忘れたほうがいいとある夜 ※R微特殊注意(おふざけボーナスステージ)

 それは本当に偶然の出来事で。

 ただ久々に敬也と二人でお外デートをしただけなのに。

 敬也の友達集団に出くわして、……その中に若干の知り合いもいたりして。気が付いたら金曜夜の賑わう大衆居酒屋の座敷で、大半は知らない若者に交じって、真尋は日本酒を傾けていた。


 乾杯のビールはいけなくはない。でも、炭酸の酒は腹が張るのであまり得意じゃない。甘い酎ハイやカクテルなんてものも、そもそも甘いものはちょっとだけでいいタイプの真尋には飲み続けられない。だから自然と度数が高いものへと手が伸びてしまう。それでいてあまりアルコール自体に強くもないから、普段ならば飲み会なんてものには最低限しか参加しないし、参加しても嗜む程度しか酒を口にしない。


 だけど、この状況では飲む以外に何ができるだろう。


 敬也の友人連中はフランクで、時折真尋へと話を振ってくるので適当に愛想を返す。普段はそんな面倒なことはしないけれど、できない訳ではない。不用意に人と関わるのが嫌いだから普段不愛想にしているだけで、女装姿の接客が店でトップクラスのファンを掴んでいたくらいには、社交性も持っている。

 だから、不本意な社交をやり過ごすことは何とでもできる。


 ………できるけど、面白くはない。


 とっても社交的な敬也は、あちこちで人に囲まれている。誰とだって仲が良くて、どこにいても笑い合ってる。

 本当ならば、今頃はいつもみたいに二人の週末を過ごしていたはずなのに。

 あんな風に構われるのも、笑いかけられるのも、自分だけのはずだったのに。


 敬也には学生らしくいられる時間を大切にして欲しい。自分だけに構うのではなく、社会人になってからは縁遠くなってしまうような自由な時間を楽しく過ごして欲しい。

 それは真尋の本音ではあったけれど、目の前でそんな若さを見せつけられるのは苦行のようだ。場違いな自分をまざまざと思い知って、それでもなお嫉妬心が疼く。

 見知らぬ女の子たちに義務的な笑顔を向けてちやほやされたって、何の面白みもない。

 そうしてついつい、普段は飲まない量のアルコールを呷っていた。



 ―――どうでもよくなった。


 楽しくもない場所にいるなんて趣味じゃない。愛想を振りまいてるのなんて何の苦行だ。帰りたい。つまらない。帰りたい。帰る。

 ふわふわと取り留めなくなった頭で、すっと立ち上がると無理やり敬也の隣に座り込んでもたれかかった。


「ま、真尋さん?酔ってる?」


「うん」


 だから帰る。敬也くんを持って帰るの。

 周囲がなんだか賑やかな気がするけど、もうどうでもいい。

 ぎゅうぎゅうと敬也に身体を押し付けると、慌てるように敬也は真尋の身体を支えた。


「帰ろう、すぐに帰ろう、か、帰る!」


 敬也はそう言って、真尋を抱きかかえられるように立ち上がった。


 真尋はとっても満足だった。

 そうそう、そうやって、俺の敬也くんじゃなきゃ嫌。

 身を任せてゆるゆるな思考を投げ出すと、勝手に口元から忍び笑いが零れた。

 だって、大丈夫だから。この人に任せておけば大丈夫。


「ちょっと可愛すぎて見せられない世界が敵!全世界が惚れてまうやつ!!!」


 なんだか敬也も騒がしいけど、なんだっていい。

 やっと取り戻したんだから、ここにいられたら……。



 ――――


 確かに、真尋はアルコールに強くはないと言っていた。

 一緒にいても飲むのは時々で、ほんの少しだった。だから敬也は知らなかった。

 ……これは、ある意味酒乱なのでは?

 だめだ。他の人に見せてはダメだ。妙に周囲に色気を振りまいて、愛想良く笑顔を向けているのは気になっていた。それに興味津々な女子たちを複雑な心境で見つめて、でも自分たちの仲をひけらかすのはきっと真尋が嫌がるだろうなと思っていたのだ。


 あれは、酔っていたの?それで、酔った挙句の行動がコレなの?


