びだん

 今でも時折思い出すのは、高校生の頃に夢中になった後輩の姿だ。

 とても綺麗で中性的な容姿をしていて、穏やかに微笑む瞳の奥に哀愁を滲ませた表情が色っぽかった。

 優秀なのに目立たず。だからと言って蔑ろにされないように立ち回る。誰とでも距離を伺って当たり障りなく接している。

全てが計算ずくの少年だった。


 彼に親しみを向けられると、もっと近づきたくなって。

 特別な熱を感じると、彼の全てを自分に向けさせたくなった。

 キスをして、触れ合って、抱きしめ合った。

 のめり込むのと同時に、自分はもう「普通」には戻れないのではないかと不安になった。

 夢中になって彼の無垢な肌をあばき、欲に触れ、欲をぶつけてきたのに。どうしても思い悩んで、最後の一線だけは超えられずにいた。


 そんな折の卒業は、全てから逃げ出すチャンスのように思えた。

 彼と過ごした一年という時間を全て無かったことにして、「普通」の生活に戻るチャンス。

 卒業式で告白された女友達と付き合って、ただひたすらに「普通」のフリをした。

 どうしても「普通」を捨てられなくて、彼に言葉で想いを告げられなかったことや、付き合っていると明言できなかったのを良い事に、一人心の中で言い訳した。


 卒業後に、彼女と並んで歩く俺の姿を見て寂しそうに笑った彼の表情が心に焼き付いて、後ろめたさと共に、彼に愛されている喜びを噛み締めた。

 彼はいつまでも俺の心の中で甘美な思い出だったのだ。

 十数年が過ぎるまで。



 予期せぬ再開は、地元から少し離れた街中。

 何気なく目が合って、お互いに気づいた顔をしてしまった。

 俺が三十路ならば、二つ下の彼はアラサー。

 少年の柔らかさがなくなってもなお、繊細で色気がある中性的な美人だった。

 彼の目が見開かれて、陰りを帯びてそっと逸らされた。

 あの日のように。

 胸の中に愛おしさが広がる。何度も回顧したあの甘やかな日々に抱いていた気持ちがよみがえった。

 あの頃伝えたかった想いが溢れてしまいそうだった。

 無意識に彼の名を呼ぼうと、唇が動いていた。


「どうしたの?」

 聞き覚えのない声に、現実の景色が戻ってきた。

 憂えた彼の瞳が、隣に佇む年若い男へと向けられて、緩んで温かい色を滲ませた。

 あの頃自分に向けられていたように。

 好意を隠し切れない、可愛らしくて愛おしい表情だった。

 男の手が彼の肩を抱き、真っすぐな瞳でこちらを見据える。

 俺は、その眼差しを瞼を閉ざしてかわした。


 言い訳する機会なんて与えられない。

 だけど代わりに、彼に残した傷跡も残り続ける。

 あの時、逃げる事を選択してしまった代償に、彼を想い続けた今があって。

 この美談が失恋に変わったのは、己の未熟な過ち故なのだろう。

 悲しくも苦くもあるが、でもホッともしている。

 美しく愛おしい彼が、どうか幸せであるように。

 逃げたからには見届けることもできずに、ただ勝手に願ってしまっているのだ。

 ありきたりな人生を過ごしながら、夢を見るように。

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