あたりまえのかたち
忙しい、って言っていた。
そういうことは時々あるし、お互い様だから。今日会ったのは、三週間ぶりくらいで。
うちにくるなりベタベタと離れなかった酒井くんは、ご飯を食べたらソファーでうとうとと居眠りを始めた。
「寝るならベッドに行って」
「もうちょっと……」
俺に後ろから抱き着きながらゆらゆら揺れてる酒井くんを、しばらくあやして引きはがす。それから、ゆっくりと身体をずらして横にした。
うちのソファーは簡易ベッドくらいにはなるけれど、そんなに大きい訳でもない。
大柄な酒井くんが横になると足先がはみ出ている。
とりあえず、背もたれを倒してフラットにしてみるが、元々の座面部分に寝ているのもあって、窮屈そうなのに変わりはない。
かといって、起こすのは可哀想だし。
狭いソファーですやすや眠る酒井くんの姿を見ていると、きっと本気で疲れてたんだろうなって感じる。
会いたかったのに、すやすや眠りやがって。
不満げなフリをしてくしゃりと髪を撫でる。
嘘。眠くてもここまで来てくれた。
尖らせた唇が緩んでるのに気づいてる。気づかれないからノーカンだ。
そばに、いたいのにな。
狭いソファーの端っこに、無理やり忍び込んだ。
当たり前のように俺の背中を抱きとめた酒井くんが、むずむずと身体を後退させて迎え入れてくれた。
ああ、もう既に当たり前なのか。
眠っていても自然と受け入れられるくらいに。俺の場所がここにある。
起こしてしまわないように、定位置に収まって胸元に口づけた。
目を瞑って、開いた時にもここにいてくれることを。
疑っていないから、幸せな気持ちで眠れる。
―――
目が覚めたら、ぎゅうぎゅうに抱きしめられていた。
あれ?いつ寝たんだっけ?
ベッドに行けと言われて、もっと真尋さんといちゃいちゃしてたいとダダをこねた気がする。
だって、久しぶりに会えたから。
この日のためにテストもレポートも実習のアレコレもバイトも、まきまきで片付けたんだし。
畳み掛けてきたあれそれを撃ち破ってきたんだし。
ありついたご褒美を堪能したいに決まってる。
それでも、眠くて。
ちゃんと休んで、って真尋さんが心配してくれてるのも嬉しくて。
子供のように甘えてダダをこねて寝落ちてしまった。
だけど。
狭いソファーの上、真尋さんが半分俺に乗っかるように巻き付いて寝てる。
いつもより狭いからか、ぎゅうっと手も足も絡み付いている。
ダダこねてよかった!
いや、ダメだけど。ダメダメな行為だったけど。
えっ、だって可愛い。起き抜けからご褒美。おはよう世界、希望の朝!!
布団すら着てないのに、ぴったりと肌が合わさった部分は温かい。静かな寝息が胸元を擽り、首筋を撫でていく。おそるおそる真尋さんの顔を盗み見ようと俯くと、頬に艶やかな髪が触れた。
しっかりと目が覚めるのに伴って、急速に胸が高鳴って一気に体温が上がった。
真尋さんは、ソファーで寝落ちなんてだらしないことをする人じゃない。几帳面で繊細だから、何度もベッドに行けと言われてたし。
なのに、ここで一緒に寝てるって、可愛いが過ぎない?
「すき」
胸の中で高まった思いが、ぽろっと口から零れた。
ごそごそ、と胸元で柔らかい皮膚が擦れて、震えた呼気が肌を揺すった。
あ、笑った。絶対笑ってるよね?
なに、寝てるのに好きって言われて笑ってるの可愛いの権化に尊み爆発しそう!
見たい。見たすぎる。ちょっとだけでも見たい!!!
おそるおそる、そろそろと首を傾ける。サラサラの髪から香る清楚な匂いに、頭がクラクラしてくる。胸元に埋まった真尋さんの顔は見えてこない。
少しずつ、腰を逸らして胸を引いていく。
もうちょっと。もうちょっとで、真尋さんの顔が見れるかも。
「んん………」
ぐいっと背中を引き戻された。
回されてる腕がぎゅうっと締まって、まるで追いかけてくるかのようにぴっとり肌がくっつく。まるでここが、真尋さんの定位置だとでもいうみたいに。
えっ、可愛い。なに今の可愛い。どうしよう可愛い。この可愛いをどうしていいか悩む……いや、むしろもう何も考えられないくらい可愛い!悶えすぎて窒息しそう!!!
「……おはよ」
ごそりと小さく胸元が蠢いて、顔だけ上げた真尋さんが眠たげな眼で俺を見て掠れ声で呟いた。
お、起こしちゃった?悶えすぎて起こしちゃった?鼻息?心臓の爆音?心の絶叫?
でも眠たげな真尋さんのレア可愛いゲットでテンション更に爆上がる。
「おはよう!ごめんね、俺寝ちゃって。真尋さん窮屈じゃなかった?朝から眼福というかいい夢みたっていうかもうまだ夢のなかっていうかここが天国な心地だけど!」
ふふ、と真尋さんの口元が和らぐ。いつもなら的確にツッコんでくるところだけど、まだ緩んだままの真尋さんは、またぽふりと俺の胸に顔を埋めた。
「敬也くん寝てたから」
「うんごめん…」
「でもちゃんと俺の場所は開けてくれたよ」
「えっ、うん?そう?」
「でも、俺も待ってたのに」
ぽつりぽつり零しながら、真尋さんが俺の胸にすり寄る。
甘えるような仕草と言葉が突き刺さって、頭の中が沸騰しそう。
「………うぅ、真尋さんの可愛いに酸欠になりそう。あーあーあーあーもうなに可愛いが過ぎてなんかもうあああああ苦しい好き!」
「あはは。敬也くん」
「……はい」
「俺も好き」
死ぬる。いや絶対死ねない。ちょっと今宇宙一幸せだから!
頭の中はふわふわで、胸はハードにドラムソロ競ってる感じだけど、もう全身がかっかして汗だくな自信しかないけど、今日は俺の復活祭に違いない!!!
「うぅ……」
言葉にならなくて呻き声しか出ない俺に、真尋さんはまた笑い声を零して身を起こした。
狭いソファーの上で、俺の身体を跨いで。
「……………元気」
「それはもう!仕方ないに世論も異議なし!!!朝から真尋さんの可愛いに完全感服だしなにこのえっちな眺め世界最高峰!!!絶景世界遺産!!!!!」
好きな人にこんな風にされてしたくならなかったら、おかしいよね?
自分の熱を持て余して昂り過ぎた胸を抑えてると、真尋さんは身を折り曲げて俺の耳元に口づけた。
「俺も、したかったけど」
ぶわっと体中が粟立つ。興奮の余り失神するのを耐えるレベルの試練。でも生きてて良かったレベルのご褒美。
「ちゃんと綺麗にしてからね?敬也くんはまずお風呂です」
ふっと重みが遠のいて、立ち上がった真尋さんがにやりと俺を見下ろした。
その表情の悪戯っぽさすら、心臓を掴んで揺さぶって、綺麗で可愛くてセクシーでキュート。
「ううぅ……」
でも寝落ちてた俺が悪いので、何の反論もできるわけがない。
いろいろな感情に呻くしかない俺の鼻先に、真尋さんはちゅっと唇を落として。
「早く」
ね、と首を傾げて色気を振りまくので。
何としてでも全力でお風呂に向かう所存です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます