こいびと①

「ごめん!金曜日さ、同中のやつらと飲みに行くことになって」

「……約束してないし」

 年下の恋人が申し訳なさそうに頭を下げるのを見て、真尋は素っ気なく返した。


 本当は、金・土曜日が定休の真尋に合わせて敬也が泊まりに来るのを待ってる。なんてことは、絶対に口にも態度にも出せない。知られてしまうのは恥ずかしすぎるし、バベルの塔ほど高いプライドが許してはくれない。

「えええええー、俺は楽しみにしてた!」

「用事ができたのは自分でしょ」

「そうだけど!だけど!!!毎日毎分真尋さんに会いたい!!!!!」

「うるさい。今も会ってるし」

 週末だけでは足りないと、敬也は週に2、3回は真尋の家に泊まりに来る。交通の便が悪いから、いつも残業で帰宅が遅い真尋に会いに来ることは出来ても、帰ることができない。結果お泊りで早朝帰宅。もう半同棲状態と言っても過言ではない。

 だから、決して残念なんかじゃない。土曜の朝食のメニューなんて考えてはいないのだ。


 そうやって喚く敬也を大学へと追い出したのがほんの二日ほど前。

 予定のない週末を、真尋は少し持て余していた。

 敬也と付き合うようになってから、暇な週末はほとんどない。もちろん、毎週会っているからという訳ではなくて、自分が仕事に追われて会えない事も、敬也の課題が詰まっていて会えない事もある。

 だが、敬也はそんな時にとてもこまめに連絡を寄越す。電話であったり、メッセージであったり。それがない、……というよりも、確実にないと分かっていることが余りないのだ。もしかしたら今にでも連絡があるかもしれない。いつだってそう感じていた。

 大学生なんだから、今のうちにしかできない過ごし方をして欲しい。七つ年上だからこそ、真尋はいつもそう思う。

『好きな人に夢中になって、少しでも一緒にいたいし一緒にいられて幸せって青春は最高だと思う』

 だけど敬也がそんな風に笑うから、そう言ってくれないのは寂しい気がしてくる。

 ………我儘だという自覚があった。

 我儘だからこそ、隠したい。みっともなく詰め寄りたくはない。


 衣裳部屋を開けて、清楚なワンピースを手に取った。

 ほんの少しだけ流行を取り入れた、ハイウエストのロング丈プリーツスカート。落ち着いたピンクベージュのそれは、今まで選んできたものよりも少し甘めだ。

 敬也は可愛い女の子が好きだから。

 自分に似合う範囲で可愛らしさを追求して、ほんの少し冒険してみた一品だった。

 ウィッグはセミロングで明るすぎない色がいいかもしれない。

 それに合わせて、ナチュラル風のメイクに勤しむ。

 研究。あくまで研究だ。

 派手になりがちなメイクを試行錯誤して、女性に見えるけれど控えめな、かつ美しい出来栄えを目指した。

 こうなれば、下着もやはり清楚系で揃えたい。

 まじまじとコレクションの収まった箱を眺めていて、ふっと我に返った。

 ………何をしているんだ、俺は。

 敬也がいない寂しさを、敬也が喜びそうな格好を熟考して紛らわしているなんて。

 いい年をして、まるで初心な乙女のようでいたたまれない。

 音沙汰ないスマホを責任転嫁するかのようにじっとりと睨みつける。

 忘れられなくした、敬也が悪い。だなんて、絶対に口には出せない。


 ピロン、とスマホの通知音が鳴って、真尋はびくりと肩を揺らす。

 なんだか見透かされたようなタイミングで鳴った通知音への驚きと、期待に胸をドキドキさせながらスマホを手に取った。

 連絡は、思いも寄らない相手からだった。名前を見てふうっと肩の力が抜けた。

 女装カフェで出会った敬也の友達……出会うきっかけとなった『みぃ』だ。本名は御子柴というが、呼ぶ機会がない。

 余り頻繁に連絡を取る関係ではない。そんなみぃからの連絡に真尋は眉根を寄せてぱちぱちと瞬いた。

 そして、画面を開いて固まった。


『おたくのカレシ、無自覚にモテてるけど。あれいいの?』

 一言添えて送られてきたのは、同級生なのだろう女の子と肩を並べて笑っている敬也の姿だ。


 心の奥底に押し込めていたもやもやとしたものが、突如として膨れ上がった。

 若くて。可愛くて。本物の女の子。きっと自分なんかより、ずっと敬也に似合う。

 ………いやだ。

 混乱と、不安と、悲しさと、嫉妬心。色々なものがぐるぐると胸の中を掻きまわして狂おしく、ぞっとする。

 張り裂けそうな胸をぐっと押さえて、真尋はぎゅっと目を閉ざした。

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