 身を任せる勢いで敬也によりかかる真尋の姿を見て、天にも昇りそうなトキメキに息が詰まる。

 潔癖で、完璧主義で、プライドが高い真尋は、ずっと年下の敬也にほんの時折しか甘えてはくれない。いや、他に甘える相手がいるとは思えない。人に頼るのが苦手な人間なのだ。

 時々頼られたり、甘えられたりするのは勝ち取った信頼と愛情の証だと、敬也は知っていた。思っていた、というよりしっかり事実であると認識していた。敬也にとって真尋はわかりやすい人間なのだ。


 だから、こうも見せつけるように甘えてくる姿は意外だった。意外だけど、察してしまった。真尋はきっと、拗ねていたのだと。そして、ずっとこうしたかったのだと。

 鼻の下が伸びるどころではない。顔面が融けて無くなりそうなくらい、嬉しすぎてにやにやが止まらない。可愛すぎて叫びだしたい。だけどそれで今の状況をだいなしにしたくない。自分の欲望のために騒がしく吹き荒れる感情をぐっと堪えた。

 もう少し、いい思いをしたい。真剣に天に願うレベルだ。



 そう願った甲斐があったのかどうかは定かではない。けれど真尋は全くにも我に返る様子がなくべったりと敬也にくっついたまま家へと辿り着いた。

 こんな時でも足どりはしっかりと道を進んでいくところは、真尋らしかった。だけど離れようとはせずに半ば抱き着くように敬也にしがみ付いていて、『歩く惚気』という言葉が頭に浮かんできた。幸い賑わう繁華街を抜ければ真尋のマンションまでは深夜の人通りは多くない。だからこそ、この状況を楽しめたのかもしれない、と敬也は思う。


 玄関で真尋の靴を脱がせてやり、ソファーに座らせてから水を取りに行こうと身を翻すと、ぎゅっとシャツを引っ張られる。


「置いていっちゃやだ」


 まるで小さな子供みたいにねだられて、ふへ、と緩んだ笑いが口をついた。

 今日何百回目の可愛すぎる光景だろうか。

 元々弟妹達が幼い頃から面倒を見ていた敬也は、子供の世話に慣れていた。だからこそ、こんな我儘が子供の可愛さだけを反映していて、本当に手のかかる部分は除かれたものだと理解している。


「お水飲もう?気持ち悪くない?」


 真尋の頭に手を伸ばして子供にするように頭を撫でると、気持ちよさそうに目をつむって頭を擦り付けてくる。ほんのりと朱を増した頬には色気が漂って、震える長い睫毛まで妙に艶めいている。ぱちりと瞼が開くと、いつもよりも柔らかく緩んだ瞳がぼんやりと敬也を見つめて、嬉しそうに笑みの形に変わった。

 艶やかな唇がもっと赤く熟れていて、声音も普段よりずっと甘くて。


「敬也くん、おしっこ」


 両手をだっこ待ちの角度で差し出されて、敬也は固まった。


「トイレ、つれてって」



 いいいいいいいいいのだろうか。そんなプライベートゾーンに踏み込んで。

 もちろん介抱という意味では断るという選択肢はないから、敬也は座らせた真尋を抱え起こしながらも、胸はドドドドドと激しい動揺と妙な欲望に騒ぎ立てていた。


 困ってる?甘えてる?それともなんか特別な……いやいや、特別ってなんだ?そんな特殊な性癖は持って……ない、ないはず、ないはずなのになんかぁああああ!!!


 もはや心の中は大混乱だ。当の敬也にすら自分の気持ちも行動もどこか他人事のようで、ただ目先のことに精一杯だった。

 浮かれた幸福感の中に湧き上がる背徳感と得体のしれない興奮。飲みの場では最初の一杯くらいしかまともにアルコールを摂取していないのに、喉が渇いてくっつきそうだ。


 それでも無心に真尋をトイレまで運び、ねだられるままにズボンを寛げて下ろしてやると、真尋はストンと便座に座った。

 ここまできて、ようやく何かの一線を越えずに済んだような安堵を覚えて深く息を吐いた。

 そう、そうだ。真尋がシラフに戻った際に、嫌がるようなことはしてはならない。こんな甘えたボーナスタイムは今だけで、普段の真尋の潔癖さとプライドの高さを考えると、後々彼が傷つくようなことをしてはならないのだ。


