きょり

 いつもすぐに触れられる場所にいるから、この距離感がもどかしい。

 ふとした瞬間に、いつも、好きだなあって思う。馬鹿みたいに毎日思う。

 だけど二人で買い出しに来た土曜の昼間。並んで歩く距離はいつもより少し遠い。


 ………知っている。人前でベタベタすることを、俺が嫌がるからだって。周りに詮索されることも。興味や奇異の視線を向けられることも。そんな自分を許しがたく感じてしまうから、ずっと避けてきた。

 だから、酒井くんはいつもより少し離れて歩く。何も不自然じゃない距離を選んで。俺に合わせて。


『気味悪く思われたら嫌じゃないの?』


 夜道でひっそり手をつないで歩いた時に聞いてみたことがある。


『うーん、そういう人もいるんだろうけどさ。でも、そう思う人とはどっちみち仲良くなれないでしょ?だったら、そういう人に気を使っても仕方ないっていうかさ。どうせ気にするなら、大事な人にとってどうか、の方がいいなって思う』


 気負った様子もなく柔らかい笑顔で返されて、こういうところがどうしようもなく格好いいと思った。

 ずっと年下だけど。優柔不断だったり優しすぎたりもするけど。根をはって揺らがない自分があって、空より広い包容力を持っている。

 本当に格好いい。


 それに比べて、自分の狭量さが嫌になる。

 誰にも見下されたくない。誰にも憐れまれたくない。誰にも指をさされたくない。

 劣っているなんて言われたくない。完璧じゃないと自分で許せない。

 こんなプライドの高さが嫌になるけど、自分でもどうにもできない。

 俺だったら嫌だ。こんな面倒で厄介な人間は。

 ……酒井くんだから、受け止められるだけで。


 この足を踏み出してみれば。この手を差し出してみれば。

 きっと嬉しそうに受け入れてくれるのに。

 そうできなくても、何も咎めない。呆れもしない。ただありのままを受け止めてくれるだけで。


 そこまでして、俺が守りたいものって何なんだろう?

 大事な人にとってどうか。そう言い切れるほどの潔さはないけれど。

 守りたいものに、答えなんて出てるのに。


 トン、と隣に並んでもたれかかる。

 荷物を持ってる腕に腕を絡めて、……顔なんて見れるわけない。


「へ、どどどどどうしたの?」


 温かい腕に額を押し付けていると、見なくてもわかるくらいにデレデレな声が降ってくる。

 胸の内側がくすぐったい。望まれていると知ることが、こんなにも簡単にできるのは幸せだってわかってる。


「………ダメ?」


「ぜんっぜん!嬉しい!何のご褒美!!!今ちょっと世界一幸せなんじゃない?えっ、えっ、夢でもいい!!!!!」


「起きてるし」


 可愛らしいことなんて一つも言えないけど。そうやって不貞腐れたように誤魔化したって、頭上の声は弾んでいる。


 泣きたいほどに幸せなのは、俺のほう。

 ただちょっと近づいただけなのに、こんなにも幸せになれるなんて。きっと他にないほどの奇跡だろう。

 本当は、触れるほど側にいたい。

 そんな願いも一緒に叶ってしまっているのだから。

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