続けている雨を横目に、全身濡れかぶった気分はどこまでも重く憂鬱だった。

 ため息をつきながら、一刻でも早くシャワーを浴びて着替えたい思いで家へと向かう。

 そこまでは、本当に最悪な気分だったのだ。


「おかえりー、真尋さん!すごい雨だよね。俺もずぶ濡れでさー、先にシャワー借りちゃったけど、今ちょうどお風呂たまったところ。温まってきて」


 玄関を潜ると、バタバタ駆けつけてきた酒井くんがタオルを差し出してくれた。


「スーツ、洗う?」


「洗う」


「洗濯機?だったら回しとくから。とりあえず上着脱いで。ずぶ濡れだから。風邪引いたらたいへん!」


 そう言って、かいがいしく濡れた上着を預かってくれる。

 水を吸った上着の質量よりも、ずっと心が軽くなって、ふわふわと浮わついた。


 このまま、抱きついてしまいたい思いに駆られたけれど。

 びしょ濡れの俺が、彼まで濡らしてしまうのは忍びないから。

 くるりと背を向けて部屋へと向かう酒井くんの腕をそっと引く。


「一緒に入る?」


「!!!」


「洗濯は洗濯機がやってくれるし」


「は、入る!雨の滴る美人からこ、こんな最高に可愛くて可愛くて可愛くて後光さすお誘いを受けるなんて雨の向こうはきっと虹が乱舞!!!」


「なんだそれ」


 結局はがばりと抱き締められて、酒井くんを濡らしてしまった。

 まあ、いいか。これから一緒に温まれば。


 曇天だけじゃなくて、こんな憂鬱な雨さえも晴らしてくれる。

 眩しすぎる恋人に、いつだって輝く日々をもたらされてる。

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