「じゃあ」


 いつの間にか自分に言い聞かせている意味をも、敬也は自分で理解できなかった。ただ、逃げるようにトイレから出ようと背を向けた。


 ―――が。またも、シャツの背中がむんずと掴まれた。


「やだ」


「え、だだだだって……」


「はなれるの、いや。おいてかないで」


「え、うん……で、でもちょっと……いや、ハイ」


 敬也はぎゅっと目を瞑った。

 ………見ない。聞かない。そうだ、息も止めよう。

 絶対に許されない究極のプライベート空間に引き留められている。それを許されているとか、望まれているとか、そういう喜びは計り知れないほど上限を突破していて。

 それとは別に、尊厳の礎をも自由にできるという、歪んだ官能に揺さぶりをかけられている。隠したい所までさらけ出した時、真尋はどんな顔をするのだろう。どんな風に乱れてくれるのだろう。


 ………これは、イケナイ欲望だ。見ても聞いても気づいてもイケナイ。

 大切な人を大切にできない狂熱はいらない。


 念仏のように自分へ言い訳を繰り返しながらぐるぐるする思考を落ち着けていると、流水の音に意識を引き戻された。

 自分との戦いに打ち勝ったことに安堵しながら、また伸ばされた両腕をすくうように真尋を抱き起こして服を整える。


「俺もトイレしていくから……っ?」


 ついでに自分も済ませておこうと真尋の身体を引きはがすと、真尋はくるんと回って敬也を後ろから抱きしめた。それから、当然のようにカチャカチャと敬也のベルトを解こうとしている。

 その滑らかな手つきも、上手に背中に寄り掛かる重みも、寄り添う頬から零される吐息のくすぐったさも、熟練さを感じさせるほどに色っぽい。ぞわぞわと背骨がくすぐられて、見ないフリしてきた熱が行き場なくくすぶる。


「ま、待って!そんなことされたら、出ないから!!!ちょっとだけ待って!!!」


 慌てて真尋を引き離して、トイレの外に置いてきた。雑念を沈めなければ、あんなにも無防備な姿をしている真尋に何をしてしまうかわからない。

 唸って、呻いて、深呼吸して、用を足しながら邪念を払う。

 そう、これはあくまでボーナスステージ、美味しい思いはもう十分すぎるほどしているのだから、嫌な思い出にさせてはダメなのだ。



 ―――と、思ってトイレを出ると。


 真尋は扉の前で座り込み、膝に顔を埋めて泣いていた。


 ………泣いてる??!


「ど、どどどど、どうしたの?!」


 意地っ張りの真尋は泣かない。余程のことがないと泣かない。敬也と出会ってから色々なことがあったけれど、泣き顔を見たのはほんの数回だった。その全てが忘れられないくらいの出来事で、今でも敬也の胸には深く突き刺さっているというのに。


 ぐずぐずと鼻を鳴らす真尋はまるで小さな子供だった。いいや、小さな子供の頃に、真尋はこうして人に甘えたことなんてなかったと言っていた。

 誰かと一緒に寝たのはいつぶりなのかわからない。そう言っていたのは、幼い頃の記憶にもないという意味だったと後で知った。齢一桁の頃から、一人で何でもこなしてきた。寂しいともつらいとも言わずに、一人で立っていた人なのだ。


「敬也くんがおいだした」


 それが、たったこれだけのことで、ぐずって、泣いて、甘えた最高かよ!

 人間が感動で物理的に爆発できるのならば、今まさに世界を巻き込んで大爆発していることだろう。

 もはや敬也の心は大噴火しているのだけども。今は鎮まり給へと祈るくらいしかできない。


「ごめん、ごめんね?」


「はなれるのいや。おいて行かないで。嫌いにならないで。俺だけ見ててよ」


「ハイ!好き!!世界一大好き!!!一生真尋さんだけ見てるし真尋さんのです!!!!!」


「……うん」


 おずおずと顔を上げた真尋の目の端が濡れている。

 この人のこんな姿を知っているのは、世界でたった一人、自分だけで。きっと親にすら見せたことがない全力の甘えた姿で。

 あまりの可愛らしさと愛おしさにズドンと胸を打ち抜かれて、敬也は息も絶え絶えになっていた。

 やばい。

 やばいやばいやばいやばいやばい。

 言葉にならない巨大すぎる感情に悶えるしかない。


 知っている。真尋が自分を大好きなことを。嫉妬もするし独占欲もまあまあある。嫌われることや飽きられることを不安に思っていて。それを表出できずに落ち込んでしまうところも。

 敬也にとって真尋はわかりやすいのだ。だから、知っている。


 だけど、知っているのとストレートに表現されるのはまた違った。

 いや、もう理屈で考えることすらできない。ただただ可愛い。可愛すぎて真っ白でいっそ気が狂いそうだった。


「い、いっしょにいるから!ずっといる!一緒に行こう?」


 ぎゅっと抱きしめると、真尋はおずおずと抱き返してくる。こういう所は普段と変わらない。好きだから裏切られるのが怖くて臆病になるところ。植え付けられたそれを、いつかは克服できるといいと思っている。

 でも、そういうところも、敬也にとってはとても愛おしい。無意識までもが、好きだと言ってくれているのがわかるから。


 勢い余って抱き上げても、真尋は抵抗しなかった。おとなしく、それどころか重心が安定するようにぎゅっと手足を巻き付けて、涙の名残の残る掠れた声で小さく笑った。


「離れないから、一緒に寝よう!ね!!!」


 いつもなら、決して抱きかかえることなんてさせてくれない。それを許されて、敬也にはなんだかむしょうに力が漲っていた。真尋は細身だが引き締まった身体をしている大の男だ。なのにちっとも重いとは思えなかった。そこにあるのは幸福感だけだ。



 ベッドへと辿り着いて、敬也はそろそろと真尋を下ろした。それから、間を置かずに自分もサッとベッドへと潜り込む。

 真尋は満足そうに頬を緩めて、敬也に巻き付いてきた。

 それから、ちゅっと唇を啄まれる。

 未だ漂うアルコールの匂いに、熱が上がった清楚な体臭が混じって香っている。

 特に香水の類はつけてはいないらしい。近づけばほのかに香る体臭は、日ごろからケアを欠かさない真尋の髪や肌に染み込んだ匂いなのだろう。敬也はこの匂いにめっぽう弱い。綺麗で透き通って甘くて華やかな、花や果実のようないい匂いがする。


 手を出したいに決まっている。

 だけど、ダメだ。今はダメだ。今日はダメだ。


 敬也はよしよしと真尋の背をあやした。その掌の動きに心地よさそうな吐息の音が微かに鳴って、それでも真尋は密着した身体をすり寄せてくる。


「………気持ちよくして?」


 真尋は敬也が全力で見ないふりした欲望を、ストレートに掻き立ててきた。


「敬也くんのでお腹の奥までいっぱいにして……」


「まっ、……だめ、ダメダメダメ、だって真尋さん、ちゃんと準備しないと嫌でしょ?」


 断腸だ。

 据え膳を食えない。いい思いをしすぎたツケなんだろうか。心底望んでるのに、相手にも望まれて断らないとならないなんて。


「できない。中、欲しい。して……」


「あーあーほんっと、したいけど!!でも、真尋さんが傷つくようなこと、できない!!!だから、起きてから、ね?」


 本当は、敬也にとっては些細なことだ。真尋がこだわる準備とやらなんて、それはまああるに越したことはないのだろうけど、多少のことは別に気にならない。

 でも、真尋がどれだけ完璧にしたいのか知っているし、少しでも汚してしまったら許せないことも知っているのだ。それこそ、神経質なほどに、絶対に失敗したくないと思っていることを。

 その矜持を踏みにじりたくはない。


 敬也は、やっぱり真尋が傷つくことはしたくない。大切にしたい。できる限り、大切にしているつもりでもある。


「格好いい……すき、だいすき」


 真尋はぎゅむ、と敬也に抱きついてとろりと惚けた声で呟いた。


「敬也くん、本当にこんなに格好いいのに、俺のなのに、みんな好きになっちゃうだろ、だって好きにならない理由ない……」


「………」


「敬也くんは、俺のこと好きなの、誰にもあげないの、俺の幸せなの、だからどこにもいっちゃ……だめ」


「………人生一褒められ過ぎて息の根が止まりそうだし我慢が辛すぎるしもうもうもう絶対に寝られない」


「ふふ……すき、だいすき」


 真尋の 声音は尻すぼみである。眠気が漂っていたのは察していたし、消え入った甘い声が寝息に変わっても、まあ頷けるものだった。

 だけど、残された敬也の胸は怒涛の感情の波にさらされていた。心拍数は全力疾走を超えるかもしれない。完全に制御を失った昂りは切なすぎるし、沸騰した頭は焼き切れそうだった。


 寝れるわけない。

 だが、ぜっっっったいに離さない!!!!!

 こんな幸せなボーナスステージだったのだから、このくらいの試練には耐えてやる!


 ………と、数時間悶えたのだった。




 ―――


「…………頭痛い」


 掠れた囁きでうとうとと浅い眠りに陥っていた敬也は目が覚めた。

 半ば敬也に乗っかるように抱きついたまま顔をしかめている真尋は、どうやら酔いも覚めたらしい。

 まじまじと見つめながらも、寝る前の姿を思い浮かぶ。

 ふい、と真尋が上を向いて視線が絡んだ。


「お、お、おはよう」


 敬也は思わす顔がにやけ尽くすのを止められなかった。

 真尋は胡乱な顔でそれを見つめ、顔をしかめたまま目をすがめる。


「………何かあった?」


 渋い表情のまま考え込んで、霞んだ頭の重さに、再び敬也の胸元に頭を沈める。


 ……………覚えていない?!


「………少しくらいしとくんだった」

 認識したとたんに敬也の口から思わずこぼれた。聖人君主にはなれないのだ。


「……何を?」


「いいえすいませんっした」


「本当、何があったの?」


 怪訝そうな顔をして、真尋ががばりと身を起こし、眉を顰めてぎゅっと目を瞑った。

 全ての煩悩を一旦お預けにする程度には、調子が悪そうだ。

 敬也は我に返って慌てて起き上がった。


「大丈夫?お水飲む?」


 そういえば、飲み物すら近くにないことを思い出して、敬也はベッドから降りて取りにいこうと身をひるがえした。

 ぐいっ。

 歩き出そうとして、またシャツの後ろが引っ張られる。


「一緒にいこう」


 ふいっと顔を逸らした真尋が頷く。……にやにやと顔面が崩れるのを止められない。

 甘えられない不器用なツンデレも、まあ、わかりやすくはあるのだけれど。

 その行動の全てが、あんな可愛い駄々っ子と変わらないのだから、離れたくないのも、敬也のことが好きで仕方ないことも、ぜんぶぜんぶストレートに聴こえてくるような気がする。


「……本当、何かあったの?」


 じっとりとした視線を投げかけてくる真尋へと、敬也は崩れたままの笑みで手を差し出した。

 思い出したのならば、恥じらいの余りに逃げ出してしまうかも。それはそれで、きっと可愛いのだろうと思うのだけれど。

 今のままでも十分に可愛すぎるので、心を煩わせてしまうくらいなら忘れていたほうがいいのかもしれない。

 ………覚えている自分は、ずいぶんといい思いをしたのだから。


「今日も真尋さんが可愛いの極みで人類の誕生に感謝するレベル」


「祖先まで還り過ぎ」


「だってほら、真尋さんの可愛いで世界が2クラス明るくなったし今日も晴れたし毎日毎晩ハッピーエンドっていうか」


「どんな特殊能力だ」


「今日も真尋さんと一緒に過ごせて世界一幸せだし!ここが楽園だし!!前世でどれだけ徳積んだんだって自分を褒め称えたい!!!」


「うるさい」


 敬也の差し出した手をぐいっと引っ張って、真尋が立ち上がった。


「負けてない」


 穏やかに口元に綺麗な弧を結んで、スタスタと歩き出す真尋に手を引かれる。わたわたとついて行く形になった敬也は、未だ続いているボーナスステージに浮かれきった。

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